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2022年8月30日 (火)

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「闘士ゴーディアン」(バンダイ)を組み立てて、動物マスコットと関節機構で300円キットの常識を改革する! 【80年代B級アニメプラモ博物誌第25回】
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ガンプラ登場直前に発売された、タツノコプロのアニメロボです。


昨日の月曜日は、上野の森美術館へ行ってから鶯谷を経由して日暮里まで歩き、谷中銀座のデザイン性の高さに驚かされた有意義な一日だった。
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地図で調べた昼飲みできる串焼きのお店が中休みに入ってしまい、だけど気分は最高なので、どうしても飲みたい……テラス席のある喫茶店は埋まっているし、いっそ、まるでセンスのないダサいエスニック料理屋で妥協するか?と悩みつつ、ちょっと坂の上まで出てみたら、本当に気分にぴったりの清潔な中華料理店があって、迷うことなくビールを頼んだ。
いつも「楽しもう、楽しもう」と思っていると、向こうから来てくれるものだ。もう本当に、「待っててくれた」ってタイミングで、その店が目の前に現れた。店の規模も空き具合も、飲み屋でなくて餃子が売りってところもピッタリで……。最初は、つまらない日暮里駅の反対側で遠くの喫茶店まで歩くかグダグダ迷っていて、完全に行き当たりばったりなのに、こんな事ってあるのか!


朝から、不思議な一日だった。
心療内科へ精神安定剤を処方してもらうため、月に一度は朝から病院前に並ぶのだが、この日の先生との会話が奮っていた。
私「行きつけの喫茶店で、マスクしてないことをとがめられてしまって」
先生「まだそんな人いるの? 店に言われたの?」
私「いいえ、常連客に言われました」
先生「そんな店、もう行かなければいい!」

さすがに病院だったので2人ともマスクしての会話だったが、先生が嫌マスクとは思わなかった。
その後、上野の森美術館で「マスクできないのですが」と受付で言ったところ、そのような旨を書いたシールさえ目立つところに貼ってくれれば、別にマスクしなくていいという。だから、マスクなんて「私は大人しくルールに従います」というアイコンでしかないんだよ。
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単なる公募展で、同じサイズの絵が大量に並んでいるだけだったが、中にはハッとさせられるほど手慣れた筆致の作家がいた。そういう人は地元ではそこそこ名前が通っていたりして、バカにできないんだなあと、よい勉強になった。


科学博物館はマスク圧が強そうだったので避けて散歩しているうち、鶯谷のラブホ街に迷い込んだ。
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こんなガシャポンの置いてある案内所があって、風俗嬢と客……というカップルが、いたるところにいた。
嬢はミニスカートで太ももがむちむちしていて、気の強そうな人が多かった。客は千差万別で、さえないオジサンはまあ分かるとして、若くて爽やかなサラリーマンが「じゃあね」と、ホテル前で嬢に手を振っているのも見た。


まだ未成年のころ、付き合っていた同年齢の女性と上野の居酒屋で飲んだものだが (彼女が埼玉県に住んでいたので上野がちょうど良かった)、鶯谷のラブホに寄った記憶はない。根津~千駄木のラブホには、よく行った。
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(鶯谷ラブホ街のど真ん中にある、竹藪に包まれたバー。ここで客と嬢が待ち合わせたりするのだろうか?)

ご存知のように僕はキャバクラ大好きだが、せいぜいセクキャバどまりで、実際にヌイてもらうような風俗はなぜか好きではない。でも、お金だけで肌を重ねるその場かぎりの関係って、むしろロマンがある気がしてきた。

……雨女さんとの思い出のお好み焼き屋、吉祥寺「まりや」()のすぐそばのホテルで、デリヘル嬢を呼んだことがあった(だから、本当に思い出の場所だったら、そんな近くで風俗嬢と遊んだりしないだろうと我ながら矛盾を感じるのだが……)。
その嬢は陥没乳頭だったが、そこそこ若くて可愛らしく、ホテルを出たところで腕を組んでくれた。「そんなことまでしてくれるの?」と驚いたら、「イヤ?」と聞き返してきた。今となっては、ああいう刹那的な関係こそ貴重な気がしてくる。

雨女さんとは、店のオープンラストまで毎回8時間ぐらい話していたはずだ。
そんな中、彼女が「ねえ、そういうのはやめておきなよ」と何かアドバイスしてきたことがあった。何の話題だったかは覚えていないのだが、そういうシンプルな言葉の中に、嘘の入らない人だった。なので、泥酔しつつも「うーん、そうだな。やめとくかな」と従うと、「うんうん、やめときな」と同調してくれた。結婚していた奥さんとは、そういう気持ちいいやりとりが、一切なかった。
雨女さんとはいつも、テンションが高いわけでもなく、ドキドキするわけでもなく、のほほんと過ごしていられた。


あれから見た映画は『ワンダーウォール』、『ある日どこかで』。

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2022年8月26日 (金)

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16年前、雨女さんと観に行った『ハチミツとクローバー』を、プライムビデオで見てみた。
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雨女さんはキャバクラ勤務だったので、原則的に飲酒した状態で会っていたはずだが、2人とも素面で2時間もこんな退屈な映画を見ていたのか……というショックがあった。劇団四季の『ライオンキング』を見たあとは、「わたし感動しちゃったよ」と素直な感想を言ってくれたのに、『ハチミツとクローバー』の後はニコリともせずに帰ってしまった。つまんない映画だから、白けたんだろう。

今でも異性は好きだし街を歩いていて「なんと魅力的な人だろう」と振り返って見てしまうことさえあるが、恋愛にはこれといった理想のない自分に気がついた。だから、『ハチクロ』に出てくる片思いの人たちが、結局はどういう状態を望んでいるのか想像できない。
原作漫画を読んだ離婚直後のころは、それなりに作中の恋愛関係にロマンを感じていたはずだ。その映画版に雨女さんを誘ったということは、恋愛図式の中に彼女を配置したかったのかも知れない。
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(16年前、アフターで焼き肉屋に行った写真が出てきたので、再アップしておく。右は同じキャバクラに勤めていた彼女の友人。)
むしろ、互いの魅力を認めつつ、どれだけ自由でいられるか、そこに人間の値打ちが出るように今では思える。「相手に介入しない」「だけど尊重している」という意味では、僕はかなりのスキルを体得したと自負している。

あと、磯村一路監督版の『あさってDANCE』も見た。これも、Vシネマで見た1991年当時はドキドキしたものだが、今は恋愛という関係に建築的な未来があるとは思えないんだよな……。
むしろ、主役二人の相思相愛に感づいた裕木奈江が自分からは三角関係に立ち入らない、その大人っぽい判断に感心した。


一時期は300人ぐらいいたFacebookの「友だち」設定を、また何人か解除した。「そっちはそっちで幸せに生きてください」という程度で、怒りも憎しみもない。冷酷に聞こえるかも知れないけど、他人にそこまでの関心はない。他人を恨んでる暇があったら、自分ひとりで気持ちよくなれる遊びを探す。なにかを悔やんでる時間が、もったいない。

