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2022年8月 8日 (月)

■0808 雨女さんのこと■

先日、離婚のことを書いたので、正確な時期を確かめたくてこのブログを最初まで遡ってみた。2006年2月14日に離婚届が提出されたことを、三鷹のキャバクラにいる時に知ったのだった(半年ぐらい前から三鷹のマンションに部屋を借りて別居していた)。
その年の5月には、吉祥寺のキャバクラに勤務する24歳の調理師(ブログでは雨女さんと呼んでいるが、本名で勤めていた)とお好み焼き屋に行っている。近鉄近くの「まりや」という老舗だ()。
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確か、雨女さんは給食センターで働いていた。吉祥寺駅で待ち合わせると、「見て見て、新作新作~」と笑いながら現れて、仕事中に出来た小さな火傷のあとを見せてくれた。よく同伴(客と店外で会って、そのまま店へ出勤すること)して、駅で待ち合わせていた。
僕が缶ビールを飲んで待っていたら、横から「のど乾いた」と僕が飲みかけのビールを横取りして、一口飲んだりもしていたらしい(ブログを読み返して気がついた)。間接キスじゃないかと思うのだが、べつに性的な関係ではなかった。キャバクラに来る客は、みんな嬢を落としてセックスしたいんだろうと思うかも知れないが、そんなことは一度も考えなかった。

明け方のラーメン屋や焼き肉屋、吉祥寺の行ってみたい食べ物屋を開拓したり、たまには浅草へ行ったり遊覧船に乗ったり、劇団四季の『ライオン・キング』を観劇したり、8月には『ハチミツとクローバー』の映画に行ったり……と、そんなに仲良くしてたっけ?と、16年前を思い返して驚いた。今年40歳の彼女は、結婚できただろうか?
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「いま24歳なら、26歳までに彼氏ができるよ」と、よく僕は根拠もなく言っていた。「もし出来なかったら、責任とってよね」と雨女さんは必ず返した。「いい女じゃん」と誉めると、「いい男じゃん」と僕の肩をポンと叩く。
(吉祥寺の古いピザ屋に行って、机のうえにピザが落ちてしまっても「セーフセーフ」と気にしないように言ってくれたり、そういう磊落な言動も好きだった。)
「ああいう店の女はぜんぶ演技だろ、金目当てだろ?」「あんた騙されてるだけだよ」と遊んだ経験のない男は言いたがるけど、まあ、そうやってつまらない白けた人生を歩めば?としか返しようがない。場数を踏むと、「いまのは営業だよね」と分かるようになっていく。その独特の気まずいムード、嘘だと分かっているのに気がつかないフリをする息苦しさを知ってから言ってほしい。

丁寧に、だけど大胆に離婚手続きをやった直後なので、この時期の日記には、すこし寂しいほどの自由な風が吹いていて、自分のことなのに「うらやましい」などと思ってしまう。「これからは自分だけの人生だ」という、悲しいぐらい清々しい解放感……。


一度など、吉祥寺にあったメイド居酒屋に女性の編集者と雨女さんの3人で行ったことがあった。よりにもよって、仕事相手とお気に入りのキャバ嬢を会わせるのかよ、どういう意図で!?と、我ながら思う。40歳前後のころは、まだ人間に興味があったのだろう。母が死ぬ前でもあるし……。
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誕生日でもない時に、何度かプレゼントも貰っている。このクジラの形をしたスプーンは、いまだに使っている。
でも、メイド居酒屋へ行ったことでコスプレへの憧れを告白した雨女さんが、店のハロウィン・デーで安っぽいメイドの格好をして、さらに『ファイナルファンタジー』のコスプレ姿の写真を見せてくれた時、僕は覚めてしまった。「いいじゃん、君の好きなように生きなよ」と言える度量さえなかった。つまらん男だった。

そのコスプレ写真以降、雨女さんの店へは足が遠のき、僕はくだらない店で嬢の顔すら覚えていられないほど酒に溺れるようになった。雨女さんに熱心に貢いでいたとか「遊びのつもりだったのに真剣に恋してしまった」とか、そういうんでもない。別の店でも遊んでいたから、彼女に固執していたわけじゃない。だったら、そこそこの距離を保って雨女さんと仲良くしておけばよかったのに、僕にはそういう心の広さがなかった。彼女のコスプレ姿を嫌悪してしまった。


