2018年6月23日 (土)

■0623■

月刊モデルグラフィックス 8月号 25日発売
●組まず語り症候群68回
ICM製のT型フォードと女性整備士3体のセットを取り上げています。来月から担当者が変わるので、またちょっと別の方向へ向かいそうな感じです。

月刊ホビージャパン 8月号 25日発売
A14x3svxcl_2●マックスファクトリー1/20ガウォーク
巻頭特集にあわせて、企画担当者にインタビュー。現場に真っ白なテストショットしかなかったので、あえて素組みの同スケールのミンメイを立たせて、グラフィカルな写真でページ構成しました。

●『ひそねとまそたん』16ページ特集
作品解説、キャラクター解説、各話解説、各メーカーの動向、合わせて4ページを手伝いました。
他のページは、岐阜基地への取材、実際のF-15パイロットへのインタビューなど、作品への興味をしっかりと誌面に根づかせた堅実な企画ばかりで、最終回直前に見るには、うってつけの内容です。

いつでも誰かが誰かの代わりをしている――「カウボーイビバップ」の熟成された作劇【懐かしアニメ回顧録第43回】
いつもは構図や演出のことを書いてますが、今回はシナリオに寄った部分です。
「お話」は感性に頼った、情緒的なものだと思われているでしょうが、シナリオは計算の塊です。シナリオの入門書を手にとってみてください。徹頭徹尾、ロジックです。僕の不得意分野です。
だから、この『ビバップ』の記事も、今ひとつ腑に落ちないと思います。フェイが銃を抜くのとスパイクが銃を抜くのは、ほぼ同時刻です。それまでの情報の蓄積、何を伝えて何を隠しているか、もっと厳密に測るべきです。何となくカッコイイ、ではなくて。


シナリオでは誰と誰が出てきて、舞台はどことどこで……と、物語の概略が見積書のように網羅されます。
ようするに、文字を読めば分かるような「物語」が一度、シナリオで完成するわけです。いったん完成したところから、カメラで撮る行為を「また新たに」始めないといけないのです。それだと戯曲と何も変わらないので、だいたい何を話すかだけ決めて、アドリブでカメラを回す監督が伝統的にいます。ジョン・カサヴェテスがそうだし、ヌーヴェル・ヴァーグやネオレアリズモ、彼らの発明を無意識に継承している作家は、今日でも数えきれないほどいます。

僕は、この2018年にアニメーションを題材に、シナリオの論理や演出効果などの分析をやることの空虚さを感じています。社会の中でのフィクションの位置づけが劇的に変わってしまったのに、1996年の『エヴァ』ブームの頃のような、テレビアニメの再評価、再整理、映像作品として価値を測り直す行為を、なんとなく惰性で20年も引きずっている感覚が、僕の中にはあります。
ホビージャパン誌で「各話解説」なんてものを書きましたが、わざとBOOKがどうとか、音響効果がどうとか、カメラの画角が、背景の筆のタッチが……と、文学的な評価をしないように努めました。セリフやシーンから、テーマやメッセージを読み解く試み自体が、あまりにクラシカルで無意味だから。


いや、本当は無意味ではなくて、「どうして泣けるのか」を上手に説明して、「それで俺はあんなに感動したのか!」とネット上で納得することには意味、価値がある。レビューなり評論なりの中身ではなく、手っ取り早く「そうだったのか、やっぱり神アニメだな!」と盛り上がること自体に価値がある。
「映画を一緒に行った友だちが引くほど、声を出して泣いた」「3度、いや4度、号泣した」「泣きすぎて席を立てなかった」とSNSに書くことに、おそらく価値があるんです。バカにしているのではなく、「こんなに凄い体験をした」「猛烈に感情が揺さぶられた」と不特定多数の他人に宣言することが、強く求められている。

僕がヒッチコック映画や黒澤映画の構図の完成度、カメラワークの必然性に言及するのは、考古学のようなものだし、もう死んでしまった研究家たちがたどった道です。だから、誰も共感しない。
最速で最新の映画を観にいって、誰よりも激しく感動を表現すること。「くわー泣いたー!」と、どのタイミングでツイートすれば「いいね」を押してもらえるか、そのノウハウを教える講座があったら、意外と面白いんじゃないかと、割と本気で思ってます。


ロジックでもなく、考古学的な演出解析でもなく、「このうえなく激しい体験」として映像作品が望まれているのだとしたら、4DXだのMX4Dだのも分かるんですよ。再現性に乏しい、期間限定の上映形式だから。

80年代、ぴあを抱えて名画座通いをしていた僕のような世代は、ぎりぎりクラシカルな映画評論に楽しみを見出せます。映画評論的なアニメ評論を読んでみたい、書いてみたいとも思います。だけど、それは20年前にも頑張ればやれたことだろうし、20年前は豊富に読めたような気もします。
あの時代に豊かな評論を読めた人たちは、「あれと似たようなものを書けばそれっぽくなるはずだ」と思い込んでしまっている。僕は書きたいから書いているけど、時代に響かないですよね。それを自覚しないと、仕事としては無益なことを重ねてしまいます。

僕はアニメ媒体からは剥離しつつあって、本当に信頼しあえる人たちと、やや変わった環境に仕事の場を固めつつあるから、それで気がつけたのかも知れません。

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2018年6月19日 (火)

■0619■

4Dアニメ屏風「トキノ交差」によって、四宮義俊監督は何を“乗り越えよう”としているのか?【アニメ業界ウォッチング第46回】
T640_764048渋谷スクランブル交差点の四面モニターでしか完成映像を見ることのできない、インスタレーションのような短編アニメ『トキノ交差』の四宮監督にインタビューさせていただきました。
この一本が、すごい完成度というわけではないです。また、四宮さんに突出した才能があるとは、今は言い切れないと思います。YouTubeにアップされた動画を見て、イマイチだと感じる人がほとんどではないでしょうか?
でも、「ちゃんと渋谷駅前の交差点で見たか?」と反論できるところが、この試みの面白さです。「渋谷駅前でしか見られないなら、こうすべきではなかったのか」とは、誰にも言えないはずです。予定調和より、答えの見えないことの方が、ずっと面白いです。