結局、親兄弟という関係は無論のこと、「友達だから」「仲間だから」などの自縛的な考え方が不幸の元凶なんだと思う。「親の前でも言えるのか?」「友達を裏切れるのか?」って言葉、脅迫的にしか使われないでしょ? 僕はそこまで他人を追わないし、追われたくもない。それほど期待もしてないし、急に嫌われても仕方がないんじゃない?としか思わない。裏切りによって金銭的な実害が生じたら、法的手段で解決するのみ。そこで下手に「信頼」なんていう形のないものに頼ろうとするから、面倒なことになる。
モラハラ気質の人は、その形のない感情部分を何とかコントロールしようと付け入ってくる。「信頼」とか「愛情」とかに振り回されている人なら、コントロールは簡単なのだ。
逆を言うなら、不幸な人は例外なく、形のないプライドだとか人間関係を信じすぎている。


日本への入国規制がようやく緩和されるそうで、海外旅行に希望が持ててきた。
しかし、海外から観光客が増えるため「外国人からの感染が広がりそうで怖い」と言っている人もいるそうで、ようはコロナの正体とは人々の排他感情なんだと思う。ちょっと地方に旅行するだけで「東京からのお客さん、お断り!」と入り口に貼ってある飲食店があった。
「マスクしてください!」という高圧的態度も、他人に対する漠然とした警戒心が形をまとったものに過ぎない。「人はいつか死ぬ」という本質を直視できない。「ひとりも死んではならない」「命は平等だ」などと、幼稚な思い込みの中に生きている。
実際には、一日に3千人も様々な原因で人が亡くなっているのに、そっちは見ようとしない。「コロナで死んだらどう責任とるんですか?」と、他人を責める手軽な道具がほしいだけなんだ。

そして、いまだに「自粛しないとダメ」「感染したらどうするの?」と言っている人は、「明日もしかすると死ぬかも知れない」レベルの、未来に対する漠然とした不安に耐えられないんだと思う。その弱さなら、分かる気がする。
陽性者になったら隔離されるかわりに保険金や大量の食料にありつけるそうで、それだけで生まれて初めて「社会」に救われた気持ちになる貧しさ……それは侮蔑して言うのではなく、僕だって20代のころの底辺アルバイト生活の絶望的貧困状況だったら、飛びついただろう。ほどこしを受けるような形でしか社会に生存を認められたと感じられない……、その感覚なら覚えがある。ワクチンを何回打ちましたと自慢げに話す人も、社会との接点が欲しいのではないだろうか。

要領さえよければ、公的な福祉だけで毎日酒を飲んで、合法的に楽しく生きていけるのではないか、「それで本人が幸せなら問題ないよね?」と僕は思っている。
だけど、それを恥ずかしいと感じたり、知恵が回らない(調べる習慣がない)ため不幸のループに陥っている人が、意外と多いのではないだろうか。そういう人にとっては、誰もが平等に我慢を強いられるコロナという状況は嬉しかったのではないだろうか?
意味のないマスクを我慢して着用することで、誰もがちょっとずつ借金を返したような、「得はしてないけど損は埋まった」ような気持ちになっているのかも知れない。でも、借金は返せてないんだよ。そんな表層的なことをやっているから日本は、不況から抜け出せない。
僕はそういう、「出来てないのにやったフリ」はしたくないんだよ。

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2022年8月24日 (水)

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月曜日は国立新美術館、李禹煥の個展へ。
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この画像は購入した絵ハガキをスキャンしたものだが、平面作品のほうが印象に残る。
規則的な点や線を描こうとしているのだが、人力なので途中でブレが出てきてしまう。絵の具も、描きはじめから少しずつ減衰していく。その時間と力の摩耗が、作品として立ち上がってくる。
同じ次元の話で、人間よりも大きな作品には作者の力の痕跡が刻まれやすい。小さな作品には、そうした体感が宿らない。大きな作品には、地球の重力も作用する。


気分がよくなったので、御茶ノ水駅近くの神田川ぞいのテラス席でビールをやって、さらに信濃町で下車してお気に入りのシェーキーズで続きをやってしまった。
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時間も15時ぐらいで早いし、曇り空なのに、ついついクラフトビールを頼んでしまう。翌日の取材は、さすがに二日酔い気味になってしまった。せめて仕事のある日の前は、気をつけないと……。いつも旅行の時は、店で2~3杯(会食の場合は4杯というパターンが多い)、ホテルに帰ってから缶ビールなどを2個ぐらいで、翌日は問題なく遊びに行けるのだが。


さて、すさまじい猛暑のなかを取材に向かい、今日はマスクを机のうえに置いて「これでいいですよね?」と聞いてみた。一度は口につけてみたのだが、息苦して耐えられなかったのだ。僕はもう、首から「マスクしてます」と書いたカードを下げていても同じだと思っている。
実は、ひとりひとりに聞いてみると、その人なりの性格や考え方に基づいて、マナーとしてマスクをしているんだな……と納得させられることが多い。喫茶店で「俺は形だけマスクね」「日本人は形から入るからさ」と話している人がいて、その感覚なら分かると微笑ましく思った。
なので、そこまで彼らをバカにしているつもりはない。ただ、人間は集団になると怖いのだ。

日本へ入国するための水際対策が、少しだけ緩くなるという。海外旅行しやすくなるので、3回目のワクチンを打とうかと思う……とFacebookに書いてみたら、ただのひとつも「いいね」が付かない。前にマスクについて不満を書いたときも、聡明な皆さんはきれいにその投稿だけ見なかったことにした。
そういうところが、気持ち悪い。「いや、マスクぐらいした方がいいよ?」「えっ、まだワクチン打ってなかったの?」と言ってくれればいいのに、黙って口裏をあわせる感じが、気持ち悪い。SNSってそういうものなんだろうけど……まあ、いいのかな。ずっと孤立して生きてきて、いまも一人で飲んだり旅したりが好きなんだから、お利口な方たちとは、ただ距離をおけばいいだけなのかも知れない。

高校時代、体育の時間ばかりか廊下を歩いているだけで嘲笑されていたことを、最近よく思い出す。大声でバカにしてくるのは、せいぜい2~3人。後の数十人は孤立を恐れて付和雷同するだけであった。あの連中が社会の大多数なのだと考えると、とても納得がいく。
彼らは具体的・積極的な改善策を思いつかず、理不尽なルールに黙って耐えることでしか生存権を獲得できない。悲惨なのは、いじめられっ子ではない。いじめっ子に態度や言動を支配され、保身のため自由を手放した“その他大勢”だったのだ。


さいきん観た映画は河瀨直美監督の『朝が来る』、口直しに庵野秀明監督『ラブ&ポップ』。
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登場人物が何かしら悲劇的な運命を背負い、映画のほぼ半分、泣きながら話す『朝が来る』には、日本社会の陰湿さがぎっしり詰まっているような気がした。
たとえば、新聞販売店の店主が、悩みを抱えた主人公に助け舟を出すシーン。自分の同棲していた彼女が、いきなり投身自殺してしまった過去話をするうち、涙声になってくる。そういう理不尽な悲劇を涙ながらに話すのは、脅迫だと思う。僕もよくその手を使って相手の同情を引き出していたから、よく分かる。若いころ、何も武器がなかったので悩んだフリ、泣いたフリで異性の気をひこうとしていた。

