2018年11月12日 (月)

■ジンバブエ旅行記-1■

GOODS PRESS(グッズプレス) 2018年 12 月号 発売中
45862143_1958116057615632_76765784180年代アニメのプラモデル特集記事を、全5ページ書きました。ウェーブの『装甲騎兵ボトムズ』開発チーム、大河原邦男先生へのインタビューを含みます。

スーパーミニプラ、ガシャプラ、マクロスモデラーズ、他にもグッドスマイルカンパニーから『六神合体ゴッドマーズ』のプラモデルも発売されました。こんなに豊富なネタがあるのに、「80年代ロボ」の「プラモデル」という括りで見られたことは、なぜか一度もありませんでした。
あちこちに企画を持っていくうち、「大河原メカ」という一本のラインがグッズプレス編集部から出されて、5ページの記事にまとまりました。


11/1(木)~11/10(日)まで、アフリカのジンバブエまで旅行してきた。ハイパーインフレとコレラの国、最新ニュースはクーデターである。
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最初に、いかにも観光地っぽいビクトリア・フォールズ近辺の写真を載せておこう。ここまではガイドブックにも載っているし、飛行機でビクトリアの滝まで来て、Uターンして帰る人も多いと思う。
象の背中に乗って草原をグルリと歩いてまわったり、ワニの赤ん坊に触れるのも、ビクトリア・フォールズの町でツアー会社やタクシーに相談すれば、誰でも出来る。

過去の僕の旅は、すべてガイドブックのページをたどって歩くようなものだった。
今回のジンバブエは、ちょうど一年前にクーデターが起きた国だ。外務省からレベル1に指定されているほど、犯罪が多いそうだ。
ハイパーインフレ後に米ドルが使えるようになったが、調べれば調べるほど交通の便が悪い。僕は北京とヨハネスブルグを経由して2日がかりで行ったが、ジンバブエ国内の移動は飛行機と長距離バスを、旅行の直前になってネットで予約した。夜遅くホテルに着いて、翌朝暗いうちに出発して、移動だけで終わる日が大半になってしまった。
また、首都ハラレでコレラが流行、9月に緊急事態宣言が出されたばかりだ。水道水が飲めないのはもちろん、歯磨きの水すら自分でミネラルウォーターを確保せねばならないのも面倒だった。

■11/2-1 ビール
なんとなく、大きな滝と石造遺跡があるなら行ってもいいかな……ぐらいに思っていた。英語も通じるし、ドルが使えるし、昼間からビールを飲んでも怒られないし。
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ヨハネスブルグ(南アフリカ)からジンバブエへは、小さな飛行機で入国した。二時間ほどのフライトで、夕暮れの雲上の風景は素晴らしいものだった。
機内ではハンバーガーがひとつ出て、飲み物が選べたのでビールを頼んだ。すると、一見すると強面のCAさんが、食後にもビールをくれた(他の人にはコーヒーか紅茶か聞いていたのに、「あなたはビールでいいわよね」と)。
飛行機を降りる時、ドアが開くまではムスッとした顔だったのに、降りてもOKになった途端、グッと親指を立てた。そのCAさんの表情と仕草のギャップが、実はジンバブエの第一印象であり、ジンバブエの女性たちは最後の最後まで、それぞれ個性的な言動で、僕を強烈に魅了しつづけた。

■11/2-2 ハラレ空港
いきなり大きく話が飛躍してしまったが、11/1~2は北京からヨハネスブルグへの移動だけでつぶれてしまう。
最終目的地のビクトリア・フォールズには二泊する予定で、その前後は首都ハラレ、第二の都市ブラワヨに一泊ずつする。ハラレの街はタクシーで通過しただけだが、到着したのが夜だったため、空港の雰囲気からしてヤバいのが分かった。
これは確かに、治安が悪そう。必死にタクシーを探した。Dscn0579

写真がブレているのは、まず天井の電灯が半分ほど切れかけていて、やけに暗いせい。それと、とにかくその場を脱出したかったので、あわてていたためだ。

■11/2-3 『ブルーベルベット』

ところが、空港専属のタクシーが市街へ走り出すと、外は暗闇である。とにかく街灯がない。時折、暗闇の中に人影が浮かび上がる。犯罪や交通事故が多発するのも、道理である。タクシーの運転手と、その相棒は陽気に雑談しているが、車外では雷が光っている。
これは、とんでもない国に来てしまった。この衝撃的な印象は、旅の後半にかけて、少しずつ、劇的に変化していく。

さて、予約してあったホテルの一階には大きなネオンサインがあって、クラブのような音楽が階上まで響いていた。古いホテルの周囲は真っ暗で、とても食事に出られる雰囲気ではない。
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仕方なく、ホテルの一階にある陰気なレストランで、夕食をとった。バイキング形式で、食べた分だけ、レセプションで料金を払う。
客は僕のほかには、老夫婦が一組だけ。ガランとしている。

レストランの隣にバーが併設されているのだが、とても近づく気にはなれない。『ブルーベルベット』かヴィスコンティの映画のような陰気なムードなのだ。シラフのまま、はやばやと寝てしまった。旅先で酒をのまずに寝たのは、おそらく初めてだろう。
そういえば、レセプションは女性たちが仕切っていて、無愛想というわけではないが、あまり熱心に仕事しているように見えず、レストランのボーイたちの陰鬱な表情だけをよく覚えている。

■11/3-1 ハラレ→ブラワヨ

朝5時にタクシーに来てもらうよう、前夜にお願いしてあった。空港~ホテル間は30ドルだったと思う。カードは使えないので、タクシーは現金払いだ。しかし、現金をまとめて持ち歩くのは怖いので、前夜に三つに分割しておいた。いつ盗まれてもいいように……。
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ハラレ市街をタクシーで通過する。なんとなく、ヤバい雰囲気が分かってもらえるかと思う。
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空港は、割とカッコいい建物であった。しかし、僕が使うのは国内便なので、もうひとつの地味な建物へ移動する。
手荷物検査があるのだが、係の女性に「私のこと、おぼえてます?」と声をかけられた。その瞬間から、旅のムードは一変する。

(つづく)

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2018年10月29日 (月)

■1029■

二重三重に仕掛けがいっぱい、「Figure-rise Mechanics ハロ」に詰めこまれたプラモデルならではの遊び心!【ホビー業界インサイド第40回】
T640_784476このプラモデルは、おそらく模型雑誌も、コアなモデラーたちもノーマークだと思います。
大河原邦男さんに別件でインタビューしに行ったとき、「ホビー事業部のハロは良いものになりましたよ」と、珍しくご自分から商品名を口に出されたので、取材を入れておいて当たりだと確信しました。
ディテールやギミック、細かなアイデアにいたるまで大河原さんが仔細に監修しています。おそらく、プラモデル商品にここまで大河原さんが関与することは初ではないかと思います。MSVですら、こういう関わり方はしてないはずです。