Jウイング 8月号 21日発売予定
616uuqxpnql●変態飛翔生体 大図解
『ひそねとまそたん』記事、第2回です。今回は、第一回のようなドラマチックな出来事()は起きていませんが、やはり僕にとっては異種体験だったし、完成した記事は航空雑誌のページとしては正常なのか知れないけど、アニメの記事としてはタガが外れています。
僕が出したアイデアを編集長が10倍の濃度にして投げ返してきて、僕が手元にあるアニメ用資料の中から情報を付け加えて、また専門知識で投げ返されて……の繰り返しで生まれた2ページです。

今回は、キャラクターの絵は一枚もないです。その代わり、多分どこにも載っていないであろう設定画が掲載されています。


タミヤ模型の田宮俊作会長が「功労賞」を受けたとのことで、昨日、文化庁メディア芸術祭35524082_1743833632377210_274174896 の受賞作品展に行ってきました。
16日土曜日に俊作会長の講演があったのですが、予約こそしたものの、どうしても外せない打ち合わせが入ってしまい、行けませんでした。ですが、聞きに行った方たちは何とも微妙な感想を持っているようです。

「功労賞」だから、展示スペースが狭いのは仕方ない。だけど、リアルタイムでタミヤのプラモデルを楽しんでいる僕としては、受賞理由が「プラモデルの草成期から業界を牽引してきたから」なのが腑に落ちず、箱絵やロゴマークを今さら評価する姿勢にも首をひねりました。
エポックだったことは分かりますが、51年も昔のキットがロクな説明もなく展示されていて、最新キットがスルーされていたのは「功労賞」、「長いことお疲れ様でした」という意味なのでしょうか。アニメや漫画やゲームは、最先端のものが評価されてるのに、プラモデルだけは「素朴で懐かしいもの」「昔かたぎの職人が手づくりで頑張ってるもの」、ようするに『三丁目の夕日』カテゴリーに入れられてしまう。

そのレベルにまで落とした方が、選者や編集者が楽だし、受け手も楽に理解できるんですよ。楽に理解できるということは、そこから先へは入ってきてくれない、という意味です。


メディア芸術祭を叩いても仕方ないので、もっといい媒体で、いい記事を見てもらえるように努力するしかないんです。

簡単なことが、当事者の勇気がなかったり、段取りが下手だったりして、どんどん潰れていく。潰れないまでも、連絡や報告が雑すぎて、やむなくクオリティを落とさざるを得ないことは頻繁にあります。
どんなに才能やセンスがあっても、締め切りを守れない人には仕事は振れない。すると、ごく少数の人がたくさん仕事を引き受けざるを得ない。その現実を、ありありと肌に感じているところです。

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2018年6月 8日 (金)

■0608■

ニュータイプ 7月号 明日発売
Dfigjk4ucaefnoi『ひそねとまそたん』 小此木榛人役・梶裕貴さん インタビュー
ラストスパートに向かいつつある『ひそまそ』で、後半のキーパーソンとして意外な正体を明かした小此木を演じる声優、梶裕貴さんにインタビューさせていただきました。

とはいえ、僕は最初に予定されていたインタビュアーの代役でしかなくて、どういうページになるのか聞かされていませんし、いわゆる著者校もありませんでした。
梶裕貴さんのファンの方が楽しみにしてらっしゃるので、それで良いのかな……と納得しています。


谷口悟朗監督がアニメ雑誌に触れたインタビューが、ちょっと話題になっているようです()。
僕はもう、アニメ専門の媒体からは距離を置いていて、「アキバ総研」の連載は自分で興味のある作品や人にだけ、直接コンタクトをとるようにしている。インタビュー原稿は事前チェックはしていただくけれど、僕の名前が入る以上、最終的なテキストは僕が決定して、アップしてもらう段取りを組んだ。

というのは、アニメ作品について取材して、監督や声優さんご本人が「ちょっとこの発言は誤解を招きやすいので……」と修正を求めてくるのは分かりますよ? 赤だけでなく、青や緑、黄色で4重ぐらいに訂正が入って、全部つなげると日本語にならない場合さえあるんです。関連各社が、あれこれいじりすぎて。
たいていの編集者は、そのズタボロになったテキストを、そのまま使ってしまう。「文:廣田恵介」と出てしまうのに(笑)。
それに、読者さんに「アニメのインタビュー記事なんて、こんなに雑なものか」と思ってもらいたくないから、僕は最終的に文章を割ったりまとめたりするんです。「えっ、○○監督に修正していただいた文章をさらに直すんですか?」と編集者には青い顔をされるんだけど、当たり前でしょ、こっちだってプロなんだから。


僕は『機動戦士ガンダム』20周年記念のLD-BOX発売告知ページで、初めてライターの仕事をした。今年で、ちょうど20年目だ。
Dscn9007_5448『地球少女アルジュナ』のDVDブックレット制作を頼まれ、『創聖のアクエリオン』ではCDドラマの脚本まで書かせていただいた河森正治監督の『マクロスF』が放送されたのが、2008年。
前二作で仲良くさせていただいたので、『マクロスF』のメイキング記事は「アニメーションノート」と「アニメージュオリジナル」で、本当に好き勝手に伸び伸びとやらせていただいた。今でも誇らしく思っているし、読者からの反響もしっかり伝わってきた。

その時は、プロデューサーや監督と、ときには電話で口論するぐらい、じっくりと内容を煮詰めることができた。他の作品でも、夜中の3時にアニメーターから電話がかかってきて記事の修正を依頼されたりもしたけど、それはそれで納得して修正することが出来た。
それ以降、クリエーター以外の、広報とか宣伝とかの担当者が、無断で記事を書きなおしてしまうことが少しずつ増えていった。まったく違う文章のまま「文:廣田恵介」として出版されてしまったことを悔しいというか、とても理不尽に感じて。


