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レンタルで三隅研次監督の『座頭市喧嘩太鼓』、ヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』。
『座頭市~』の冒頭、市が小屋の中にひそんでいる男を斬る。カメラは小屋の中に据えられており、小屋の戸口に立った市を撮る。市が小屋の中に踏む込むと、彼の姿は真っ黒なシルエットになる。シルエットのまま、市は飛び出してきた男を斬る。「斬る」という決定的な見せ場を、わざとシルエットで見せるのがスタイリッシュでカッコいいわけだ。
このシーン、時間設定は夜である。真っ暗な小屋の中からカメラを外に向けているのだから、外も真っ暗になりそうなものだが、雪を降らせている。雪明りで、外が明るい。だから、市の姿がシルエットになる。ワンカットをカッコよく撮るために、段取りを組み立てている。
とは言え、『座頭市』シリーズは年二本のペースで撮影され、本作は18作目。 同じ三隅研次の第一作目『座頭市物語』ほどの切れ味はない。
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『パリ、テキサス』は大学時代に観たはずで、中盤以降のいくつかのシーンはぼんやり記憶していた。今回はブルーレイを借りてきたので、その撮影の繊細さに、最初から最後まで陶然と見入った。ほとんど夜といってもいいぐらいの、地平線にぎりぎり赤味が残った夕景だとか、駐車場の緑がかったライトだけの夜景だとか、わずかな光源で色彩豊かな画を撮るには高感度フィルムが必要だし、優れた撮影監督でないと不可能だろう。やっぱり、時間と金と技術を惜しみなく投入した映画に接するべきと思う。
撮影監督は、先日亡くなったロビー・ミューラー。この後、ジム・ジャームッシュの作品を何本か撮ることになるが、ジャームッシュはヴェンダースから譲られたフィルムで処女作『パーマネント・バケーション』を撮った……という、出来すぎたエピソードがある。
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撮影のほかに特記すべきは、衣装デザイン。冒頭で、ハリー・ディーン・スタントンの演じる父親は赤いキャップをかぶっている。映画の後半、父親は幼い息子と母親探しの旅に出る。旅立ちを決めるシーンで、父親は赤いシャツを着ている。息子は赤とグレーのチェックのシャツ。モーテルで寝るときは、赤いトレーナー。
翌日、おそろいの赤いシャツと赤いトレーナーを着た父と息子は母親の乗った車を探し当てる。その車の色は赤。母親が働いているときに着ているカーディガンはピンクに近いが、まったく同じ色調では不自然だろう。ともあれ、離れ離れになっていた父・息子・母が赤い服を着ることで、心理的に近づきつつあることが分かる。
ラスト近く、父は息子をホテルにおいていくが、別れの時は赤いシャツではなくグレー。父親の残していったテープを聴いている息子も、グレーのTシャツに着替えている。
さて、母親はまだピンクの服を着ているのだろうか? なんと、申し合わせたようにグレーなのだ。登場人物の着ている服の色を合わせることでデザイン性が高まって、映画は抽象化していく。なんとなくありあわせの衣装を俳優が勝手に着てきたら色が揃ってしまった……というレベルではない。これが美術監督や衣装デザイナーの仕事なのである。
だけど、本当は色なんかで合わせなくても、映画の前半で登場人物たちが統一性なく着ている衣装だって、十分に趣味がいい。フィルム映えする衣装ばかりなのだ。
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撮影がよくて、衣装がいいということは、つまり被写体を美しく撮ることに映画が傾いているとも言える。80年代ともなると、もう映画には壊すべき様式が残っていないから、映像を綺麗にするしかない。ジム・ジャームッシュがモノクロにこだわったのも、「映像美」を選択したに過ぎないと思う。
『パリ、テキサス』はシーン単位、カット単位の色彩と風景が美しいのであって、構図やカットワークが斬新なわけではない。斬新でありようがなかったし、その必要もなかった。
僕が大学に入った1980年代中期は監督ごとの特集上映が盛んで、レンタルビデオ店が爆発的に普及したころだ。漠然とした印象だけど、当時は「作家性=映像の独自性」みたいに言われていた。色をきれいにするか、面白い構図にするかしか、映画にやることは残されていなかった。SFXが劇的に進化したのも、映画の開拓すべきフロンティアが消滅したからじゃないかという気がする。
80年代は、僕も僕の周囲も映画通ぶって、新しい映画監督の名前を次々に口にしては「観たことあるか? 観なきゃダメだよ」と好みを披瀝しあっていた。ヒッチコックや黒澤明、ゴダールもトリュフォーもロッセリーニも、たくさんいる映画監督のひとりでしかなかった。レンタル店でも監督名でビデオが並べられたりしていて、ようは映画の歴史なんかじゃなくてデータの羅列にすぎなかった。
「どの映画監督が好きか」なんて、よりどりみどりのようでいて、それしか話題がないなんて貧しい時代だった。というより、自分の映画の見方が貧しくなっていないか、若ければ若いほど点検しなければならないのだと思う。
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