望んだ反応が得られなければ、相手を「冷たい人」と責められる。『朝が来る』の登場人物は、悲劇と涙を武器にして互いに殴り合っているようなもの。小声で「……ありがとう」と万感の思いでささやくような、もったいつけた演技の連続にも耐えられなかった。偽善よりは、みもふたもない悪意のほうがいい。
僕は人間の目に見えない「本質」なんてものを信じていない。目に見えるものしか、信用しない。

 ひさびさに観た『ラブ&ポップ』は、学生の自主映画のような好奇心旺盛なカメラワークが気持ちよかった。
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女子高生に変態性欲まる出しのオジサンたち、お金目当てであることを隠さない女子高生たちのほうが、涙声で同情をねらう偽善者より、よほど好感をいだける。黙って耐えてないで、自分の欲望を素直に認めたほうがいい。大多数の人にそんな勇気はなく、結果として損をさせられているのだから。人間は平等ではない、勇気のあるものが勝つ。

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2022年8月21日 (日)

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富野由悠季の監督デビュー作、「海のトリトン」はギラギラした怒りと渇きに満ちている【懐かしアニメ回顧録第93回】
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富野監督の初期三作、『トリトン』『勇者ライディーン』『無敵超人ザンボット3』は、いずれも海辺の町から始まります。
『トリトン』の第1話は、ここに書ききれないぐらい密度が高く、生活に密着しながら人間関係の軋轢を描く手つきは、ルキノ・ヴィスコンティ監督『揺れる大地』を想起させます。
実写映画と富野作品の関連は、一度どこかでじっくりと掘り下げてみたいです。『ザンボット3』も、かなりネオ・レアリズモに近いと思います。


外を歩くときにすっかりマスクをつけなくなったが、「マスクしてください!」と他人に注意するのは気持ちがいいので、この不思議なルールは長らくなくならないだろうと思う。
さすがに、マスクをつけないと入店できない店は珍しくなったが、店主が心配性だと分かっている場合は、入るときだけマスクをするようにしている。お気に入りのお店の店主と喧嘩するほど、僕はかたくなではない。

阿波踊りがノーマスクで行われたため、自称医療関係者やマスコミは数字を恣意的に扱い、祭の直後に感染が広がったと騒ぎ立てた。なぜ総理大臣がノーマスクで海外の要人と会談しているのに、僕や貴方が暑いなか歩くだけでマスクを着けさせられているのか、合理的な説明のできる人間はいない。心のどこかで「だって総理大臣はエラいから」と、「学校の先生はエラい」「上司には逆らえない」程度の幼稚な世界観を捨てきれないでいる。自己肯定できていない、自分の足で立っていない。自分自身の権利意識に鈍感だから、ひどい目にあわされているのに気がつかないのだ。
自分が苦しいのは自分のせいだと認めたくない。なにか「自分の外部」……例えばルールを守らない他人のせいで、毎日つまらないだけだ……という形にしておきたい人は、そこに「コロナ」の三文字を代入した。本当に解決すべき内的な問題を直視せずにすむからだ。


自己評価は異常なまでに高いのに、実社会では望まない仕事に従事させられている自己愛性パーソナリティ障害の人……たとえばシュナムルさんなど攻撃的なツイフェミたちがそうだが、彼らは他人が「生まれながらの性癖や能力によって満ち足りる」ことが我慢ならない。だから、それらしい理由をつけて、他人の娯楽……萌えイラストや阿波踊りを排除しようとする。
コロナの前から、ずっとそうだった。他人が楽しそうにしていると怒りだす狭量な人たちが、コロナという仕組みを発見し、それに飛びついたに過ぎない。「感染対策してください!」「マスク外しちゃ駄目ですよ!」……暑がる子供に「我慢!」と怒鳴る母親もいた。彼らはコロナが出現する前から他人を排除したり強制することで正気を保ってきたのだから、コロナの三文字が消え去っても、排除と強制だけは何らかの形で続けるだろう。繰り返しになるが、本当に解決すべき問題はその人の内部にあるのだから、勇気をもって内面を直視する以外、人生を改善する方法はない。
(マスク一色の猛暑の町を歩いていると、孤独になる勇気のある人は数えるほどなのだと実感してしまう。)

「俺は正しくコロナだけが怖いのだ」という人は、とっくに他人を許しているはずだ。たとえば、「俺の店ではマスクしてほしいけど、外では自由にしていいよ」といった具合に。しかし、まず何はともあれ「他人を許さない」ことが先行している人にとって、他人の行動制限ができて、他人の楽しみを奪えて、頭ごなしに怒鳴ったり怒ったりできるコロナは、あまりに使い勝手がいい。
いま日本で起きていることは、そういうことだと僕は解釈している。

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2022年8月19日 (金)

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まず、15日は角川武蔵野ミュージアムまで『ファン・ゴッホ ー僕には世界がこう見えるー』。
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月曜なら空いているだろうと思ったら、お盆休みとかで満員電車かと思うほどの混雑。ただ、ワンフロアの一角が丸ごとスクリーンになっているだけで、あとは年表(パネル)を並べた部屋があるだけで入場料2000円。もうひとつ会場があるのだが、そこは無料スペースだった。
マスクしないで入ったら、10秒かそこらで係員が走ってきた。それは前もって知ってはいたからいいのだが、なぜか多くの人は「みんなが集まるところ」へ行きたがる。そっちの方が怖い。わざわざ、縛られる方向へ行きたがる。人気店に行列したがるのもそう。社会心理学的に、何か行動原理があるとしか思えない。マスクを外せない理由も、何か心理的要因があるのだろう。


17日水曜日は、翌朝8時15分から『Gのレコンギスタ Ⅴ 死線を越えて』を見るため、昭島駅前に前泊した。
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現地で居酒屋を探して一人飲みするのは月に1~2度の贅沢なのだが、最近はちょっと回数が増えているかも……。2軒目は我慢して、ホテルでコンビニのワインと缶ビールにした。
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ところが翌日は、徒歩圏内で夕飲みしてしまった。気温はそこそこ低いし、この雨上がりの夕暮れを逃す手はないだろう。
夕陽を見ながら酔うとき、僕は「永遠」を感じようとしている。酒の酔いというものは、小さな死なのかも知れない。思えば、朝までキャバクラを渡り歩く、つまり朝に来てほしくない心境も、死に近づいている。死というと怖いから「永遠」と言い換えている。

それに対してコーヒーを飲むのは僕にとって「継続」であり、その後に仕事をする場合が多い。コーヒーだけ飲んで酒を飲まなかった日は、ちょっとは自分がマシに思える。でも、お店のレビューなどでランチや喫茶のことだけ書いてあって酒に触れてないと、ものすごく退屈な感じがする。それぐらい僕は、正気でいることをつまらなく思っている。


『G-レコ』劇場版シリーズは、富野由悠季さんへのインタビューが何度も重なったせいもあり、深く味わうことができた。
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ロボットや宇宙戦艦のせいで見慣れたルックスになってしまっているのが惜しくはあるが、根底には人間賛歌がある。日常的な芝居の前後を切って、アクションの途中を見せると、画面に映っている以外にも世界が広がっているように見える。 物語の背後に広がる暮らし、ひいては生命を肯定する視点を感じさせる。そこには、ベテランならではの演出技術が息づいている。