キャラクターの“実在“と“不在”をレイヤー構造で見せる「serial experiments lain」の演出【懐かしアニメ回顧録第47回】
T640_783989編集者からの提案で、『lain』について書きました。
いつものように映像文法的なこと、アニメの画面を成立させているレイヤー構造について書きましたが、それは割とどうでもよくて。このSNS全盛期に、『lain』や90年代末~00年代初頭のアニメを日本のあちこちで見ていた人たちが再会できていることを、夢のような想いで見つめています。
あの頃はダイアルアップ接続も多く、数分間の映像、たとえば『ほしのこえ』の予告編を見るだけでも一苦労だったように記憶しています。当時はフリーライターとゲーム会社の会社員と、二足のわらじで、会社の近くのアニメイトで『ほしのこえ』のDVDを予約したのを覚えています。
会社には、若いプログラマーやグラフィッカーが大勢いて、ほぼ例外なくアニメを見ていました。だけど、みんなが同じアニメを見られていたわけではなく、視聴環境によって見ている作品がバラバラ。だから、口コミで情報交換するしかなかったように記憶しています。

極端に言うと、個性的でない作品なんて一本もなかった。ひとつの作品がひとつのジャンルみたいな感じ。『lain』だけではなく、『灰羽連盟』、『地球少女アルジュナ』、『ベターマン』、『宇宙海賊ミトの大冒険』、『ヒートガイジェイ』、『プリンセスチュチュ』、『∀ガンダム』、どのタイトルを挙げても、似た作品がない。
「こういうアニメ、知ってる?」と口頭で初めてタイトルを聞いて、だけど見る方法がないって、すごく贅沢な時代だったんじゃないか……。


当時はDVDとVHSが同時に出ていて、どのアニメのソフトを出しても一万枚は堅いと言われていました。詳しい人に聞いてもらいたいけど、2006年をピークに、映像ソフトの売り上げが落ちはじめたと聞きます。
個人的には2005年の『創聖のアクエリオン』が大好きで、超合金の発売にかこつけて「フィギュア王」で連載を始め、河森正治監督と温泉に旅行に行くなど、面白い体験をしました。何より貴重だったのは、ほとんど毎週、河森監督から放送されたばかりのエピソードについて、生で感想やコメントを聞けたこと。
『マクロスF』の取材でサテライトさんに行くころには、そういう自主映画のような親しげなムードは薄らいでいたように思います。

「アニメ批評」という、版権もクリアせず勝手にキャプチャした画像を掲載するデタラメな雑誌があって、僕はWOWOWで全話放映されたばかりの『カウボーイビバップ』の記事を企画したんです。さすがにサンライズの許諾が必要だよな……と、担当者に話しに行ったら、「画像使用料は払ってくださいね、あとは別にいいですよ」とロクに中身も見ない(笑)。
今だったら、三重ぐらいに製作委員会のクロスチェックが入って、原稿が真っ赤になって返ってきます。みんな、原稿に赤を入れて「相手の自由にさせない」ことを、仕事だと思い込んでしまっている。
だから最近、アニメ関連の仕事は面白くないです。僕が自主的にやりたくて、先方からも感謝されてる作品って『RWBY』と『ゼーガペイン』ぐらいだと思う。それ以外の、流れ作業のように請け負ったアニメの仕事で、たとえ原稿が真っ赤に修正されようと、僕はもう見ないです。もっと面白い仕事が、他にいっぱいあるから。


95~97年にかけて『新世紀エヴァンゲリオン』がテレビから映画に進出して、『エヴァ』に追いつけ追いこせのムードもあったと思う。それから10年ぐらいの間に光り輝いていて、今なくなってしまったものって、意外と大きいんじゃないだろうか……。
作品の出来不出来ではないです。もしかすると、一本一本の作品を語る僕たちの言葉が、強くて自信にあふれていたんじゃないか。この作品の良さを伝えられるのは自分だけなのだから、堂々としてないとへし折れてしまう。当時の掲示板って、そういうムードがあったような気がする。今よりはネットの符丁も少なくて、「神アニメ」みたいな他人まかせの言葉もなかった。
『lain』なんてダウナーの極みだし、暗い作品も多かったと思う。でも、ネガティブではなかった。どんな絶望を描いていようと、一本にかける熱量は計り知れなかった。
おそらく今は、製作委員会が広報活動によって「こういう層に、こういう受け方をするように」と、コントロールしようとしすぎるんじゃないかな……。それで、SNSで話題にならなかったら、もう失敗なわけでしょ? ようするに、人を信じてないんだ。

90年代末~00年代初頭って、ネット環境はお粗末だった。衛星放送を見る方法も、よく分からなかった。でも、情報が行き届いていなくて、不透明であるがゆえに、世界を豊かに感じられていた。
今のほうが人権意識も高くて、各方面に配慮が行き届いているはずなのに、すぐにゴールに着いてしまうというか、奥まで鮮明に見渡せてしまう。本当に面白いものは、ひとりひとりが嗅覚で探して当てるしかないんでしょうね。

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2018年10月26日 (金)

■1026■

月刊モデルグラフィックス 2018年12月号
Dqus7e4vyaac1xk連載「組まず語り症候群」では、フジミ模型さんの嚴島神社のキットを取り上げています。
短期連載「ひそまそ実写化計画」では、美術監督の金子雄司さんに取材して、金子さんの特撮映画への偏愛ぶりをたっぷり聞いてきました。『ひそまそ』の宣伝期間が終わってしまったそうで、特に公式からのプッシュもなく、来月以降も細々と続けていきます。


キズナアイ叩きとフィギュア叩きが終わったと思ったら、今度は少女型セックスロボット叩き、広く漠然と萌え絵叩きが始まっている。確証に足る根拠もなくオタク文化を規制したがる人々は、仕事や交友で海外とのつながりがあると自慢しているにもかかわらず、どこかで空しさを感じているように見える。
優越感は劣等感から生まれるので、他人にはどうしようもない。彼ら彼女らは、「ショックを受けた、傷ついた」と臆面もなく被害者意識に浸り、BBCの番組プレゼンターなど、カメラの前で涙を浮かべて感情に訴えてようとしている。