一番ひどい時期には、広報担当者の「これって、ちゃんと自分で調べましたか? ウィキペディアをコピペして楽してないでしょうね?」という小言がゲラに書いてあって、そこまでいくと、権利者という立場を利用したパワハラだよね……。
文字だけの著書で絵を使ってなくても、作品タイトルを使っただけで版権担当者が電話してくるなんて話を聞いたことがある。権利者意識が、肥大しすぎている。

僕が最後に仕事した編集部は、メーカーや制作会社の過干渉を前提に、びくびくしながら作品を選んでいた。巻頭で○○という作品をやることになったので、廣田さんのページでも○○を取り上げてほしい、とか。そうせざるを得ないのは、僕が□□という別作品を提案しても、□□の広報窓口からずーっと返事が来なかったりするから。
仕方なく○○で行きましょうと決めても、1週間たっても2週間たっても、頼んだ素材が届かない。夜中どころか、朝までえんえんと待ちつづけている。

そんな猛烈なストレスを抱えながら、編集者はひとつも文句を言わない。「もう、僕が直接話しますよ」と言っても、なぜか先方の担当者名を教えてくれない。
あなたは誰のために、何を守っているの? どこの誰にこの記事を見せたいの? メーカーや制作会社から怒られまい、と我慢しているだけじゃないの? もはや、僕の意図したページからかけ離れた内容に変えられてしまったし、もういいよ、こんな屈辱に耐えてまでアニメの記事をつくる理由はないよ……ってことなんです。もう、主体性がガリガリと削り取られていくから。


いま、三鷹コラルという商業ビルで『この世界の片隅に』資料展をやっているけど、こっちはDscn8600 ストレスが皆無に等しい。昨年の『魔法の天使クリィミーマミ』ビジュアル展も、版権窓口の方、商品担当の方とひとつひとつ確認しながら、丁寧な仕事をすることができた。
もちろん最初は、こんな場所でのアニメのパネル展なんて影も形もなかったんだけど、地元に認知されてきて、仕事として回りつつあるんです。それで分かったんです。仕事って待つものじゃなくて、自分でつくるものだって。

あと、「Jウィング」の『ひそまそ』記事()みたいに、まったく別ジャンルにアニメの記事を持ってくるとか、横に広げる仕事なら、良くも悪くも、かつての僕のノウハウが生かせる。別の業種の人たちは、まったく新しい常識でアニメに切り込んでくれるから、すごく新鮮だし。
狭い業界の理不尽な決まりごとの中で、周囲の顔色うかがわう必要、本当にありますかね? 自分にとって楽しいことだけ、誠心誠意、やっていこう。濁った水を飲み干せなんて、誰からも強要される覚えはないからね。

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2018年5月29日 (火)

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「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」では、メカから吹き出る“煙”までもが演技している!【懐かしアニメ回顧録第42回】
51aglpjjjyl飯田馬之介さんが監督になってからの『08MS小隊』は、まずシローとアイナの関係を説得力あるものにして、周囲の状況も細かく整理しながらシローを主人公にふさわしい人物に仕上げてクライマックスに向かわせる、その悪戦苦闘の連続です。

第7話では、まずシローがアプサラスの外壁をよじのぼるシーンが「ギガント」そっくりなので、さすがは宮崎駿さんの演出助手だ、と感心します。
しかし、陸戦型ガンダムとアプサラスが交戦状況から雪山へ着地するため力を合わせるプロセスで、煙の描き方・使い方が変わっているように見えます。ラストで、シローと別れるアイナの姿を煙が覆い隠す演出は、誰でも気がつくと思います。

それを手がかりに、煙の動きを冒頭から追っていくと、対立していたふたつのメカ、ふたりのキャラを結びつけるファクターこそが煙のように思えてくるのです。
もちろん、こじつけだし、我田引水です。しかし、「監督はシローとアイナの再会と別れを印象的に描こうとした、だから印象的に見えて当然なのだ」では、何も言ったことにならないし、何も観たことにはならないと思うのです。


あるプロデューサーに熱烈に推薦されたので、立川シネマシティで『レディ・プレイヤー1』。試写会に行きそびれたので、あまり気は進まなかったのだが、キャラクタービジネスの今後について考えさせられた。
640「ウケ狙いでガンダムなんて出すの? だっせー」とタカをくくっていたのだが、ガンダムがメカゴジラに立ち向かうシーンでは、ずっと涙ぐんでいた。ちょうど1981年夏、玩具的ギミック満載の1/100ガンダムと出会ったときの「出来は良くないんだが、よくぞ発売してくれた(後は俺が改造する)」という、あの「イマイチなんだけど、だからこそ俺が介在できる」感覚に似ている。37年前の新鮮な気持ちに立ち返ることができた。


クライマックスで、悪役大企業のノン・キャラクター物の兵器や兵士と、版権つきのゲーム・映画・コミックのキャラクターたちがぶつかり合う。彼らを動かしているのは、お金もなく現実に希望を見出せない市井のファンたちだ。
現実世界で、巷のコスプレイヤーは版権元の許可など必要なくルックスや人柄で人気を集めているし、ヴァーチャルYoutuberはオリジナル・キャラなので、商品化の要望は彼らのところに来る。大企業がキャラクターを独占する状況は、古いものになりつつある。

“作家さんの自由です。日本のIPのように「このキャラは絶対にこう表現してください」「そうでなければ許諾しません」なんてことは、一切言いません。”(
「パクリしかできない」と蔑まれてきた中国のフィギュア産業は、ここまで先駆的な考え方をしている。一方の日本では、造形のことをろくすっぽ分かっていない版権元が監修を繰り返した結果、偏差値ばかり気にしたフィギュアが増えてしまった。

『レディ・プレイヤー1』には、特に優れたショットがあるわけではない。
だけど、キャラクターと生身の個人との関係に、楽観的な未来像を示してくれた。

(C)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED

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2018年5月26日 (土)