富野さんはしばしば、細田守さんをライバル視するような発言をしていたが、僕にはずっと疑問だった。
『竜とそばかすの姫』が配信されるようになったから見てみたけど、あまりに多くの関係者の思惑を盛り込みすぎたせいだろう、いったい何についての映画なのか把握できないほど、プロットがあちこちへ分岐してしまっている。それでいて、内気な女の子がネットの世界では大人気の歌姫になるとか、なんら切実さのない表層的な設定に頼っている。
キャラクターのリアクションが定型化しているのも、非常に気になった。
ここまで辛辣に言うのは、前夜に吉田恵輔監督の『机のなかみ』を見ていたせいもあるかも知れない。


吉田恵輔監督は『純喫茶磯辺』で注目し、次回作『さんかく』も絶対に面白いはずだと友人に伝えたところ、容赦のない人物描写に引いてしまったらしい。『机のなかみ』は両作品よりも前の作品なのに、なぜか見ないままだった。
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イケメン男子に片思いしているのに、その彼女と親友のような立場を演じなくてはならない可愛い女子高生(鈴木美生)が、精神的に壊れていく。父親は高校生になった彼女と一緒に風呂に入りたがり、家庭教師として雇われた青年も彼女に勝手なスケベ心を抱いている。男たちは、まるで頼りにならない。
すべてに失敗した主人公は過去に一度、家庭教師に連れていってもらったバッティングセンターへ、ひとりで出かける。そこで、思いがけずホームランを打つ(アップのカットに効果音を入れて、実にそれっぽく見せている)。しかし、家庭教師の言っていたような景品(テレビ)はなく、アイスかタオルだとセンターの係員の老人が告げる。彼女はタオルを選んで、カメラに背を向けたまま悠然とフレームアウトする。

最後のバッティングセンターの場面は、それまでのドラマとは分離している。直前は、イケメン男子との別れとも未練ともつかない泣きじゃくりの会話劇だった。そこから何の説明もなく、いきなりバッティングセンターへ場面が飛んでいる。服が半袖になっているので、季節も違うのだろう。いわば、ルールが違っている。違うルールの中なら、ホームランぐらいは打てるのだ。テレビは嘘でも、タオルぐらいはもらえるのだ。
勝てない人は、それまで負けつづけたルールの外へ出ようとしない。同じように頭のいい映画の構造には、必ず意味がある。僕は、その意味をつかまえたい。

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2022年8月15日 (月)

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2007年の映画『渋谷区円山町』で、仲里依紗の演じるいじめられっ子の女子高生が、原裕美子の演じる親友に怒鳴られるシーンがある。
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仲はクラスメイトにいじめられて屈辱的な目に合っているのに、その過酷な現状を直視せず、「私っていじられキャラだからさ~」などとへらへら笑って誤魔化そうとする。原は「あんたさ……いじめられてるんだよ!」「何をされても、そんな風ににこにこ笑ってすましてるから、いじめられるんだよ!」「怒りなよ!」と、激怒する。
僕にも、おぼえがある。何をされても言われても、ほとんど抵抗しないから、いじめっ子気質の人が近寄ってくる。喫茶店でマスクを外していたら、「マスク外すバカがいるからよお」と常連のおじさんが聞こえるように嫌みを言った。にらみ返すぐらいすればよかったのに、無視していたから、「よし、こいつは抵抗しないな」とばかりに、おじさんはエスカレートして嫌みを言い続けた。

また、そのおじさんは「人生なにも面白いことない」と吐き捨てるように言っていた。つまり、自分の人生のつまらなさをコロナとかマスクのせいにして、問題を直視していない。そういう人たちは、さらに理不尽なルールを押しつけられる。そして、ルールが苦しい原因を何か手近な別のもの(例えばマスクしないやつ)にすり替えて、本質的な解決策に向き合わない。不幸な人はたいてい、見当外れなところに当たり散らしている。自分が無能なだけなのに、「どこかでズルしている奴らのせいで俺が損している」と問題をすり替える。
自分の心の奥をのぞきこむ勇気がないから、その分、他人の所作ばかりを気にしている。


小学校のころから、ずっとそうだった。
クラスみんなで話し合って決めろと言われたのに、僕たちが時間をかけて結論を出すと、教師が一言で潰してしまう。クラスで盗難があったとき、犯人が見つかる具体的な手続きをとらずに、なぜか連帯責任とされ、全員が床に正座させられた。「どうだ、みんな苦しいか? 先生だって苦しいんだぞ!」と自分だけ椅子に座っている教師は言った。

そうした不条理な権力をふるわれて育ったので、誰も社会に理想を抱かなくなる。高校生になった時には、ほとんどの人が本質を見なくなっていた。
テスト直前に参考書など見ても結果など変わらないのに、「やばいやばい、勉強してな~い!」と焦ったふりをして参考書をめくるのが無意味な慣習となっていた。「今ごろ、そんな白々しいポーズをとって何になるの?」と参考書を開かず座っていたら、「余裕だねえ~?」とからかわれた。その時、僕の口をついた言葉を、いまだに忘れられない。「もう、あきらめてるから」。
そのような虚無的な、「事態は好転などせず悪くなる一方だ」という人生観ならば、誰からも反対されない。「みんな」の中に染まっていける。「もっともっと感染者が多くなる」「コロナはつらいぞ、苦しいぞ」……そう言って嘆いて、苦痛に耐えてさえいれば、孤立しないですむ。
「定時で上がれるはずがない」「徹夜でがんばったんですが」「時間がなくて」「また遅れてます」「体調悪くて」……仕事の場で、いやというほど聞かされる、あきらめのフレーズ。これが教育の成果だ。事態を直視せず、虚無的な態度でごまかそうとする。

えんえんと終わらないコロナ自粛については、たんなる政策の怠慢を、僕たちが「あきらめて本質を見ない」長年の癖によって受け入れてしまっているのが現状だと思っている。

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2022年8月13日 (土)

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70年代ロボの再生に重ねる、我が人生と人の世と……。鬼才のプラモデル作家、タンゲアキラさんに会ってきた【ホビー業界インサイド第83回】
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いい歳をしてアニメを見て、ロボットやフィギュアを作ることの意味を、あらためて問われる思いがしました。タンゲさんほど「自分の人生をやり直すため」と意識できる人は、少ない気がします。
僕の場合は運動が苦手で気が弱かったから、「人に見られる」「話す」ことが嫌だった。それで、身体性を感じなくてすむアニメや漫画の世界へ逃げたはずだったんですけど……そうした要因が、複雑に絡み合ってるから“コンプレックス”なんでしょうね。

そこそこ自分の人生にゆとりが出てくると、コンプレックスについて深く考える必要もなくなる。でも、コンプレックスが強靭なバネとなって自分を助けてくれたことは間違いない。


昨日は、アニメ映画『夏へのトンネル、さよならの出口』の試写へ。
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路線としては、新海誠作品のようなファンタジックな恋愛物には違いない。しかし、死の影や家族に対する不信感が背景にあり、雰囲気は暗い。それは悪いことではない。静謐だし、表現は繊細で美しい。
それでいて、一気に画面が華やかになるような大胆な工夫がある。空騒ぎする軽薄な作品よりは、こうして丁寧に、慎重につくられた作品に好感をおぼえる。16年も昔のことを思い出している今の自分の心象には、フィットした。


