2019年3月11日 (月)

■アゼルバイジャン旅行記-6■

■3/7-1 怒りの炎
とにかく、宿泊費を踏み倒そうとしたドロボウのごとく見られてしまったのでね。もう、それ以上の最悪はないだろうと覚悟できて、重度といってもいい風邪を8時間の睡眠で治して、観光に出かけることにした。
バクー郊外、路線バスで一時間のところにある「ヤナル・ダグ」を見るんだ。とにかくね、もうドンドン行くんだよ。ここでめげていては癪だから。
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まず、ホテル近くのバス停から6番バスに乗って、Avresiya Clinicというバス停まで行く。途中、バスの故障だかなんかで全員が降ろされた。通勤時間のせいか、みんなイライラして、関係者に詰め寄っていた。怒るべきときに怒ることは、とても大事だ。
直後に6番バスが来たので、みんな料金を払わずに乗り換えた。そして、Avresiya Clinicは地下鉄駅もある大きなバス停なので迷わずに降りられて、今度は147番バスを待つ。
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これがもう、ひっでえボロバス。だけど、女性に席を譲ると、遠慮なく座ってくれる。小さな子供を抱いたお母さんが多かった。
そして、このバスに30分も揺られていると、ものすごい辺鄙な場所へ行って、大きくUターンしたりするから、「ヤナル・ダグ」って原語で書いたメモを運転手に見せる。言葉はまったく通じないが「まだ降りるな、ここじゃない」と手で制してくれたり、「おう、ここだぞ」と指差してくれたり、ちゃんと意志は通じる。スマホで現在位置は確認できるし、そもそもバスの終点なので間違えるはずないんだけど、やっぱり不安なんだ。Dscn2524_6676
何もない荒野みたいなところに、何か新しい博物館のようなものが建築中で、その奥にヤナル・ダグ。天然ガスが、半世紀以上も燃えつづけている小さな丘がある。Dscn2532_6683Dscn2529_6680
「どこから来ました? 日本? ようこそ!」と、真っ赤な頬の美人さんが歓迎してくれたので、たいていのことはどうでも良くなる。そして、ヤナル・ダグの近くはとても暖かいので、しばらくジッとしていた。

帰りはタクシーかな……と思っていたら、意外にも147番のボロバスが停車していたので、迷うことなく飛び乗って、午後はどこへ行こうか思案する。

■3/7-2 ぬいぐるみ、肉、殉教者墓地
地下鉄駅のある停留所でバスを降りたら、地下通路で、また巨大ぬいぐるみを売ってるんだよ! しかも両手に抱えて、大声で宣伝している。
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スマホで調べて、「殉教者墓地」へ行こうと決める。しかし、その辺りには食べるところがないので、この活気に満ちた場所で昼食にした。小さなレストランに入ったら、ウェイトレスのお姉さんがアゼルバイジャン語でコレとコレね、あと飲み物はコーラ?と勝手に話を進めてくれる。
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肉料理ばかり食べてきたけど、これがいちばん美味かった。野菜につけ合わせたサワークリームが肉汁と溶け合って、また別の味わいになって、残った肉汁をパンで掬い取って、徹底的に食べつくした。たったの4.5マナト(300円)、至福の味。

タクシーを拾って、殉教者墓地へ。
運転手は、もちろん英語は一言も話せなかったが、「日本人か? 日本はいいよね。この俺の車も、日本製だよ」と言っていることは、ジェスチャーで分かる。途中で遠回りしてガソリン・スタンドに寄ったんだけど、「ガソリン代は俺が払うし、遠回りした分は気にしないで」と言っているのも分かった。
30マナト渡すと、「えーと、この10マナトはガソリン代ってこと?」と、多分そういう意味のことを言っていて、10マナト返そうとする。だけど、俺はあなたみたいな誠実な人に儲かってほしいんだよ。
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殉教者墓地から、カスピ海を望む……。そうか、この国へ来て一週間も経ったんだなあ。
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で、殉教者墓地へはケーブルカーで登るものと思っていたが、降りるだけでもOKであった。片道、1マナト。
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写真中央が、ケーブルカーの終点。こうして丘の下から見ると、実際に炎の燃えている殉教者墓地への入り口の上に、悪趣味なヘンテコな建物にしか見えなかったフレイム・タワーが“燃え盛っている”ように見える。
こういう見立ては東洋的だなあ……などと考えながら、ものすごい北風の中、国立美術館を目指す。

■3/7-3 アゼルバイジャン国立美術館
国立美術館では、特別展示として日本展が行われていた。
あまり時間がないので、日本展と撮影代(写真を撮りたい人が支払う)はやめておいた。入場料のみで10マナト。
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でもまあ、それで正解だ。もし写真を撮りながら見て歩いたら、一時間ではすまなかった。それぐらい、濃厚な展示だった。19~20世紀のものが多かったが、「日本か中国のものではないのか?」と誤解するぐらい、東洋的な装飾品がある。
かと思うと、盾や鎧などの武装にはものすごく緻密に彫刻が施されていて、形と装飾との調和とぶつかり合いがあった。本格的なファンタジーアニメをつくろうとしたら、こういう物を見ておかないとダメだ。しかし、客は僕ひとりしかいなかった。もったいない。

