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2019年1月28日 (月)

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コラム集発刊記念! 高橋良輔監督が語る“文字と言語の作品世界”【アニメ業界ウォッチング第52回】
T640_796850高橋良輔監督にインタビューするのは、『勇者王ガオガイガー』のBD-BOX封入のブックレット以来です。その時、「水陸両用整備装甲車」「機界31原種」などのネーミングは高橋監督の発案では?と質問したのですが、明快な答えは得られませんでした。だけど、その経験が今回のインタビューに繋がっています。

“宇宙用ヘルメット”を使って登場キャラクターの心情を描き出す、「プラネテス」の視覚効果【懐かしアニメ回顧録第50回】
連載コラムです。透明バイザーを使って、キャラクターの顔とキャラクターが見ている対象物を同時に映せる……そこに着眼したまでは良かったのですが、どうにも冴えない文章になってしまいました。文章を書いている時間だけはテンションが上がるので、要注意です。


「ラブライブ!」魔改造フィギュア販売で逮捕…どんな権利侵害があったのか?

先週末に弁護士ドットコムで記事になり、再び話題になった。
(ニュース直後の僕の意見→
取材された弁護士が「改造が許されている例外的なケースでない限り、違法となる可能性がありますので、どうしても趣味で改造をしたい場合は、権利者(著作者)に連絡して許可をとってからにした方がよいでしょう。許可はできれば書面、少なくともメールでもらっておくとより安心です」、つまり個人が趣味でフィギュアを改造する場合でも著作権者の許可をとった方がいいと発言したことから、「そんなバカな」と憤った人が多いようだ。

最初のニュースが流れた時点からその傾向はあったのだが、「僕の考えた法律解釈」を根拠に「ここまではセーフ、ここから先はアウト」と線引きして、「だから○○とか言ってる人はアホ」と、見解の違う他者をさげすむ流れになっている。
勝手に法解釈を広げて逮捕に踏み切った警察を責める人は、ほとんどいない。


自説を述べて、「私の解釈だけがエビデンス」で閉じてしまう一般のTwitterユーザーと逮捕権を有する司法警察職員とでは、招く結果が違いすぎる。
しかし、権力に歯向かうのは怖い。だから、「何もかもが怖い人々は、とりあえず最も強そうなものに縋りつく」(斎藤貴男『安心のファシズム―支配されたがる人々』より)。
結果、警察の勝手な法解釈を肯定したままで「逮捕されたヤツが悪くて、自分たちの趣味は逮捕の対象とならない」ための理屈を捏ね回すことになる。警察からすれば、都合がいい。

僕が小学校・中学校の思い出として真っ先に思い出すのは、何度となく繰り返された学級会での「話し合い」の光景だ。
一時間かけてクラス全員で話し合う。話し合いの方法など学んでいないから、最後には多数決に頼らざるを得ない。「先生、こういう結論になりました」と教師に報告する。教師は「そうですか。でも、その結論ではダメですね。先生の言うとおりにしてください」と、話し合いの成果を台無しにしてしまう。
小学校高学年ともなると、どうせ教師に覆されると学んでいるから、意見を聞かれても「パス」とだけ言って、次の誰かに譲ってしまう。どんな優れた意見を口にしても、教師に潰されるから。
そうやって僕たちは、自尊心を奪われてきた。「選挙なんて行っても無駄だ」と考える大人になってしまった。「警察にたてついても無駄だ」「政府の決めたことが正しい」「反発しているヤツはパヨクだ」。


僕は「アベ政権」が特に劣悪とは思っていないし、反権力気質の人が「反対のための反対」を繰り返している姿を肯定も否定もしない。
だけど、フィギュアの改造……伊集院光さんが、ラジオで「とても丁寧に作られたガンプラにはお金を出してもいいと思ってしまうけど、それも違法なの?」と発言したように、自分の趣味を守るのは、自分しかいない。

3年前、児童ポルノ単純所持で逮捕された容疑者からの押収物として、市販フィギュアがテレビに流された。僕は質問状を出して署名を集め、抗議のために愛宕警察署まで行った()。
自由とは、国家や組織に与えられる物ではない。僕たちの筋肉の中に備わっているものだ。「フィギュアを改造してはいけないのではないか」「この程度の改造ならいいのではないか」「誰かの許可が必要なのではないか」「売らなければ大丈夫ではないか」、そう考えて怯えること自体が、自由を鎖でつなぐこと、自分を檻に閉じ込めることなのだ。

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