だが、泣いたり激怒したり、感情で物事の大きさを表そうとするのは人間として成熟していない。恥ずかしいことだ。映画を観て「メタクソに泣いた」としか言えないやつらと同じ。どれぐらい問題が大きいかは、私が泣いたところを見て察してください、あなたに任せますから、ホラ泣いてるでしょ……というわけだ。
卑怯だと思う。感情を最優先してもらえるんなら、裁判なんて要らない。まずは相手の憐みを買おうなんて、下劣なこと。フェアじゃない。


ミスター慶応、ミスター東大、警官、保育士、今月は性犯罪のニュースが数え切れないぐらい耳に飛び込んできた。性って、やっぱり誰にでも関係があることなんだと、つくづく思う。誰も、性からは逃れられない。

ミスター慶応や保育士たちは、たまたま、異性や子供を支配しやすい立場にいただけだ。僕だって状況次第では、性犯罪をおかさないとは言い切れない。僕の友だちも、仕事仲間も。
人は、誰しも人を犯しうる。殺しうる。「私だけは例外です」というわけにはいかない。恥知らずなのは、「私だけは女性の味方です」と涼しい顔をして自分以外の男を見下しているやつ。僕だってあなただって、女性に加害しうる。まずは、その肉体的事実を認めねばならない。

さもなくば、欧米各国のローマ・カソリック教会のように、聖職者によって数え切れないほどの子供たちが性虐待される事態に対処できない。
映画『スポットライト 世紀のスクープ』で語られていたように、「子育てを街に頼れば、虐待も街ぐるみ」と考えねばならない。弱者を救いうる人間は、弱者を殺しうる。最悪にも最善にもなり得るから、人は生きるに値する。

「オタクどもは性欲にまみれて汚いけど、私は女性の立場を理解しているし清廉潔白です」という人間は、そのへんをスキップして、おいしいとこ取りを狙っている。まるで信用ならない。

「日本は、欧米の性倫理の基準から遅れている」「秋葉原は性犯罪の巣窟」と言いたがるのは、一種の処世術なのだろうと理解している。
自分の人生はもともと冴えなかったのだが、在日韓国人や在日中国人がズルをしている設定にすれば、自尊心の欠如を社会的不平等にすりかえられる――ネトウヨと同じように、目ざわりなオタク文化に自分が負うべき自分の人生の責任をなすりつけているだけなので、萌えキャラがなくなったらなくなったで、今度は別のターゲットを探すだけだろう。

彼らも人生がかかっているから、必死なのである。
本当は、そういう人たちも心穏やかに暮らせる社会が理想だ。

ジンバブエ行きまで一週間を切ったので、今ごろバスを予約したり、空港で過ごすラウンジの場所を調べている。そんなことやらずに、気軽な国内旅行だけですませてもいいんだけど、それではヌルッとした起伏のない人生になってしまい、はやばやと老けこんでしまいそうで怖い。
ジンバブエに、何があるというわけではない。移動が半分以上。ホテルには深夜に着いて、早朝に出なくてはならない。

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2018年10月22日 (月)

■1022■

南雅彦プロデューサーが明かす、「ボンズが20年間もオリジナルアニメをつくりつづける理由」【アニメ業界ウォッチング第50回】
T640_783040このインタビュー記事は、『ひそねとまそたん』のBD-BOXが来月発売なので、個人的応援のつもりで企画したものです。ただ、法人としてのボンズさんにもメリットが必要だと思ったので、「20周年記念展開催の告知も入れますので」と広報の方にお話しして……と、記事を成立させる条件を考えるのが、いちばん面白いです。
そして、南さんの修羅場をくぐりぬけてきた野良犬のようなバイタリティに、ぞっこん魅せられました。この歳でもギラギラしてる人って、本当にいい顔をしてますよね。カッコいいです。


最近、レンタルで観た映画は『ポンヌフの恋人』、『ヴィオレッタ』。それぞれ、公開時に観たきりだった。偶然だが、双方の映画にドニ・ラヴァンが出演している。
Violetta_large『ヴィオレッタ』は、映画倫理機構から「区分適用外」、つまり「審査しないので日本国内で公開するな」と、『ぼくのエリ 200歳の少女』と同様に放置された作品。公開当時は「月刊 創」で配給会社のアンプラグドさん、映倫の大木圭之介委員長(当時)、双方に取材したものです。

いま観なおすと、映画としてはおそろしく稚拙で、映倫の人たちは何を恐れていたのだろう?と、首をかしげてしまう。主演のイザベル・ユペールの下着姿に、グッときてしまった審査委員がいたんだろうな。
3_large「猥褻」という概念は、自分の心の中にしか生じえない。「エッチだ、倫理に反する、見てはならない」と感じてしまう主体は、常に自分だ。その自分の醜さを直視する勇気がないから、誰もが「権力によって罰せられるべき」と責任転嫁する。「児童ポルノ」「性的消費」「18歳未満閲覧禁止」、ぜんぶ権力に判断を押しつける便利な言葉として使い捨てられて、「他でもない、私自身の性欲が歪んでいるのではないか?」と自らを疑う人は少ない。

「欧米に比べて日本は遅れている」、「秋葉原は治安が悪い」、何はともあれ間違っているのは他人であり、優れているのも他人である……と決めておく。改善されるべきは自分ではなく、日本であり秋葉原である。それなら、主体性も向上心も放棄できる。
ラノベの表紙で憤激し、フィギュアのパンツに狼狽し、バルテュスの絵画を見て「児童ポルノだ、禁止せよ」と怯える人々には、何か別の救いが必要だ。
『ヴィオレッタ』を観て、「主演の子がセクシーだ」「かわいらしい」と素直にレビューに書いている人たちは、少なくとも、ストレスなく心穏やかに生きているように見える。


「多分に、怒りの表明という娯楽を楽しんでるんだと思うよ、ご意見を強い言葉で呟く人らは」()、おそらく、そういうことなんだろう。
僕にも、覚えがある。反原発デモに参加していた頃だ。反原発が終わると、次は秘密保護法反対デモだった。原発は今でも止めるべきと思っているが、秘密保護法はなぜ反対しているのか、自分でも分からなかった。みんなで怒鳴っているのが、だんだん気持ちよくなっていったのは確かだ。デモのコールは、いつの間にか「戦争する国、絶対反対」に変わっていた。
Twitterで、「で、次は何に反対したらええんや?」と苛立っている人がいて、ちょっと目が覚めた。デモを何千回くりかえしても、原発はなくならない。原発をやめるには、やめようと主張している僕たち自身が、具体的にコストを払わなければならないはずだ。

正しいと信じれば信じるほど、間違っていく。
原発事故の頃、ひさびさに出会った友人が、「政府が安全だと言っているんだから、安全に決まってるだろう」と、気まずそうに目をそらした。そんな生き方だけは、イヤだと思った。


