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2021年12月12日 (日)

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いつもは銀行が混んでいると「まあ、空いてる時でいいや」と踵を返すのだが、先日は3~4人程度だったので、ふと並んでみた。後ろを振り返ると、自分のあとに10人以上も行列ができて、「この人たちより自分は先に用事をすませられる」という、一種の優越感があった。
実際に用事をすませなくても、「他人より優遇されている」ことだけで原始的な快感が生じるのではないだろうか。だとしたら、行列に並ぶことは最も低コストな娯楽なのかも知れない。並んでいる間は受動に徹して、何ら主体的に考えずスマホでも見ていればいい。だけど、自分が他人に優越しているという、低レベルな満足感だけは労せずして得られる。

手っ取り早く得られる快感には警戒せねばならない。低レベルな満足は、人生の質を落とす。たいがいの人は浅いところで満足して「まあ、人生こんなもんだろう」と簡単に理解しようとする。


先日、静岡県に取材に行ったとき、ひさひざに知らない街で、居酒屋を求めて歩いた。
すると、すっかり勘が鈍っていることに気がついた。駅前の閑散とした商店街からそれて、まったく知らない道に迷い出たのはいい。しかし、ホテルから40分も歩いてきたので「もう、ここでいいや」と、すぐそこにあった小さな居酒屋へ飛び込んでしまった。
女将さんはしばらく僕が入店してきたのに気がつかず、気がついてからも「誰、この人?」という感じで、呆気にとられていた。確か、席に座っていた夫婦が「ほら」と、応対するように促したように思う。
狭い店内には、その夫婦と子供たちが座敷にいて、ようするに一家で店を占有して夕食をとっており、「本日のおすすめ」のメニューすらカウンターに置きっぱなしだった。とりあえずビールを頼んだものの、注文が通っておらず、5分ぐらいしてからようやく出てきた。お通しは、ただのカレーだった。それには手をつけず、ようやく出てきたビールを飲みほして、すぐに店を出た。

居酒屋を占有していた家族にとっては、僕だけが異物だったのだろう。こんなことで腹を立てるなんて、ケチなことはしない。
40分も歩いているうちに「この店は候補」「さっきの店がダメそうなら、次の候補はここ」と何店か見つくろってあったので、商店街の真ん中あたりにある寿司と刺身の店に入った。
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40代ぐらいの旦那さんは、誰もいない広い店内の真ん中に座っており、僕が入ってくると「いらっしゃいませ!」と弾かれたように立ち上がった。髪はボサボサだし、ジーンズは汚れている。だけど、彼のキビキビした動作と元気のいい返事に、すっかり好感をもった。
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腰が曲がって、足をひきずった90歳ぐらいの老母が刺身を持ってくるのには驚いたが、おそらく本人が「店に立たせてくれ」と我がままを言っているのではないか、と想像した。
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よく見ると店内には生活用品が置かれており、決して清潔ではない。旦那さんの誠実な物腰だけが、つげ義春『リアリズムの宿』のような貧しさから、この店をかろうじて救っているようにも見えた。調理は丁寧で、二皿で十分に満足した。
ビール大瓶を何とか飲み干そうとしていたころ、若い男性の二人連れが入店して、海鮮丼を注文していた。また、電話で団体客が予約を入れているようなやりとりも聞こえた。何だかホッとしたような気持ちで、店をあとにした。

まだ19時ぐらいだったが、すっかり酔ってしまった。
駅に近くなると、こんなシャッター商店街にも、チェーン店の居酒屋がひしめき合っている。何も迷わず、全国どこでも同じ味の酒が出てくる……その安心は、死んだ価値観である。だが、一歩間違えば赤貧のリアリティを目撃せねばならない地方の個人店舗の現実から目をそらしたいニーズも、分からないではない。


15年前に別れた妻と結婚する前、大森に住んでいたことがある。
平和島の競艇場に映画館が出来たので二人で行ってみると、巨大なショッピングモールの中だった。大勢の家族連れが来ていて、「ドンキもあるし、ファミレスもあるし……」と満足そうにつぶやく男性の声が聞こえた。それはやはり、未知を恐れる価値観だ。
僕は「寂しい」という状態が好きだ。海のそばで飲む、喫茶店で読書する。誰に教えられたわけでもない、僕が一人で熟成した価値観だし、これからも自分を未知にさらして生きていきたい。

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