なんとか、風邪にもトラブルにも負けず、朝から夕方まで歩きとおすことが出来た。帰りは、ビールとポテトチップスを買って、タクシーで帰った。

■3/8-1 ヘイダル・アリエフ国際空港
翌日は夕方の飛行機なので、ゆっくりと過ごした。
空港のレストランに入ったら、オヤジに「これはどうだ? 美味いぞ。ビールはどうだ?」と薦められて、それはいいんだけど、カードは使えないという。ユーロ札を出したら、高額紙幣以外、ぜんぶ持っていかれた。ヘイダル・アリエフ国際空港を使う人は、3階のレストランには要注意。最後の最後、まさかの国際空港でやられてしまった。
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そして、プライオリティ・パスで入れるはずのラウンジには、いろいろ条件があって入れない。水を飲みたいのだが、自販機でユーロは使えない。キオスクもない。トイレ前の水を飲む機械は壊れたまま……など、飢餓状態で飛行機に乗るはめになった。
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アブダビ空港で、ビールを補給。それからの12時間のフライトは、割とあっという間だった。少し寝られたせいもあるけど、6時間ぐらいに感じた。
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吉祥寺駅へのリムジンバスが出るまで時間があるので、成田空港で赤ワイン。
それにしても、成田空港で働く人たちは「帰りもお気をつけて」とか「おかえりなさい」とか、仕事と関係ない気のつかい方が素晴らしいと、いつも感じる。
そして小田急バスの成田~吉祥寺間は、都内の好きな順路を経由してくれて、いつも空いている。夕方ごろにこのバスに乗ると、何だか感傷的な気分になってしまう。

(おわり)

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■アゼルバイジャン旅行記-5■

■3/6-1 トラブル発生
シェキを離れる日になった。9時半発のバスのチケットを確保してあるので、早めに宿を出る。
ところが、宿を出てちょっと歩くと、レセプションにいたメガネの青年ともうひとり、荷物係の青年が走っておいかけてきて、「どうも支払い手続きがすんでないようだ」と言う。
こちらはエアトリで予約してカード決済しているので、腑に落ちずにいると、あちこちに電話をかけて確認して、過去の台帳もひっくり返して、ちょっとした騒ぎになってしまった。時間がかかりそうなので「今ここで払えばいいの?」とカードを出すと、カードはダメだという。なので、現金で120マナト。急いでいたので、領収書をもらうまで気が回らなかった。

結論から言うと、バクーに戻って別のホテルに泊まったその日の夕方、ベッドで倒れるように寝ているとレセプションから電話があり、「予約状況が変だ、支払いが行われていない。どうすればいいだろう? 明日の朝、相談したい」と言われた。
こちらもエアトリ経由の予約。現金で支払うと、納得してくれた。用心のため、チェックアウト時に領収書を発行してもらった。
[追記:ホテル側の言いかがりであったことが判明。バクーに宿泊する方、ガーデン ヴィラ ホテル (Garden Villa Hotel)からの二重請求に注意]

以前、オーストラリアで宿泊費の現金決済に苦しめられたときは、単に自分のチェックミスだった(バウチャーには、現地払いと明記されていた)。
しかし、今回は違う。ホテル側も、明らかに「おかしい、どうしよう」と当惑していた。もし詐欺行為を働くようなホテルなら、エアトリはリストから外すべきだろう。
この件では手痛い教訓を得たので、後述しよう。

■3/6-2 風邪薬
バスに乗ると、さいわい隣は空いていた。しかし、車掌は「窓際に座るな、通路側に移れ」などと理不尽なことを言う。まあ、たまにこういう偏屈なオヤジがいるんだ。
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(シェキのバス・ターミナル。タクシーはバクーのインターナショナル・バス・ターミナルへ向かって走り出したので、あわてて写真を見せて、方向転換してもらった。)

実は、シェキに来る時から喉が痛くてオレンジジュースを飲んでいたのだが、バクーへ帰るバス車内で頭がボンヤリしてきて、本格的に風邪になってしまった。
なので、バクー市内のインターナショナル・バス・ターミナルから、やや街外れにあるホテルへタクシーで移動後(なんと50マナトもとられた)、薬局で風邪薬を買おうと決めた。
スマホは便利なもので、ちょっと検索するだけで、近くにある「APTEK」(薬局)の場所を表示してくれて、おまけにアゼルバイジャン語で風邪薬をどう書くのか、表示してくれる。ホテルから「APTEK」まで歩いてメモを見せると、8.25マナトの風邪薬を売ってくれた。
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なぜか箱を外して、中身だけ売ってくれた。
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薬を飲むぐらいだから、しっかり食べておかねば……と、大きめのレストランで鶏肉のミックス、ターキッシュ・スープなど。酒は飲まず、オレンジジュースを頼む。
リック・モラニスのような若いボーイは「ジャパン?」と、笑顔で聞いてきた。
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一見すると、単にお洒落なヨーロッパの町並みなのだが、こんな大通りでも巨大ぬいぐるみが堂々と売られていた。この写真を撮ったあと、ヒゲ面のオヤジが近寄ってきて、怒られるかな?と警戒したら、なんか木のオモチャを持って「これどうだ?」なんて笑っている。男たちは、基本的に陽気な国である。

