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2019年2月 9日 (土)

■0209■

レンタルで、 米映画『コンカッション』。
640アメリカン・フットボール選手たちの変死をきっかけに、監察医が脳への度重なる衝撃による、新しい病気を発見する。
最初の犠牲者は華々しくフットボールの世界を引退した元選手だ。車の中で寝泊りして白い髪は伸び放題、精神的におかしくなっている。彼が登場したあたりでは、まだフットボールが原因だと分かっていない。

そこで、錯乱する彼が、金属のボールがカチカチと打ち合う卓上アクセサリーを見つけて落ち着くシーンを挿入している。一見すると不可解なシーンだが、後になって、金属のボールが打ち合うのはフットボールでヘルメットを突き合わせることの比喩だったのか……と、分からせるわけだ。


同じシーンの最後、鎮静剤を打たれた元選手が、ドサリと椅子に倒れこむ。頭を画面の左側にして。すると、彼の手前に奇妙なものが置いてある。鳥の頭蓋骨の標本だ。しかも、頭を画面の左側にしている。つまり、元選手と向いている方向が一緒。
後になって、彼を検死解剖した監察医が、激しく頭を使うキツツキなどの鳥類を例に、症状を説明する。
これも、「元選手の脳にキツツキと同じぐらいのダメージが加わっている」ことの暗喩だったわけだ。暗喩というよりは直喩のような気もするが、文語的な解説より前に、視覚効果として小道具を映りこませておく。好きな演出だ。

先日、なにかの映画を誉めているツイートで「起承転結完璧、伏線完全回収」という凄いフレーズを見かけた。起承転結など無視してダイナミックに展開する映画はいくらでもあるし、伏線など回収しなくても、単なる謎かけのような演出が魅力的な場合だってあるだろう。
映画に点数をつけたがる人たちもそうだが、「どこかに百点満点の完璧な表現があるはず」と信じている。彼らにとっての映画は「残念ながら完璧ではない映画」一種類しかなく、従って評価も百点からの減点法オンリーになってしまう。
狭い世界に閉じこもって、あれもこれも理想からは程遠い……と嘆くのは楽だから、長続きする。映画ごとに新しい尺度を見い出すのは、ひょっとすると骨の折れることなのかも知れない。


100円のカップに150円のカフェラテ注いで逮捕の男性釈放(

こんな微罪で逮捕・勾留しなくても……と思うのだが、「50円といえども万引きと同罪」という意見が多くて、怖くなった。逮捕=刑罰ではないのに、「逮捕されたら犯罪者」と考える人ばかり。人権意識が薄くて、他人を罰することに積極的、肯定的。
誰もが誰かに指図して、命令を聞かせるのが好き――。国民性なんだと思う。仕事をしていても、こちらの意向を曲げさせて、何かしら条件を飲ませることに達成感をおぼえる人がよくいる。
何度か書いているように、義務教育は教師が理不尽な権力で、生徒の民主的な回答を踏みにじる場だった。僕らは「個人は無力だ」「意見など持っても無駄だ」と叩き込まれ、自尊心を育てるチャンスを奪われた。

小学1~2年のころ、すでに「お前、責任とれるのかよ」「そんな権利あるのかよ」と、よく言い合っていた。責任感も権利意識もペラペラなまま、年をとってしまった。だから、些細な懲罰と謝罪が、週に何度も繰り返される。そんな茶番で、帳尻を合わせた気になっている。
その根本を正さねば、何を見て感動しても無駄ではないかとさえ思ってしまう。

(C)2015 Columbia Pictures Industries, Inc., LSC Film Corporation and Village Roadshow Films Global Inc. All Rights Reserved.

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