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2019年8月11日 (日)

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■J GROUND EX No.5 発売中
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フジミ模型さんのプラモデル「1/72 陸上自衛隊 99式自走155mm榴弾砲」の開発プロセスを取材し、企画~テストショットに至るまで4ページに構成しました。もちろん、素組みのキットも塗装せず、堂々とカラーページに掲載しています。イカロス出版さんの本では、「J Wings」に続いて、プラモデルを素組みする記事を掲載しました!


最近観た映画は『大脱走』(二回目)、『ジンジャーとフレッド』、『天井桟敷の人々』、『三つ数えろ』など。
しかし、コラムを書くためにNetflixでアニメを見ていたら、かなりエグいエロ動画……というか、小汚い邦画の宣伝が流れたので、ギョッとした。タイトルは『全裸監督』。なんだ、セックスだとかのぞきだとか盗聴だとか、この汚い映画だかドラマは! どうにも気になって見はじめたが最後、Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』()全8話のトリコ仕掛けの明け暮れとなってしまった。
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村西とおる、黒木香……80年代当時は、大学の友だちが噂していた程度で、僕はAVはもうちょっと純情路線というか、秋元ともみのように純愛的なセックスを愛好する偽善者だった。セックスと笑いを組み合わせるのが、好きじゃなかった。
『全裸監督』は村西とおると黒木香が、やや異常な境遇、でもかろうじて一般人だった状態から、ちょっとずつエロの世界、AVの世界に輝かしい人生を見い出していく過程をカットバックして描き、最後は昭和天皇崩御で幕を閉じる。

ドラマとしては、かなりドタバタ。やや盛りすぎて戯画化された部分もないではないが、80年代風俗の再現は、たとえば遠景にチラリと映る東京タワーの塗装が現在と違うとか、かつて歌舞伎町で流れていた「1時間800円!」のテレクラのエンドレス宣伝に至るまで徹底している。さまざまな看板や貼り紙にあふれた町並みは一部、CGだと思う。それぐらい金はかかっている。80年代だから、『プロジェクトA子』や『新くりいむレモン』のポスターも出てくる。

僕が泣けたのは、1話かぎりで消えてしまう借金まみれのAV女優が歩く、朝の歌舞伎町。カラスまでフレームの中にピタリと収まっている。あちこちで、どんよりと頭を垂れているキャバ嬢や酔っ払い。あの泥まみれの朝の風景を、僕は肌身におぼえている。
そう、この汚れた世界の中に、僕らは自分自身を見い出す。僕らはキレイでも高尚でもない、一皮むけば下半身の奴隷である。自分のドロドロした欲望を認めたとき、僕らはこの温かく湿った世界に受け入れられ、果てしなく肯定される。


このドラマは、意図的に飯を食べるシーンを多く挿入している。ライバルのAVメーカーの社長も、いつも厚切りのステーキを食べている。
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やがて黒木香としてデビューする女子大生が訪ねてきた時、村西は「とにかく、みんなと一緒にメシを食べろ。腹ごしらえだ」と、輪の中に彼女を導く。それだけでジーンとしてしまう。
そのまま、黒木は村西に抱きとめられ、生まれて初めて解放される。すさまじいセックスが展開されるが、その背後で、村西のスタッフたちは無言で照明やカメラを手にする。彼らにとっては、生のセックスと創作は渾然一体、分けられないものになっているのだ。

また、黒木の母親役の小雪と村西役の山田孝之が顔をあわせたとき、そこには怪獣映画でゴジラとキングギドラが相まみえたかのような、強烈な熱気が立ち込める。このドラマには、役者と役者が作品を飲み込んでしまうような瞬間が、あちこちにある。それは本能と本能の対決と言っても過言ではない。
あれだけのクソみたいな自主規制で作品から抹消されたピエール瀧が、レンタルビデオ屋の店長を生き生きと演じているのも痛快だ。このドラマにはコカインではなくシャブが出てくるが全くお構いなし、まあとにかく、そんな空虚な地上波テレビ的な常識だの倫理だの踏み越えた向こうに広がる真実の戦場、真実の楽園を追い求めるドラマなのだ。
これは芸術家たちのドラマだ。死んだように人の命令だけ聞いてるテレビ屋たち、プライドばかり気にしている正義ヅラの俳優たちはすっこんでろ、そういう世界だ。


あいちトリエンナーレで、これが正しい表現だ、いや表現の自由にも限度があるなど、政治家たちも交えてくだらない論争が展開されている。
お前ら、芸術をなんか頭の上にふわふわと漂う高尚な抽象的な理想だとでも思ってるだろう? 自分の股間に聞いてみろ。もっとゲスいもの、俗悪で低俗で恥ずかしくみっともなく、他人に見られたくないもの、だけど自分は見たいもの、そのエゲつない欲望が「芸術」に最も近いように、今の僕には思える。
なので、文化人や政治家の言葉は右であれ左であれ、少しも僕の胸に響かない。表現の自由もへったくれも、人間は見たければ見てしまう、そういう救いがたい生き物だ。

『全裸監督』は、村西とおるがビニ本の世界に目覚めるシーケンスから輝きはじめる。熱烈に女優をディレクションする村西、オナニーしながら「ああ、イクイク、行きましょう!」と、彼の参謀になる男が言う。「作りたいものを作るんです!」
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この一言に、深夜の僕は震えるほど感動した。もう怖いものなんてない、そう信じられた。

日本は、本当に貧しくなった。経済的に、そして精神的に。攻撃をおそれて、過剰防衛するようになった。あらゆる表現が、自主規制状態に甘んじている。当たり障りのないノスタルジー、薄甘いヒューマニズム、笑って泣ける健全なドラマがエンターテイメントだと勘違いされている。
しかつめらしい、真面目ぶった臆病者の日本を裏側から力づくでブチ抜くような作品が出て来たことを、僕は心から祝福する。そして捨て身のセックスシーンの数々に、遠慮会釈なく勃起させていただいた。この国は、まだまだやれるはずだ。

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