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2019年1月 2日 (水)

■0102■

昨日、1月1日は母の命日。もう、8年目だ。
母の命を奪った父親は、昨年、出所した。僕の居所は教えていないし、あの男がどうなろうと知ったことではない。大晦日に武蔵境駅まで歩いて、母のために花を買って、墓前に供えた。

「外国に、行きなさい」と、母はかみ締めるようにハッキリと僕に言うことがあった。幸い、毎年自分のお金で外国へ行くことが出来ている。世の中、いろいろな種類の嘘つきがいることを、母の事件で思い知ったわけだが、僕は百パーセント原稿料だけで家賃、生活費、旅行費、税金、酒代すべてまかなっている。
正直であること――それだけは、お金で買うことはできない。
お金のために、正直さを捨ててしまう人がいる。一度捨てたら、もう二度とは戻ってこない。正直さ、誠実さとは、そういうものだ。


人は人を殺しうる。誰かを救える手は、誰かを殺しうる。
「私の手は殺しなんかしません、救うだけです」なんて言うヤツは、絶対に信用しない。愚かにも賢くもなるから、人間には価値があるんだよ。私だけは無罪です、私だけは例外ですって人間は、心から軽蔑する。
良くなり得る人間は、ようするに悪くもなり得るわけ。本人が悪くならないよう、ちょっとずつ努力するしかない。ちょっとでもマシに、昨日より一ミリでもいいから、好転させるように。向上心の火を消さないように。


正月、どうやって過ごしているかというと、実家がないのでどこにも帰らず、川崎に住んでいるらしい母方の親戚にも会わず、シーンと静かなマンションで酒を飲んだり仕事をしたり、映画を観たりしている。映画は『ブギーナイツ』と『バーフバリ 伝説誕生』。
まあ、お金のかかった映画はそう大きく破綻しないけれど、『バーフバリ』のように被写体の面白さだけで騒がれる映画には、つくづく興味がない。僕は密室で2人の人物が会話しているだけなのに、嵐が吹き荒れるような演出の『普通の人々』、コーヒーカップを世界の謎を丸呑みした魔物のように撮ってしまうヒッチコックの『汚名』が好きだ。

そんなわけで、北口のTSUTAYAと南口のGEOを、行ったり来たりしている。誰とも話さなくていいし、仕事のスケジュールは自分で自由に切ればいいし、銀行口座には一人暮らしするには十分なお金が貯めてあるし、手をつけてない小説も映画もプラモデルも山ほどある。こんな平穏な日々は、なかなか手に入らないよ。


毎日新聞が、「児童ポルノ」の定義をシレッと拡大解釈して、平然と報道していた件()。
だから、「ポルノ」=「性的に興奮するもの」と呼んでいるかぎり、興奮することは悪い・汚いという話にすり替えられ続ける。よく、表現規制に反対している人を「ズリネタを守りたいだけ」と揶揄する人がいるけど、僕はそれの何が悪いの?と思う。何を見て興奮しようが自慰しようが、その人の自由だよ。他人のズリネタに口出して禁止する社会の、どこが自由だよ。

もっと言うと、僕は「マンガやアニメやゲームだけは聖域」とは捉えてなくて、「そんなに規制したければ頑張って別の法律でもつくれば?」と思っている。表現物を規制したいがために、実在する児童を保護する目的の法律(児童ポルノ規正法)をダシに使うな!ってことです。それは誠実ではない、フェアじゃない。子供を人質にとって自分の嫌悪感を正当化しようなんて、薄汚い大人の考えそうなことだ。卑劣だよ。
「子供を守るため」なんて、綺麗事を言うなよ、バレてるよ。子供を守りうる人間は、子供を傷つけうる。傷つけうる手だけが、守りうるんだ。その厳しさを受け入れられないほど、毎日新聞も萌えイラスト嫌悪の人たちも脆弱だってこと。「権力になんとかしてもらおう」ってのは、自由からもっとも遠い発想だよ? 

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