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2020年8月29日 (土)

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カップヌードルのプラモデルって、本当に組み立てて面白いの? BANDAI SPRITSさんに聞いてみた!【ホビー業界インサイド第62回】
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話題のプラモデル製品、成形の難しさ・面白さについて聞いてみました。
この取材はリモートだったため、僕も編集部も慣れずに苦労しました。そこをインタビューイの寺田 塁さんが、絶妙の手際でカバーしてくださいました。普通、取材相手が言葉を書き足すと、ポイントが増えて分かりづらくなります。しかし、寺田さんの加筆はポイントを押さえた見事なものでした。
大いに助けられて、とても面白い記事になりました。ぜひ読んでみてください。


最近観た映画は『ミスティック・リバー』、『兵隊やくざ』、『ハウス』、『あしたのジョー』、『座頭市』(1989年版)、『燃えよドラゴン』など。昨夜は、押見修造さん原作の『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』をレンタル配信で。
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映画としては、「まあ、こんなもんじゃない?」といった感じ。最近の青春映画はみんなそうだが、紙芝居のような構図の中で、脚本に書かれた台詞をハキハキと喋って、だけど泣くようなシーンでは俳優のアドリブで生っぽい演技にして……可もなく不可もないと思う。
この映画を見たのは、『惡の華』の主題歌も担当したASA-CHANG&巡礼と押見さんのコラボ曲がキッカケであった()。

例によって変わった音楽だなあ……と思って聞いていたら、何度目かで「これは吃音のため、自分の名前を普通に言えない人の歌だ!」と気がついた。可愛らしい声でドモりつづける「おおしま・しの」という名前をネットで検索して、映画にたどりついた。
ASA-CHANG&巡礼の曲のほうが、ドモりに悩む少女の告白が、“表現”できていると思う。女優に「お、おおおお、大島です」と言わせても、それはドモった台詞の書かれた脚本を読んでいるだけじゃないだろうか。「本当は普通に話せる女優さんだよね」と、思ってしまう。
ところが曲のほうは、いちど喋った言葉を分解して、サンプリングで機械的にドモらせている。つまり、「本当に話したい言葉」をまず録音して、出力する段階で壊しているわけだ。それこそが、表現だと思う。本当に言いたい言葉が確かにあるのに、その通りに言えないことがドモりの怖さなのだから。

映画で表現するなら、ひととおり俳優の演技を撮っておいて、編集でドモらせても良かった気がする。それこそ、トリュフォーがワンカットの中でコマを抜いたり止めたりしたように。
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コミュニケーションが「壊れている」ことが、ドモりの本質なのだから、スムースに普通に映画を撮ったところで、その苦悩が表現できるとは思えない。映画の原理の部分で、なにか工夫しないと。
……まあ、素直に良かったシーンを誉めてやりたいんだけど、決して高望みではないと思う。


『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の話題をつづけると、欠けた部分のある若者同士が依存しあいながら互いを厳しく責め合う、息の詰まるような人間関係は押見修造さんの独壇場と思った。人間関係って、少量なら薬、多量なら毒……というだけなのかも知れない。

『志乃ちゃん』はドモり。僕の場合は、猛烈な発汗。赤面症を笑われている同級生もいたっけ。他人からは、「気にしすぎ」「誰でも人前に出れば緊張する」「我慢しろ」「甘えるな」などと言われつづけた。
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大島志乃が映画のクライマックスで鼻水をたらして叫んだように、「なぜ?」「どうして?」と思う。今でも発汗することがあるし、話し言葉が他人には聞きづらいらしく、インタビュー中でも「えっ?」「はい?」と、必ず聞き返される。これが、いまだにグサッとくる。

父親が高圧的で、突発的に大声で怒鳴ることがあったため、萎縮しながら幼年期を過ごしたような気がする。僕が口の中でモゴモゴ話すものだから、父親は眉をしかめて「ああ!?」と、ヤクザのような聞き返し方をした。それが怖くて、ますます黙りこんでしまった。
学校でハキハキと喋れなかったのは、そんな家庭環境のせいかも知れない。小学三年のとき、イジメ気質のある同級生に「無口さん」とあだ名をつけられたが、黙って耐えていた。
その理不尽な抑圧の中から何とかして自分の……頼りない武器を見つけ、度重なる挫折の中で、その武器を少しずつ磨いて……これ以外の生き方は、自分にはなかった。だから今、こうして好きなことだけで暮らしていけることを、誇りに思っている。この安寧は、自分の力で手に入れたんだ。

しかし、今でもたまに、「廣田は教室の隅っこでウジウジしていたヤツだろうから、いじめても大丈夫だな」という加害欲求をむき出しにしてくる人がいる。中年になっても、まだそういう感覚の人がいる(笑)。仕事の上で、陰湿な嫌がらせをしてくるタイプ。一言でサッパリとすまさず、ネチネチと長文メールで責めたてる人(父親がまさに、そういうモラハラ男だったけどね)。
僕たちは、考えの違う人ともこの世界をシェアして生きていかねばならない。だけど、向上心がなく攻撃本能で生きているケダモノは、そんな風には考えてくれないからなあ……。

(C)押見修造/太田出版 (C)2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会

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