■アゼルバイジャン旅行記-4■
■3/5-1 山村キシュ
シェキに来た人が間違いなく行く観光スポットが、古代アルバニア教会。シェキから車で15分ほどの山村、キシュにある。
キシュの村は坂道になっていて、その頂上に石造りの教会が建っている。さて、キシュに行くにはバスがいいとかマルシュルートカ(小型の乗り合いバス)が近くまで行くのだ、地元の人に聞くのだ、道順はこうだ……など、いくつか情報がある。しゃらくさい。タクシーで、いきなり教会前まで行ってもらえた。
シェキ町内から、15マナト。教会の写真をプリントアウトして持っていったので、それを見せたらノリのいいお兄さんは坂道をバンバン登って、教会前で降ろしてくれた。坂道の下にはタクシーがたむろしてるので、帰りの足はまったく心配ない。
教会には、寒さで鼻の頭を真っ赤にしたお姉さんが、ガイドとして常駐している。英語でいろいろと説明してくれるが、専門的な話が多くて、ほとんど分からない。
教会よりも面白いのは、このキシュという村だ。どこか、日本の山村に似ているのだ。
家が石造りでなかったら、まるで日本みたいでしょ? アゼルバイジャンの人たちは親日的だと言われるけど、こんなところにルーツがあるのかも知れない。
一応、小さなスーパーやレストランの看板があるんだけど、ほぼ閉店同然。本当に人がいなくて、静かな村だった。
帰り道は、「これでもか!」というぐらいボロボロのタクシーに乗ったのだが、運転手は「俺はキシュの出身なんだよ!」と、誇らしそうだった。
行きが15マナトだったので、5マナト札を三枚渡すと、一枚しか受けとらない。「どうぞ」と渡しても、とにかく5マナトでいいのだという。笑顔で手を振って、別れた。
「タクシー=ボッタくり」の等式は、少なくともアゼルバイジャンでは成り立たない。
■3/5-2 昼からワイン
さて、ホテルで朝食をとったとはいえ、さすがに腹が減った。マップを開くと、昨日無視された店以外にもレストランがある。そこで無視されたら、スーパーでパンでも買おう。
すると、ヒゲのオジサンが「ひとり? どこに座る?」と、現地語で相手してくれる店があった。しかも、サラダだけでなく「酒もあるよ」と薦めてくれた。イスラム教国なのに、昼間からいいのか?
肉汁がたっぷり染みこんだ米が、とにかく美味い。ワインを頼んだら、手でボトルのサイズを示すので、さすがにそれは飲みきれないため「小さいの、小さいの」と、やはり手で伝えた。写真のメニューが全部で7マナト(450円)。安い!
まだ午後いっぱいあるので、マップで観光地を調べてみた。森の中にあるシラグ・カラ城塞に行ってみたいが、タクシーで行ったとして帰りの足がなさそう。
歩いていける場所としては、“Shakikhanovs' Palace”という場所がある。暖かいので、30分ばかり歩く。その場所はマップに「子供向け」と書かれていて、近くに小学校でもあるのか、地元の子供たちが遊んでいて、挨拶してくれる。“Shakikhanovs' Palace”は閉鎖中で、トイレのみ借りて、元の場所へ戻って、今度はタクシーで「シェキ・ハーンの宮殿」に行ってもらう……が、同じ名前のホテルで降ろされてしまい、ひどい坂道を登る羽目になった。
係の人らしい紳士が「中を見たいか?」と英語で聞いてきたが、歩き疲れてしまって、どうでもよくなっていた。暖かいので、ぼんやりとベンチに座って過ごした。シェキ観光は隊商宿が面白いそうだけど、俺は別に……というか、タクシーで町内の大型スーパーに戻ったら、完全に俺向けの観光スポットがあったよ! これは誰にも教えたくないぐらいなんだけど……。
■3/5-3 古市場
マップを見ると、スーパーの斜向かいに公園がある。その公園自体は何の面白みもないんだけど、なんか露店が出てるなあ……と、公園の反対側のエリアに足を踏み入れた。
とにかく、花から野菜・果物から、香水やオモチャ、生肉や生魚、紳士服など、二重三重に迷宮化した露店が、ものすごい密度で櫛比している! 猛烈に興奮してきた。
この極彩色の不気味玩具、たぶんロシアから輸入されてると思うんだけど……あと、幼児ぐらいの大きさの巨大ぬいぐるみ、こいつは首都バクーの大通りでも売られているほどの人気ジャンルで、割と普通のお客さんが、本気の目をして触ったりしている。
そして、この市場の真の魅力は、「俺を撮れ!」と迫ってくるオヤジたち!
