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2020年7月12日 (日)

■0712■

まだ20代で八王子に住んでいたころ、K君という変な友だちがいた。彼はいつもいきなり、フラリと僕のマンションに現れては、これからどこか知らない町へ遊びに行って朝まで映画を見ようとか、創造的で魅力的な提案をするのだけど、結局は僕だけがお金を払って翌日の生活がメチャクチャになってしまうのが常であった。彼のすることの中には犯罪行為も含まれているのではないかと思い、一度など警察を呼んだことさえあった。それぐらい、K君は危険で、だけど魅力的で、いつも言葉だくみに物事を誤魔化して逃げおおせる厄介な、憎い相手でもあった。
彼はアーティスト志望なのか、たまに彫刻のようなものを作っては近所の中古レコード店に売りに行ったりして、考えられないような極貧生活をおくっていた。


K君はたまに、身奇麗な女性を連れていることもあった。彼と同じように貧乏な人だったが、夕方になると路地裏の食堂でエプロンをきゅっと腰に締めていたので、そのお店で働いていたのだろう。彼女は無口で真面目で、たまに幼い子供を連れていたりもした。
僕はてっきり、K君の妻子だろうと思っていたのだが、そうではなくて子連れの女性がK君と恋人になった、というだけの関係のようだった。
もうひとり、K君には不思議な友だちがいた。作家だか哲学者だか、たいへんなインテリで、一緒に飲むと、難しいけれどとても含蓄ある言葉を口にするのだった。仮にJさんとする。


ある時、そのJさんと2人だけになった。僕はK君に日々翻弄されており、毎日とても疲れていると彼に打ち明けたかった。だけど、K君の名前を出してしまったら、またK君はそのことを逆手にとって、ずるく利用して僕を脅かして、ますます窮地に追い込むことだろうと容易に想像できた。
なので、Jさんには「俺の生活、今めちゃくちゃです」とだけ言った。するとJさんは珍しく快活に笑って、とても上手い言い方で「人間、そうそう困ったことには陥らないものだよ」という意味のことを答えた。「そうですね、めちゃくちゃってほどではないですね」「うん、そうだろう」とJさんは僕を励ましてくれて、ひとりで酒を飲みに行った。別れぎわにJさんの顔を見ると、老けた人だと思いこんでいたのだが、僕より年若いほどの人だった。おそらく大変な苦労をして、その過酷な経験が彼を実際以上に老けこませてしまったのだろう。そのJさんもまた、K君よりはマシであったが、それなりに窮乏生活を送っていた。

Jさんと別れた後もやはり、「八王子にこんな場所があったのか」と呆然とするような見たことのない貧しい路地に、僕はひとり残れされた。
酒屋でビールでも買って帰ろうとしたが、どんどん知らない路地に迷い込んでしまった。薄暗いトタン屋根と木々の向こうに子供たちが遊んでいて、その奥に青い海が切り取られた絵はがきのように広がっていて、その美しさに足を止めて、何枚も写真を撮った。
すぐ後ろにおばさんたちの話し声がしたので、彼らの生活圏に足を踏み入れてしまったのだろう。驚いたことに「○○漁協」という看板が見えた。こんなところに漁港があったのか。

それは不気味で神秘的で、だけど魅力的で僕を解放してくれる、不思議な明け方の夢だった。すさまじい極貧生活で気味の悪い場所ばかり出てくるのだが、決して忘れてはいけない事のように思えて、ICレコーダーに夢の中でのことを吹き込んだ。

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