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月刊モデルグラフィックス 2018年7月号 発売中
1672318_o●「組まず語り症候群」第67回
今回は『ひそねとまそたん』推しなので、ハセガワさんの1/72・F-15J、たまごひこーきのF-15Jの2キットを取り上げ、さらにマックスファクトリーさんから発売されるプラモデルについて、担当者にミニインタビューを行っています。
巻頭のヘッドライントピックスにも『ひそまそ』記事があり、なんとマックスファクトリーさんとプラッツさん以外からもキットが出ます。どのメーカーか知ってるけど、いまのところ書かないでおきます。

月刊ホビージャパン 2018年7月号 発売中
Deaq4eguwaa7utf●バンダイと考える、これからのプラモデル
こちらでは、FiguriseLABOホシノ・フミナに関する6ページ記事を構成・執筆しています。フミナの企画と開発をなさった西村悠紀さん、山上篤史さんにもインタビューしています。

このお2人については、すでにWEBでインタビュー記事が出ています()。
模型媒体ではないので苦労したと思いますが、最先端の超絶技術で出来ているように見えるプラモデルでも、何十年も前から続いている「高温高圧で樹脂を流し込み、冷やして固める」基本原理からは逃れられないのです。
バンダイ製プラモデルの代名詞である4色成形(いろプラ)も、ぶっちゃけた話、金型を成形機に4回かけて順番に4色を流せば、原理的には同じ成形品が出来てしまう。4回も回していては時間がかかりすぎて、価格が上がってしまうため、短時間で一度に成形しているのだそうです。

昨年から今年にかけてスーパーミニプラ(キャンディ事業部)、ガシャプラ(ベンダー事業部)の企画や開発の方にインタビューしてきて、静岡ホビーショーでもホビー事業部の方たちに立ち話でいろいろ聞かせていただきましたが、プラモデルの成形技術は拍子抜けするほど当たり前のことが多いです。その「当たり前」が、模型誌の読者には伝わっていない。地味な成形過程にまで興味をもって聞きにいくインタビュアーも少ない。だから、僕にはあれこれと仕事が回ってくるんです。

中国からハイセンスな造形物を発信する“末那models(マナズ・モデルス)”って何だ!? 日本支社代表・神田修さんに聞いてみた!【ホビー業界インサイド第35回】
T640_761590_1プラモデルではありませんが、日本の造形作家の作品を、がっちり色を塗った完成品として販売している“末那models(マナズ・モデルス)”さん。2年ほど前に、たまたまネットで見つけて以来、ずっと気になっていました。
今回、個人的に日本支社の神田修さんにコンタクトをとって、インタビューが実現しました。

この取材は、先月に行われた上海でのワンフェスで、日本から中国へ渡った関係者がみんなショックを受けて帰ってきたように思えたので、あわてて企画しました。日中でのオリジナル造形物への温度差が感じられると思います。
日本のワンフェスの、小さなブースにしか行き場所のなかった造形作家たちが、中国では広々としたスペースで個展を開いてもらえる。個人がリスクを負うことなく、好きな作品を作れるし、お金にもなる。この動かしがたい事実を無視はできません。


FiguriseLABOの登場、食玩やカプセルトイの流通経路で販売される組み立てプラモのヒット、その系譜に連なるグッドスマイルカンパニーからのプラモデル発売、上海ワンフェスの開催……、この2018年は、模型文化に起きている変化が顕在化してきた年です。「進化」ではなく「変化」です。良いことばかりとは限りません。
個人的なトピックとしては、「組み立てキット」の概念を変えたNintendo Labo。もうひとつ、あさのまさひこさんの著書『MSVジェネレーション』も加えるべきでしょう。

これらの動向を無視して「プラモデルだけは昔から変わらず……」などとノスタルジアに浸っている余裕は、僕にはないですね。
逆に、新製品を「旧キットより精度が増した」「技術が向上した」などと、本質に届かない空疎なテンプレートで撫で回している暇も、やはりないわけです。変化にダイレクトに触れて、直球で届く言葉を探さねばダメです。


映画はチャップリンの『モダン・タイムス』、ジーン・ケリーの『雨に唄えば』などのクラシックを見ていたけど、若いアニメプロデューサーから推薦された『ビリギャル』。これが見事な出来だった。
Main_large小学生レベルの学力しかない女子高生が、どうすれば慶応大学に受かることが出来るのか。ミッション物としてかなり徹底されており、情緒的なシーンに流れそうになると、思い切ってバツンと流れを切ってしまうのが気持ちよかった。

後半、父親と和解するシーンも、セリフのレベルでは「お前は俺の希望だ」「今さら、分かったようなこと言うんじゃねえよ」と齟齬が生じる。ようするに、言葉上では解決しない。
ほぼラスト近く、父と娘の和解はカットワークによって達成される。大学に受かった娘が、父親の背中へ走っていく。画面右から左奥へ、ロングで。
次のカットはアップで、父親が娘をおぶる。そのカットはドンデン(カメラを反対側に据えてアングルを変える)で、父親の顔は右側、娘の顔は左側に配置されている。だが、娘の顔は高校生ではなく、なんと幼稚園児ぐらいの子供なのだ。

つまり、「父親が娘をおぶる」アクションだけは繋がっているが、時系列が飛躍している。大学に受かった娘は、ようやく幼児の心境にもどって、父親に甘えることができた。その心の変遷をセリフではなく、カットワークのみで語っている。
ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』のラストが、アクションのみ繋げて時系列を飛ばすカットワークだった。2015年の日本映画にも、60年前のヒッチコック映画のロジックが応用されている。それだけでも、めっけもんである。

(C)2015 映画「ビリギャル」製作委員会

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2018年5月21日 (月)