試写室が築地に近かったのだが、半分以上の飲食店が17時に閉まっている。茅場町か蔵前のテラス席に移動してもよかったのだが、気分的にすぐに飲みたかった。
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たまたま開いていた海鮮丼の店に入ったら、「居酒屋メニューです」と飲み用のメニューも出してくれて、すっかりご機嫌になった。ほとんどの料理が、1000円以下である。ほかの客たちも、飲みモードに入っている。この安心感。
だから結局、こうして自分の機嫌をとるのは自分しかいないと僕は知ってしまった。誰かと二人で出かけるほうが幸せだとは思っていない。ひとりが楽しいんだから、仕方がない。

ひとりで酒の量をコントロールし、ひとりで酔いを楽しみ、次どうするかを自分で決める……圧倒的な自由。今日の仕事も明日の仕事も、ぜんぶ自分でペースを決められる。充実感がある。
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今朝は早起きできたので、雨が降り出すまえに、お気に入りの喫茶店へ。
ひたすら、静かな一人の時間を満喫している。


とは言え、雨女さんとのメールのやりとりを復元できないか試してみたり(当時はガラケーだったのでさすがに残っていないらしい)、2006年ごろの吉祥寺のキャバクラ事情を記した2ちゃんねるのスレッドを検索し、ようやく雨女さんの勤めていた店の名前を思い出したりした。
しばらくの間、雨女さんの電話番号とメアドがスマホにも残っていたのを、漠然と覚えている。今こんなに思い出すぐらいなら、一年後でも数年後でも連絡すれば良かったじゃん?と思うだろうけど、16年たってワインが熟成するように「思い出して楽しむ頃合い」になったんだろうね。

先ほど書いた吉祥寺キャバのスレッドに「あの頃には、もう戻れないのか」「涙がでてきた」という、誰かの書き込みがあった。……うーん、そういう気持ちでもないんだよな。当時の僕は、人の気持ちの分からない幼稚な男だった。でも同時に、雨女さんと疲れない距離を保てるぐらいの、そこそこの精神的な余裕もあったと思う。
ようするに、都合のいい思い出し方をしている。思い出は別に、明日の決断を変えたりはしない。ほんのり香る、人生のスパイスだ。


最近見た映画は『草原の実験』、『グーニーズ』。

(C) 2022 八目迷・小学館/映画『夏へのトンネル、さよならの出口』製作委員会

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2022年8月11日 (木)

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昨日は撮影があり、いつも立ちよる喫茶店へ駅から歩いて行くには暑すぎるので、タクシーを使った。
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店内にはほとんど客がおらず、いつもは座れない広い席に座れた。窓の外は、風の強い盛夏の早稲田通り。ほんの30分ちょっと座っていただけなのに、木漏れ日が少しずつ形を変えて、店の入り口へ忍び寄っていくのが分かる。
こうした静かな風景をひとりでジッと眺めているだけで、十分に幸せ……これは、16年前にはなかった時の過ごし方だ。ひとりになって、海外へ行くことが楽しくなったことの影響かも知れない。寂しいのが好き。

とはいえ、スタジオでは20歳も若いカメラマンに、ここ2回ほどブログで触れてきた雨女さんの話をしてしまった。
喫茶店もそうだし、服を買う楽しみもそうなのだが、何かひとつだけ「良かった」「これが好き」と思える原体験があり、その面影を何年も追っているような気がする。シャツの柄と色、喫茶店の窓の位置や大きさ、光の入り方……。
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そうした美意識の育つ苗床は、たぶん恋愛中枢に近いのだと思う。少しは得たんだけど、少し失ってもいる。勉強を怠ると失う一方になるが、そうはなってはいない。得たものの方が、ちょっとは多い。それが「幸せ」を生むのかも知れない。


雨女さんの店に通い、2人であちこちへ遊びに行っていたのは、ほんの半年ほどだったとバックナンバーを読み返して確認できた。
すると、吉祥寺や三鷹、高円寺どころか北海道や沖縄、京都などのキャバクラやガールズバーで毎日のように放蕩していた4~5年間のほうが、雨女さんとの付き合いよりもずっと長いことになる。2013年から海外旅行へ行くようになり、その手の店に行くのは、多くても年に3~4回程度に減っていった。

自分でもあきれたことに、週に何度もキャバクラへ通いながら、2~3人の好意を寄せてくれる普通の女性とも遊びに出かけていたことになる。
その中で、ある女性との思い出(?)を長々と書いてみたのだが、なぜか(キャバ嬢として商売的に付き合っていたはずの)雨女さんのことは思い出せば出すほど胸がドキドキするのに、他の人はそうとは限らない。現象だけ取り出すと「好意」のようだけど、実質は主従関係を構築して相手を支配したいだけ……という場合がある。家族関係なんかも、そういう場合が多いんじゃない?
そういうのが面倒だから、何のつながりもない異性と料金分だけは後腐りなく仲のいいフリのできるキャバクラという選択肢が、最後まで残ったのだろう(キャバ嬢なんかと比べられたくないと怒る女性もいたが、だったら本質的に優位に立てるように自分を磨くしかないと思う……その「本質」に自信を持つのがあまりに難しいから、人は簡易な方法で他人を支配下に置こうと焦る)。

そうだ、思い出した。どうすれば人間関係に疲れないか模索した末、ひとりで好き勝手に旅行や美術館へ行くようになったんだった。
たくさんの色が重なると、結局は白になるという。その白へ到達するために、あの無茶苦茶な日々があったんだ。決して忘れまい。50代の俺は、まだまだ元気だ。もっともっと仕事をして、誰にも来られない至上の楽園に暮らすぞ。

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2022年8月 9日 (火)

■0809 雨女さんのこと-2■

前回、調理師として働いて、夜は吉祥寺のキャバクラでバイトしていた「雨女さん」のことを書いた。前回の記事は何度も読んで、少しずつ手を加えた。
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(店が終わると、よくラーメン屋か焼き肉屋に行った。上の写真は、店の近くにあったラーメン屋の朝4時ごろ……16年前のある日の写真だ)
雨女さんがラーメン屋に行きたいと言うのに、「焼き肉屋じゃないと駄目だ」とねじ伏せてしまったことがあった。ようするに、僕はそういう男だった。優しくない。わがままで、偏狭で傲慢なだけ。いつも不機嫌だった。
母の死は、とても大きなことだったのだと気がついた。母が死んだ翌々年から、母の遺言を守るかのように一人で海外旅行へ行きはじめた。「キャバクラへ行くお金を減らせば、もっと遠い外国まで航空券を買える」と、はっきり意識するようになった。
でも、母が死んで一年ぐらいは、まだキャバクラやガールズバーへ通って、誰か慰めてくれる相手がいないか探していた。僕のために、都合よく泣いてくれる見知らぬ嬢たちに甘えた。
なんてことだろう、キャバクラと関係ないところで知り合った女性たちが、母の死を弔って献身的に支えてくれたのに、それでは足りなかったんだ。僕はもっともっと、異性に甘えたかった。

せっかく優しくしてくれた(キャバクラ関係でない)女性たちに、ひどい態度で接していた。「ありがとう」の一言さえ言わなかった。海外旅行に行くようになり、キャバクラから足が遠のいても、まだ彼女たちは僕と会いたがってくれたのだが、やがて、僕の冷たく横暴な態度に、愛想をつかして去っていったんだと思う。
旅を重ねるうち、少しずつ、ようやく「他人」(「女性」ではなく)と穏やかな関係を築けるようになっていった気がする。それが今の僕の、誰とも深く関係を持たない静かな暮らしへ繋がっている。