それから後は、中央線沿いのアニメ会社の人に誘われるようになり、キャバクラ遊びのパターンが変化した。
吉祥寺のガールズバーで客の男と仲良くなって、深夜に何度か待ち合わせて、今でも思い返すような楽しい遊びもした。だけど、雨女さんみたいに顔と名前を思い出せる嬢は一人もいない。相手の顔も分からぬほど泥酔しているのに閉店後にデートしようとしつこく誘ったり、見苦しい失敗を重ねるようになった。
しかし、ただ黙って向かい合っていても気まずくならない雨女さんを、しつこく追うようなことはなかった。誰のことも追ったりしなくなったし、追われもしない。昨日も今日も、ひとりで静かに過ごしている。この平穏を手に入れるのに、10年かかった。

何年かしてから知り合った女性に雨女さんのことを話したら、「その子すごく良い人だったじゃない!」と絶句された。どうしてそんな良い人と距離を置いてしまったのか……、というニュアンスだった。「いや、あの人はそういう相手じゃないよ」と誤魔化したように思う。でも、それは嘘だよ。いまこんなにも思い出しているのだから。あの豊かな、気負わない、疲れない、柔らかい関係を。

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2022年8月 6日 (土)

■0806■

昨日は夕方から打ち合わせだったので、その前に東京オペラシティアートギャラリーへ行った。
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「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」がメインの展覧会だが、その上のフロアで開催されていた「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展 色を想像する」、こちらの方が良かった。コンセプトが明確で、さまざまな作家の筆致を堪能する喜びがあった。


このブログでも、ちょくちょく触れていたフェミ騎士のシュナムルさんが、Twitterアカウントを消したという()。
以前からシュナムルさんの嘘くさいツイートや食べ物の写真を分析し、彼の「高学歴で妻子持ち」というプロフィールはすべて嘘で、「そのような暮らしをしている弟夫婦の家に居候している低学歴の無職男ではないのか」と推測していた研究者の言葉を、僕は丸呑みにはできない。
おそらく、アカウントを消す直接のきっかけになった「妻(仮)」という女性は、シュナムルさん本人か、シュナムルさんの本当の奥さんではないかと思う。シュナムルさんの奥さんは彼の言葉によると「イギリス人の研究者」なのだそうだ。その人と結婚するにいたった会話がいかにもウケ狙いの作り話っぽかったので、そういうプロフィールの部分では必死に見栄を張って、その嘘をつき通せない事態になって慌ててアカウントを消した。それは間違いない。
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上のスクリーンショットにあるように、本当に自信のある人は、自分のことを「強者性」なんて言葉で粉飾したりしないんだよ。「私など大した人間ではないので笑ってやってください」という泰然自若とした余裕が、シュナムルさんにはまったく無かった。隙あらば威張って、他人を罵倒していた。他人の意見に対して「クソゴミ」とか書いてしまう人は、「本当は自信ないんです」と告白しているようなものだ。
自己愛性パーソナリティ障害の人は、上のスクリーンショットのように、自分は嫉妬されていると思いたがる。丸裸の自分に自信がないから、理想の自己像をつくりあげて、その「もうひとりの自分」が常に尊敬を集めていないと気がすまない。他人の評価を、ものすごく気にして些細な批判も許さない。シュナムルさんは、自己愛性パーソナリティ障害のサンプルのような人だった。


以前にも書いたことがあると思うが、僕は三年間の結婚生活があまりに苦しく、最後の一年ぐらいは2ちゃんねるやmixiでネカマを演じていた。いま思うと、妻の暴言や侮辱に追いつめられており、男性の読者たちにチヤホヤされることで安息を得ていたのだと思う(独身男性板に、よく書きこんでいた)。

その代わり、自分が演じる女性の設定や言葉遣いは考えに考え、わざと漢字を打ち間違えたりした(「考えの浅いドジ」という設定にしたほうが、相手も寛大になってくれるし、何かと便利なのだ)。mixiでは二人の女性を並行して演じ、彼女たちがネット上で喧嘩している設定にしたときは、僕の正体を知らない女性のマイミクが片方のキャラクターに「大丈夫?」と、心配してメールをくれたほどだ。
表層だけ見てあっさり信じてしまう迂闊な人と、「本当に女か?」と疑いながらも、僕の虚構の日々に対して、真摯に意見を言ってくれる人もいた。
妻は関西出身で、いろいろと女性らしい趣味も持っていたので、それを参考にすることができた(今にして思うと、妻のほうが見えっぽりで高圧的で、自己愛性パーソナリティ障害の気があった)。

