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2020年6月25日 (木)

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モデルグラフィックス 2020年8月号 本日発売
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●組まず語り症候群 第92回
今回は、ハセガワ製の珍品キット「たまごワールド」を取り上げました。


最近、レンタルDVDで借りてきたのは、『ブリッジ・オブ・スパイ』。2015年のスピルバーグ監督作品。
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冒頭カットは、鏡の中から始まる。ソ連のスパイが、趣味で自画像を描いている。カメラが引くと、彼の顔は鏡の中の逆像だと分かる。さらにカメラが引くと、画面右側に彼の描いている絵がフレームインする。つまり、ふたつの顔が同一フレームにINする。これだけで、彼が二重の顔を持つスパイなのだと説明できている。
全編、こんな風に効率的で洗練された演出がつづく。
どうしてワンカット目でスパイの正体をあっさり分かるような演出にしたのかというと、「誰がスパイなのか」というサスペンスには、あまり意味がないからだろう。何でもかんでもドキドキハラハラさせて、最後に感情を爆発させて観客を泣かせるのが映画……と思っていては、人生損をする。


僕がもっとも気に入った演出は、トム・ハンクス演じる弁護士が東ドイツへ乗り込み、司法長官と会うシーンだ。
ハンクスは敵味方のスパイの交換条件を修正して、ソ連領に墜落したパイロットおよび、ベルリンが東西に分断される時に東側に捕らわれた民間人の学生の2人を要求する。ところが、司法長官は出かけてしまう。その横には、書記の青年が座っている。
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ハンクスは、廊下で待たされている。広い事務所の廊下を、書類を運ぶ自転車が何台も行き来する。廊下のすみに、ひとりポツンと座りこんだハンクスの前を二台の自転車が通りすぎる。カメラは自転車を追って、右へPANする。すると、あの書記の青年が歩いてくる。
青年を追い越すように、今度は右から自転車が来る。カメラは再び自転車を追って、左へPANする。すると、自然に青年がハンクスの前まで歩いてくる動きを追うことになる。

つまり、川のように流れる自転車の一群を機械的に追うだけで、その流れの中を歩いてくる書記の青年が、群れの中にまぎれた、とるにたらない存在だと感じられる(実際、彼は司法長官が出かけたことをハンクスに伝えるためだけに来た)。
ところが、ハンクスは青年の英語力を見込んで、彼を抱き込むようにして交渉を有利に進めようとする。人質奪還のため異国まで来たハンクスも、事務仕事をしているだけの青年も、大きな流れの中にいる。……こうして後から見れば、いろいろと文学的な解釈が出来る。本当はこのカットも、シーンはじまりを綺麗に見せるためのテクニックのひとつに過ぎないのだろう。
でも、僕はカメラワークや構図から意図を読みとるほうが好き。
この映画を見た人は、トム・ハンクスとソ連側スパイとの思想や国境をこえた友情に感動したがるだろう。しかし、僕はそこはどうでも良かった。たとえば、映画全編に食器を使った演出が多い。レストランのお皿、密談の席でのグラスなど……どう使って、どんな効果を出しているのか? そこに、映画の面白さがある。僕は、ウソをつきたくないだけだ。


外出禁止や休業を強制できる法改正必要62% NHK世論調査

こうやって個人の主体性を放棄し、他人の自由を奪おうとする凡人ども、愚民どもの怠惰さは、本当に怖い。彼らが怖いのは、創造的な理想がなくて、ただ他人を縛りつけておけば面倒が少なくてすむ、世の中へのイライラが減ってスッキリする……程度に考えているところ。殺伐としているよね。
個人個人の判断にまかせたくない、支配欲だけが増大した自粛警察たちの頑迷さ、「検察庁法改正案に抗議します」ハッシュタグのハナホジ感(誰が適当にやっといてくれ感)は、どちらも同調圧力を強いるものであった。とりたてて理想のない、学級会で意見を聞かれても「みんなと同じでいいです」「多数決に従います」と責任回避していた連中が社会の大半を占めると、あきらめ加減の同調圧力(「俺も我慢するんだから、お前たちも我慢しろ」)を生み出してしまう。


芸能人、ミュージシャンや俳優が売れなくなってくると、何となく左翼っぽい反体制的な方向へ傾いていしまうのは、「大衆の人気を獲得する」商売である以上、自然な流れなのかも知れない。「金持ちや権力者がズルをして、庶民が苦しんでいる」物語を、そのまま売れなくなった自分と重ね合わせることが出来るので、楽ともいえる。

しかし不思議なのは一部の「リベラル」や「左翼」だと思われていた人までが声高に「早く緊急事態宣言を出せ」とか「欧米のようにロックダウンをしろ」と主張していたことである。

だって、彼らは「楽な方向」へ傾いているのだから、権力に頼るようになるだろう。本当に怖いのは思考と主体性を放棄させる同調圧力だと思うのだが、例のハッシュタグ荒らしで、「現政権を許さない」人たちが、どちらかというと全体主義的な傾向であることが明らかになったと思う。ハッシュタグをコピペする態度は、そのまま「考えるな、従え」「同じようにしろ」と言っているように思えて、とにかく怖かった。
フェミニズム的な視点からの「不愉快な性表現は禁じてくれ」は、より公権力を今よりも増強しろと主張しているわけで、自由とは程遠い傾向だ。僕は大変怖い。Twitterでこの手の議論を見ると、皆さん、スクリーンショットを使ったRTをさらにスクリーンショットで撮って、血みどろの論争に明け暮れている。

よくこの手のツイートによく登場する「日本は地獄」などの紋きり口調は、ようするにその人にとって「人生は地獄」であることを物語っている。そして、「海外は進んでいるのに、日本だけ取り残されている、恥ずかしい」という嘆き節は、「本当の自分の人生はもっと理想どおりに進んでいたはずなに、そうなっておらずに恥ずかしい」ことの裏返しなのだろう。あれもダメ、これもダメ、とにかく不満の尽きない人は自分の解決すべき問題を政治問題にすりかえている。なんだか、ちょっと前のネトウヨとまったく同じ心理構造だ。ちょっと可哀想ではある。
日本は、「私は私」「私は私のままで十分に素晴らしい」と思えるような自尊心を、育てにくい教育をしている。本当に改革すべきは、教育だと思う。

(C)Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights

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