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J Wings  2018年7月号 本日発売
Ddn0nvbvaamiv34『ひそねとまそたん』樋口真嗣総監督インタビュー
カラー見開きで樋口さんのインタビューをメインに、作品紹介、キャラクター紹介などを構成しました。
「なぜ、ミリタリー専門誌にアニメの記事が?」「どうせ、プレスリリースをメーカーが送って、編集部が穴埋めに使ったんだろ?」 いえ、ぜんぜん違います。
『ひそまそ』というアニメには自衛隊の戦闘機が出てくるので、だったら国内の戦闘機を専門的に扱った雑誌でアピールすれば? っていうか、どうしてそれをやらないの? と言い出したのは、航空機メーカーに勤める私の旧友なのです。


その友人には具体的なメリットはひとつもないのに、イカロス出版さんに連絡をとってくれて、「Jウィング」「MC☆アクシズ」、両誌の編集長、営業担当の方も出席して、とりあえず『ひそまそ』で何か出来ないか?というブレストを行いました。
その場で、Jウィングさんが「掲載するとしたら、テレビアニメとは縁のないウチがやるべきでは」と判断し、とりあえずモノクロ半ページ。そのスペースで何が出来るか、誰ならインタビューがとれそうか、僕もすべてのカードを出しました。それと、締め切りまで10日しかありません。当然、自分のスケジュールも織り込んでアイデアを出します。

その夜、Jウィング編集長さんが、ダメモトで社長に直談判。モノクロ半ページが、カラー2ページになりました。
即座にワーナー・ブラザースさんの広報に連絡をとりますが、何しろゴールデンウィークのまっただ中。最初は「あまりにも日数がないので、期待しないでほしい」との返答でした。この時点で、最初に想定していたインタビューイは、NGとなりました。


そこで誰も「もう無理だ、やめよう」と言い出さなかったのが不思議で、僕はワーナーさんに「せっかく門外漢の雑誌がカラー2ページも空けてくれるのに、もったいないですよ」と話した記憶があります。
するとワーナーさんもさるもので、ほぼ夜中近くに携帯が鳴り、「明日なら、樋口総監督が動けるそうです」と言うじゃないですか。こちらは今すぐにでも出かけられる体勢でしたから、即座にJウィングさんにも連絡して、とりあえず取材場所は市ヶ谷駅前の喫茶店に決めて、監督、ワーナーさん、私、編集長の4人が集まることになりました。

樋口監督には、『ギャラクティカ』のトークイベントなどは取材しましたが、顔を合わせるのはフィギュア王のインタビューで、『日本沈没』の撮影現場にお邪魔して以来です。
だけど、Facebookで「どこも『ひそまそ』を取り上げないなら、僕が絶対にどこかでページとりますよ」と監督に約束したんです。いま思い出した。その約束は守れました。


インタビューは一時間ぐらいで無事に終わって、僕はモデルグラフィックス誌でも『ひそまそ』を取り上げたいので、そのまま航空自衛隊にぶっつけで取材に行こうと思い、防衛省に向けて歩き出しました。Jウィングの編集長さんは、空自の広報室の電話番号を暗記していたので、その場で電話して、とりあえずその日の取材はNGとなりました。

「しまった、樋口監督にサインをもらうのを忘れた……!」と、編集長が言います。読者プレゼント用のサインです。あわててワーナーの担当さんに電話しましたが、つながりません。もうバラして電車に乗っちゃったんだなあ、とガックリしていたら、「あれあれ、あの歩いてくる人って樋口監督ですよねえ?」と編集長が指差すんです。さっきの喫茶店とはぜんぜん別方向なのに (何しろ僕たちは防衛省に向かって歩いていましたから)、樋口監督も「あれ? どうして俺がこっちに来るって知ってたの?」と驚いています。どうも、その近辺に自衛隊グッズのお店があって、監督はそこに寄りたかったようです。
Kimg1126「いえ、実はサインをお願いしたいのですが」「いいよ」ということになり、近くの神社でサインをいただきました。「この神社って、品川くんから逃げてきた人たちを撮るのに使った所だよ」「えっ?」「品川神社が使えなかったから、ここで撮ったの。それで、さっきのお店を見つけたわけ」という、『シン・ゴジラ』つながりのオチでした。


帰宅して、その日の夕方ぐらいに原稿をアップしました。ラフも切って、画像と一緒に編集部に渡しました。その時点で、校了日まで4日ぐらいだったので、そういうときは通常の3倍で書きます。もちろん、クオリティを落とさず。内容は自信あります。絶対に面白い。

今回の仕事は、「想定外だけどパーフェクト」。最初に話を持ってきた友人はもちろん、関係者全員の即断即決で出来た仕事です。いま、三鷹コラルで開催されている『この世界の片隅に』資料展もそうですが、「アニメなんだからアニメに興味ありそうな人たちの方だけ向いてればいい」では閉塞するだけです。横や斜めに広げないと、面白くなりません。
アニメにまったく興味のなかったJウィングさんは、次号も『ひそまそ』やりたいと言うので、今日の午後、打ち合わせです。

チャップリンの『モダン・タイムス』を観たので、台湾のドラマー、羅小白さんのパフォーマンスと絡めて書きたかったのですが、それはまた機会があれば。

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2018年5月17日 (木)

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EX大衆 6月号 発売中
Ddjg82evmaejobv『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 誕生 赤い彗星』マスターガイド
CGプロデューサーの井上喜一郎さんにインタビューさせていただきました。井上さんとお会いするのは、『ゼーガペインADP』のブックレット以来です。
EX大衆誌でアニメやSFX映画の記事をまかされるようになって、もう十年以上になります。かつてはテキストが少なめで、煽るような茶化すようなテキストを求められました。今の担当者になってから、自分たちが本当に良いと思った部分だけをぎっしりと書く方針に変わりました。