話が、完全にそれてしまった。
もっともっと、雨女さんのことを思い出したい。このブログを読んでいる少ない読者たちに、弁明したい。キャバ嬢との関係なんて、ほとんどは金銭目当ての冷たくて気まずいものなんだ、だけど雨女さんだけは例外だったんだと。誰かに分かってもらいたいんだ。

はじめて店に行った翌日、僕は「今日もまた行くからさ」とメールした。なんと、雨女さんは「来なくていいです」「仕事に専念してください」と返事をしてきた。それで、ますます気に入ってしまった。たいていのキャバ嬢は、「楽しみに待ってます~」「私も会いたいです~」と心にもない営業メールをするどころか「今夜でお店やめちゃうので絶対に来て!」などと嘘をつく。誕生日プレゼントをねだるんでも、まだ会って2~3回なのに、10万円以上のブランド品を平気で要求してくる。
ほとんどが、そういう薄っぺらな関係だった。離婚して良かったのは、そういう上っ面のウソの感情を直視できることだった。「口でどんなに調子のいいことを言おうとも、本当は嫌われている」と、ありありと認識できた。人間に幻滅することはそんなに悪いことじゃない、図太くなれるし騙されずにすむ。


しょせんは店の決めたセット料金や指名料で成り立っている関係の中に、「もしかしたら本気なのかも……」と淡い夢を持てるところが、ああいう場所で遊ぶ楽しさなのだと、はっきり言える。嘘を嘘と認めたうえで、その構造ごと楽しむということだろう。
でも、だから……と往生際の悪いことを言う。雨女さんからは、キャバ嬢特有の、あのハナっから人間など信用していない空っぽなムードを感じなかった。

僕は何しろ、2~3日に一度はどこかしらのキャバクラへ出かけていたので、雨女さんの店でカードが限度額に達して払えなかったことがあった。翌日、現金で清算したんだけど、店の人たちに向かって怒鳴ってしまい、ちょっとした口論になった。
そのいざこざを終えて席に戻ると、雨女さんはしょんぼりして、椅子にちょこんと座っていた。「今日は楽しく飲みたかった」と、ぽつりと言った。その時、「すまない」「悪いことしちゃったな」とは思った。だけど僕は、その気持ちを言葉にも態度にも出せなかった。幼稚だったから。

『ハチミツとクローバー』の映画を立川へ観にいった帰り、ビアガーデンに誘った。雨女さんは、一杯だけ飲んで、自転車で「じゃーねー」と愛想笑いすら見せずにさっさと帰ってしまった。
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「やっぱり、この人と本当には仲良くはなれないんだな」「そりゃそうだろうな」と、こちらも白けた。そのまま、八王子のキャバクラへ行って、例のごとく朝まで一人でハシゴした。
あの時の僕の感情も、間違っていなかった。「ああ、この人つまらない思いをしているな」「退屈してるんだな」と、直感できる。だから、「私がんばるよ」「元気でてきたよ」などと雨女さんが言うときは、素直に受け取ることができた。嬉しかった、そういう前向きな言葉は。


僕以外に指名してくれるお客さんのいなかった雨女さんに、ようやく別の指名客ができた。
「良かったじゃない?」と、僕は言った。「うーん……」と、雨女さんの返事は煮え切らなかったが、それがどんな客なのか、僕は想像さえしない。もちろん聞きもしない。嫉妬もしない。思ってもいない、ねじ曲がったことを言わずにすんだ。彼女に対してだけは。セックスどころか、手を握りたいとさえ思わなかった、これも嘘偽りのない、本当のことだ。
支配欲の強かった幼稚な僕が、彼女と性的な関係を結びたいとだけは、露ほども思わなかった。当時は他の店の嬢とも映画に行ったりしていたし「王子バー」にも熱心に通っていたので、そもそも雨女さんだけに執着していたわけではない。……でも、それらは全て言い訳なんだろう。「もっと好かれたい」「仲良くなりたい」と、心のどこかで思っていたんだろうな。
(携帯の写真に写った僕を見て、雨女さんは「あ、オレじゃん」と言った。「オレ」って「あなた」って意味。その距離感が、本当はとても気持ちがよかった)

……つまり、こういうこと。「あの頃の俺は、無愛想で荒々しくて冷たかったけど、今は違うんだ」と言い訳したいんだ。母が死んで、他人に幻滅して、でも、そこから今の俺が出来はじめたんだ。本当の自分になれたんだ。自分を好きになれた。そう伝えたいんだ。
あの頃もお洒落だと言ってもらえたけど、もっと服に興味が出てきた。美術館にも行くし、喫茶店にも行く。何が良くて何が悪いか、今の僕にだったら分かるんだ。いろんな国へ行った。仕事も好きだし、野心もある。こんなに生き生きしている。これが僕なんだ。
雨女さんに堂々と、そう言えないこと。それだけが、僕の唯一の心残りなのだ。

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2022年8月 8日 (月)

■0808 雨女さんのこと■

先日、離婚のことを書いたので、正確な時期を確かめたくてこのブログを最初まで遡ってみた。2006年2月14日に離婚届が提出されたことを、三鷹のキャバクラにいる時に知ったのだった(半年ぐらい前から三鷹のマンションに部屋を借りて別居していた)。
その年の5月には、吉祥寺のキャバクラに勤務する24歳の調理師(ブログでは雨女さんと呼んでいるが、本名で勤めていた)とお好み焼き屋に行っている。近鉄近くの「まりや」という老舗だ。
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確か、雨女さんは給食センターで働いていた。吉祥寺駅で待ち合わせると、「見て見て、新作新作~」と笑いながら現れて、仕事中に出来た小さな火傷のあとを見せてくれた。よく同伴(客と店外で会って、そのまま店へ出勤すること)して、駅で待ち合わせていた。
僕が缶ビールを飲んで待っていたら、横から「のど乾いた」と僕が飲みかけのビールを横取りして、一口飲んだりもしていたらしい(ブログを読み返して気がついた)。間接キスじゃないかと思うのだが、べつに性的な関係ではなかった。キャバクラに来る客は、みんな嬢を落としてセックスしたいんだろうと思うかも知れないが、そんなことは一度も考えなかった。

明け方のラーメン屋や焼き肉屋、吉祥寺の行ってみたい食べ物屋を開拓したり、たまには浅草へ行ったり遊覧船に乗ったり、劇団四季の『ライオン・キング』を観劇したり、8月には『ハチミツとクローバー』の映画に行ったり……と、そんなに仲良くしてたっけ?と、16年前を思い返して驚いた。今年40歳の彼女は、結婚できただろうか?
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「いま24歳なら、26歳までに彼氏ができるよ」と、よく僕は根拠もなく言っていた。「もし出来なかったら、責任とってよね」と雨女さんは必ず返した。「いい女じゃん」と誉めると、「いい男じゃん」と僕の肩をポンと叩く。
(吉祥寺の古いピザ屋に行って、机のうえにピザが落ちてしまっても「セーフセーフ」と気にしないように言ってくれたり、そういう磊落な言動も好きだった。)
「ああいう店の女はぜんぶ演技だろ、金目当てだろ?」「あんた騙されてるだけだよ」と遊んだ経験のない男ほど言いたがるけど、まあ、そうやってつまらない白けた人生を歩めば?としか返しようがない。場数を踏むと、「いまのは営業だよね」と分かるようになっていく。その独特の気まずいムード、嘘だと分かっているのに気がつかないフリをする息苦しさを知ってから言ってほしい。

