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2019年7月31日 (水)

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可動美少女フィギュアの世界で“オリジナルキャラ”はどう勝負する? りゅんりゅん亭・遠那かんし氏、インタビュー!【ホビー業界インサイド第49回】
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以前から気になっていたりゅんりゅん亭さんに、取材させていただきました。プロ原型師としても活躍されている方で、その話のほうが共感することが多かったです。
ちょうど日曜日がワンフェスでしたが、僕はあの混沌とした空間が苦手なのだと、あらためて思い知りました。しかし、あの猥雑さに魂を置いている人たちもいます。同じフィギュア好きでも、いろいろな人がいます。最近は「オタクだったら、当然こう思うだろ?」「みんなこう行動するだろ?」みたいな一面化を、オタクたち自身が行っている場面が多いような気がします。


今夜は、トークイベント【模型言論プラモデガタリ】第7回()。
テーマがフィクションの中の自衛隊なので、元自衛官のタレントかざりさん、自衛隊車両のプラモデル化に積極的なフジミ模型さん、ミリタリーモデルに詳しい吉祥寺怪人さんをお招きした。モデルグラフィックス編集部も物販を行う、賑やかな場になると思う。
さて、自衛隊の雰囲気を知っておこうと、陸上自衛隊・小平駐屯地の納涼祭に初めて訪れたりした矢先、ふたつのニュースが目に入った。

●幼児向け「はたらくくるま」図鑑に戦車 不適切との指摘

●自衛隊車両の展示中止が物議 中止要請の市民団体を市議が批判

出版社やデパートに抗議したのは、いずれも「新日本婦人の会」という団体で、ウィキペディアによると会員は20万人もの大組織で、僕の家の近くにも支部がある。Twitterアカウントも支部ごとに存在し、なるべく全てフォローして主張を読もうと試みたのだが、「嫌悪を感ずる」と書いたところ、東京本部からブロックされてしまった。国分寺支部は、「圧力などかけていない」旨のツイートが来たので、丁寧に返信しておいた。
何しろ、子供向けの本に自衛隊車両がNGなら、来月刊行される僕の著書も確実にターゲットにされる。そして相手は20万人、小さなデパートへの抗議には10人で押しかけたと聞く(本人たちが具体的にどのような行動をとり、どんな要求を行ったのか明かさないので噂話を信じるしかない)。
彼女たちは戦争反対、憲法9条を守れと主張しているが、数で圧力をかけて言うことを聞かせる、そうした力まかせの交渉は好戦的とは言えないだろうか。少なくとも、僕は脅威を感じる。相手を怖れされ、萎縮させて言うことを聞かせるのであれば、それは言葉の軍事力化、言論の武力化であり、平和的解決とは程遠い。


新日本婦人の会は共産党系の組織だと仄聞したが、そこはあまり関係ない。
彼女たちも、「私たちの敵はアベ政権支持者、つまりネトウヨ、つまりキモオタ男性であり性犯罪予備軍」と短絡したがるだろう。僕も自衛隊のイベントを開催するぐらいだから「極右」扱いされていると思う。その、「ありもしない対立」「いもしない敵」を想定する考え方こそが、戦争を生む図式ではないだろうか。

ご存知の方もいると思うが、僕は2011年以降、反原発デモに多数参加してきた。官邸前行動とかいう反政府デモにも毎週通い、主催者にカンパし、デモを応援しに来てくれる共産党の候補者に投票してきた。
途中から、官邸前や永田町近辺に集まる、デモをやるという形式だけが継承され、主張する内容が反原発からどんどん変わっていって、いつの間にか「戦争する国、絶対反対」と叫ばされていた頃から、足が遠のいていった。

つまり、僕は新日本婦人の会のような反体制的な行動に、割と多く関わってきた人間だ。
しかし、今は彼女たちからネトウヨの一種のように扱われている。確かに僕は、自衛隊には愛着がある。一方で、判で押したようなネトウヨの言動(嫌韓だとか反中のような幼稚な言動、ヘイト発言)を嫌悪してもいる。それぐらいの矛盾をはらんだ、振り幅のある状態が人間なのだ、と僕は信じている。どちらかに振り切ると、そこで人間性は死ぬ。全日本婦人の会の各支部がときどきリツイートしているのは、共産党の議員の退屈な問題提起ばかりで、ヘッダー画像は必ずデモの写真。20万人もいるのに、そのパターン化が恐ろしい。


ここ2~3日、どちらかというと反体制的な個人のツイートに目を通してきた。
「差別主義者は肥溜めに落ちろ」と筆書きされた画像を、ある女性は愛用していた。差別主義者であれ性犯罪者であれキモヲタであれ何であれ、彼女は力まかせに誰かを殴りたいのだ。それぐらい、憎悪と憤怒にまみれた暴力的なツイートばかりだった。戦争反対、9条守れの人が、もはやひとりで戦争をしているような状態だった。
彼女は『風の谷のナウシカ』の僕の解釈が気に入らない、ただそれだけの理由で怒っていた。僕を敵扱いしていた。怒りをぶつけられる敵がいないと、自我を保てないほど人生が辛いのだろう。それぐらい、酷い目に遭ったのではないか。

でなければ、そこまで他人を憎悪したり、嘲笑したりはできない。
Twitterで唐突に、気に入らない相手を「お前」呼ばわりする人、どんなに頭脳明晰でも「このクソバカは」と他人蔑視をデフォルトにしている人は、間違いなく過去に癒しがたい傷を負っている。なので、反射的に怒り返してはいけない。その場で気がすんでも、毒は消えずに濃度を増す。
仮に僕がネトウヨだとして、反対してくる人がいたとしても、「このブサヨが」「どうせパヨクなんだろ?」「また共産党か」とパターン化した言動をとったら、それはもう自分ではない。
「必ず我が願いかなえたしとか 必ず調伏せむなどと力(りき)こめるのは かえって危険なのだ」「可でもなく不可でもなければ たとえ周囲でどのような事象が起ろうとも 我が身は風のように自由でいられる」――岡野玲子『陰陽師』より

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