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2019年2月10日 (日)

■0210■

レンタルで、仏映画『ある子供』。
Mv5botuxmzmzmde2nv5bml5banbnxkftztyプロットといい撮り方といい、『自転車泥棒』のような映画……なのだが、これは驚いた。
手法自体は1940~1950年後半のヨーロッパ映画なのだが、今更ながら「街中で、手持ちカメラだけで撮る」手法が、こんなにも威力を持っているとは、驚くほかない。


まあ、まずは落ち着いてプロットを書こう。
少女といってもいいぐらい若い女性が、赤ん坊を抱いている。彼女はお金もなく親もなく、困っている様子だ。ほどなくして、父親である青年が登場する。ところが、彼はまともな職につかず、盗品を売って生計を立てている。
そして、生まれて間もない赤ん坊を、悪い仲間を通じて、子供を欲しがっている家族に一度は売り払ってしまう。青年は赤ん坊を母親に返したものの、彼女からは完全に嫌われてしまう。

ここまでは、まあ序盤である。
悪い仲間から、「赤ん坊を取り戻したなら違約金を払え」と脅された青年は、金策に苦労する。そして、窃盗仲間である中学生の少年を誘って、スクーターでひったくりをする。
ヌーヴェルヴァーグ的手法で撮っているのだから、手持ちカメラの一発撮りだ。ひったくりをされた婦人が「バッグを盗まれた、誰か捕まえて!」と叫ぶ。見知らぬオジサンが走ってスクーターを追うが、もちろん追いつけない。思い切り引きの画面で撮っているから、特にサスペンスフルなシーンというわけではない。
……しかし、ここからが怖い。


スクーターで逃げる青年と少年に、カメラは密着している。少年が「あいつら、追っかけてくるよ!」と叫ぶ。
Mv5bmty0njqxnjaxnv5bml5banbnxkftztyカメラが走るスクーターの前に回りこむと、確かに白い乗用車が追いかけてくる。誰か、義憤にかられた通行人なのだろう……が、カットが切り替わって乗用車のドライバーをアップで撮ったりはしないわけ。
最初から、手持ちカメラで捉えられる範囲のことしか撮れないドキュメンタリックな映画なのだから、画面外の情報を見せるには、カメラを振るしかない。

それまでと同じく、青年たちを追ってくる白い乗用車も「たまたま居合わせた通行人」でしかない。だから怖い。追ってくるのがパトカーだったとしたら、たちまち記号に堕してしまう。しかし、街中でロケして、たまたま映りこむ通行人を気にせず撮っている映画の中で、いきなり通行人が意志をもって主人公に介在してきたら、得体の知れないハプニング感が生じる。
「ただの通りがかりが、主人公を圧倒する力を持ってしまった」、この映画の撮り方の範囲内で最悪の事態が起きたわけだ。


そしてとうとう、青年たちを追いかけていた「通りがかりの人たち」は、ロングで姿こそ捉えられるものの、顔のアップもセリフも一切なく、映画から退場していく。
「畜生、あのワルガキども!」とかセリフが入ったら、神通力が失われてしまう。

青年は、乗り捨てたスクーターを取りに行く。そして少年のほうに戻ろうとして、ギクリと立ち止まる。彼が何を見て立ち止まったのか、それを観客に理解させるには、カメラを振るしかない。早くカメラを振って欲しいのに、恐れている青年の顔ばかり撮っている。
ようやくカメラが彼の視線を追うと、少年が2人の警察官に保護されたところであった……その絶望感。そこから先の無駄のない冷徹なシーン展開、ラストカットまで息継ぐ暇もなかった。

監督のジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ兄弟はドキュメンタリー出身とのこと。この人たちの映画は高い評価を受けているそうだが、僕は一本も観ていない。まだまだ、凄い映画があるものだなあ。

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