今週末の19日(土)から、三鷹駅南口の商業ビル「三鷹コラル」で、32765396_1706292052798035_146402158 『この世界の片隅に』資料展が開催されます()。6月1日~3日までの広島物産展と連動した企画で、物産展を企画された広島市出身の方、地元で上映イベントを企画された方たちの働きかけで実現しました。アニメ業界と関係の薄い方たちとアニメの話をすると、新鮮な気持ちになれます。
僕はMAPPAさん、ジェンコさんと連絡をとりながら、原画や背景画をお借りして、展示パネルを構成しました。ひさびさに、片渕須直監督ともお会いしました。

監督の個人事務所に行くと、ドアと窓が開け放たれていて、監督は窓際に腰掛け、カーテンをなでる4月の風の中で、メガネをかけて分厚い本を睨んでいました。
その知的なムードは、もはや“色っぽい”と言ってもいいぐらいでした。監督と話すと、何をどうやっても2009年の秋から冬にかけて、『マイマイ新子と千年の魔法』が苦境に立たされていた頃の雰囲気になって、あの頃の資料がポロッと出てきたりします。
『この世界の片隅に』の成功がなかったら、きっとほろ苦いような気持ちで、そうした資料を見ることになったんだろうなあ、などと思いつつ……。


“「オタクは性犯罪者」という偏見があるが、僕は「スポーツは乱暴者がエラぶっていて、一般的なモラルが全く通用しない理不尽な世界で、子供の教育に本当に悪い」って偏見持ってますけどね。”(

“大学の体育会系のクラブやサークルで輪姦事件が続いても「スポーツで体を鍛えすぎると性欲が強くなって性犯罪に走りやすい」とか「チームの一体感などを刷り込むと集団で犯罪行為を行なったり隠蔽する危険性が」とは言わないのにね”(

“まさにこれだよね、僕たちの小中高生活を統治していたもの。()”

もう、あれこれ事件やニュースを引き合いに出すまでもないと思う。
高校時代、僕は甲子園を目指す健全な球児たちの「裏の顔」を反吐が出るぐらい見せつけられたし、怪我をしかねないほどの暴力を振るわれても体育教師は見ないフリをしていたし、スポーツ界に対して不信感と嫌悪感しかないですけどね……。
スポーツ界だと体力と政治力が結びついて露呈しやすいだけで、誰にでも「他人に言うことをきかせたい」支配欲があるんだと思う。僕のようにオタク業界でデスクワークをしていても、理不尽な要求を飲ませようと圧力をかけてくる人がいる。そういう人は、己の支配欲を制御できないんだと思う。


映画『ワンダーウーマン』を見ていてウンザリさせられたのは、冒頭に女だけが暮らす理想郷が出てくるんだけど、それが力の強い戦士が政治の中枢にいるマチズモ的世界であったこと。男性優位社会を、ただ女性のルックスで糊塗しただけ。
ポリティカル・コレクトネスに配慮して、女性監督も登用しているはずのハリウッドですら、父権的な社会から抜け出せていない。

残虐な犯罪が起きるたび、脊髄反射的に「死刑にしろ」とツイートする人が多い。僕は被害者遺族として裁判に出席して「容疑者を極刑にしてほしい」と意見陳述したが、もちろん通らなかった。人を殺しても求刑8年とか、そんな程度だったから。
「ムカつくから死刑でいいよ」ツイートを見るたび、愚民どもの野蛮な懲罰感情にたずなをつけるためには、そうそう簡単に死刑にできない法整備にしておいて良かったな、と思わざるを得ない。

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2018年5月13日 (日)

■0513■

HJメカニクス 18日発売予定
Dcvfohwvaaut4c9●第2特集「ガシャプラ 装甲騎兵ボトムズが僕らを幸せにする理由」
五十嵐浩司さんのサポートとして入りましたが、扉の写真撮影からページ構成までアイデア出しを行い、五十嵐さんがサンライズから借りてらしたアニメの画像も選んで、タイトルにいたってはグレッグ・イーガン『幸せの理由』(“Reasons to be Cheerful and Other Stories”)から拝借してますからね。
五十嵐さんは無二の親友ですが、今回ばかりは、さすがに私の存在がウザかったと思います……。


だけどやっぱり、ガシャプラの企画をなさった長谷川淳さんのインタビュー、これはロボプラモ好きは絶対に読んでいただきたい!
なぜ立ちポーズで固定なのか、固定なのに肩や足首がボールジョイントである理由、ぜんぶ書いてあります。だって、ボトムズを片膝立ちで飾る人はいないでしょ? 「いい立ちポーズ」をビシッと決めるためにグキグキと関節を微調整しまくっている人が大半では……。
あと、長谷川さんが赤字を入れたも図面も、なるべく多く掲載しました。文字が読めるといいのですが、1/24、1/35、1/48、1/60、1/20と、全スケールのスコープドッグが体の上を通り過ぎていった男たちのハートがズビビッと共振する「分かってる」感がギュウギュウに詰まってます。

たとえばラウンドムーバーの四箇所ある球体はそこで切れるんじゃない!とか。肩装甲の丸みは、もっと緩やかなんだ!とか。ソリッドシューターのスコープ基部は斜めだよね!とか。
いまボトムズというか、ガシャプラでロボット・プラモ、このサイズの立体物を作る意義と説得力が、ぜんぶ詰まってます。これが「2018年バージョンの決定版」なんですね。


そういえば、バンダイ1/20スコープドッグのプロポーションが途中から変更になっている……というインタビューに出てきた話を、11日の静岡ホビーショーでもB社の方に聞いてきました。まあ、とてもここには書けないお話を、たっぷりと聞かせていただきました。
その後、ホビーセンターに移動してFigure-riseLABO関連のインタビューをさせていただき……、朝から会場に行って、取材時間まで暇なんじゃないかと思っていたら、あちこちから声をかけていただき、立ち話で十分に楽しませていただきました。
Kimg1184_2モデルグラフィックスで5年ちょっと連載を続けて、Twitterで色も塗らないプラモの組み立て過程を掲載して、アキバ総研でもホビー業界インサイドの企画を提出して、取材先をぜんぶ自分で決めて……それらが、効いてきました。ちゃんと「プラモの記事を書いてる廣田」と認識されていて、嬉しいです。


