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2019年12月25日 (水)

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モデルグラフィックス 2020年 02 月号
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●模型で読み解く『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』延長版-2
片渕須直監督インタビューも込みの連載第2回は、ピットロードさんへ取材。難易度の高い1/700大和を、初心者が手にとるかも知れない『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』仕様として発売することの意義を聞いてきました。

●組まず語り症候群 第86夜
今回はPLUMさんのプラアクトシリーズから、インジェクション成型のみで再現された「クサリ」を取り上げてみました。


黒澤明の『静かなる決闘』をレンタルDVDで観た翌日、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を立川で観てきた。
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三年前はゼロ号試写に呼んでいただき、「とても泣けるから自分の目で確かめてみて」的な声が多くて、「えっ、そんなに分かりやすい映画?」と違和感をおぼえたものだった。もっと正確に言うと、「確かに泣けるだろうけど、そんなお涙頂戴の映画を貴方がたは求めていたのか? 単に泣かせるために映画を観てもらうのか?」と、反発に近い気持ちを抱いた。
それ以来、『この世界~』には、ずっと疎外感をかんじていた。この映画の意義、価値は着実に認められ、それが多数の受賞に結びついたのは理解できるし、喜ぶべきこと。
一方で、依存性の高い映画とも思う。すずさんはアイドル性があって可愛くて、全体に笑えるシーンが多くて、「おもしろうてやがて悲しき」式に最後は泣くことだって出来る。「愛らしい映画です、号泣しました」とでも言っておけば、それだけで受容される(うまく言えないけど、この映画には「許す」という機能があると思う)。

あと、片渕監督は博識でサービス精神が豊かだから、取材するのが楽なのよ。僕がやってる連載だって、かなり監督の発言に依存していると思う。考えることを監督に任せすぎて、受け手はどんどん楽になる。それでも『この世界~』さえ取り上げれば、一定数のファンは反応してくれる。一方で「今ひとつ、あの輪に入りづらいなあ」という人は、ますます疎外されていく。監督のご機嫌うかがいのような感想ばかりが、果たして健全な反応と言えるんですかね?
そんな予定調和を求めていたの? 『さらにいくつもの』を観ても、やっぱり「うん、確かに別の映画になってますね!」と合言葉を言わないといけないの? そう言わないと仲間はずれにされるんじゃないの? ある種の窮屈さを感じながら、映画館の席に座った。
 
でね、僕は泣くどころか、大きな溜め息をついていた。映画のトーンが、何とも苦い、気まずいものになっていて、笑ったり泣いたりするより「ぐぬぬぬぬぬぬ……」って感じ。すずさんと周作さんの交わすちょっとした会話に厳しい、ビターなニュアンスが加わってしまって、いたたまれなくて席を立とうかと思ったぐらい。でも、これを求めていたんだな。もう可愛い映画ではないし、手放しで泣ける映画でもない。嫌いな人もいると思う。僕は今回のほうが、断然好き。


映画館で映画を観ることの意味って、別にスクリーンの大きさでも音響の良さを味わうためでもないと思う。映画館では、映画に主導権がある。途中で止められなくて、最後まで凝視するしかない。「もうやめてくれ!」と思っても、止まってくれないんです。
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すずさんが周作とリンの過去を知ってしまって、それはもう原作漫画を読んでれば知ってるはずじゃん。「ああハイハイ、このシーンね」とタカをくくっていると、秘密を知ってしまうシーンが、その後のすべての会話に影響していく。漫画なら、読むペースを変えたり、途中でやめたりも出来る。映画は突進していくんですよ。
特に、すずさんと良い関係だった水原さんが泊まりに来るシーン。前作では何もなかったけど、今作ではすずさんと周作さんが気まずくなっているタイミングで来る。「えっ、ちょっと待って!」「今は来るな!」って感じ。
同時に、どうして周作が自分の妻を男と二人きりにさせたのかも、かなり難しいんだけど、前作よりは納得がいく。理由というかヒントぐらいはつかめる。そういうシーンが、いっぱいある。戦争が終わってすずさんが慟哭するシーンも、これだけいろいろ抱えたままなら、そりゃあ泣くでしょう、といった具合に。……大変な読解力が必要とされるけど。

こういうこと書いて、「ネタバレしてる」って思う? あのね、映画館でぶっ通しで観ないと、絶対にこのニュアンスは分からない。原作を読み返しても、あの苦い、切ない、しかし止まることなく突き進んでいく日常、すずさんの心境がどうであろうが、夫が憎かろうが何だろうが、必ず落とされる原爆、必ず終わる戦争、それでも容赦なく続いていく日常のあれこれの力強さ、残酷さは映画の奔流の中にしかない。


晴美さんが亡くなったり、戦災孤児を連れて帰ったりするんだけど、それらはもう「泣かせ」ではない。リンさんの秘密と等価値に感じられる。
逆に、リンさんと周作の過去を抱えたままだから、すずさんは酷い目にあっても生きていけたのかも知れない。戦災孤児を連れ帰れるほどの力が出たのかも知れない。そして、映画が終わっても何も解決してないんだよ。あいかわらず、夫に対して忸怩たる思いを抱えたままなのだろう。失った右手が戻ってこないように。

今回の映画は、そうなかなか依存を許してくれない厳しさがある。
この割り切れなさに、僕は元気づけられたけどね。この後の人生、何とかなる気がしてきた。

©2018こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

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