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2021年9月21日 (火)

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株式会社エイチエムエーさん、神山監督とも、僕が直接メールして、インタビューの場を設けてもらいました。
宣伝会社を経由すると、その作品の宣伝期間だけしかインタビューできないのです。それはインタビュー記事ではなく、パブリシティという扱いなので、宣伝会社は一度に沢山のメディアを集めて、似たような記事が一度に露出することになります。

そのパブリシティのおかげで記事を成立させられたことも多いのですが、本来はインタビュアーとインタビューイさえ了解していれば、自由に取材していいはずです。神山監督は『スター・ウォーズ』のことをどう語ろうと、いちいちディズニーに確認はとりません。ディズニーの広報の仕切りだとしたら、発言が削られたかも知れません。
(ポロッと言ってしまった場合は、監督が「今のはナシね」とか「ここだけの話ね」と付け加えるので、良識をわきまえた記事になります。こちらも過激な内部告発をしたいのではなく、エンタメ記事として気軽に楽しんでもらいたいわけですから)

僕が怖いのは「版権元の許可がなければ、何も言ってはならないのではないか」と、発信側が極端に自粛するムードです。日本は30年間も不況が続いているので、誰もが神経過敏になり、最初から「これはヤバいだろ」「勝手にやっちゃダメだろ」と臆病になっています。だからこそ、こういう自由な立場から記事をつくると、幅広く反応が得られるのです。
ついでに、「廣田だけ自由にやりやがって」「廣田には仕事を回すな」という動きも出てきます。僕は自由にするから、あなた方も自由になればいいでしょう? みんなが自由に生き生きと仕事すれば、文化が活性化して、世の中が明るくなりますよ。


仕事の合い間をぬって、銀座蔦屋書店の山口歴氏の個展を観に行った。
あと、昨日は祭日で混むかと思ったが、東京都現代美術館へ。
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横尾忠則展がメインだったが、マーク・マンダース氏の作品をふくむコレクション展、あと、映像作品を使ったインスタレーションを主とした「MOTアニュアル2021」が良かった。
劇映画は例外なく横長の画面ばかりだが、こうしたインスタレーションでは縦長だったりする。劇映画がどうして今の様式になったのか、劇映画の外から考えることが出来る。労を惜しまず美術館に足を運べば、新しい知見が得られる。


最近観た映画は、クリント・イーストウッド主演の『人生の特等席』、深田晃司監督の『海を駆ける』、トルコ映画『ミルク』。
『人生の特等席』は野球選手のスカウトマンが主人公で、年老いた彼のところに弁護士の娘がやってきて、彼の手助けをしながら恋愛を成就させる。二時間に満たない映画で、ストレスなく気持ちよく観られた。
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たとえば、田舎の野球場で試合が始まる。カメラは野球場の周辺を拾う。中継席に座るアナウンサー、そして野球場の外を走る子供たち。それをPANで追う。すると、子供たちとは関係なくソーセージを焼いている男の手が、フレームに入る。そのワンカットの流れで、お祭り感が出る。
あるいは、野球チームを持っている偉い人が、社長室でゴルフのボールを打つ。ボールは画面に映らないが、次のカットでは、真上から野球のボールが転がる様子を撮っている。そのボールへ、選手が駆け寄る。
「偉い人のちょっとした挙動が、実際に体を動かしている選手の運命を左右する……この二つのカット、その力関係の比喩だ」と、言葉に還元することも出来るけど、単にシーンのつなぎ方が気持ちがいい。カットの流れやシーン転換の気持ちよさだけで、この何気ないストーリーを視覚的に受け取れるんだろう。

『海を駆ける』は以前に見たかも知れないが、深田監督らしいショッキングかつ曖昧さの残る怪作だった。それでも、『よこがお』『淵に立つ』の後味の悪さには、及ぶべくもない。僕は、この静かに狂った監督を今後も追っていきたい。
『ミルク』は、ほとんどがワンカット=ワンシーン、かっちり決まった風景の構図で、人物が奥へ歩いていく。あるいは、手前に歩いてくる。二人が並ぶと、静かに会話が始まる。その静謐で丁寧な良さもあるのだが、どのシーンも似たようなテンポなので、やや飽きてくる。


小学校~高校まで、僕は成績表が1と2ばかりの落ちこぼれであった。テストも50点を越えればいいほうで、20~30点ぐらいが平均。社会に出てからも常識的なことが出来ず、今でも発達障害か何かではないかと疑っている。
ところが、クラスで60点とか70点とか取っていた大多数の同級生が、ちゃんと大学を出て会社に入れたのに、その安定した人生が「面白くない」らしい……と分かってきた。

たまに書いていることだが、平日昼間の町には、ボーッとしている大人がいっぱいいる。スマホに熱中しながら平気で横断歩道を渡っている人は、誰かの考えたアプリに搾取されつづけている。いわば寄生虫に身体をのっとられて、寄生虫にとって都合のいい行動を意志とは関係なくとらされている。彼らは、アプリにスマホ歩きさせられている宿主でしかない。
また、30歳をすぎて社会人として仕事をしてきただろうに、いまだに東大に入れなかったとか「早慶」なんて言葉を持ち出して、「受験が挫折経験だった」なんて言っている経営者がいる。

そういう退屈な大人たちが、みんなで同じ遊びをやり、みんなで同じものを食べ、みんなで同じ音楽を聴いてきたクラスの大多数のなれの果てなのではないか。一斉に同じ時間に出社して、一斉に昼休みに入り、みんなが並んでいる飲食店の列に加わる……。
僕は致命的な落ちこぼれだったので、その「みんな」の中に入らず、好きな時間に起きて、好きな喫茶店や美術館に行って、発作的に旅行することさえ出来る。仕事もアニメとプラモ、好きなジャンルのことしかやってない。なので、「来月こそホームレスかも知れない」とビビりながら満喫する落ちこぼれの自由は、そう悪くない。

(C)2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

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