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2021年11月20日 (土)

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6つの美術館が連携して実現した「富野由悠季の世界」展の道のりを、学芸員・山口洋三が振り返る【アニメ業界ウォッチング第84回】
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ようやく、美術業界の人にインタビューできました。と言っても、誰かが場をセッティングしてくれたわけではなく、僕が展覧会の事務局に直接お願いして実現しました。
最近読んだ書籍『美術館の不都合な真実』もそうでしたが、美術の世界の人は思い切ったことを物怖じせず、バシッと言い切るので気持ちがいいです。だから、どの美術館もおおむね展示センスが高いんだと思います。「上の許可が必要なので」と無駄な遠慮をしてビクビクしている業界は、広がりがないです。

アオシマが「1/43 機動警察パトレイバー イングラム」のプラモデルを、自社ブランド「ACKS」で発売する理由【ホビー業界インサイド第75回】
こちらも、アオシマさんとぶっちゃけ話をしながら交渉した結果、「では、イングラムの新キットでいきましょう」と話がまとまりました。いくら待っててもダメです、どんどん自分で進めないと。


都会の行き場のない少女たちを保護する活動をしてきた仁藤夢乃さんが、「温泉むすめ」というご当地キャラクターを攻撃しはじめた()。美少女キャラを見て「ひどい」なら、個人の感想として好きに言えばいいが、「性差別・性搾取」などと言いはじめたので、ひさびさにこの手のツイートに反論してしまった(リンクを貼ったまとめに掲載されている)。

その後、仁藤さんは活動の拠点であるカフェに怪しい男が現れて()、身に覚えのない料理が勝手に配達されてきたなどと騒ぎ始めた()。これらの異常な被害体験を読んでいて、「電波によって攻撃を受けている」「悪い組織が社会で暗躍している」と言い出す統合失調症の女性を思い出してしまった。
検索していると、とても腑に落ちる解説があったので、以下にツイートを引用させていただく。

“(仁藤さんの事ではなく一般論だと予め断っておきますが)以前、「こだわり・プライド・被害者意識」は統合失調症の前駆症状だと前に読んだことがある。
健全な想念は適度に揺らいであちこちにふらふらするが、病的な想念は一点に固着して動かない。その「可動域の狭さ」が「妄想」の特徴とのこと。”

“「被害者意識」の危険性は「弱者である私」に居着くこと。
強大な何かによって自分は自由を失い、可能性の開花を阻まれ、「自分らしさ」が阻害されているという定形に自分を当てはめて、「被害者」をアイデンティティーに組み込んだ人間は、その説明に呪縛されて「居着く」ことになる。”

“もし自分が行動を起こして自由を回復し、「自分らしさ」を実現したとしたら、”強大な何か”はそれほど強大でなかったことになるから、前件に背馳する。
ゆえに一度このIDを採用した人間は、自分の「自己回復」のすべての努力が水泡に帰すほどに「強大なる何か」が強大で→”

以下、もう少し続くので、興味のある人はリンク先から読んでいただきたい。この一連のツイートを読んで、あれこれ思い当たることがあった。


統合失調症まで行かずとも、人生がうまくいっておらず苦しんでいる人は、「強大なる何か」に阻まれて「自己回復」できないと思い込みがちである。
左翼の人が生活の些細なことまで現政権による画策だと訴えたり、「若い人さえ選挙に来てくれれば……」と挫折の美学に安住しようとするのもそうだし、思ったような仕事につけない人が「試験に受かりさえすれば」「資格さえとれれば」「だけど勉強する時間がないから仕方ない」と目標を先送りするのも、自分の不甲斐なさを「強大なる何か」のせいにしている例と言えるだろう。

いま精神病院に入院している僕の兄は、父方の祖母に嫌われていた理由を「俺は母方の血をついだ顔をしているから、嫌われてる」と、自分の性格の悪さを「血筋」「顔」の問題にすり替えていた。
「顔つきが母と父のどちらに似ているか」なんて、本人が似ていると思えば似ているし、他人が似てないと思えば似てないわけだ。主観でどうとでも言えることを自明の理として、強固に譲らない。

フェミニストの人たちが「性的消費」など証明不可能な理由に執着するのは、「自分で自分の感情を制御できない」という本質的な問題から逃げるためではないだろうか。そして、イライラしている本人が「性搾取のせいだ」と言い張るなら、それは第三者には立証不可能なので、批判する人たちを「彼らは性搾取に加担している加害者だ」「私はさらに性搾取されて、苦しい」と被害者の構図に収まることも出来る。
なので、自分の怒りや憎しみを正当化してくれる「性搾取」(「性加害」「性的消費」その他、どうとでも定義できる「強大なる何か」)を手放したくないのだろう。


以前にも書いたかも知れないが、20代のころ、引っ越しのアルバイトをした。
ものすごく重たい荷物を運ぶので、腕力のない僕は現場では役立たずだった。タンスなどの大きな荷物を持ち上げようとした時、同じ現場にいた女性がかたわらで見たまま、「無理じゃないの?」と言った。無理だと思うなら、ちょっとでも手を貸してくれよ……と今では思うのだが、その時は「女性スタッフは軽いものを運ぶだけでOK」と、暗黙のうちに決まっていた。
だけど、それを「性差別」などと騒ぐつもりは、僕はない。ちょっと理不尽ではないかとは思うが、女性と男性では得意分野が違う。むしろ解決すべき問題は、「重いものを持つだけの腕力もないくせに、引っ越しのアルバイトをした自分の迂闊さ」なのである。
僕が「男だから差別された」んじゃない、その現場で役立たずだったのだから、バカにされて当然なのだ。

むしろ、最初は敬語で話していた男性スタッフが「こいつは重いものを持てない」と分かったとたん、タメ口になったこと。あれは不愉快だった。だけど、そもそもの問題は不甲斐ない自分なのだし、世の中は理不尽さに満ちている。
人生が苦しいのは、その場その場で具体的な問題が生じているからであって、「男だから」「女だから」でもなければ、「学歴」や「国籍」などの「強大なる何か」のせいではない。面倒だろうが、ひとつひとつ解決していく地道さ、狡猾さ、そして勇気が必要なのだ。

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