■3/6-3 顔
薬を飲んで、沈み込むようにホテルのベッドに横になると、レセプションから電話がかかってきた。前述のごとく、「どうすればいいだろう、明日の朝、話したあいたい」。
こんなに酷い風邪なら、明日は1日、ホテルで横になっていようかと考えていたところだ。またしても現金払いで納得してもらうしかない。あれこれ、細かなことが気になってきた。

とても印象に残っているのは、ホテルの主人の顔だ。
チェックインの時は、「ようこそ!」と、びっくりするぐらいの笑みだった。その時、ちょっと違和感をおぼえた。市場のオヤジたちの腑抜けた、それゆえに染み出るような温かい笑顔ではない。どこか、作り物の営業スマイルなのだ。
翌朝、レセプションに向かうと、主人は邪悪な笑みを浮かべていた。それはようするに、ドロボウを見る目だ。「こっちは不正を見抜いたぞ、どう言い訳するつもりだ、この詐欺師め」とでも言いたそうな、意地悪な顔。あの表情だけは、死ぬまで忘れない。
現金で払って「すみません」と謝っても、そっぽを向いたまま、薄ら笑いで「問題ありません」。なんて意地悪な、嫌な男なのだろう?

チェックアウトの時は、その顔からは完全に笑みが消えて、主人が持っている本来の、他人に対する無関心さが顔にあらわれていて、心底ゾッとした。人を信じさせるのも笑顔、騙すのも笑顔だ。
僕があまりにガックリしているせいか、その主人の奥さんらしき女性は腫れ物に触るように、いたわるような小さな笑顔で接してくれた。でも、僕を本当に憤激させたのは、エアトリのミスじゃない。主人の意地悪い態度だ。

(つづく)

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■アゼルバイジャン旅行記-4■

■3/5-1 山村キシュ
シェキに来た人が間違いなく行く観光スポットが、古代アルバニア教会。シェキから車で15分ほどの山村、キシュにある。
キシュの村は坂道になっていて、その頂上に石造りの教会が建っている。さて、キシュに行くにはバスがいいとかマルシュルートカ(小型の乗り合いバス)が近くまで行くのだ、地元の人に聞くのだ、道順はこうだ……など、いくつか情報がある。しゃらくさい。タクシーで、いきなり教会前まで行ってもらえた。
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シェキ町内から、15マナト。教会の写真をプリントアウトして持っていったので、それを見せたらノリのいいお兄さんは坂道をバンバン登って、教会前で降ろしてくれた。坂道の下にはタクシーがたむろしてるので、帰りの足はまったく心配ない。

教会には、寒さで鼻の頭を真っ赤にしたお姉さんが、ガイドとして常駐している。英語でいろいろと説明してくれるが、専門的な話が多くて、ほとんど分からない。
教会よりも面白いのは、このキシュという村だ。どこか、日本の山村に似ているのだ。
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家が石造りでなかったら、まるで日本みたいでしょ? アゼルバイジャンの人たちは親日的だと言われるけど、こんなところにルーツがあるのかも知れない。
一応、小さなスーパーやレストランの看板があるんだけど、ほぼ閉店同然。本当に人がいなくて、静かな村だった。

帰り道は、「これでもか!」というぐらいボロボロのタクシーに乗ったのだが、運転手は「俺はキシュの出身なんだよ!」と、誇らしそうだった。
行きが15マナトだったので、5マナト札を三枚渡すと、一枚しか受けとらない。「どうぞ」と渡しても、とにかく5マナトでいいのだという。笑顔で手を振って、別れた。
「タクシー=ボッタくり」の等式は、少なくともアゼルバイジャンでは成り立たない。

■3/5-2 昼からワイン

さて、ホテルで朝食をとったとはいえ、さすがに腹が減った。マップを開くと、昨日無視された店以外にもレストランがある。そこで無視されたら、スーパーでパンでも買おう。
すると、ヒゲのオジサンが「ひとり? どこに座る?」と、現地語で相手してくれる店があった。しかも、サラダだけでなく「酒もあるよ」と薦めてくれた。イスラム教国なのに、昼間からいいのか?
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肉汁がたっぷり染みこんだ米が、とにかく美味い。ワインを頼んだら、手でボトルのサイズを示すので、さすがにそれは飲みきれないため「小さいの、小さいの」と、やはり手で伝えた。写真のメニューが全部で7マナト(450円)。安い!