どんどん話が矮小化していくが……中学校の文化祭で(いや、「祭」は中学生にふさわしくないそうで「文化活動発表週間」と呼ばれていた)、ロックバンドの演奏が禁止されそうになった。
女教師が眉をしかめて、「ロックは禁止、私、ロックはうるさいから嫌い」と言った。僕自身はバンドを組んでいなかったし、ロックも聞かなかった。だけど、「先生が嫌がっているので、あきらめてくれ」と友だちに言うのは、それじゃあ生きている意味がないとさえ思った。だから、辛抱強く職員室で交渉した。

ロックをやっているリア充たちに日和ったわけでも何でもない。彼らの大半は、廣田はアニメ好きで暗くて汚くて、ダサいヤツと思っていただろう。
「なんで教室の隅っこでマンガ描いているようなオタクが、俺たちのために教師と交渉してるんだ?」って、変な顔で見られた。
バンドをやって、女子にモテモテになるのは彼らであって、俺ではないですよ。お前ら、自分のためなんだから自分で戦えよ、とも思った。「なんで教室で愚痴ってるの? 職員室で教師と話そうよ」と言ったおぼえもある。汚らしい、根暗のオタクの分際で、生意気にも。

おそらく、手続きを通して理想を実現しようと、コツコツと実務に励んでいる自分が好きなんだよ。何かに激怒して、相手を罵倒してスカッとした、溜飲が下がったとしたら、それは堕落の合図だね。

(C)Les Productions Bagheera, France 2 Cinema,Love Streams agnes b. productions

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2018年10月18日 (木)

■再び広島・呉へ-1■

EX大衆 2018年11月号 発売中
51jzyd5l_sx387_bo1204203200_●アイドルアニメとしてのマクロス
全4ページのうち半分はストーリー紹介とキャラクター紹介です。
編集者から頼まれたのは、『マクロス』に至るまでのアイドル歌手を主人公にしたアニメの略史、戦争と歌を同居させる映画についてのコラム。後者については『地獄の黙示録』でプレイメイトが慰問に来るシーンについて書くつもりが、音楽による威嚇と戦意高揚という意味では、「ワルキューレの騎行」をヘリから流すシーンが向いてましたね。


ジンバブエ旅行まで二週間しかないのに、先月()につづいて、またしても広島・呉を旅してきた。朝6時の電車に乗って、広島に着いたのが11時すぎ。やっぱり、近い。
Kimg2265たまたま、『“のん”ひとり展 -女の子は牙をむく-』が広島パルコで開催されていたので、路面電車の一日乗車券を買って、すぐに八丁堀へ移動。『この世界の片隅に』関連の仕事をするにあたり、舞台となった場所を歩いてみることが目的だったのに、すでにポイントがずれてきている。


先月、土浦で行われた“『この世界の片隅に』ロケ地を見よう会・江波編”に参加してからどうしても行きたくなって、路面電車の終点の江波に移動。
江波だけは地図を印刷して持ってきてあったので、有名な松下商店(隣はお好み焼き屋になっている)、すずさんが何度か歩いた太田川沿いの道、映画冒頭カットの江Kimg2278波港、すずさんが水原のために「波のうさぎ」を描いた江波山を回る。江波山気象会館は、月曜のためお休みであった。
江波港は「たったこれだけ?」と驚くほど小さく、なんとなく、すずさんが幼年期をすごしたエリアのスケール感を把握できた。
まるで大林宣彦の尾道三部作のような古くて趣のある民家が残っているかと思ったら、真新しいマンションやピカピカの一軒屋もあり、どこか他人行儀で、それでいて人懐っこいような、やや寂しい町だった。
江波山への階段で、おじいさんが竹か何かの葉を切り落とす仕事をしていたが、僕が通るときに手を休めてくれた。「こんにちは」と挨拶すると、「こんにちは」と返してくれた。

太田川沿いには遊歩道が出来ていて、この川を北上して、すずさんが中島本町へおつかいに行ったのだなあ……とイメージしながら、路面電車で原爆ドーム近くへ向かう。


おそらく、すずさんが川をのぼって中島地区に上陸したのは、この辺りではないか……と想像した地点から、平和記念公園に入ると、すぐそこでは広島平和記念資料館の本館が工事中。東館のみ開館していた。はからずも、消滅する前の中島地区の写真や原爆被害の資料を大量に見てから、中島地区の「跡地」を歩く順番になった。
Kimg2314その経験は、自分の人生では味わったことのない不条理なものだった。
ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会さんの発行している『証言 記憶の中に生きる町』を、飽くまでも『この世界の片隅に』の資料として読んだところ、当地に住んでいて生き残った方たちのあまりにも生き生きとした思い出語りに「本当にこの町が、一瞬で無くなったのか?」と、なかなか信じられなかった。原爆などではなく、何か別の事情で町が取り壊されただけじゃないのか……。

資料館には、中島地区がたった一発の原子爆弾で消滅した映像がエンドレスで流れているので、僕は「本当に本当なのか?」「この公園が繁華街だったのか?」と、納得いくまで何度も見た。
まだ信じられない気持ちで外(そこは町じゃない、公園だ)に出てから、映画冒頭のに喧騒に満ちた町のイメージを重ね合わせながら、ところどころに建てられた復元地図のプレートを探して歩くと、「何もないこと」「静かで穏やかであること」が、かえって巨大な暴力として感じられた。
『記憶の中に生きる町』も持ってきてあったので、なるべく分かりやすい角にある場所を探してみた。


すずさんがチョコレートやキャラメルを見ていたヒコーキ堂の跡地に立ってみた。そこは本当に、日本のどこにでもありそうな平凡な公園の一角にすぎない。
Kimg2317(左の写真の場所には、つるや履物店があった。右側には三井生命広島支店の大きな建物があったそうだ……劇中で、子供たちがヨーヨーをして遊んでいたあたり。)
ここから、ふと右へ視線を移すと、「レストハウス」と呼ばれるようになった大正屋呉服店だけが、当時の形を維持している。「あっ」と声が出そうになった。地図を見ると、目の前を本町本通りが走っており、元安橋へとつながっている。

すずさんは、消滅した町並みを歩いてきて、そこは迷子になるほど賑やかだった。そして彼女は、唯一、今でも目にして触れることのできる建物に背をもたせかけた。
『記憶の中に生きる町』を歩いてきて、消えてしまった町の形見のような建物に寄り添うから、あのシーンで『悲しくてやりきれない』が流れたのではないか……。