ただ、女性を演じることに性的な興奮は感じなかった。自分が受容されさえすれば、性別などキャンセルしたいという気持ちが強かった。
(電車男の流行っていたころだから、2005年ぐらい。まさに、離婚の前年だ。)


離婚後はリアルな恋愛関係が自分を安定させてくれるのではないかと信じて、いろいろな女性に声をかけてみた。
しかし、まったく相手にされず、「じゃあ、もう恋愛はいいや」とあきらめた頃、なぜか女性たちが近づいてきて、はっきりと恋愛感情を示してくれた。会うたびに服を褒めてくれたり、妻があれだけバカにしていたライターの仕事を高く評価してくれた。

その過程で、「俺はどう頑張っても俺でしかない」という諦めとも度胸ともつかないアイデンティティが形成されていった。
自分を粉飾するのに疲れると、本来の自分のセンスだけが残る。その短い刃を研いで、よく切れる武器にすれば良いではないか(と言うより、それ以外に何ができる?)。
僕の武器がどんなに短くて無様でも、恥じることじゃない。笑うヤツには笑わせておけ、その方が有利じゃないか……と思えるようになったのは、10年ぐらい前ではないだろうか。
母が殺され、ひとつひとつの難問に法的に対処して、親戚だの何だの人間関係に期待しなくなったころだ。その頃は「どうとでもなれ」「どうにかなるさ」という丸裸な気持ちだったのに、女性にモテた。彼女たちが、母の死について実務的なことで手伝ってくれたことさえある。愛されていたと思う。でも結局、「女性と話したくなったらガールズバーに行けばいいじゃん」という結論に達した。
(正直に「あの後、ひとりでセクキャバへ行った」と言ったら、相手の人に泣かれてしまった)

いまは再び、完全な非モテ期に入って久しいが、僕は自分で自分を、十分に魅力的な人物だと思っている。
(男女を問わず)他人にそこまで深い関係を期待してないし、興味もない。自分の仕事の邪魔さえされなければ、誰からも愛されなくても褒められなくても、へっちゃらなのだ。
こんな気持ちになるなんて、離婚直後の僕には想像もつかなかった。


ようするに、見栄をはって嘘をつきつづけている人は未熟だし、人生辛かろうね、ということ。
シュナムルさんのツイート、とくに娘が幼いのに読書家で俺の難しい話も理解してくれる……という部分は、あまりに幼稚で狭くて堅苦しい理想が込められすぎていて、白けてしまう。人間をよく知らない人の想像って、どうしても薄っぺらくなる。だから、職業や学歴で嘘をつくしかなくなる。
奥さんにしたって、「研究者のくせに、家ではバカまる出しです」とでも言った方が愛情が出るじゃない、ウソつくにしても。「料理が上手くて、ママ友からも褒められる」という理想だけで固めるから、ますます嘘っぽくなる。

そういえば、何とかして廣田の自信を揺るがしてやろうと嫌みや皮肉を言う人がいるけど、無駄なことですよ。自分に期待しなくなったから、僕は自分の魅力に気づけたのだから。僕は、ハゲて枯れたオジサンです。でも、だからこそ素晴らしい。この人生が面白いし、自分が好きだ。

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2022年8月 4日 (木)

■0804■

80年代ロボアニメで「主人公メカの量産タイプ」といえば、「特装機兵ドルバック」のキャリバー(グンゼ産業)しかないよね!?【80年代B級アニメプラモ博物誌第24回】
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いつもの連載、旧キットの素組みレビューです。コメント欄で、ちょっと怒られてしまった……次回から、ちょっと気をつけます。


先日の猛暑日、ある監督さんの取材に出かけた。乗り換えに手間どって、汗だくでスタジオにたどり着いた。
先についていた編集者は、もちろんマスク。だけで、僕はぜえぜえ言うほど息を切らしていたので、マスクせずに雑談していた。会議室で監督を迎えるときは、使い古したマスクを便宜的に着用。それはマナーではないかと思った。
しかし、監督さんは「あっ、マスクしないとね」と、名刺の受け渡しの挨拶の時のみマスクをつけて、インタビュー中はマスクを外してらした。こちらが写真を撮る都合もあった。