まだ午後いっぱいあるので、マップで観光地を調べてみた。森の中にあるシラグ・カラ城塞に行ってみたいが、タクシーで行ったとして帰りの足がなさそう。
歩いていける場所としては、“Shakikhanovs' Palace”という場所がある。暖かいので、30分ばかり歩く。その場所はマップに「子供向け」と書かれていて、近くに小学校でもあるのか、地元の子供たちが遊んでいて、挨拶してくれる。“Shakikhanovs' Palace”は閉鎖中で、トイレのみ借りて、元の場所へ戻って、今度はタクシーで「シェキ・ハーンの宮殿」に行ってもらう……が、同じ名前のホテルで降ろされてしまい、ひどい坂道を登る羽目になった。
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係の人らしい紳士が「中を見たいか?」と英語で聞いてきたが、歩き疲れてしまって、どうでもよくなっていた。暖かいので、ぼんやりとベンチに座って過ごした。シェキ観光は隊商宿が面白いそうだけど、俺は別に……というか、タクシーで町内の大型スーパーに戻ったら、完全に俺向けの観光スポットがあったよ! これは誰にも教えたくないぐらいなんだけど……。

■3/5-3 古市場
マップを見ると、スーパーの斜向かいに公園がある。その公園自体は何の面白みもないんだけど、なんか露店が出てるなあ……と、公園の反対側のエリアに足を踏み入れた。
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とにかく、花から野菜・果物から、香水やオモチャ、生肉や生魚、紳士服など、二重三重に迷宮化した露店が、ものすごい密度で櫛比している! 猛烈に興奮してきた。
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この極彩色の不気味玩具、たぶんロシアから輸入されてると思うんだけど……あと、幼児ぐらいの大きさの巨大ぬいぐるみ、こいつは首都バクーの大通りでも売られているほどの人気ジャンルで、割と普通のお客さんが、本気の目をして触ったりしている。
そして、この市場の真の魅力は、「俺を撮れ!」と迫ってくるオヤジたち!
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「日本人? サムライだよな!」「撮れたか? ちょっと見せろ!」と、とにかくコイツラ、うるさいうるさいうるさい(笑)。撮ったら撮ったで、仲間たちに大声で何か自慢してるし……女性たちは真面目に商売してるのに、コイツラは完全に仕事に飽きている。
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あと、このブルーシートっていうの? テントが綺麗なんだ。稲垣足穂の『星を売る店』の冒頭、「日が山の端に隠れると、港の街には清らかな夕べがやってきた。私は、ワイシャツを取り変え、先日買ったすみれ色のバウを結んで外へ出た。」……ギリシャのサントリーニ島へ行ったときも、この一説が頭をよぎった。
幻想的で、混沌としていて、下品で野蛮で、夢うつつな酩酊感があって、歩くのではなくて溺れまいと泳いでいる感じ。こういう場所に迷い込んだとき、「旅に来て良かった」と声に出てしまう。

■3/5-4 ザクロ
しかし、市場の出口近くで威勢のいいお兄さんがザクロを一粒食べさせてくれて、たちまちビニール袋にザクロを放り込んで「10マナトでいいぞ!」と押し売りしてくるのには、白けてしまった。
「アンタ、鞄のポケットが開いたままだよ」と注意してくれた電気屋(なんか電気部品を並べて売っている人)に「ありがとう、このザクロをどうぞ」と渡したのだが、いらないと言われてしまった。彼は「スパシーボ」と、ロシア語で答えた。
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ひとつかふたつならいいんだけど、こんなに食べられないし重たいし、どうしよう? ホテルにあげたら朝食に使ったりしてくれるかな? だけど、あの無愛想なお姉さんに「あげます」とは言いづらいし……そうだ、例の射的の看板を出しているオジイサンの店に渡したらどうだろう?

スーパーで惣菜パンを買うと(売り場のお姉さんは英語のできる美人)、今夜のビールを仕入れて、公園の店に向かった(ザクロの袋を下げて出て行こうとしたら、スーパーの人から万引きしたかのように疑われてしまった)。
店の前に、オジイサンが立っていた。アゼルバイジャン語で「市場で買いました。あなたにあげます」とメモして見せたのだが、「さっぱり意味が分からん」という表情。オジイサンは店内に声をかけ、英語のできる青年(といっても30代後半だろうか)を呼んだ。

青年は「店の中で、チャイを飲んでいかないか?」と、店内に誘ってくれた。オジイサンが温かいチャイを運んできてくれた。立ち上がってお礼を言うと、「いいから座ってて」と手で制した。
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さて、青年は頭が良く、「あなたの英語は今ひとつだなあ」と真剣に言ったあと、「Why」「How」など、質問の最初の語を強く発音した。おかげで、少しは会話がスムースに進んだ。ただ、青年が伝えたいのに、僕の言語力がついていけず、彼が呆れたりいらついているのは、手にとるように分かった。「日本の女性はどう?」と、わざと下品な顔をして聞いてくれても、どう返せばいいのか、とっさに英語が出てこない。
「だけど……すべてのことは、経験だよ」と、青年はかみしめるように言った。「Everything is Experience」……そして、「またの機会に」と、彼は話を結んだ。

