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2020年4月 8日 (水)

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火曜日午前、三鷹駅北口のTSUTAYAへ、DVDを借りに行った。一本は、『バグダッド・カフェ』。公開時の20歳のころは「こんな映画のどこが……」と思っていたが、今回は心に沁みた。やっぱり、20歳ごろの感性なんて宛てにならない。映画は、50歳前後から分かりはじめる。
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画面を傾けたり、ちょっとした人物がカメラを意識したオーバーな演技をしたり、当時からイヤだった部分が、やっぱり最初は気になる。でも、大柄なドイツ人のジャスミンが掃除をして、黒人のブレンダが態度を変えて、それから2~3シーン挟んで、カフェをジャスミンが手伝うシーンで、ハッとなった。
カメラは、窓際に座る客たちを撮っている。子供たちが、店内で宿題をしている。カメラは180度ぐるりと彼らをナメて、店の入り口までPANする。そこには、清潔なシャツを着たジャスミンが立っている。ブレンダとジャスミンは、申し合わせたように、丁寧に挨拶する。そのままカメラは180度戻りながら、ジャスミンが客に料理を運んで、手品を披露するまでを追う。

途中に子供たちの驚いた顔がインサートされるとは言え、カメラは大きく左にPANして、そのまま大きく右へ戻る。言うまでもないが、これは劇中に何度も出てくるブーメランの動きだ。
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ラスト近くのプロットも、一度は去ったジャスミンが「行って、帰ってくる」。それはストーリーというよりも、この映画が世界をどう捉えているのか、どう組み立てているのかを示している。
確かに、温かいストーリーではあるんだけど、映画の効能って、ストーリーを伝えるだけではない。というより、ストーリーだって、何も泣かせるために存在するわけじゃない。

映画の冒頭で去ったブレンダの夫も、ラストで帰ってくる。やっぱりそれは、ブーメランの運動を模しているんだと思う。お話の定型ではなく、動きの綺麗さで見せている。ラストも、まるで続きがあるかのような終わり方をしている。ブーメランを投げたところで終わるのが、気持ちいい。
ブーメランのような動きを描くと、少なくともパターンに陥らずにすむ。そういうストーリーの運動を、目撃したいじゃない。どうせ映画を観るなら。


『バグダット・カフェ』初公開の1989年は、辛い年だった。
僕は二歳年上の女性に片恋していて、彼女の学校や宿舎のあるつくば市まで、せっせと通っていた。その女性も大学院で映画を習っていて、『バグダット・カフェ』が良かったと、言葉すくなに語った。
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何とか彼女と価値観を共有したい僕は、あわててシネマライズに観にいったのではなかったか。そして、個性的な主演二人の女優に彼女を重ね合わせて、そこに自分のような青臭いガキが入り込む隙間がないことに苛立ち、したがって映画の良さにも気づけなかった。

今なら、この映画を生涯ベストワンに選びたくなる気持ちは分かる……さびれた砂漠の中のモーテルが夕闇に沈み、ネオン管に青い灯りがともるカットの美しいこと。心に余裕ができたから、あの美しさが分かるのかも知れない。何にせよ、年をとって良かったよ。若い頃は、とにかく自分の未熟さが悔しくて、辛くて、ひとつも面白くなかった。


昨夜、新型コロナウィルスに関して、非常事態宣言が発令された。
僕はもともと、家で原稿を書くのがメインの仕事。おまけに、本来なら今日からコロンビア旅行の予定だったから、4月分の取材・撮影などは終わらせて原稿も納めてある。今月、何もしなくても影響はない。ラッキーだと思う。しかし、5月以降の取材はどうしよう、という話を編集者としている。

レンタル店と喫茶店ぐらい行きたいのだが、とりあえず明日は我慢するとして。
スーパーで並んでいたら、「どうしてこんな並び方してんの?」と、偉そうにタメ口で聞いているのは、やっぱり中年男性だった。その男、別に横入りしたわけでもない女性客を「並んでますよ!」と叱っていた。男には余裕がない。だから、50代になると自殺する。コロナ絡みで自棄を起こして騒ぎを起こしたのも、ぜんぶ男。
無用者にならないように、年をとった男は自分の価値を見つけて磨かないと生きていかれない。幼稚な嫉妬と憎悪で、自滅するから。


安倍総理の会見をYouTubeで見たが、質問したがる記者は、黙って手をあげればいいでしょ? どうして「そろそろ時間です」と言われると「ちょっと待ってください」と不満そうに愚痴るの? それでもプロかよ、みっともない。「ギリギリで質問を打ち切られた」ってポーズをとりたいだけ、予定調和で仕事した気になってるんだろ? 与党精神がないんだよ。安倍総理は確かに頼りないし、コロナ対策にも不満はあるけど、「もし自分が全権を委ねられたら?」と想定する与党精神なしに、サンドバッグみたいに一方的に総理大臣を叩き続けたいとは、俺は思わない。

Twitterを検索してみると、最後にやっぱりゴネて質問に割り込んだ素人じみたイタリア人記者をダシにして、安倍総理をクズだの無責任だの、じゃあお前らがどんな責任を負ってるんだよ? もはや「アベ叩き」という安全圏からのゴッコ遊びじゃないか。本気じゃないんだろうね。
というか、安倍総理がどんな失言しようと、その言葉尻を捕まえて叩いて何がどう改善されるんですか? 総理が猛省して辞任するんですか? 溜飲が下がったってだけでは? 自分たちはお客様、店は常連客の言うこと聞け、今後も文句だけは言わせてもらうぞレベルになっていないか? だとすれば、それは慣れであり、癖でしかない。本質に触れてない。本質に触れてさえいれば、右も左も関係ないと僕は思う。

(C)2008 KINOWELT INTERNATIONAL GmbH

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