まっすぐ歩くと、映画に何度か登場する相生橋のTの字部分に出る。しかし、すずさんの幼年時Kimg2320代には、まだTの字になっていなかった(春に『この世界の片隅に』資料展を三鷹で開催するときに知った)。
原爆ドーム(産業奨励館)を真正面から見ようとすると、このTの字部分に立つしかない。『この世界の片隅に』は、つい時系列で見てしまいがちだけど、江波から中島地区へ北上して、東へ大きく移動して呉へ移行し、やがて爆心地へ戻ってくる、地理的な広がりをもった物語だった……と考えると、僕には合点がいく。江波から呉へ移動しようとすると、川を通っても路面電車を使っても、中島本町を通過せざるを得ない。物語の中心に位置しているのが、『記憶の中に生きる町』なのだ。
冒頭で江波から中島地区へ移動して、爆心地となった相生橋ですずさんと周作が出会う流れ(『冬の記憶』)からして、物語の中と外とでは意味の重さが違うのではないか……。
原爆で消滅した町を、わざわざ(読者を)歩かせることに意味があったのではないか。この町をアニメ映画として、「生きた町」として復元することが、漫画が描かれた時点ですでに望まれていたのではないか、予定されていたのではないか……という気すらしてくる。

恥ずかしいことに、僕は「片渕須直監督はさすが凝り性だから、昔の町を徹底再現したんだなあ」程度にしか思っていなかった。
監督は、中島本町を歩くシーンを最初に完成させた。当時を体感的に知る人々が高齢で、次々と亡くなっていくからだ。その方たちに一刻も早く見せたいという感覚は、紙の上だけで資料を睨んでいては、決して得られないものだったろう。
そして、映画は「この町は原爆で一瞬にして無くなりました」とは一言も言っていない。それは観客ひとりひとりが遡るべき事実なのだろう。僕は、二年もかかってしまった。

夕方になってきたので広島城近くのホテルへ移動した。
翌朝は、前回と同じく広島港へと移動して、9時20分のフェリーに乗って、呉へと向かう。

(つづく

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2018年10月13日 (土)

■1013 一部で18禁指定されたプラモを組み立ててみた■

■GOODS PRESS(グッズプレス) 2018年 11 月号 発売中
Dpwebs9u4aifapd『ニンジャバットマン』監督の水崎淳平さん、キャラクターデザイナーの岡崎能士さんにお話をうかがいました。

アニメの取材は、「編集者に頼まれたら、やる」というスタンスに移行しつつあるので、この記事もプラモデルの特集を一緒にやってきた仲のいい編集者の頼みなので、断り切れず……という側面があります。
次号では、がっつりとプラモデルの記事をやりますよ!


さて、18歳未満に販売禁止なのかどうなのかよく分からないプラモデル、マックスファクトリーさんの「PLAMAX Naked Angel 1/20 天使もえ」()。
43788870_319796821933738_6151905885「あんたがそこまで気にしてくれるなら」と言うことで、テストショットをいただきました。まず、裸体Ver.をザックリと素組みしてみました。
えらく情報量が多いので、組み立てたあとも飽きないです。たとえばお尻の膨らみを構成する面が、やけに多い。また、左右の肩の突き出し方が違うと、それだけで情報量が倍増します。肩から胸にかけての面の広さや方向が左右で違う!とか、無数の発見にあふれています。
同スケールのアニメ系、イラスト系のフィギュアが、どういう方向へアレンジされていたのか、再発見することにもなります。二次元的アレンジの入ったフィギュアは、ストレスなく、気持ちよく見られるように情報が整理されている。

天使もえさんのフィギュアは、誰の理想どおりにもアレンジされていないので、「お尻の横幅って、こんなにあるのか」「ウェストまわりって、こんなに平べったいの?」「ヒジって、こんな角度にひねることが出来るのか」「こうして屈むと、腰に窪みが出来るんだねえ」と、語弊を招く言い方だけど、見るに当たって“ストレス”があります。予想外の方向へ、予想外のボリュームがあったりする。
いろんな角度から見ていくと、それらのストレスが天使もえさんの「肉体の個性」なのだと分かってきて、自分の指先で組み立てたせいもあり、愛着がわいてきます。
成形色が一色なので、形が強く主張してきます。


僕は、この裸体Ver.を組み立てているあいだ、17歳ごろの気持ちになっていました。その歳で初めて異性と付き合ったせいかと思ったのですが、一晩考えてみると、違いました。
美術系の予備校で、裸婦デッサンをやっていたときの気持ちが、蘇ってきたんです。高校三年生から通いはじめたので、当時は17歳前後ですよ。油絵科には、高校二年生もいました。もちろん、男女混合のクラスで。
だけど、裸婦デッサンや、裸婦を油彩で描く授業があって、全裸の成人女性を間近にしていたのです。16歳や17歳の未成年の前に、陰部も隠さないヌードモデルが立つことがあったのです。

興奮するとか戸惑うとかより先に、正確に紙の上にデッサンしないと、講師に頭を叩かれます。たとえ全裸の女性でも、静物や石膏像と見ている側の感覚は変わらない。「裸が見られてラッキー」なんて下心さえ入りこむ隙間がない。あの、「単なるモチーフとして裸体を冷静に観察する」感覚を、「PLAMAX Naked Angel 1/20 天使もえ」で体験できます。
綺麗だけど、興奮はしないです。「裸なんだから、もちろんエッチだろう」というほど、人間は単純ではないです。


そして、このキットの水着Ver.を組んでみると、「なんで布で隠してあんの?」という違和感が生じる。面白いことに、水着のモールドがあると「エロい」という視点が混入してくる。
Dscn0261_6328ようするに、「エロさ」「わいせつ性」とは、文脈が生み出すものではないでしょうか。「道徳的に見せてはいけないから隠す」、「隠されるべきものが露出している」、そうした文脈がないと、「ただの裸」はエロくなりようがないのでは……。
なので、実物を組んだあとで、ボカシの入った「1/20 天使もえ」の商品写真を見ると、ギョッとしますよ。ボカシがあると文脈が加わって、急にエロくなる。あと、顔や髪が塗装されていることも大きい。成形色一色だと、抽象性が高まるんでしょうね。

今回思い出したのは、高校生のときに (ヘアヌード解禁への流れがあった1984年ごろとはいえ)何も身に着けていない女性を前にしていたこと、それを興奮せずに観察していたことです。
もちろん後々、恋愛して付き合った子の裸を見ると、感動や失望や異次元の興奮や幸福に振り回されることになります。それは「人間関係」という文脈があるから。文脈を無視して、「裸だから」「乳首が見えているから」で隠すことは、僕には雑な感性に思えます。