■3/5-6 少年
ちょっと複雑な気分になったけど、ホテルへ帰る足取りは軽かった。
後ろから、小学生ぐらいの少年が追いついてきて「こんにちは。イッサム・ホテルに泊まってるの?」と聞いてきた。アゼルバイジャン語でも、それぐらいは伝わる。
真っ白な肌に、ピンクの頬の美しい少年で、何だかやっぱり、稲垣足穂の小説のようなムードになった。彼は、僕の横にぴったり付いて歩いた。ひょっとして、ホテルの子なのだろうか? ところが、彼はホテルの荷物係の青年に挨拶すると、「チャオ!」と踵を返して、別方向へ走り去った。

例の、美人だけどムッツリと無愛想なレセプションのお姉さんに、でっかい声で「ハロー!」と挨拶できた。「ハイ」と、彼女は短く答えた。
翌朝がチェックアウトだが、ちょっとした事件が発生した。

(つづく)

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2019年3月10日 (日)

■アゼルバイジャン旅行記-3■

■3/3-3 アイスティー
今回の旅では、本当にスマホとauの定額サービスに助けられた。ちょっと迷っても、MAPさえ開けばどうにかなる。バスの時刻まで分かるのだから、手放させない。ただ、欠点は電力消費が激しいこと。
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バクー市内の大き目のレストランへ入ると、すべてのテーブルにコンセントが備えてあって、助かった。ただし、やっぱりビールは置いていない。店員は英語が通じたが、「ビ、ビール?」と大げさに驚かれた。やむなくアイスティーを頼むと、またしても「ええっ?」という顔をされて、缶にストローのついた子供向けのような飲み物が出てきた。
上の写真すべてで8マナト。安い。
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昨日と同じ公園を歩いていたら、「頭の三箇所にチップを埋め込まれているので、日本人であるあなたに助けてほしい」と、なにかSF的な妄想を語る青年に話しかけられた。あまりにも寒いので、旧市街へ向かうのはやめて、ホテルへ帰ることにした。

さて、ちょっと早いがSPARでビールとポテトチップスを買って帰ると、あの色白のお嬢さんはおらず、メガネをかけた青年が座っていた。翌朝、チェックアウトする時も、その青年が椅子に座ってソシャゲをしていた。

■3/4-1 バクーからシェキへ
どうして前夜、夕方から寝たのか? 今日、首都バクーから6時間もかかるシェキという町へ移動するからだ。明るいうちにシェキへ着こうとすると、なるべく早い時間の長距離バスに乗りたい。インターナショナル・バス・ターミナルは市の外れにあるため、8時までにはホテルを出たいわけだ(アゼルバイジャンのホテルでは、朝食は8時から。このホテルは8時半だった)。

スーツケースを引きずって近くのバス停まで歩き、バクーカードを機械にかざして、路線バスに乗車。チャージ金額が不足することは、最後までなかった。便利なカードだ。
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(ホテルの裏手がこんな瓦礫なのだから、すごい場所に泊まっていたものだ。)
路線バスで、インターナショナル・バス・ターミナルを目指した。大きくて分かりやすい建物なので、降りるべきバス停はすぐ分かった(車内アナウンスはアゼルバイジャン語なので、まったく当てにならない)。
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こんなに大量のバスが停まっているし、まず間違えない。
チケット売り場はすぐに見つかったのだが、「シェキ」と書いたメモを見せると「2」と言われた。それは2番窓口という意味だったのだが、僕は2階にもチケット売り場があると勘違いして、上のフロアへ行ってしまった。
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2階より上は、こんな体育館のようなスペースと、あとは狭いところにゴチャゴチャとオモチャやら旅行鞄やらを並べた商店街(朝8時代なので、客はひとりもいない)があるだけ。すっかり迷ってヘトヘトになり、再びチケット売り場に戻り、ようやくシェキ行きのチケットを手に入れた。
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9時出発で、乗車は30分前だという。朝食がまだなので、売店でハンバーガーとコーラを買った。
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なかなか綺麗なバスだが、トイレはない。英語で会話できるチケット売り場で「トイレはどこですか?」と聞くが、これが通じない。乗車口のある下のフロアだったかな、男性用トイレを見つけられたのは。とにかく、無駄に複雑なんだ、インターナショナル・バス・ターミナルは。

■3/4-2 45分
長距離バスは、ほぼ満席だった。隣には、どこか憂鬱そうな青年が座った。その青年はシェキまで行かず、途中の工場で降りて行った。
9時に発車したバスは、12時すぎ、レストランに停まった。多くの客がトイレへ行く。レストランの入り口で、ガタイのいい青年につかまり、厨房まで連れていかれた。「バスは45分も停車する。だから、何か食べていけ」と言う。実際には、バスは20分程度しか停まらないので、シェキへ行く人は要注意だ。
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チキンを頼んだところ、こんなに大量にテーブルに並べられた。この中から食べた分だけを支払うのだが、20マナトもとられた。
何より、僕が食事を終えてバスに戻ると、ほとんどの人が着席していて、車掌にボソッと何か言われたのが気になった。ちょっと、気まずいムードになってしまった。

