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2020年5月10日 (日)

■0510■

最近観た映画は、『バルカン超特急』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ 完全版』、『ローズマリーの赤ちゃん』、『新聞記者』。
よくやってしまうのだが、「そのうち観なくては」と思っていた映画を、短期間に二度借りてきてしまう。『ローズマリーの赤ちゃん』は、途中で二回目であることに気がついた。最近の邦画は滅多に観ないので、『新聞記者』について、少し書こう。
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シム・ウンギョンの演じる女性新聞記者が、松坂桃李の演じる内閣情報調査室の官僚と事件を追う。
松坂のもとへ、秘密を握っている上司から電話がかかってくる。上司はビルの屋上から飛び降りる寸前だ。異変を察知した松坂は電話ごしに止めようとする。そのシーンで、カメラは真上から上司を撮る。彼は、画面右半分に位置している。右半分はビルの屋上。左半分は、ビルの谷間。車が行き交う道路である。
そして、上司を止めようとする松坂をも、カメラは真上から撮る。松坂は画面左側に位置している。先ほどの上司のカットとは、完全な左右対称の構図だ。言うなれば、真上から人物を撮った画面を右と左に分けることで、此岸と彼岸を表現している。
「待てよ、この映画はなかなか良いかも知れないぞ」と、身を乗り出した。


もうひとつ、良かったシーンを挙げよう。
あまりに政府の秘密に近づきすぎたシム演じる女性記者は、編集長から辞職を示唆される。一方、松坂演じる官僚は、冷徹な上司から口止めを言い渡され、出産祝いの現金を手渡される。
我が身に起きた辛らつな出来事に顔をゆがめるシムと松坂を、カットバックで描いている。シムの身に起きたこと、松坂の身に起きたことは、同じぐらい重大で深刻なのだ。カットバックさせることによって、それが分かる。映画の機能性、メカニズムによってのみ、表現できる事柄がある。

このシーン、上司が松坂に渡す出産祝いを、まるでシムが受け取ったかのように見える。人物を左右どちらかから撮ると、そのように錯覚する。なんとまあ、凝った繋ぎ方をするんだろうと感心しかけたが、どうもこれは偶然っぽい。上司の立っている位置が、しょっちゅう変化していたから。
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丁寧につくろうとしたのは分かるけど、新聞記者が社会問題の最前線で頑張っている……というモチーフの切り取り方が、すでに古風だ。足早に出勤する政治家に追いすがるように、執拗に取材を繰り返す……という絵も、あまりに陳腐すぎる。
紙の新聞も地上波テレビも、とっくにオールドメディアだよ。だからこそ、この映画はシニア層に受けたのかも知れない。


“映画は最初は「見世物」で、それだけだと飽きられるから「物語」が後から付け加えられたモノだけど…近年の「ミッション:インポッシブル」を見ると「アクション優先で物語がムチャクチャだ」と言うより「普段は物語に従ってるかのように見えた映画の「見世物」性が、物語に牙を向いた」と感じてしまう”

まったく正しい。映画の機能がむき出しになって機能しはじめ、物語が背景化する瞬間を、僕はいつも待っている。


#検察庁法改正案に抗議します

このハッシュタグが、昨夜からTwitterで大流行している。
僕の知り合いや、尊敬・信頼しているクリエーターも、特にコメントもなく、このハッシュタグだけをツイートしている。「あまり政治に興味ないけど」「政治のことはツイートしないつもりだったけど」という言葉も、よく見かける。「この改正案だけは……」「今回ばかりは……」という言い訳めいたフレーズまで、まるで誰かによってテンプレート化されているように見える。

反発するように「改正案に興味ありません」というタグが出てきたらしいが、それは「安倍政権の陰謀」「Twitter Japanの工作」と言っている人までいる。
なので、Twitterでは異論を唱えられない雰囲気だ。野党が反対して、国会で討議して押し返すなら、それはそれで正当な手続きだろう。しかし、Twitterでハッシュタグをつけてツイートすることが政治参加とされ、態度を保留している人が「民主主義の敵」だとか言われる状況が、僕は怖い。
『ガッチャマン クラウズ インサイト』に出てきた、空気を読まない人間を社会から消し去る同調圧力の怪物“くうさま”みたいじゃないか。


僕は反原発デモに、数え切れないほど参加した。
原発を日本からなくすために、反対派の姿を可視化する必要があると信じていた。しかし、主催者は原発以外にも反対するテーマを増やしつづけ、僕が霞ヶ関に足を運ぶと、いつの間にか秘密保護法反対デモ一色になっていた。待ってくれ、原発問題はどこへ消えた?
疑問をさしはさむと、「いま反対しないと現政権に殺されますよ?」と、信じられないものを見るような目つきで言われた。何が悪いのか分からないまま、僕は反対の声をあげた。分かってもないくせに自分が正義で、自分が多数派で、反対しない人間をすべて敵だと思っていた。

Twitterで、「それで? 次は何に反対したらええんや?」と書いている人がいて、僕はデモに足を運ぶのをやめた。
どうしても困ったことがあれば、地元の議員に直接相談するようになった。分からないことはメールで質問したり、電話で聞くようになった。僕には、それで十分だ。

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