「裸だからではなく、AV女優の模型だから、未成年の前に出すべきではないのだ」としたら、それは職業倫理や未成年の性意識が遡上にあがり、きわめてロー・コンテクストな問題となります。僕に、そこまでの専門性や思考能力は備わっていないので、まずはこのプラモデルがなるべく多くの人の手に渡ることを祈っています。
テストショットを組んだけれど、もちろん予約は取り消してないです。未成年にも買ってもらって、教材として役立ててほしいです。

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2018年10月 6日 (土)

■1006■

『ニルスのふしぎな旅』グラフィック展 本日開催
Dorztpdxcaej6x8_2本日から28日(日)まで、三鷹コラルで開催されています。春に開催した『この世界の片隅に』資料展と同じく、ディレクションを担当しています。

このパネル展の企画は、一年前の『魔法の天使クリィミーマミ』ビジュアル展でお付き合いの出来たぴえろさんからの私への持ち込み。私から三鷹コラル商店会さんに話して、実現しました。だいたい4ヶ月ぐらいかかっています。
『ニルス』の各話演出として参加した押井守さんのインタビューも行っていますが、これは『逆転イッパツマン』のムック本で、押井さんのインタビューを僕が担当していた縁です。そのとき、プロダクション・アイジーの窓口になってくれた方に、「ひょっとして『ニルス』のことでインタビューできませんか?」とお話しして、押井さんのお時間をいただきました。
実績と信頼がないと、こんなこと個人でやれないですよ。

もっと言うと、パネル制作のデザイン会社さんから見積もり書を出してもらって三鷹コラルさんに提出して、期日を決めて打ち合わせをして、ぴえろさんにデザインを監修してもらって……などが続き、絵を選んだり文章を書いたりは、全体の二割ぐらい。八割は、関係各所との調整です。


昨日の『1005 全年齢向けプラモが「18禁」として排除された話』()、このブログにしてはかなりのアクセス数があり、その間もフィギュア・メーカーや出版社の人たちから、さまざまな情報をもらいました。
股間にボカシを入れたのはメーカー側の手落ち、「さあ、18禁にゾーニングしてくれと言わんばかりではないか」と指摘されましたが、実はボカシが入るまでに二転三転あったとも聞きました。僕がいちばん最初に聞いた話は「股間には何もないので、ボカシは入れない」だったし、ランナーは何も隠さず展示してあったんです。
(メーカー側には、しっかり意思統一してほしかったですけどね)

その辺りの話は、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』で、股間にボカシが入れられた顛末に似ています()。『ぼくのエリ』の時は配給会社がボカシを入れた犯人のように責められていたけど、実は「ボカシを入れないかぎり審査しない」と映倫が恫喝を行っていたのです。


さて、「PLAMAX Naked Angel 1/20 天使もえ」が通販サイトで18禁製品にされた件、どんなリアクションがあるのかな?と、Twitterを検索してみました。
やっぱり、「AVが18禁である以上、AV女優のプラモデルも18禁であるべき」「裸なんだから、18禁に決まっている」との意見が多いように受け取りました。
「18禁」って、便利な言葉だと思いましたよ。みんな未成年のことなんて考えてなくて、「ゴミ箱」みたいな感覚で使っている。厄介なものは「18禁」というゴミ箱に放り込んで、そこから先は感知しない。

もうひとつ、僕のブログの文章や主張が「キモい」と笑いあっている人たちを発見しました。
「間違っている」ではなく「気持ち悪い」と言ってしまえば、そこから先の思考を放棄できるし、反論を封じられる。自分が言われてみて、初めて分かりました。
ライトノベルの表紙でも萌えキャラでも「気持ち悪い」で機先を制すれば、言ったもの勝ちで話にならなくなる。「18禁」「気持ち悪い」で、どんな議論も停止できる気がしてきます。

「裸なんて18禁」と言っている人は、「萌え絵なんて気持ち悪い」と言っている人と傾向が似てますね。自分からは、主体的に働きかけようとしない。だけど、自分の要求だけは通したい。


「18禁と決められたからには、18禁でいいだろう」と、完全に思考放棄している人もいました。
だけど、AV女優の裸だから表現規制だとか、メーカー側の表現の自由が……とか、そんな大げさな話ではないんです。

僕がライターになりたての頃、「バカバカしい」という言葉を原稿に書いてはならないと怒られたことがありました。理由を聞くと「バカは悪い言葉、人を罵倒する言葉だから」とのことで、文脈は無視。「バカ正直」という言葉をカットされたこともありました。
くだらない話のようだけど、表現規制って日常に忍び込んでいるから、誰にとっても大事な話題のはず。別に、エロ表現とヘイトスピーチだけが表現規制の対象ではないです。
だけど、いちいち筋を通していたら面倒。「決まりは決まりだろ」で意志も思考も放棄したほうが楽。物事に異議をとなえる人は「パヨク」で片付けてしまえばいいし、世の中の良くないシステムは「アベ政権」のせいにしておけば、自分は無力なままで鬱憤だけは晴れる。

「PLAMAX Naked Angel 1/20 天使もえ」にボカシが入ったり、18禁に追いやられたことは、「面倒だから、誰か適当に処理してくれ」という怠惰な社会の、ほんの末端で起きた象徴的な出来事です。
だって、本気で「18歳未満に売ったらダメ、買わせてもダメ」と主張するなら、18禁製品に区分される前に予約した未成年の販売分は、キャンセルしないとダメですよね? だけど、Amazonもユーザーも、そんな面倒なことしないでしょ?  

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2018年9月29日 (土)

■0929■

真木太郎プロデューサーが振り返る、もうひとつの「この世界の片隅に」戦記。 【アニメ業界ウォッチング第49回】
T640_779694アキバ総研では片渕須直監督に二回インタビューして、丸山正雄さん、松尾亮一郎さんと現場に近い方たちに聞いてきて、「次は真木さんだ」と担当者と話しているうち、一年以上も経過してしまいました。
『この世界の片隅に』を夢見られる企画から、現実的な事業へとシフトさせた人がいるはずで、それが真木さんだと思います。
真木さんと同じように、公開前に「いい作品になるだろうけど、お金は出せない」と、僕も言われました。背景画集やすずさんのフィギュア企画をどこか出してくれないかと、松尾プロデューサーと相談しながら営業していた頃です。
(唯一、公開前に商品化に踏み切ってくれたのがフジミ模型さんでした。それ以外は「お断りします」か、ノー・リアクションでした。)