『ボトムズ』で言うと、僕は20代の終わりごろ、WAVEから再販された1/60キットのパッケージ、塗装見本をすべて塗りました。下手でもいいから制作意欲を掻き立てるような荒々しい感じで、とのオーダーで、それこそ今日の食費すらないような状況下で塗りました。
『ボトムズ』は大好きだから嬉しかったんだけど、お金をもらえるレベルではないと気づいてモデラー業はやめて、今またこうして新しい1/60にプロのライターとして再会できて、感無量ですよ。昨日と明日がつながった感じです。

さっきまで書いていたFigure-riseLABOのページも明後日入稿でテキストはアップしてるし、写真も数時間かけて撮ったし、合計3誌で『ひそねとまそたん』の記事を書いているし、地元のパネル展も権利元と話しながら進めているし、明日も取材はあるし、仕事上のストレスは皆無に等しいです。
僕はもうプラモデルに色は塗らないし、「塗装すらできないヘタレのプラモ好き」として、悠々自適に仕事できています。ライターデビューしてから20年かけて、ようやく「自分の仕事」を作りはじめてます。

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2018年5月 5日 (土)

■0505■

ヒーローが目覚める瞬間は、こうして生まれる!「西遊記 ヒーロー・イズ・バック」日本語吹替版主演・咲野俊介、独占インタビュー!【アニメ業界ウォッチング第45回】
T640_759436ソフト発売のタイミングで主演声優の咲野俊介さんのインタビューをお願いしたら、配給会社さん、メーカーさんが頑張ってくださいました。吹き替えの技術的な話も聞けて、大満足です。
中国ではオタク層の熱烈な支持を受けて大ヒット、咲野さんが着てらっしゃるTシャツも、ファンたちが「もっと大人っぽいデザインにして!」と要望して路線変更したグッズの一部だそうです。
本国版・海外板のポスター・ビジュアルは、いずれもアーティスティックでクールなものばかり。こんな子供っぽい宣伝をやったのは日本だけのようで、世界から取り残された感覚があります。吹き替え板が出色のクオリティであることが救いです。


「Nintendo Labo」、少しずつキット内容を組み立てている。組み立てる過程がメインなのだから、やはりプラモデル的な製品なのだと思う。ゲームは(よく出来ているけど)、あまりにシンプルでオマケみたいな感じ。
Kimg1153プラモデルと違って、「Labo」はいちいち組み立てている相手のことを気にして、「疲れたかな? ちょっと休もうか」「ここはちょっと難しいよ」「でも間違っても大丈夫だよ」「いい仕事したぜ!」など、あれこれ話しかけてくれる。もう、それが嬉しくて嬉しくて、涙ぐみながら組み立てている。ドーパミンがどばどば出ているのが、よく分かる。首筋の裏側のあたりが、シュワーッと炭酸のように泡立つ感じがするのだ。

あるいは、「脳にアイロンをかけられる」と表現してもいい。ダンボールの部品を切り抜きながら、ときどき笑わせられ、誉められてホロリとして、だけど終わってから手に入るのはダンボール製の玩具と簡単なゲームだけ……なんだか、自分が無垢で純粋な子供に戻ったような気持ちになる。
おそらく自己啓発セミナーっぽいんだ、この世界……こういう書き方をすること自体、すでに予定調和のような、言いくるめられたような、不気味な快楽に漂っている。


だけど、もう逃れられない。明日も誉めてもらいたさに、ダンボールを切り抜くだろうと思う。そして、自分の感情の素朴さに酔いしれ、脳内快楽物質のトリコになるんだろうと思う。もう後戻りは出来ない……こんな新鮮で危険な感覚を味わうのは、20代の後半以来だと思う。

で、僕は「Nintendo Labo」を模型メーカーは真似すべきだと単純に考えていて、タミヤですら説明書が難解だという以前からの疑念に確信がもてた。タミヤ製キットの組み立て説明図の分かりづらい部分をメモするのは、「Labo」に触る前からやっているので。
Dscn8368_5041「Nintendo Labo」はダンボールを折りたたむべきところでは、ポワッと白い煙が出る。“漫符”の導入によって「折る」ことの重要性を示しているわけだが、バンダイは何年も前からニッパーで切るところに火花のような記号を配置して「切る」感触を強調しているし(本文中では四角い枠のニッパーのアイコンとなる)、音がするまで押し込むところには「パチン!」と擬音が書いてある。
むしろ、細かくて効率的にパーツ分割されたタミヤ製品が、直感的な説明をできずに損をしていると以前から思っていた。負けるな、プラモデル。応援するぞ。


ひさびさの映画は、ジョン・フォード監督の『荒野の決闘』。
1946年だから、『市民ケーン』より5年後か。酒場で手術するシーンは、『市民ケーン』のように計算されたライティングだったが、全体にセリフに頼った凡庸な出来だと思った。
Mv5bzgy0njfkyzityzewnc00ywzjlwfhyzgそれでも、いつくか感心させられるシーンがある。
理髪店でヒゲを剃ってもらっていたワイアット・アープ(ヘンリー・フォンダ)。その店内に、銃弾が飛び込んでくる。酔っ払ったインディアンが暴れているのだ。
画面左手に建物があり、インディアンが立てこもって銃を撃ったり火を放ったりしている。ワイアット・アープは画面右手にある階段を昇り、画面左手(つまりインディアンの立っている側)の2階窓を蹴破って、建物に潜入する。
アープが窓から建物内に入るとき、女性の悲鳴があがり、アープの「失礼、ご婦人方!」というセリフが聞こえる。まあ、それはアクセントにすぎないんだけど、なかなか気のきいた演出だ。

さて、2階窓から建物に潜入したアープはどうするつもりなのか? 心配そうな人々の様子がインサートされた後、アープは一階の玄関から、気絶したインディアンの足をつかんで、ずるずると引きずって出てくる。
アープが建物内でインディアンをKOしたこと、アープが凄腕であることが一瞬で分かる。それは画面左に向かったアープが、左から右に歩いてくる、つまり「行って戻ってきた」ことで強調される。