取材後、また38度の猛暑の中を駅まで歩くときは、僕はマスクを外した。編集者はマスクしてたと思う。
ただし、電車に乗る時は僕もマスクをつけた。ずっとマスクをしている編集者が、僕のせいで「あいつらノーマスクで話してるぞ」と周囲から白い目で見られるのは、さすがに可哀そう。そこまで、僕は頑固に我を通そうとは思わない。ケースバイケース、柔軟でいいじゃないか。


その前日、国立新美術館へ行った。
Twitterで検索すると、「ノーマスクの客がいた」「美術館側は注意すらしない」と文句が書かれていた。なら、マスクしなくても大丈夫だ。
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ルートヴィヒ美術館展、どうしても見たかったわけじゃないが、ひさびさにアートに触れる解放感を味わった。
やはり僕は、抽象画に心打たれる。カール・オットー・ゲッツ、ウィレム・デ・クーニングの絵を、監視員の人に不審がられるほど、何度も見た。


(以下、経緯を知らない人からすると妄想のように読めてしまうかも知れないが……)
母を刺殺した父は、もともと高圧的な人物だった。
ただ、問題の本質を直視する勇気がない。飼っている犬のふとももに大きな腫瘍が出来たときも、「あれはオデキだ」と言って譲らない。手術して切り離さないといけないほど大きな腫瘍なのに、口先で事態を軽く見せようとする。
もっと昔、僕が中学か高校のころ、やはり犬が具合が悪くなってしまったので、一駅離れた病院へ連れていこうと提案した。父親は大げさに目をむいて、「誰がどうやって連れていく?」と信じられないように言った。 自信がない人って、どうやれば実現できるかを考える前に、「不可抗力には逆らえない」ってポーズをとりたがる。ただ勇気がないだけなのに、被害者であるかのように振る舞う。

決定的だったのは、兄(長らく精神病院に入院しており先々月、アパートの外で死んでいたと警察から連絡をうけた)が父の机から現金を盗みはじめた時だ。
僕は、兄が父の寝室から出てくるのをはっきりと見た。その直後に現金がなくなっていたのだから、兄が盗ったと考えるのが合理的だろう。しかし父は、「盗む瞬間を見たのか?」「証拠がないだろう?」と、決して兄を追求しようとしない。自分の息子が窃盗を働いたと認める勇気がないのだ。
僕が適当に「本人が盗んだことを覚えてないのかもな」と出まかせを言ったら、「な? な、そうだろう?」と耳当たりのいい、都合のいい、解決方法を模索しなくていい意見には飛びつく。結果、兄は80万円もの借金をつくり、(本人に返させればいいものを)父はその全額を返してしまった。取り立て屋が実家周辺をうろつくようになり、引っ越しせざるを得なくなったという。(そうした愚策のあおりを受け続けたのが母であった)

本当に解決しなければいけない問題を直視せず、的外れなところで余計な苦労をする。無意味なことで汗を流して、努力している気分だけを表面的に味わう。やがて、取り返しがつかないほど問題が巨大化して、人生を台無しにしてしまう。
大学時代に片思いしていた女性が「違和感のあることを続けていると、いつかとんでもない結果になっちゃうのよ!」と言った。ゾーッとして、僕はその人をあきらめる気持ちになれた。


とりとめない話を思い出してしまうのだが、20代半ばに交際していた女性には、2歳の子供がいた。
それは、何人もの女性と同時に付き合うモテモテ男に騙されて、孕んだ子供であった。結納の日、その男が別の女を連れてきて、婚約がご破算になったのだという。彼女は添加物が大嫌いで、子供に使う石鹸、シャンプー、食品や調味料、すべて無添加専門店で高いものを購入していた。
それは、子供の健康のためでもあろうが、自分を騙した男のような「悪いもの」「外部」を遠ざける護符のようなものに、僕には見えた。普通のスーパーで売っている洗剤を、彼女は「毒」と吐き捨てるように言っていた。

今のコロナ対策パニックにも、同じものを感じる。

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