丁寧に、だけど大胆に離婚手続きをやった直後なので、この時期の日記には、すこし寂しいほどの自由な風が吹いていて、自分のことなのに「うらやましい」などと思ってしまう。「これからは自分だけの人生だ」という、悲しいぐらい清々しい解放感……。


一度など、吉祥寺にあったメイド居酒屋に女性の編集者と雨女さんの3人で行ったことがあった。よりにもよって、仕事相手とお気に入りのキャバ嬢を会わせるのかよ、どういう意図で!?と、我ながら思う。40歳前後のころは、まだ人間に興味があったのだろう。母が死ぬ前でもあるし……。
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誕生日でもない時に、何度かプレゼントも貰っている。このクジラの形をしたスプーンは、いまだに使っている。
でも、メイド居酒屋へ行ったことでコスプレへの憧れを告白した雨女さんが、店のハロウィン・デーで安っぽいメイドの格好をして、さらに『ファイナルファンタジー』のコスプレ姿の写真を見せてくれた時、僕は覚めてしまった。「いいじゃん、君の好きなように生きなよ」と言える度量さえなかった。未熟だった。

そのコスプレ写真以降、雨女さんの店へは足が遠のき、僕はくだらない店で嬢の顔すら覚えていられないほど酒に溺れるようになった。雨女さんに熱心に貢いでいたとか「遊びのつもりだったのに真剣に恋してしまった」とか、そういうんでもない。別の店でも遊んでいたから、彼女に固執していたわけじゃない。だったら、そこそこの距離を保って雨女さんと仲良くしておけばよかったのに、僕にはそういう心の広さがなかった。彼女のコスプレ姿を嫌悪してしまった。


それから後は、中央線沿いのアニメ会社の人に誘われるようになり、キャバクラ遊びのパターンが変化した。
吉祥寺のガールズバーで客の男と仲良くなって、深夜に何度か待ち合わせて、今でも思い返すような楽しい遊びもした。だけど、雨女さんみたいに顔と名前を思い出せる嬢は一人もいない。相手の顔も分からぬほど泥酔しているのに閉店後にデートしようとしつこく誘ったり、見苦しい失敗を重ねるようになった。
しかし、ただ黙って向かい合っていても気まずくならない雨女さんを、しつこく追うようなことはなかった。誰のことも追ったりしなくなったし、追われもしない。昨日も今日も、ひとりで静かに過ごしている。この平穏を手に入れるのに、10年かかった。

何年かしてから知り合った女性に雨女さんのことを話したら、「その子すごく良い人だったじゃない!」と絶句された。どうしてそんな良い人と距離を置いてしまったのか……、というニュアンスだった。「いや、あの人はそういう相手じゃないよ」と誤魔化したように思う。でも、それは嘘だよ。いまこんなにも思い出しているのだから。あの豊かな、気負わない、疲れない、柔らかい関係を。

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2022年8月 6日 (土)

■0806■

昨日は夕方から打ち合わせだったので、その前に東京オペラシティアートギャラリーへ行った。
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「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」がメインの展覧会だが、その上のフロアで開催されていた「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展 色を想像する」、こちらの方が良かった。コンセプトが明確で、さまざまな作家の筆致を堪能する喜びがあった。


このブログでも、ちょくちょく触れていたフェミ騎士のシュナムルさんが、Twitterアカウントを消したという()。
以前からシュナムルさんの嘘くさいツイートや食べ物の写真を分析し、彼の「高学歴で妻子持ち」というプロフィールはすべて嘘で、「そのような暮らしをしている弟夫婦の家に居候している低学歴の無職男ではないのか」と推測していた研究者の言葉を、僕は丸呑みにはできない。
おそらく、アカウントを消す直接のきっかけになった「妻(仮)」という女性は、シュナムルさん本人か、シュナムルさんの本当の奥さんではないかと思う。シュナムルさんの奥さんは彼の言葉によると「イギリス人の研究者」なのだそうだ。その人と結婚するにいたった会話がいかにもウケ狙いの作り話っぽかったので、そういうプロフィールの部分では必死に見栄を張って、その嘘をつき通せない事態になって慌ててアカウントを消した。それは間違いない。
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上のスクリーンショットにあるように、本当に自信のある人は、自分のことを「強者性」なんて言葉で粉飾したりしないんだよ。「私など大した人間ではないので笑ってやってください」という泰然自若とした余裕が、シュナムルさんにはまったく無かった。隙あらば威張って、他人を罵倒していた。他人の意見に対して「クソゴミ」とか書いてしまう人は、「本当は自信ないんです」と告白しているようなものだ。
自己愛性パーソナリティ障害の人は、上のスクリーンショットのように、自分は嫉妬されていると思いたがる。丸裸の自分に自信がないから、理想の自己像をつくりあげて、その「もうひとりの自分」が常に尊敬を集めていないと気がすまない。他人の評価を、ものすごく気にして些細な批判も許さない。シュナムルさんは、自己愛性パーソナリティ障害のサンプルのような人だった。


以前にも書いたことがあると思うが、僕は三年間の結婚生活があまりに苦しく、最後の一年ぐらいは2ちゃんねるやmixiでネカマを演じていた。いま思うと、妻の暴言や侮辱に追いつめられており、男性の読者たちにチヤホヤされることで安息を得ていたのだと思う(独身男性板に、よく書きこんでいた)。

その代わり、自分が演じる女性の設定や言葉遣いは考えに考え、わざと漢字を打ち間違えたりした(「考えの浅いドジ」という設定にしたほうが、相手も寛大になってくれるし、何かと便利なのだ)。mixiでは二人の女性を並行して演じ、彼女たちがネット上で喧嘩している設定にしたときは、僕の正体を知らない女性のマイミクが片方のキャラクターに「大丈夫?」と、心配してメールをくれたほどだ。
表層だけ見てあっさり信じてしまう迂闊な人と、「本当に女か?」と疑いながらも、僕の虚構の日々に対して、真摯に意見を言ってくれる人もいた。
妻は関西出身で、いろいろと女性らしい趣味も持っていたので、それを参考にすることができた(今にして思うと、妻のほうが見えっぽりで高圧的で、自己愛性パーソナリティ障害の気があった)。

ただ、女性を演じることに性的な興奮は感じなかった。自分が受容されさえすれば、性別などキャンセルしたいという気持ちが強かった。
(電車男の流行っていたころだから、2005年ぐらい。まさに、離婚の前年だ。)


離婚後はリアルな恋愛関係が自分を安定させてくれるのではないかと信じて、いろいろな女性に声をかけてみた。
しかし、まったく相手にされず、「じゃあ、もう恋愛はいいや」とあきらめた頃、なぜか女性たちが近づいてきて、はっきりと恋愛感情を示してくれた。会うたびに服を褒めてくれたり、妻があれだけバカにしていたライターの仕事を高く評価してくれた。

