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2022年8月 9日 (火)

■0809 雨女さんのこと-2■

前回、調理師として働いて、夜は吉祥寺のキャバクラでバイトしていた「雨女さん」のことを書いた。前回の記事は何度も読んで、少しずつ手を加えた。
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(店が終わると、よくラーメン屋か焼き肉屋に行った。上の写真は、店の近くにあったラーメン屋の朝4時ごろ……16年前のある日の写真だ)
雨女さんがラーメン屋に行きたいと言うのに、「焼き肉屋じゃないと駄目だ」とねじ伏せてしまったことがあった。ようするに、僕はそういう男だった。優しくない。わがままで、偏狭で傲慢なだけ。いつも不機嫌だった。
母の死は、とても大きなことだったのだと気がついた。母が死んだ翌々年から、母の遺言を守るかのように一人で海外旅行へ行きはじめた。「キャバクラへ行くお金を減らせば、もっと遠い外国まで航空券を買える」と、はっきり意識するようになった。
でも、母が死んで一年ぐらいは、まだキャバクラやガールズバーへ通って、誰か慰めてくれる相手がいないか探していた。僕のために、都合よく泣いてくれる見知らぬ嬢たちに甘えた。
なんてことだろう、キャバクラと関係ないところで知り合った女性たちが、母の死を弔って献身的に支えてくれたのに、それでは足りなかったんだ。僕はもっともっと、異性に甘えたかった。

せっかく優しくしてくれた(キャバクラ関係でない)女性たちに、ひどい態度で接していた。「ありがとう」の一言さえ言わなかった。海外旅行に行くようになり、キャバクラから足が遠のいても、まだ彼女たちは僕と会いたがってくれたのだが、やがて、僕の冷たく横暴な態度に、愛想をつかして去っていったんだと思う。
旅を重ねるうち、少しずつ、ようやく「他人」(「女性」ではなく)と穏やかな関係を築けるようになっていった気がする。それが今の僕の、誰とも深く関係を持たない静かな暮らしへ繋がっている。


話が、完全にそれてしまった。
もっともっと、雨女さんのことを思い出したい。このブログを読んでいる少ない読者たちに、弁明したい。キャバ嬢との関係なんて、ほとんどは金銭目当ての冷たくて気まずいものなんだ、だけど雨女さんだけは例外だったんだと。誰かに分かってもらいたいんだ。

はじめて店に行った翌日、僕は「今日もまた行くからさ」とメールした。なんと、雨女さんは「来なくていいです」「仕事に専念してください」と返事をしてきた。それで、ますます気に入ってしまった。たいていのキャバ嬢は、「楽しみに待ってます~」「私も会いたいです~」と心にもない営業メールをするどころか「今夜でお店やめちゃうので絶対に来て!」などと嘘をつく。誕生日プレゼントをねだるんでも、まだ会って2~3回なのに、10万円以上のブランド品を平気で要求してくる。
ほとんどが、そういう薄っぺらな関係だった。離婚して良かったのは、そういう上っ面のウソの感情を直視できることだった。「口でどんなに調子のいいことを言おうとも、本当は嫌われている」と、ありありと認識できた。人間に幻滅することはそんなに悪いことじゃない、図太くなれるし騙されずにすむ。


しょせんは店の決めたセット料金や指名料で成り立っている関係の中に、「もしかしたら本気なのかも……」と淡い夢を持てるところが、ああいう場所で遊ぶ楽しさなのだと、はっきり言える。嘘を嘘と認めたうえで、その構造ごと楽しむということだろう。
でも、だから……と往生際の悪いことを言う。雨女さんからは、キャバ嬢特有の、あのハナっから人間など信用していない空っぽなムードを感じなかった。

僕は何しろ、2~3日に一度はどこかしらのキャバクラへ出かけていたので、雨女さんの店でカードが限度額に達して払えなかったことがあった。翌日、現金で清算したんだけど、店の人たちに向かって怒鳴ってしまい、ちょっとした口論になった。
そのいざこざを終えて席に戻ると、雨女さんはしょんぼりして、椅子にちょこんと座っていた。「今日は楽しく飲みたかった」と、ぽつりと言った。その時、「すまない」「悪いことしちゃったな」とは思った。だけど僕は、その気持ちを言葉にも態度にも出せなかった。幼稚だったから。

『ハチミツとクローバー』の映画を立川へ観にいった帰り、ビアガーデンに誘った。雨女さんは、一杯だけ飲んで、自転車で「じゃーねー」と愛想笑いすら見せずにさっさと帰ってしまった。
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「やっぱり、この人と本当には仲良くはなれないんだな」「そりゃそうだろうな」と、こちらも白けた。そのまま、八王子のキャバクラへ行って、例のごとく朝まで一人でハシゴした。
あの時の僕の感情も、間違っていなかった。「ああ、この人つまらない思いをしているな」「退屈してるんだな」と、直感できる。だから、「私がんばるよ」「元気でてきたよ」などと雨女さんが言うときは、素直に受け取ることができた。嬉しかった、そういう前向きな言葉は。


僕以外に指名してくれるお客さんのいなかった雨女さんに、ようやく別の指名客ができた。
「良かったじゃない?」と、僕は言った。「うーん……」と、雨女さんの返事は煮え切らなかったが、それがどんな客なのか、僕は想像さえしない。もちろん聞きもしない。嫉妬もしない。思ってもいない、ねじ曲がったことを言わずにすんだ。彼女に対してだけは。セックスどころか、手を握りたいとさえ思わなかった、これも嘘偽りのない、本当のことだ。
支配欲の強かった幼稚な僕が、彼女と性的な関係を結びたいとだけは、露ほども思わなかった。当時は他の店の嬢とも映画に行ったりしていたし「王子バー」にも熱心に通っていたので、そもそも雨女さんだけに執着していたわけではない。……でも、それらは全て言い訳なんだろう。「もっと好かれたい」「仲良くなりたい」と、心のどこかで思っていたんだろうな。
(携帯の写真に写った僕を見て、雨女さんは「あ、オレじゃん」と言った。「オレ」って「あなた」って意味。その距離感が、本当はとても気持ちがよかった)

……つまり、こういうこと。「あの頃の俺は、無愛想で荒々しくて冷たかったけど、今は違うんだ」と言い訳したいんだ。母が死んで、他人に幻滅して、でも、そこから今の俺が出来はじめたんだ。本当の自分になれたんだ。自分を好きになれた。そう伝えたいんだ。
あの頃もお洒落だと言ってもらえたけど、もっと服に興味が出てきた。美術館にも行くし、喫茶店にも行く。何が良くて何が悪いか、今の僕にだったら分かるんだ。いろんな国へ行った。仕事も好きだし、野心もある。こんなに生き生きしている。これが僕なんだ。
雨女さんに堂々と、そう言えないこと。それだけが、僕の唯一の心残りなのだ。

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