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“「自分のことを最高に嫌って憎んでいる人間」が国家権力を握ったとしてもそれでもなお最低限守られるべき権利ことを「人権」と言うのです。”(■)
僕のイベント (上の画像は友人のべっちん氏が撮ってくれたもの)に関連して、先日の新婦人の会・国分寺支部さんから寄せられたツイート“「招待を騙ったお呼び出し」をして、行けば写真撮って、実際邪魔してもいないのに「これがノコノコイベント妨害にやってきたおばちゃんたちです」って晒す計画の釣りなんじゃないか”(■)……もう一度、ゆっくり反芻してみたけど、やっぱり婦人の会は妄想を動員してまで「抑圧され、傷ついているのは私たちの方」という構図をつくり上げ、僕を抑圧者に仕立て上げたい、その方が有利だし気分もいいって本能的に察知してるよねえ……。
そして、新日本婦人の会は8/1にコメントを発表していた。
“戦車掲載の絵本『はたらくくるま』増刷中止、「自衛隊展示中止」への嫌がらせと攻撃について” (■)
“兵庫県本部のツイートには、改憲と排外主義の極右勢力からのコメントがSNSを通して大量に送りつけられ”……いやだから、そうやって批判相手の属性を自分勝手に決めつけるから、ただの批判が歪んだ政治色を帯びて対立が激化してしまうんだと思うよ?
“顔写真の無断撮影などの事態が続いています。”……そうなの? 誰がどこで撮影したんだろうか。それで、僕も「写真を撮って~晒す計画」などと疑われてしまったのだろうか?
とにかく、自分への批判相手を一種類だと決めつけるのは、たとえばネトウヨの人たちが異なる意見をすべて「反日勢力」「在日」「特ア」と括ってラクをしているのと同じになってしまいますよ?
他にも悪手じゃないかと感ずるところ、事実無根ではないかと疑わしいところもあるんだけど、批判したら一発で僕も「改憲と排外主義の極右勢力」に組み込まれてしまうのだろう。そこが怖い。僕の中には左翼的な部分と右翼的な部分が、矛盾しながら混在していると思う。しかし、彼女らを批判した途端、「極右勢力」などと思想的に都合よく均されてしまう……。それを僕は、何よりの抑圧と感じている。きっと僕は、「極右勢力」と認定されないために、思ってもないことを口にして中立であることを強調するか、安易なネトウヨ的言動に染まるか、選択を強いられることになろう。単なるレッテル貼りのせいで。
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別に、共産党の関連団体でも安倍政権打倒でも、なんでもいい。世の中、なるべく色んな考えが共存すべきと思うから。ただ、「私にそのような印象を持つな」「私のことは、このように思え」と相手に命ずるのは、社会的に未熟な証拠だ。
(……というか、なぜ新日本婦人の会に危険さを感じるのかというと、自分たちへの反対意見をすべて攻撃と受け取る、病的なまでの潔癖さだよね。彼女たちは「自衛隊を解体しよう」と、長期的・具体的・合理的な方策を立てているわけではない。書籍や催事に自衛隊を見つけたら、即殲滅。サーチ&デストロイ。目の前から消し去って満足、という姿勢が怖い。「まだまだ自分たちも未熟かも知れない」「間違っているかも知れない」といった冷静さ、「原則はあるにはあるが、まあ今回は例外としましょう」といった余裕がない。冗談が通じない。僕の心証だけど、いつも頭に血がのぼっているネトウヨと変わらない。極右と極左は、イコールなんだろう。
潔癖で神経質で、頑迷固陋ゆえに生きづらいタイプの人たちが互助会のように集まって、おそらくは「ちょっと待ってください」と異論をはさむ人を排除してきたんではないか……という気がする。)
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僕はイベントやったり商業本を出している以上、多少のリスクを抱いている。来月出る『親子で楽しむ かんたんプラモデル』(■)には、戦車や戦艦のプラモデルもいっぱい掲載されているので、増刷中止になると著者は赤字のままなので、困るわけです。
悪いけどね、自分から発信せずに流れてくる情報をいいの悪いのツイートするだけの人は、気が楽でしょうよ。
僕は、本が増刷されねば赤字で、生活がかかってるんです。
それと、戦車や戦闘機や戦艦のスケールモデル全般が今後、批判のターゲットにされる可能性も十分にありえますよね? その時、模型業界はどう対応する? 僕の中に「兵器に幼稚なフェティシズムを感じること」に対する疑念も、ないではない。そういう意味では、実は新日本婦人の会の人たちの異常なまでの潔癖さ、兵器への嫌悪感は参考になるはずだ。
そのように考えねば、僕の人生は焼け野原になってしまう。
「あいちトリエンナーレ2019」についても触れたかったが、次の機会にしよう。
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