その過程で、「俺はどう頑張っても俺でしかない」という諦めとも度胸ともつかないアイデンティティが形成されていった。
自分を粉飾するのに疲れると、本来の自分のセンスだけが残る。その短い刃を研いで、よく切れる武器にすれば良いではないか(と言うより、それ以外に何ができる?)。
僕の武器がどんなに短くて無様でも、恥じることじゃない。笑うヤツには笑わせておけ、その方が有利じゃないか……と思えるようになったのは、10年ぐらい前ではないだろうか。
母が殺され、ひとつひとつの難問に法的に対処して、親戚だの何だの人間関係に期待しなくなったころだ。その頃は「どうとでもなれ」「どうにかなるさ」という丸裸な気持ちだったのに、女性にモテた。彼女たちが、母の死について実務的なことで手伝ってくれたことさえある。愛されていたと思う。でも結局、「女性と話したくなったらガールズバーに行けばいいじゃん」という結論に達した。
(正直に「あの後、ひとりでセクキャバへ行った」と言ったら、相手の人に泣かれてしまった)

いまは再び、完全な非モテ期に入って久しいが、僕は自分で自分を、十分に魅力的な人物だと思っている。
(男女を問わず)他人にそこまで深い関係を期待してないし、興味もない。自分の仕事の邪魔さえされなければ、誰からも愛されなくても褒められなくても、へっちゃらなのだ。
こんな気持ちになるなんて、離婚直後の僕には想像もつかなかった。


ようするに、見栄をはって嘘をつきつづけている人は未熟だし、人生辛かろうね、ということ。
シュナムルさんのツイート、とくに娘が幼いのに読書家で俺の難しい話も理解してくれる……という部分は、あまりに幼稚で狭くて堅苦しい理想が込められすぎていて、白けてしまう。人間をよく知らない人の想像って、どうしても薄っぺらくなる。だから、職業や学歴で嘘をつくしかなくなる。
奥さんにしたって、「研究者のくせに、家ではバカまる出しです」とでも言った方が愛情が出るじゃない、ウソつくにしても。「料理が上手くて、ママ友からも褒められる」という理想だけで固めるから、ますます嘘っぽくなる。

そういえば、何とかして廣田の自信を揺るがしてやろうと嫌みや皮肉を言う人がいるけど、無駄なことですよ。自分に期待しなくなったから、僕は自分の魅力に気づけたのだから。僕は、ハゲて枯れたオジサンです。でも、だからこそ素晴らしい。この人生が面白いし、自分が好きだ。

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2022年8月 4日 (木)

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80年代ロボアニメで「主人公メカの量産タイプ」といえば、「特装機兵ドルバック」のキャリバー(グンゼ産業)しかないよね!?【80年代B級アニメプラモ博物誌第24回】
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いつもの連載、旧キットの素組みレビューです。コメント欄で、ちょっと怒られてしまった……次回から、ちょっと気をつけます。


先日の猛暑日、ある監督さんの取材に出かけた。乗り換えに手間どって、汗だくでスタジオにたどり着いた。
先についていた編集者は、もちろんマスク。だけで、僕はぜえぜえ言うほど息を切らしていたので、マスクせずに雑談していた。会議室で監督を迎えるときは、使い古したマスクを便宜的に着用。それはマナーではないかと思った。
しかし、監督さんは「あっ、マスクしないとね」と、名刺の受け渡しの挨拶の時のみマスクをつけて、インタビュー中はマスクを外してらした。こちらが写真を撮る都合もあった。

取材後、また38度の猛暑の中を駅まで歩くときは、僕はマスクを外した。編集者はマスクしてたと思う。
ただし、電車に乗る時は僕もマスクをつけた。ずっとマスクをしている編集者が、僕のせいで「あいつらノーマスクで話してるぞ」と周囲から白い目で見られるのは、さすがに可哀そう。そこまで、僕は頑固に我を通そうとは思わない。ケースバイケース、柔軟でいいじゃないか。


その前日、国立新美術館へ行った。
Twitterで検索すると、「ノーマスクの客がいた」「美術館側は注意すらしない」と文句が書かれていた。なら、マスクしなくても大丈夫だ。
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ルートヴィヒ美術館展、どうしても見たかったわけじゃないが、ひさびさにアートに触れる解放感を味わった。
やはり僕は、抽象画に心打たれる。カール・オットー・ゲッツ、ウィレム・デ・クーニングの絵を、監視員の人に不審がられるほど、何度も見た。


(以下、経緯を知らない人からすると妄想のように読めてしまうかも知れないが……)
母を刺殺した父は、もともと高圧的な人物だった。
ただ、問題の本質を直視する勇気がない。飼っている犬のふとももに大きな腫瘍が出来たときも、「あれはオデキだ」と言って譲らない。手術して切り離さないといけないほど大きな腫瘍なのに、口先で事態を軽く見せようとする。
もっと昔、僕が中学か高校のころ、やはり犬が具合が悪くなってしまったので、一駅離れた病院へ連れていこうと提案した。父親は大げさに目をむいて、「誰がどうやって連れていく?」と信じられないように言った。 自信がない人って、どうやれば実現できるかを考える前に、「不可抗力には逆らえない」ってポーズをとりたがる。ただ勇気がないだけなのに、被害者であるかのように振る舞う。

決定的だったのは、兄(長らく精神病院に入院しており先々月、アパートの外で死んでいたと警察から連絡をうけた)が父の机から現金を盗みはじめた時だ。
僕は、兄が父の寝室から出てくるのをはっきりと見た。その直後に現金がなくなっていたのだから、兄が盗ったと考えるのが合理的だろう。しかし父は、「盗む瞬間を見たのか?」「証拠がないだろう?」と、決して兄を追求しようとしない。自分の息子が窃盗を働いたと認める勇気がないのだ。
僕が適当に「本人が盗んだことを覚えてないのかもな」と出まかせを言ったら、「な? な、そうだろう?」と耳当たりのいい、都合のいい、解決方法を模索しなくていい意見には飛びつく。結果、兄は80万円もの借金をつくり、(本人に返させればいいものを)父はその全額を返してしまった。取り立て屋が実家周辺をうろつくようになり、引っ越しせざるを得なくなったという。(そうした愚策のあおりを受け続けたのが母であった)

本当に解決しなければいけない問題を直視せず、的外れなところで余計な苦労をする。無意味なことで汗を流して、努力している気分だけを表面的に味わう。やがて、取り返しがつかないほど問題が巨大化して、人生を台無しにしてしまう。
大学時代に片思いしていた女性が「違和感のあることを続けていると、いつかとんでもない結果になっちゃうのよ!」と言った。ゾーッとして、僕はその人をあきらめる気持ちになれた。


とりとめない話を思い出してしまうのだが、20代半ばに交際していた女性には、2歳の子供がいた。
それは、何人もの女性と同時に付き合うモテモテ男に騙されて、孕んだ子供であった。結納の日、その男が別の女を連れてきて、婚約がご破算になったのだという。彼女は添加物が大嫌いで、子供に使う石鹸、シャンプー、食品や調味料、すべて無添加専門店で高いものを購入していた。
それは、子供の健康のためでもあろうが、自分を騙した男のような「悪いもの」「外部」を遠ざける護符のようなものに、僕には見えた。普通のスーパーで売っている洗剤を、彼女は「毒」と吐き捨てるように言っていた。

今のコロナ対策パニックにも、同じものを感じる。

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