公開後に「こんないい作品にお金を出さないなんて、バカですよね」と声をかけられましたが、公開前の「……ホントに大丈夫かな?」という冷たい空気は忘れられません。
『マイマイ新子と千年の魔法』がラピュタ阿佐ヶ谷で連日満席だった頃、ロビーで監督やプロデューサーたちと「今後どうすべきか」話したことがありました。その時のピリピリした空気感に、ちょっと近い。


最近はテレビドラマ版の『この世界の片隅に』が最終回を迎えたので、『この世界~』自体が終わったかのような雰囲気になってしまう。なぜなら、ドラマの方が観ている人の数が多いだろうから。
それはさすがに癪なので、12月公開予定の『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を自分の仕事の範囲内で支援しよう、という気持ちになりました。年内実施予定の大きな企画が動いています。土浦や広島・呉に足を運ぶのは、そういう意味もあります。

ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会さんの編纂された『証言 記憶の中に生きる町 中島本町・材木町・天神町・猿楽町』()を読むと、またどうしても広島に行かざるを得なくなってしまいます。アバンタイトルの意味が、まったく違って見えてくるので、徒歩で中島本町を感じたくなってしまうのです。


おかげさまで、あちこちで「廣田さんは、プラモデルの記事、がんばってますね」と言っても42689803_1899286676831904_557801391 らえるようになりました。全日本模型ホビーショーのチケットをいただいたので、昨日の業者招待日に行ってきました。

ロボットアニメの製品化は、80年代だけでなく90年代の作品にまで広がりつつあります。当時小学生~中学生だった団塊ジュニア世代がボリュームゾーンを形成しているからです。
また、タミヤMMは中年向けのレトロ路線を継続しているように見えますが、本気で若い世代をお客にしたいのであれば、「頑張って塗装しろ、塗装しなくては作ったことにならない」70年代の価値観から脱却する必要があると思います。艦船模型やカーモデルは、それが出来ています。ズベズダやモンモデルがスナップフィットの戦車を出してはいますが、メジャーではないですよね。


昨日のホビーショーでようやくランナー実物を見られたのは、マックスファクトリーさんのPLAMAX Naked Angel 1/20『天使もえ』。
42686427_1899328483494390_1677407_3水着とオールヌードのAV女優のプラモデル・キットで、展示はともかく、メーカーの画像では、何もモールドされておらずツルツルの股間に、思わせぶりなボカシが入っています。『ぼくのエリ 200歳の少女』のひどい修正(「ないものを規制することによって、問題があることにしてしまう」)を想起してしまいます。一部の情報サイトでは、なぜか18歳以上向けに設定されています。一体、誰から何を隠したいんでしょうね?
幸い、製品の予約状況は好調なようですが、プラモデル業界・フィギュア業界は表現規制への認識が甘い(というかまったくの無防備)ので、リベラルな方たちが「女性をモノ化している」と抗議したら、一体どうなってしまうことか……。

だって、「新潮45」が話題になっているから手に入れようと思ったら、休刊でプレミア価格がついていて中身を確かめられない、息苦しい世の中ですよ?
「新潮45」を読みたい、と言っただけで「お前も差別主義者か?」と恫喝されかねない。自由とは程遠い、ひでえ世の中になっちゃいましたね。

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2018年9月25日 (火)

■0925 タミヤMMとガンプラのこと■

月刊モデルグラフィックス 11月号 本日発売
663●ひそまそ実写化計画
『ひそねとまそたん』を実写化するとしたら?という妄想に基づいて、いろいろな分野の方に取材する企画。今回は、元自衛官のタレント・かざりさんにインタビューいたしました。
かざりさんが星野絵瑠のコスプレをしている写真をTwitterで見て、編集部の返事を待っている間、どんどん交渉を進めて、マネージャーさんに取材の約束をとりつけました。
こういう取材は、条件が揃うのを待っていてもダメです。出来ることからどんどん進めて、出来た結果でベストを尽くすんです。

●組まず語り症候群 第71夜

今回はバンダイ製の「The特撮Collection 1/350 冷凍怪獣ペギラ」です。

月刊ホビージャパン 11月号 本日発売
616_2 ●タミヤMMが作りたい!
巻頭特集にて、「塗らずに素組みで成形色を楽しむ。」計4ページを構成・執筆しました。
これは、私が企画・構成した「ホビージャパンエクストラ」のページを見た編集者からの提案で、1/35スーパーシャーマンとアーチャーを塗装せずに、組み立て作業だけを徹底的に楽しむ企画になっています。

スタジオで組み立てながら撮影するので、完成ページをイメージしながら即断即決して、カメラマンさんに指示を出す必要があります。

塗装した瞬間から、プラモデルは「上手い/下手」の評価軸に組み込まれてしまうと思います。本人が気にしなくても、他人に見せたら「上手い/下手」の評価を下されてしまうでしょう。
最初から誰とも競わず、誰とも勝負しないフィールドで、孤独にプラモデルを楽しんでもいいはずです。少なくとも、僕はここ2年ほど毎日プラモデルを塗装しないで組み立ててきて、パーツ構成の発見があったり、あるいはメーカーの個性や姿勢や癖を理解したりして、楽しく過ごしています。別に色を塗らなくても、十分に面白いのがプラモデルという製品です。
「プラモデルなんて作ったことない」「色を塗らないとダメなんだろう」と思い込んでいる、模型誌なんて読まない人にも、気軽な楽しみ方を伝えたい(本当は伝えなくても、自然と浸透している状態が望ましい)。


『地獄の黙示録』公開の1980年ごろ、プラ板細工やパテの使い方を教えてくれた友人は、今ではまったくプラモデルを作っていません。たまに「今のタミヤのプラモデルは凄いよ」と目の前で買ってきたものを見せても、「工具がない」と言います。

『ガールズ&パンツァー』のヒットで、戦車プラモの人口は増えたと聞きます。だけど、工具や塗料がハードルになっていると思います。キットの内容以前の話です。
ガルパンのヒットを好機と捉えて商品開発したのは、プラッツさんだけではないでしょうか。極端に言うと、工具や塗料を自主的に買わない人は、お客さんと見なされていなかったのではないか。そうこうするうち、ガルパンの作品展開は「細く長く」のスパンに入ってしまいました。


先日、タミヤMM50周年を祝う会に出席したのですが、話す相手がいないので、早めに帰ってきました。ようは、内輪の集まりです。
ガンプラ50周年は再来年ですが、バンダイやサンライズがイベントを仕掛けるだけでなく、ムックがいっぱい出て一般誌が特集するだろうと思います。「ガンプラ50周年を祝う会に来てください」と街中で募集したら、10人ぐらいすぐ集まるんじゃないでしょうか。
今はガンプラを作っていなくても、思い出話で盛り上がる。というか、ガンプラの集まりではなく、同窓会でも「昔みんなガンプラ作ってたよねえ」と話題にできる。これはメディアとして強いです。

