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2019年4月 4日 (木)

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“水中ニーソ”でお馴染みの古賀学が歩んできた「平面でないと成り立たない模型」の最新形【ホビー業界インサイド第45回】
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古賀学さんからは、メッセンジャーでいろいろとお話を聞かせていただいていて、この日が初対面でした。数日後に僕のイベント【模型言論プラモデガタリ】に登壇していただいたにも関わらず、まったく発言の機会を与えられず、あまりに申し訳なくて、まだ謝罪にいたっていません。

だけど、この日の取材はエキサイティングでした。
アーティストを名乗る方にインタビューしたのは初めてでしたが、アーティストの発言に価値があるとしたら、僕らのような俗世に生きる人間に新しい視点を与えてくれることでしょう。古賀さんの発言は、たとえば映画を見るときに活用できます。模型、プラモデルについて考えるときも役立ててほしいと思っています。
今回、「ホビー業界インサイド」のコーナーに出ていただきましたが、「超絶テクニックをもったスーパーモデラーの話でないと、模型趣味の役に立たない」と考えている人が大多数だと思います。模型雑誌の根底にも、そうしたロジックが働いています。しかし、そんな平面的な思考では、十年もたたずに袋小路に陥るでしょう。古賀さんのように、模型の構造を念頭において、なおかつ即物的にプラモデルを組み立てるのではない、別のフィールドで別のやり方で実践している人から学ばずして、どんな未来があるというのでしょう?


富野由悠季監督は、たびたび「超一流のものを見ておけ」と発言なさってきました。それは、超一流のアニメを見ておけって意味ではありません。美術品、工芸品の凄く高価なもの、別ジャンルで最高レベルの価値を与えられるものを見ておかないと、程度の低い仕事をすることになるぞって意味です。
それが怖いから、僕は海外へ行ったら、なるべく美術館を見るようにしています。すると、古賀さんのおっしゃるように「作品の横に書いてあるのは題名、制作年、材料」だけかもなあ、と気がつけます。権威のあるものを、批判的に見ることも必要です。
あるいは、アニメ関係の美術展はどうでしょう? 「しょせんアニメなんだから、こんな程度で十分だろ? みんな限定グッズが欲しいだけだろ?」って態度が透けて見える場合が多いように思います。それを見抜いて「もっとレベルの高い次元に引っ張り上げてやろう」と思えるようになるためには、やっぱり「超一流のものを見ておく」、それ以外の方法はないように、今の僕には思えます。

あるいは模型の展示だとか、模型雑誌の見せ方はどうでしょう? 「プラモデルはアートじゃない、(しょせん)趣味だから」と言い訳していては、他の趣味に負けてしまうのではないでしょうか。「楽しめればいい」「人それぞれ」「作る喜びを」……僕には、すべて空しく聞こえます。そういう空疎で耳障りのいい言葉の裏に、「塗装や工作の上手な人が一番偉い」という厳格なテクニカル・カーストが存在していることを、みんな知っているはずだからです。
嘘偽りなく「人それぞれ」の状態をつくるのは、生半可ではありません。多様性多様性といいながらトランス・ジェンダーが放逐され、欧米は人権意識が高いと心酔しながら彼らがアジア人蔑視のCMをつくっている状況を見れば、明らかなことですね。


でも、プラモデルは(望ましい形ではないにしても)メディアに露出する機会も増えてきましたし、業界の外に目を転じれば、チャンスは山ほど転がっています。
僕は「下手」の世界で苦しんできた人間なので、「上手い/下手」で格差が生まれる世界とは距離を置きたいです(上手い人はリスペクトしますし、喧嘩をしたいわけではないので)。「下手」の立場から、状況を良くしていきたいのです。6月にプラモデルの本が出ますが、「私は下手だ」というコンプレックスそのものを無効化するような内容になります。

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