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2018年8月27日 (月)

■0827 『ペンギン・ハイウェイ』■

映画公開から31年――。「王立宇宙軍 オネアミスの翼」展を前に、山賀博之監督の心境を聞く【アニメ業界ウォッチング第48回】
T640_773974記事中に出てくる“1987年、僕は渋谷の映画館で「王立宇宙軍」を見たのですが、外に出たら見慣れているガードレールや横断歩道が、まったく新しいものに見えました”、この一言に同意してくれたのは、なんと今回の山賀監督だけでした。31年間、『王立宇宙軍』についてはずっと孤独だったとさえ言えます。
何かコネがあったわけではなく、例によってぶっつけで取材依頼しました。


取材も打ち合わせもない平日なので、立川シネマシティで『ペンギン・ハイウェイ』。
Twitterでは、「おっぱい」「オネショタ」ばかり言われていて、森見登美彦さんのアニメ化作品は生理的に苦手なところがあって、「つまんなかったら途中で帰ってもいいや」って気分だった。
640_51/3ぐらいしか座席の埋まっていない劇場で、最初の30分は「いくら3D背動だからって、そのカメラワークはないだろ」「小学生役なら、ちゃんと子役を使おうよ」と、文句しか浮かばなかった。いじめっ子の描写には、最後まで疑問符がつきまとった。

だけど、憧れのお姉さんが謎のペンギンと関連があると分かるバス停のシーンから、俄然のめり込んだ。
端的に言うと、美術設定が良かった。終点だから、バスがぐるっと円を描けるような不思議な空間で、背後が山になっていて、水溜りができていて。
漆原友紀さんの短編マンガに、同じようなバス停が出てくる。既視感とノスタルジアを喚起する空間で、ちょっと寂しいところがいい。


だからといって、情緒で泣かせるような映画ではなくて、主人公の少年は徹頭徹尾、不思640 議な出来事をロジックで解析しようとする。最初から最後まで、一秒たりとも気を抜かない。ハードボイルドな主人公。
茶化しているわけではなく、彼には強固な研究心と哲学があって、どうすれば自分を含めた人類が今より利口になれて、どうすれば家族や友人が悲しまずにすむかを考えている。何とかして、今よりちょっとはマシな存在になれるだろうか、常に努力している。「子供なんだから無力に、可愛らしく描いておけ」って甘えや驕りがない。

少年のライバルとも言える、クラスメイトの女の子だって、自分のプライドや美学を侵害されると激怒する。かつては誰だってそうだったし、大人になった今でもそうあるべきだ。あの頃より、僕たちは怠惰になった。「大人と子供は違う」と線引きして、あぐらをかいている。
アニメって、大人だろうと子供だろうと女だろうと男だろうと、実線と色の面で描くしかない。そういう意味では、原理的に年齢性別の区別が発生しえないのがアニメの世界。大人も子供も、同じ材料から出来ている。
だから、アニメって子供をバカにせずに描けるわけ。そう考えていくと、大人の声優が子供を演じるのも、そんなに悪いことではないような気がしてくる。


アニメーションらしい動きのダイナミズムも、とても効果的だった。
Dll73uzuuaiuiji特にキービジュアルになっているペンギンの大群のシーン。シチュエーションとしては悲壮というか、無邪気に喜べないシーンなんだけど、それでも力強く進まないとダメな状況。そういうシーンでは、アニメって、物量を投入するしかない。いっぱい枚数を描くとか、背景を3Dでモデリングして動かすとか。アニメーターたちがいっぱい仕事すると、必ず画面の情報量が増す。
あと、少年が熱を出して寝込んでいるシーンでは、ちょっと画材を変えて違うテクスチャで見せるとか、実験精神も旺盛。たくましいし、図太い映画だよ。日常芝居は演出も含めて荒っぽいんだけど、ダイナミックで堂々としている。明日も明後日も、まだまだアニメをつくるぞ!って勢いだ。

なんで大人になっても、こんな独身のオッサンになってまで、平日にひとりでアニメ映画を観にいくのか? 何だか、『ペンギン・ハイウェイ』が答えてくれたような気がする。
アニメ映画って万人向けで、必ず親子で楽しめないといけないの? 親子連れは客席にいっぱいいたけど、オッパイ好きを隠さない主人公に、さぞかし気まずい思いをしただろうと思う。でも、作画フェチ的にオッパイが揺れるカットって、まったくなかったと思う。そういう、屈折したマニアにだけ目配せするシーンはまったくない。そっちの方向は向いてない。
さりとて、「夏休みのアニメ映画なんだから、親子を泣かせとけばいいだろ」って映画でもない。世界と対峙する孤独というか、いきなり「死」が怖くなったり、突如として「永遠」を意識するあの瞬間は、大人のほうが分かるだろう。

オタクの玩弄物でもなく、いま流行りの「泣かせアイテム」「SNS用の号泣自慢グッズ」でもなく、ド直球で「表現」を投げつけられて、昼間に観て、夜中になってもまだ呆然としている。それは、この映画に対して正しい態度だと思う。

(C)2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

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