■0507■
三鷹北口の某カフェ、連休の土曜日なので開店時間に2~3人が待っていた。
女性の店主が、センスのいい映画ポスターを店内に貼って、のほほんと経営している。コロナで2~3年ほど開店したり休んだりしていたが、ようやく通常営業に戻った。僕は窓際の席に座って、40分ほどかけて読書した。
……が、ここまで来るのが大変だった。
まず、出かける前に新しい喫茶店へ行こうと決めて、開店時間を調べた。ランチタイムにぶつかっているので混雑するかも知れないが、その時はその時だ。ちょっと窮屈な席に座ることになっても、まあ仕方ない。そんな気分で出かけた。
気温は28度で、かなり蒸し暑くはあるのだが、タオルで汗をぬぐうほどではない。ところが、その店に入って着席した途端、服の中を汗が流れるのが分かるぐらい、滝のような汗が噴き出てきた。
店主は女性、2人のお客も女性。席が少ないので、僕はひとりの女性客と向かい合うようなところに座ってしまった。本当は、その人の視線をかわせるソファもあったのだが、4人席なので遠慮してしまった。
(念のため言っておくと、その女性客がじろじろ見ていたわけではない。何というか、見られても仕方のない場所へ座ってしまった、その関係性が怖いのだ。)
いつもなら、10分ぐらい何とか我慢すれば、汗はひいていく。ひさびさに「これはヤバイ」と思ったので、財布から精神安定剤を取り出して飲んである。しかし、女性客の視界内で汗を拭きつづける無様さに耐えられず、一度机に広げた本やスマホを片付けて、「ちょっと気分が悪くなってしまって」と、席を立った。
お金はいらないとのことだったが、店主は呆気にとられていた。こちらに向いた席に座っている女性客も、「?」という感じで見ていた。
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店内にいる間は、地獄の釜の中に縛られているような逃げ場のない気持ちだったのに、外へ出たとたん爽やかな風の中に解放されて、たぶんサウナってこんな快感なのだろう(徒歩2~3分のところにサウナがあるようなのだが、マナーが分からないのが怖くて、行ったことない。こんなに気持ちいいなら、行ってみたい)。
大通りを歩いて、2年ぐらい前に行っていた今ひとつ冴えない喫茶店へ行ってみようか?と足を向けた。思い出したのだが、1日に一度、この緊張を味わえば、2度目はない。体質がそういう構造なのか、それとも思い込みなのか、とにかくそういう法則がある。だから、もう大丈夫のはずだ。
ところが、精神安定剤をもう一錠飲んでも、店に入る勇気が出なかった。また発汗しそうで、怖い。
どうしようかと周辺をさまよった末、もう少し歩いた場所にある上の写真の店舗へ向かったのだった。その頃には精神安定剤が効きはじめたからだろうか、それとも2週間ぐらい前にも来たから慣れてるのだろうか、何だかうきうきしたような気分で過ごすことが出来た。
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帰宅してから、先ほど食べずに出てきてしまったお店にメールを送った。お店のせいではなく、僕にはパニック発作の傾向があるのです……と。
お店の方はすぐに、好意的な優しい返事をくださった。そういえば、赤の他人にこの奇妙な緊張癖、精神科医ですら病名を与えられない症状を話したことは初めてのことだ。
元妻は、「精神安定剤を買う金がもったいないから我慢しろ」とまで言った。離婚後に好きになってくれた女性に打ち明けてみたが、「私も緊張することあるよ」と言ってくれた程度だった。僕は緊張のたびに、世の中から弾き出されたような疎外感に襲われるのだが、そこまでは分かってもらえない。
『エイリアン』のデザイナーである画家、H.R.ギーガーが日本のテレビ番組の取材で、工藤静香にインタビューされていた。
ギーガーは可哀そうに、女性を前にして緊張したのか、早口で何か話しながら汗をハンカチで拭っていた。僕は大学生ぐらいだったが、「同じ人が他にもいるんだ」とホッとした。それぐらい、この病気(?)は珍しい。
これは、一種の障害ではないかと思う。
自分でバリカンで刈るようになる前は、床屋へ行くたびに不自然に大量の汗をかいていたので、苦痛でならなかった。やっぱり、自分の外見に自信がないんだと思う。僕が親だったら、子供がどんなに醜くても、鉄壁の自信をもてるように育てる。僕は、そうではなかった。何かしら、家の中には対立があった。兄と母のケンカが終わると、今度は父親が怒鳴り出すという感じ。
だから、恋愛して女性に受け入れられることで、ようやく自分を肯定できた。ようやく、自分のような醜い出来損ないにも価値があると認めることができた。離婚してからキャバクラに通っていたのも、そういうことではないかと思う。
なので僕は、ホスト狂いの女性たちには「好きなだけ遊びなさい」と言いたくなってしまう。誰に騙されていようと、それは不合理な人生に対する復讐であり、復讐だけが傷をいやす方法なのかも知れないからだ。
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飛行機の中、バスの中、好きで行っているはずの喫茶店、どこで緊張状態が起きるかは分からない。
その遠因は、心の休まらなかった家庭にあると思う。体育ができずに、学校がつらかったことも関係しているだろう。
でも、皮肉なことに、この不合理に対する怒りが、仕事においては爆発的なエネルギーになる。他の人には、こういうエネルギーはない。そこそこのレベルで、受け身で満足してしまう。それは家庭や学校に居場所があって、嘆いたり怒ったりする必要がなかったからではないか。それはそれで、そっちの方が幸せなのかも知れない。
だけど僕は、そうではなかった。前触れもなく襲いかかる緊張状態が、僕の個性を決定づけている。個性とは身体のことなのだ。
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最近見た映画は『セブン』(二度目)、『ベルファスト』、『殺人魚フライングキラー 』。
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