バンダイさんが「工具も塗料もいらない」商品形態を作り上げてキープしている努力は、大変なものです。1990年前後から成形段階での色分けをスタートさせ、塗装という概念を追い出してしまった。反面、どうしても塗りたい人のためにガンダムマーカーを出しつづける。上から下まで、右から左まで全方位、全世界に発信している。
40年前のキットが定価で売られているので、懐かしアイテムとしても機能している。このメディア力は、本当にバカにできません。驚異的です。


さて、タミヤMMはガンプラ発売前に隆盛を誇ったシリーズです。僕が小学生のころ、1970年代中盤には誕生会のプレゼントに最低一個はタミヤMMが入っていました(70年代後半にかけて、それがスーパーカーに変わっていきます)。
また、祖父や父親が頼んでもないのにタミヤMMを買ってきたり、親戚の叔父さんが74式戦車を買ってきて「俺も塗装してみたいから、道具を貸して」と頼まれたりしました。もちろん彼らは、模型雑誌も何も見ていません。オモチャ屋の店頭で、なんとなくタミヤMMを手に取っていたのだと思います。それはそれで、凄いことです。

その当時は、タミヤさんのメディア力がアニメ・ロボットのプラモデルを凌駕していたのでしょう。ガンプラ・ブームが沈静化した後、今度は完成品トイの巨大ブームが1990年代後半から世界を覆い尽くします。ガンプラがMGブランドを開始してステップアップしたのも、1995年のこと。
残念ながら、スケールモデルだけが取り残された形だと思います。この時に塗装済みでもスナップフィットでも何でもいいから、70年代とは別路線のスケールモデルを出していたら、現在の勢力図は塗り変わっていたと、僕は思います。
戦車プラモを食玩にアップデートして一般流通させたのはタカラトミーさんであり、海洋堂さんでしたよね。老舗のプラモメーカーではなかった。


さて、ガンプラ・ブームと完成品トイ・ブームを経て、スケールモデルの現在を見ると、やはり「塗装してなんぼ」の敷居の高い世界だけが、孤島のようにポツンと残れされています。
「ニッパーを持ってない」人は、お客ではない。お客になってもらうには、お客にコストを払ってもらう。こんな客まかせの商材って、他にあるのかなあと腕組みしてしまいます。
模型誌だけに閉じこもらず、一般誌でもプラモデルの記事を増やしていこう。いま企画も取り上げてもらっているし、実際に取材もしてもいます。まだまだ、やれることはいっぱいありますよ。

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2018年9月16日 (日)

■0916■

「王立宇宙軍 オネアミスの翼」の主人公は、なぜロケットの座席に座ったままなのか?【懐かしアニメ回顧録第46回】
Dngredrvyaa5hegこの連載には、いつも悩みます。カットワークや構図のことを書ける機会が少ないので、なるべく演出の話をしたい。だけど、それでは読んでもらえない。なので、最後には誰もが「やっぱり良い作品、優れた作品だよな」と共感できるような、どうとでも解釈できる曖昧な結論を持ってくるしかない。
でも、主人公のシロツグが戦場で椅子に座っているだけなのは、特筆すべきと思います。戦闘機で初めて飛ぶときも、操縦は後席のパイロットが行い、シロツグは座ったまま。だから、「主人公が何もしてない」ように見える。
シロツグが主体的にやったアクションといえば、リイクニを押し倒したこと。あと、暗殺者を刺殺したこと。ようするに、道徳的に悪いことだけしている。そこから、この作品の倫理観が垣間見えるような気がします。


仕事の関係で観ておかねばならなくなり、『地獄の黙示録』(特別完全版)。
9848view0021980年代にテレビ放送で見て、その後は撮影の舞台裏を映画化したドキュメンタリー、『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』公開時にレンタルで観たので、1991年か。27年ぶりの『地獄の黙示録』は、若いときよりもずっと衝撃的だった。
僕は、劇映画の様式は1950年代に完成してしまい、あとは様式を壊す時代に入ったと思っている。70年代以降は、フレームの中の被写体をどう珍奇にするかしか、映画の進む道がなくなったのではないか……。

『地獄の黙示録』も、その説を裏づける。次から次へと、見たことのない戦場の様子が映しだされ、それだけで興味をつないでいく。冒頭は極端なクローズアップとオーバーラップが続くが、キルゴア中佐の登場する河からの上陸シーンで呆気にとられた。
Mv5bnzfkotfjn2etzjiwyy00mmflltk1odeカメラは長い時間かけて横移動しながら、河から戦場へ侵入してくるボートを追う。着陸する何機ものヘリコプター、小屋を押しつぶして上陸する装甲車、もうもうたる煙……。
フレームの中を、それはそれはギッシリと珍奇な被写体が埋めつくしているのだが、それをなめらかな横移動で撮るセンスがいい。


有名な「ワルキューレの騎行」を流した攻撃シーンも、ヘリからの主観カメラを主体に、たえずカメラが動きつづけている。地上からの視点では、PANでヘリを追う。
Mv5bnjgznwi4ywitnmrlms00nmy1lwe1zweフレーム内で起きていることは暴力だが、カメラの動きは優雅。そこが狂っているのだと思う。もしカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した理由が“芸術性”ならば、被写体と動きとのギャップに、それが宿っているんだろう。被写体そのものは通俗的なので、撮り方によっては凡百のアクション映画になっただろう。
撮影は、80~90年代にかけて大作を続々と撮ったヴィットリオ・ストラーロ。


だけど、『地獄の黙示録』はオタク向けというか、内にこもった映画だと思う。
兵器や美女を「本当はこうじゃなかったんだろうな」「面白く描いてるんだから面白がってもいいよな」と、無責任に観ていられる。同じ戦争を描いていても、『カティンの森』や『サラエボの花』のように社会に向けて告発する映画ではない。
『地獄の黙示録』を観ている間だけは、映画のために映画を観るだけのシネフィルや素人評論家でいても許される。「芸術として評価される余地」とは、すなわち「ビール片手に笑いながら見られる領域」という気がする。ゾンビ映画を笑って見るのは当たり前なので、それとはちょっと違う……賢しらぶっている自分を楽しむというか。

先日、広島と呉を歩いて『この世界の片隅に』、ひいてはフィクションへの認識が変わったように思う。歩くことで、頭の中の地図が出来上がっていって、自分の限界を少し壊すことが出来た。

(C)Zoetrope Studios

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