■3/4-3 シェキ
乗車中に尿意に悩まされることもなく、小さな町シェキへと着いた。バス停はやや町外れにあるので、さっさと明後日のチケットを買っておく。英語は通じる。
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シェキはとにかく小さな町ではあるが、タクシーは多いし、大きなスーパーマーケットもある。すぐにタクシー運転手が声をかけてきて、「町内一周してもいいよ」「眺めのいいところも知ってるよ」と、たどたどしい英語で話しかけてくるのだが、今はにとかくホテルだ。

綺麗なホテルだったが、レセプションのお姉さんはムッツリした表情の美人で、笑顔ひとつ見せなかった。この歳にもなると、笑顔というのは愛想ではなくて、心のあり方だと分かってくる。「笑ってなくても笑っている」顔だってあるし、「笑っているのに笑っていない」顔もある。
それが表面に出てこない人は、精神的に未熟で心が狭いんだと思う。

■3/4-4 パンチング・マシン
ホテルの近くに、ビールも売っている個人経営の店があり、「なかなか良いな。あとで買いにこよう!」と喜んでいたら、中で話していた若者たちがジーッとこちらを睨んでいて、僕のドアの閉め方が悪かったのか、店から出るなり「バン!」と、すごい音でドアを叩きしめた。
また、レストランへ入ると、3人も店員がいるのに、誰もメニューを持ってこないし、完全無視であった。「じゃあもういいや、さっさと帰って寝てしまおう」と、大きなスーパーでビールとポテトチップを買って、それを夕食にすることにした。
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ひでえ田舎町に来てしまったなあ……と、うんざりした気持ちでホテルへ向かうと、静かな公園があった。よく見ると、何か店がある……看板には、射的の絵なんて書いてある。というか、店先にパンチング・マシンなんてあるぞ?
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すると、左側の建物のドアからオジイサンが出てきて、「バーン! バーン!」とライフルを打つ真似をしたり、「ドカーン!」とボクシングする真似を始めた。笑って立ち去ろうとして、「変わったお店だし、写真だけでも撮っておくかな」と立ち止まると、またオジイサンが出てきて、遠くでボクシングの真似をはじめた。
「これはもう行くしかない、絶対面白いことになる!」と踏んで近寄ると、パンチングマシンを自分の硬貨でプレイさせてくれた。
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「いいか? こう構えて、ここを狙ってパンチだ!」と、アゼルバイジャン語でレクチャーしてくれるのだが、僕のパンチは今ひとつだったようで、表示されたスコアを指差して、大げさにションボリした顔をする。
そして、もう一枚コインを入れて「こうだよ、こうやって構えてドカーンと打つ!」と、熱烈にコーチしてくれるので笑ってしまう。それでも今ひとつだったようで、「今度はあなたのお金でやってごらん」という仕草をしたが、僕はポケットにあったコインを渡して、笑いながら手を振った。すっかり、心が温かくなった。
こんな辺鄙な田舎町にパンチング・マシン、そしてオジイサンのジェスチャーがミスマッチで、もう笑うしかなかった。

……このオジイサンとの話、翌日ちょっとした展開が待っているのである。

(つづく)

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■アゼルバイジャン旅行記-2■

■3/2-1 笑顔
廃墟のようなボロいホテルには似つかわしくない、どこか病弱そうな美しい人だった。笑顔ひとつ見せずに、部屋まで案内してくれる。
部屋からはベランダ(下図)に出られて、階段で下に下りられるけど、外からこの階段を使って部屋に入ってくることは出来ません……など、どうでもいいことを英語で、無表情にポツポツと説明する。いや、こんなベランダ(なのか?)を通ろうとは思わないでしょう……。
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最後に「外出するとき、貴重品は身に着けてください」と(これまた言わなくてもいいような注意事項)説明してくれたのだが、聞き取れずに「すみません」と返すと、その人は「ああ、もうまったく…」といった感じで苦笑して、もういちど頭から説明するのであった。凍りついたような表情が、一瞬だけ緩んだ。
そうした、本人が想定してないのに出てしまう小さな笑顔や、思いがけないリアクション。それが「美しい」ということなのだ。

何だか、その人のそばを離れて市街へ出るのが惜しいような気持ちになってしまったのだが、まだ午後3時なので、厚手のジャケットに着替えて外へ出た。
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こんな心寂しい通りに建っているホテルなのだ。そして、僕が出かけるとき、色白美人さんは目もあわせず無言のままだった。英語も通じないようなバカは、相手にしたくないのだろうか。

■3/2-2 カスピ海
とにかくカスピ海を見たくて、グーグルMAPで確認しながら歩きはじめると、大通りに面した公園がある。この公園を目印にすれば、ホテルへ帰るのに迷うことはないだろう。
などと考えて、公園沿いのケバブ屋をのぞいていたら、お兄さんに握手を求められ「まあ、中に入っていけよ」と、焼く前の肉を見せられ、かなり強引に注文を迫られた。
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こういう小さなお店ではカードは使えないのだが、たいした値段ではなかったはずだ。何度か「ビールある?」と聞いたけど、スルーされてしまった。

