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2019年4月23日 (火)

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昨夜はマスコミ試写で、『きみと、波にのれたら』。湯浅政明監督作品では、『夜は短し恋せよ乙女』は映画館を出て帰ってしまったぐらい苦手だった。今回は、ストレートな恋愛モノで驚かされた。
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しかし、「ストレートな恋愛モノ」と言った時点で、いくつか不安要素が浮かぶと思う。いつもの邦画のように、主人公が泣き叫ぶのではないか? 感情を優先するあまり、非論理的な行動を起こして、それをして「ドラマチック」という展開に落ち着けやしないか?
確かに、そうした不安要素を『きみと~』は懐胎している。あるいは、まるで『伝説巨神イデオン』のように壮大だった『君の名は。』 ああいう宇宙的スケールのファンタジーで、泣かせにかかるのではないか? ファンタジー要素は、実は映画の後半を占めるのだが、それがあまり「アニメっぽくない」。動画を最大限に使ってはいるのだが、どこかの町が滅びるだとか、タイムスリップしてどうこうとか、別の世界線では……といった「オタクだけがあらかじめ分かっている設定」が一切ない。それで心底、ホッとさせられた。

見ている間に、どうしても「しょせんはリア充の恋愛だよな……」と思ってしまうが、絶妙のタイミングとニュアンスで、登場人物が「リア充」と発言する。そのような、僕たちが肉眼で目にしているカップルだとかSNSで目にする生々しい恋愛観、人生観を、この映画は「アニメ絵」の中に回収することに成功している。ライトノベル調の、頭の中だけで考えた手前勝手な恋愛観ではない。クリスマス界隈のスノッブな恋愛文化を扱いつつも、きっちりと「……こういうの、ダサくねえ?」と、ツッコミが入る。成熟した映画だ。


アニメーションは、長いこと「恋愛下手」だった。恋愛に縁のない若者たちの夢想としてしか、恋愛を描いてこられなかった。
『超時空要塞マクロス』がそう、『メガゾーン23』がそうだった。二次元的妄想として展開するからこその甘美さは、僕だってよく噛んで味わってきた。それで充足するか、物足りなく感じるかは性格によるのだろう。
僕は、なるべく予定調和を破壊してほしいと願っている。「アニメなのに、こんなことやるの?」と、ビックリさせてほしい。『きみと、波にのれたら』は、その欲求に答えてくれた。いつもの、女性声優特有のキラキラした声を出す俳優は、ひとりもいない。特に、主人公の妹はひねくれた女子高生で、ヒロインに辛くあたる。単にキツい性格なのではなく、年齢相応の幼さや不安定さが、たまに顔を出す。上手い声優だなあ、誰だったかなあ……と思っていたら、ドラマ版『この世界の片隅に』の松本穂香であった。アフレコ初挑戦とは、信じられない。
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プロの(アニメ専門の)声優でないなら、アニメ映画に出て欲しくないという声を聞く。
つまり、自分の熟知したフィールドだけに、作品を閉じこめておきたい。不安定な要素に介在してほしくない。その気持ちも、分かる。僕にとっても誰にとっても、ささやかな現実逃避をかなえるためにアニメが存在するのかも知れない。だからこそ、僕はアニメには「現実に近接してほしい」と思ってしまう。生身の俳優の、たどたどしい演技が欲しい。「ここからここまでがアニメ」という幼稚な枠組みをぶっ壊してほしい。

僕が小さかったころには「テレビまんが」と呼ばれていた、どうかすると「子供向け」のルールで逃げ切ろうとするセル画の紙芝居。ひょっとすると、ようやく「テレビまんが」を卒業できたのかも知れない。アニメ映画が、表現として一本立ちできた、ということ。アニメに執着のない、今このときを生きている若者たちの映画になっている。彼らの、生の現実に隣接していている。
この映画のおかげで、僕は窒息しなくてすんだ。ちょっと遠くへ行って、ふだん見たことのない景色を見てきたような爽快感。


もう少し、具体的に『きみと、波にのれたら』の見どころを書いておいた方がいいかも知れない。
タイトルどおり海辺が舞台となるが、ロケーションがいい。特に、何度か登場することになる小さなエレベーターのある喫茶店。狭い空間を広角気味に撮って、箱庭のようなミニチュア感を出している。お洒落な舞台だけでなく、つまらない住宅街がポツンと出てきたりして、それがいい抜け穴になっている。ようは、綺麗な場所ばかりだして、「気持ちよさ」だけで満たさない姿勢がいい。
人物描写にしても同様で、スーパーマンのように何でもできる彼氏の部屋が、実は汚かったりする。それと表裏をなすように、彼のつくるコーヒーやオムライスが、とてもおいしそうに描いてある。落ち着いて丁寧に計算された、大人の映画だなあ、と思う。
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あまり良くないと思ったのは、絵に描いたような悪役を出して、彼らの悪事でピンチが訪れるところ。でも、その頃には僕は満足していたから、どうでもいい。前半で、彼氏と彼女がどんどん仲良くなるのを、アドリブっぽい歌で見せるシーンがあって、それだけでもう、「テレビまんが」でないのだと分かった。それだけで満足だった。
試写会には女性も多く来ていて、ラスト近くではみんな泣いていた。僕も鼻のあたりがキュンとなった。泣くこと自体は、ぜんぜん構わない。どんどん泣けばいい。ただ、泣いた事実をもって映画の評価に代えるのは、知的な行為ではない。――いや、そんな野暮なことは言うまい。映画館にいっぱい普通の人たちが来て、どんどん泣いて帰ってほしい。映画を生きたものにしてほしいんだ。

(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会

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