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2018年10月26日 (金)

■1026■

月刊モデルグラフィックス 2018年12月号
Dqus7e4vyaac1xk連載「組まず語り症候群」では、フジミ模型さんの嚴島神社のキットを取り上げています。
短期連載「ひそまそ実写化計画」では、美術監督の金子雄司さんに取材して、金子さんの特撮映画への偏愛ぶりをたっぷり聞いてきました。『ひそまそ』の宣伝期間が終わってしまったそうで、特に公式からのプッシュもなく、来月以降も細々と続けていきます。


キズナアイ叩きとフィギュア叩きが終わったと思ったら、今度は少女型セックスロボット叩き、広く漠然と萌え絵叩きが始まっている。確証に足る根拠もなくオタク文化を規制したがる人々は、仕事や交友で海外とのつながりがあると自慢しているにもかかわらず、どこかで空しさを感じているように見える。
優越感は劣等感から生まれるので、他人にはどうしようもない。彼ら彼女らは、「ショックを受けた、傷ついた」と臆面もなく被害者意識に浸り、BBCの番組プレゼンターなど、カメラの前で涙を浮かべて感情に訴えてようとしている。

だが、泣いたり激怒したり、感情で物事の大きさを表そうとするのは人間として成熟していない。恥ずかしいことだ。映画を観て「メタクソに泣いた」としか言えないやつらと同じ。どれぐらい問題が大きいかは、私が泣いたところを見て察してください、あなたに任せますから、ホラ泣いてるでしょ……というわけだ。
卑怯だと思う。感情を最優先してもらえるんなら、裁判なんて要らない。まずは相手の憐みを買おうなんて、下劣なこと。フェアじゃない。


ミスター慶応、ミスター東大、警官、保育士、今月は性犯罪のニュースが数え切れないぐらい耳に飛び込んできた。性って、やっぱり誰にでも関係があることなんだと、つくづく思う。誰も、性からは逃れられない。

ミスター慶応や保育士たちは、たまたま、異性や子供を支配しやすい立場にいただけだ。僕だって状況次第では、性犯罪をおかさないとは言い切れない。僕の友だちも、仕事仲間も。
人は、誰しも人を犯しうる。殺しうる。「私だけは例外です」というわけにはいかない。恥知らずなのは、「私だけは女性の味方です」と涼しい顔をして自分以外の男を見下しているやつ。僕だってあなただって、女性に加害しうる。まずは、その肉体的事実を認めねばならない。

さもなくば、欧米各国のローマ・カソリック教会のように、聖職者によって数え切れないほどの子供たちが性虐待される事態に対処できない。
映画『スポットライト 世紀のスクープ』で語られていたように、「子育てを街に頼れば、虐待も街ぐるみ」と考えねばならない。弱者を救いうる人間は、弱者を殺しうる。最悪にも最善にもなり得るから、人は生きるに値する。

「オタクどもは性欲にまみれて汚いけど、私は女性の立場を理解しているし清廉潔白です」という人間は、そのへんをスキップして、おいしいとこ取りを狙っている。まるで信用ならない。

「日本は、欧米の性倫理の基準から遅れている」「秋葉原は性犯罪の巣窟」と言いたがるのは、一種の処世術なのだろうと理解している。
自分の人生はもともと冴えなかったのだが、在日韓国人や在日中国人がズルをしている設定にすれば、自尊心の欠如を社会的不平等にすりかえられる――ネトウヨと同じように、目ざわりなオタク文化に自分が負うべき自分の人生の責任をなすりつけているだけなので、萌えキャラがなくなったらなくなったで、今度は別のターゲットを探すだけだろう。

彼らも人生がかかっているから、必死なのである。
本当は、そういう人たちも心穏やかに暮らせる社会が理想だ。

ジンバブエ行きまで一週間を切ったので、今ごろバスを予約したり、空港で過ごすラウンジの場所を調べている。そんなことやらずに、気軽な国内旅行だけですませてもいいんだけど、それではヌルッとした起伏のない人生になってしまい、はやばやと老けこんでしまいそうで怖い。
ジンバブエに、何があるというわけではない。移動が半分以上。ホテルには深夜に着いて、早朝に出なくてはならない。

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