バクーの旧市街付近は、車がひっきりなしに行き交っていて、信号は少ない。通りの向こうに渡るには、地下歩道を使う。
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この向こう側が、海沿いの公園になっている。
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トイレはチップ制で、掃除のおばさんが手を突き出してくる。コインがないので、1マナト札を渡してしまった。
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初めて見たカスピ海は、かすかに潮の香りがした。塩水湖とのことなので、気のせいかも知れないが。
とにかく風が強くて寒いので、走るようにして公園をグルッと回る。巨大なチェスを動かして遊んでいるオジサンたちがいた。
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ホテルへ帰って、小さな扉の横にある壊れかけたブザーを鳴らす。すると、あの美人さんが顔を出して、「あっ…」とため息をつくような、ほんのかすかな無言の笑顔を見せた。
この人は、決して僕をバカにしてるわけではないのだ。やっぱり、表情は心の入り口なのだと思う。かたくなに笑わない人は、心の中が乾いているのではないだろうか。

巨大スーパーマーケット“SPAR”があったので、ビール(ロング缶しか売っていない)とポテトチップを買った。晩飯は、先ほどのケバブってことにしておこう。
旅先ではいつもそうするように、20時には床に入るのだが、階下の話し声が深夜に響いて、目が覚めてしまった。

■3/3-1 市場
翌朝は、観光名所であるゴブスタンの遺跡を見に行く。
早朝、あれこれブログを検索して、ルートを探った。195番のバスに乗れば、確実に行けるそうだ。
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このバス停は乗り換え客が多くて、ちょっとした市場のようになっている。活気があって、とてもいい雰囲気。(これこそがアゼルバイジャンの魅力なのだと、数日後に実感させられる。)
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ホテルの朝食が、ややお粗末だった(客が僕ひとりのようなので、ちょっと出し惜しみしたのかも知れない)ため、パン屋で菓子パンのようなものを買う。「これひとつ」と言えば、街頭の店でも英語など使わずに買える。
しかし、猛烈な寒さの中、いくら待っても195番のバスは来ないのであった。40分ぐらい待ったと思う。もう、寒さに耐えるのも限界だ。

■3/3-2 ゴブスタン
そうこうするうち、タクシーの客引きが来た。
ゴブスタン遺跡へのルートについては、誰もはっきり「これで間違いない」と明言していない。それぐらい難解なのだ。バス停から遺跡の入り口まで4キロだけなのにタクシーで100マナトとられた、市内からの往復で200マナトだった、いやガイドしてくれて350マナトだ……と、さまざまなブログを見てきた。
結論から書くと、このバス停から片道一時間ほど、ゴブスタンまで往復してくれて、遺跡の案内も丁寧にしてくれて、50マナトであった。タクシーなら100マナトは覚悟していたので、これは格安だ。市街までは、プラスして10マナト。

英語のできる友人に電話して、「全部で50マナトだよ」と眠そうな友人が説明させるのには笑ってしまったが、タクシーの運転手は親切だった。たとえば、僕が道ぞいのガス田を熱心に見ていると、「コレだよ、コレ」と百円ライターを見せてくれたり、ソーラー発電設備の前を通る時、「あれはコレだよ」と車内の蛍光灯をトントンと指差したり、ひとつも自分の得にならないことをいちいち説明してくれる人に、悪い人はいないと思う。
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そういえば、こんな写真も撮ってくれた。「トイレは行かなくていい?」とか「展望台があるよ」とか、こっちのペースを考えて歩いてくれて、ミュージアムはちょっと子供じみているので、面白いところだけ見せて「ハハハ」と笑って通りすぎて。
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ゴブスタン遺跡は、こうした素朴な岩絵が有名ではあるけど、僕は別の惑星へ来たような岩山の造形に魅了されていた。
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こんな写真では、造形の面白さが伝わらないので歯がゆいけど、歩くたびに刻々と姿を変えていく奇岩は、いくら見ていても飽きなかった。運転手さんがガイドしていなかったら、2時間ぐらい歩き回っていたはずだ。
普通に歩いて回ると、1時間程度だろうか。ガイド付きで3時間、50マナトは明らかに安い。

旅好きの中には、いかに自分があこぎなタクシー運転手と戦ったか、いかにしてマケさせたか、武勇伝を語る人が多い。相手を怒鳴ってやったとか、完全無視したとか、もはやパターンになっている。
前回のジンバブエでもそうだったけど、謙虚でいい運転手も、いっぱいいるのに。