土砂降りの中、牛の番をしていたアープの弟が殺されているのが見つかる。
雨に打たれる死体を見せる前、雨水であふれた鍋、皿を映す。この方が、いきなり死体を見せるより不吉な予感がする。

ラストの決闘シーン、男が銃を構えて移動する……が、手前に柵がある。あるいは、手前で馬たちが動いている。視界に障害物を入れて、ストレスを感じさせる。ついには、右往左往する馬だけを撮る。こちらは決闘を見たいのに、あえて馬を見せる。画面いっぱいにうごめく馬たちは、「決闘はどうなるんだ?」と焦る僕たちの気持ちと同調する。
僕にとって、映画の「本体」とはシーンやシチュエーションを描写する力であって、全体的なストーリーは気にならないというか、意味をなさないことが多い。

「Nintendo Labo」を経験しても、映画の見方は変わらなかった。

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2018年5月 2日 (水)

■0502■

荒唐無稽な絵で事実を伝える「ルパン三世 ルパンVS複製人間」の演出力【懐かしアニメ回顧録第41回】
51pyc4gyl今回は一日しか執筆時間がとれなかったので、やや早送り気味にメモをとりながら見ていきました。石川五ェ門が敵を斬ったとき、画面そのものを切って左右にズラす、その演出にピンポイントで着目することにしました。

画面を割ること自体には、元ネタというか先例があると思います。チェコ映画の『ひなぎく』なんかは、まさに画面を切り刻みます。ただ、五ェ門が斬った、敵に勝ったという流れの中で劇的に使っているから、価値があると思うわけです。


ここ何日かは、GWの中休みなので取材に行って、帰って仮眠してから、その日のうちに原稿をアップして各方面に送って、翌朝はラフと作品解説を書いて送って……と密度の高い日々をすごしていました。
雑誌は、あとモデルグラフィックスとホビージャパンが残っています。どちらも連休明けに撮影です。片方は、静岡ホビーショーを前にして、インタビューが決まっていないという状況です。

あと、地元でアニメのパネル展をやります。その準備を4連休に当てたい。
ただ、版権元から最終確認と画像素材が来ていません。そういうときは、最低限の素材で何ができるか、バックアップを考えます。雑誌も同じです。「これがなければ、まったく何も出来ない」なんてことはないはずです。取材がないならないで、考察を書くなりすればいいわけです。

今は、決断力があって、シャキシャキと事態を前に進める人たちとばかり仕事できているので、ストレスはないです。自分に裁量権があるかぎり、僕は徹夜もします。そのあとで8時間ほど寝られると分かっているからです。誰かに「徹夜しろ」と言われたら、もちろんやりません。


おかげで、ぜんぜん映画を見られていないのですが、その代わりに「Nintendo Labo」を買ってきました。僕は離婚した13年前にゲーム機を捨てて、ずーっとゲームと無縁の生活を送ってきました。中毒になるのが分かりきっていたから。
31740077_1689056367854937_889015061だけど、「Nintendo Labo」はプラモデル的にヤバイよ、とプラモデルづくりの人から聞かされたので、いきなり4万円ほど投資して、その価値は十分にありました。

まず箱を開けると、「ソフトを起動させれば分かるよ」で、余計な注釈や説明が一切なし。あと、「ここは慎重にヨロシク」。ユーザーとの距離感が密接。ひとつでもパーツが出来たら「よし、よく頑張った!」と誉めてくれる。はい、プラモデルの説明書には一切書かれていないことばかりですね。

「Nintendo Labo」は作りかけのパーツを360度、モニター内で回して見ることができます。気のきいたプラモデル、たとえばバンダイのプラモデルなら「別の角度から見た図」が載っていて、それで十分です。しかしスケールモデルの説明図は、「別の角度が見るとどうなるか」「一連の作業を終えると何が出来るのか」、提示できていません。フジミ模型さんの艦NEXTは、パーツを組み付けおえた全体像をポイントごとに載せているので、勉強なさっているんだと思います。

だけど、プラモデルを作っても、プラモデル・メーカーは誉めてくれません。プラッツさんの『ガールズ&パンツァー』のキットだと、キャラクターが説明図の中から誉めてくれますかね。まあ、ユーザーとの距離感をもっと詰めてほしいと、いつも思っています。
だって、「Nintendo Labo」で名前を入力しておくと、「●●よ、お前の作っているところ、ぜんぶ見ていたぞ!」って話しかけてくれるんですよ。泣くかと思いました。もう、初めて道具に触ったサルですよ。僕には、プラモデルの説明図が「Nintendo Labo」を真似しない理由が思い当たらないです。
プラモデルには、他のメディアとタメを張ってほしいんです。ゲームも面白いが最近のプラモも面白いんだな、という状況は可能なはずです。今のプラモは、ユーザーに努力を求めすぎだし、「パーツ数の少ないスナップフィットでも組んでろ」では何も解決しません。


もうひとつ、「Nintendo Labo」ってガンダムっぽいんです。アムロが初めて乗ったときって、こういう感じだったのかも知れない。「武器ないのか、武器は?」とアムロがコクピットで言うと、おそらくガンダムのマイクが音声認識して、ピコーンとビームサーベルの位置を示してくれる。そうやって、解釈がアップデートできてしまう。
『機動戦士ガンダム』って技術論、インターフェース論でありつづけている。子供にも分かるような平易なインターフェースの兵器が量産されたら、そりゃあジオン軍は負けますよ。そういうストーリーだったんじゃないか、最初の『ガンダム』って?というように、斜めの方向から斬り込んで、考えていきたい。あれもこれも、すべて。

まあ、そんなこんなで。僕は犬や猫が、最後の瞬間まで自分が死ぬなんて露ほども思ってなくて水を飲みに歩いて行く、そういう生き方をしたいんです。

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