「日本人? サムライだよな!」「撮れたか? ちょっと見せろ!」と、とにかくコイツラ、うるさいうるさいうるさい(笑)。撮ったら撮ったで、仲間たちに大声で何か自慢してるし……女性たちは真面目に商売してるのに、コイツラは完全に仕事に飽きている。
あと、このブルーシートっていうの? テントが綺麗なんだ。稲垣足穂の『星を売る店』の冒頭、「日が山の端に隠れると、港の街には清らかな夕べがやってきた。私は、ワイシャツを取り変え、先日買ったすみれ色のバウを結んで外へ出た。」……ギリシャのサントリーニ島へ行ったときも、この一説が頭をよぎった。
幻想的で、混沌としていて、下品で野蛮で、夢うつつな酩酊感があって、歩くのではなくて溺れまいと泳いでいる感じ。こういう場所に迷い込んだとき、「旅に来て良かった」と声に出てしまう。
■3/5-4 ザクロ
しかし、市場の出口近くで威勢のいいお兄さんがザクロを一粒食べさせてくれて、たちまちビニール袋にザクロを放り込んで「10マナトでいいぞ!」と押し売りしてくるのには、白けてしまった。
「アンタ、鞄のポケットが開いたままだよ」と注意してくれた電気屋(なんか電気部品を並べて売っている人)に「ありがとう、このザクロをどうぞ」と渡したのだが、いらないと言われてしまった。彼は「スパシーボ」と、ロシア語で答えた。
ひとつかふたつならいいんだけど、こんなに食べられないし重たいし、どうしよう? ホテルにあげたら朝食に使ったりしてくれるかな? だけど、あの無愛想なお姉さんに「あげます」とは言いづらいし……そうだ、例の射的の看板を出しているオジイサンの店に渡したらどうだろう?
スーパーで惣菜パンを買うと(売り場のお姉さんは英語のできる美人)、今夜のビールを仕入れて、公園の店に向かった(ザクロの袋を下げて出て行こうとしたら、スーパーの人から万引きしたかのように疑われてしまった)。
店の前に、オジイサンが立っていた。アゼルバイジャン語で「市場で買いました。あなたにあげます」とメモして見せたのだが、「さっぱり意味が分からん」という表情。オジイサンは店内に声をかけ、英語のできる青年(といっても30代後半だろうか)を呼んだ。
青年は「店の中で、チャイを飲んでいかないか?」と、店内に誘ってくれた。オジイサンが温かいチャイを運んできてくれた。立ち上がってお礼を言うと、「いいから座ってて」と手で制した。
さて、青年は頭が良く、「あなたの英語は今ひとつだなあ」と真剣に言ったあと、「Why」「How」など、質問の最初の語を強く発音した。おかげで、少しは会話がスムースに進んだ。ただ、青年が伝えたいのに、僕の言語力がついていけず、彼が呆れたりいらついているのは、手にとるように分かった。「日本の女性はどう?」と、わざと下品な顔をして聞いてくれても、どう返せばいいのか、とっさに英語が出てこない。
「だけど……すべてのことは、経験だよ」と、青年はかみしめるように言った。「Everything is Experience」……そして、「またの機会に」と、彼は話を結んだ。
■3/5-6 少年
ちょっと複雑な気分になったけど、ホテルへ帰る足取りは軽かった。
後ろから、小学生ぐらいの少年が追いついてきて「こんにちは。日本人? イッサム・ホテルに泊まってるの?」と聞いてきた。アゼルバイジャン語でも、それぐらいは伝わる。
真っ白な肌に、ピンクの頬の美しい少年で、何だかやっぱり、稲垣足穂の小説のようなムードになった。彼は、僕の横にぴったり付いて歩いた。ひょっとして、ホテルの子なのだろうか? ところが、彼はホテルの荷物係の青年に挨拶すると、「チャオ!」と踵を返して、別方向へ走り去った。
例の、美人だけどムッツリと無愛想なレセプションのお姉さんに、でっかい声で「ハロー!」と挨拶できた。「ハイ」と、彼女は短く答えた。
翌朝がチェックアウトだが、ちょっとした事件が発生した。
(つづく)
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