ゴブスタン遺跡を歩いて回ってタクシーに戻ってきたとき、運転手は近くの泥火山へは30マナト、天然ガスが燃え続けるヤナル・ダグへは20マナトだけどどうかな?と、スマホ内の画像を見せながら、提案してきた。
泥火山は近くのはずなので、30マナトは高い。逆に、ヤナル・ダグは街へ戻って北側へ行かなくてはならないのに、どうしてそんなに安いんだろう? 運転手さんとしては、そのオプションで儲けを出したいんだろうけど、市街へ戻るのに10マナト追加、とさせてもらった。
ちょっと残念そうだったけど、スマホの壁紙が、娘さんの写真だった。可愛がってるんだろうな。そういう人に、悪人はいないよ。俺がオプションを断ると、それ以上はゴリ押ししてこなかったし。

そんなわけで、まだ12時だけど、市街へ向かった。

(つづく)

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2019年3月 9日 (土)

■アゼルバイジャン旅行記-1■

2019年3月1日~8日まで、アゼルバイジャンに旅行してきました。
首都バクーに二晩滞在後、北にある小さな町シェキへ長距離バスで移動。二晩滞在後、ふたたび長距離バスでバクーに戻ってきました。
リアルタイムで「今日どんなことがあったか?」は、Facebookに投稿していたので、ブログでは別の視点から書くよう、試みてみます。

バクーとシェキしか行っていないのですが、全体の印象。
●3月上旬は、まだまだ寒い。僕はコートを持っていかなかったので、風邪をひいてしまった。
●物価は安い。バス代は0.3マナト(20円)。空港の自販機で2マナトの「バクーカード」を買い、5マナトほどチャージしておけば、心配なくバスに乗れる。古いバスの場合は、降りるときに小銭で払えば問題ない。古いバスは白色で小型なので、一目で分かる。
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●外食しても、大衆的なケバブ屋なら7マナト(500円)で、お腹いっぱいの肉料理が食べられる。やや大きなレストランでスープ、サラダを頼むと、22マナト(1,400円)と、やや高い。
もっとも安いと思われるバス・ターミナルのハンバーガーは、コーラと一緒に買っても2マナト以下。
●スーパーでロング缶で売られているビールは、安いのが1.6マナトぐらい。
●タクシーも安い。バクー市内でのちょっとした移動なら、5~10マナト(300~600円)。市内から空港へは20マナト(1300円)。ボッタくるタクシーは、僕は出会わなかった。多めに渡そうとしても「いらない、これで十分」と、受けとってくれない人さえいる。
しかも、タクシーはどこでも停車しているので、探すのに困らない。
●大きなレストラン、ホテル、有名な観光スポット以外では英語は通じない。しかし、それで困ったことは一度もない。
●「とにかく女性が美しい」と聞いて旅する気になったのだが、男性が人懐っこくて、アホではないかと思うほど陽気。女性で明るい人というのは、見かけなかった。

■3/1~3/2 深夜2時半、アブダビ経由で
僕はアブダビ経由でアゼルバイジャンへ行ったので、その話からしますか。
ギリシャへ旅行したとき、なんと24時間も便が遅れたエティハド航空、今度は一時間の遅れ。深夜2時半頃にアブダビ国際空港着。ホテルへの送迎車を頼んであったのだが、一時間も遅れたせいか、誰も現れず。
やむなくタクシーで、予約してある“Premier Inn Abu Dhabi Int Airport”へ行こうとしたら、「ハハハ、歩いていけるよ」と運転手が背中を叩いた。空港内にあるので、夜中3時でもレセプションはおろか、食堂まで開いていて、にぎやか。2時間程度だったか、濃い密度で睡眠できた。
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翌朝、朝食をとろうとしたら、「あなたの部屋番号は登録されてない」と言われる。レセプションで確認したら、追加で朝食代を払ってくれれば、それで食べられるという。
しかし、レセプションから送迎車を出してくれるはずのアルファ社の紙を渡される。送迎といっても、わざわざホテルの外へ出て、一分ほど走るだけではないだろうか……約束の7時より早くチェックアウトしたので、送迎車は使わなかった。
もっとよく調べておけば、送迎など頼まなくても良かったのだが……8000円以上も損してしまった。

アブダビを10時台に離陸すれば、アゼルバイジャンの首都バクーへは13時台に着く。
しかし、蒸し暑いほどのアブダビとバクーの気温差は猛烈で、バクーについた途端、ガチガチと寒さに凍えはじめる。
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ヘイダル・アリエフ国際空港は、アール・ヌーヴォー調だ。大きくはないが、清潔で静か。出て左側にバクーカードの自販機があるので、5マナトほどチャージしてからリムジンバスに乗る。リムジンバスでさえ0.3マナトだそうなので、公共交通機関は安い。
僕の泊まるホテルは中心街から離れているため、適当な場所で降りて、すぐタクシーを拾った。裏通りの辺鄙な場所にあるため、高齢の運転手は40分も迷って(タクシー仲間や警官に聞いてまで)、ホテルへたどり着いた。10マナトと言われたが、迷わせてしまったので、12マナト受けとってもらった。

そして、ホテルの小さなドアをノックすると、息をのむほど色白の美女が顔を出した。
(つづく)

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