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2018年6月 1日 (金)

■0601■

レンタルで、『君の膵臓を食べたい』。
640主人公は国語教師だが、高校時代、一時期だけ懇意にしていた病気の少女との間に苦い思い出を抱えている。この現在のパートは、小説から映画化する際に付け加えられた部分だという。だが、回想形式こそが、この映画の構造を決定づけている。
まず、衣装デザイン。現在のシーンで、生徒たちは明るいブラウンのブレザーを着ている。しかし、回想シーンでは制服の色は濃いグリーンだ。現在と回想とをブレザーの色だけで区別しており、シーン転換の演出によけいなカロリーを割いていない。
もうひとつ、現在の主人公の服の色。グレーのジャケットにグレーのシャツ、スラックスもグレーだ。彼が明るいブラウンの制服の中を歩いていると、どんよりと沈んで見える。彼は辞表を抱えて悶々としている男なので、衣装デザインで煩雑な感情描写をスキップできている。


しかし、何よりも僕の心をしめつけたのは、現在の主人公が取り壊しの決まった図書館で、かつての恋人(グリーンのジャケットを着た少女)と、書棚ごしに再会する冒頭近くのシーンだ。歳のかわらない恋人と再会するなんて、ベルイマンの『野いちご』そっくりだ。
書棚の隙間から見える少女は両手で本を抱えていて、顔は見えない。次のカットでも後ろ姿しか見えず、走って別の書棚に隠れるとき、ほんのちょっと顔が見える程度だ。
主人公は、彼女のあとを追いかける。書棚にそって画面右奥から歩いてきて、画面手前で左側を向く。カメラは彼の視線を追ってPANする。そこにはグリーンの制服を着た少女はおらず、ブラウンの制服を着た数人の生徒たちが図書の整理に追われているのである。

つまり、書棚にそって歩く主人公は過去を「直線」として追っているが、その先には現在が「面」として広がっている。
過去は一方向にしか存在していないが、現在は予想不可能なことが起こりうる「面」なのである……分かりづらいかも知れないが、実際にこのカットを見てもらえれば、僕の言いたいことが分かると思う。
グリーンが過去、ブラウンが現在(そして主人公はグレー)という衣装デザインも、このワンカットで明確に示される。映画が始まってほんの5分ぐらいだが、僕は完全に心を奪われた。テーマはセンチメンタルだが、映画はストイックに機能している。


もっと言うなら、過去の恋人との思い出パートはベタベタに甘ったるくて白々しく、その幕切れは意外性を出そうとアイデアをひねりすぎて、ちょっと笑ってしまう。
だが、要所要所で、構図やカメラが冷静に機能している。「何を」語ったかではなく、映画というメカニックを駆使して「いかに」語ったかこそが、重要なのだ。

恋人が不治の病であることを知っている主人公は、「本当に君は死ぬのか」と彼女に問いただす。場所は屋上で、彼女は屋上のさらに高いところへ階段をのぼりながら話している。背景は白い壁だ。しかし、主人公のほうを「君は違う」と向き直るとき、壁の向こうに空が入り込む。「天国で会おうよ」と立ち止まったとき、彼女の背後には、ほとんど空しか映っていない。
「天国」というセリフに、被写体としての「空」を重ねることで、主人公と恋人との間に、遠大な距離を感じさせる。彼女が大きく動くのに対して、主人公は一歩も動いていない点も見落としてはいけない。
セリフの内容は空疎といっていいし、俳優の演技もつたない。だが、カメラワークにも構図にも必然性がある。


しかし、現代のパートで「もうひとつのラブストーリー」がひそかに進行している点、ここが何より気に入った。
ファースト・シーン、主人公が黒板に文字を書いて授業をしている。窓際に座っている男子生徒が読んでいた本を、隣席の女生徒が取り上げてからかう。主人公はふざけている生徒たちの方をチラッと振り返るが、何ごともなかったかのように授業を続ける。
まず、授業中という静かなシーンに、小さなアクションを入れてテンポをつけるセンスがいい。だが、このアクションが、ちょっとした伏線になっている。

女子にからかわれた男子生徒は、主人公の教師の仕事を手伝いつつ、彼の過去に何があったのか、それとなく聞く役になる。だが、大きくストーリーに関与するわけではない。
さて、ややくどいぐらいの回想と現在の“泣かせ”のシーンがほぼ終わったころ、主人公と男子生徒は、取り壊しの始まった図書館を並んで見ている。そこへ、冒頭でいたずらをした女子生徒が再登場して、背後から男子生徒をからかう。
その様子を見ていた主人公は、「仲良しのつもりなんじゃないかな、彼女。いや、分かんないけど」と男子生徒に言う。男子生徒は恥ずかしそうに女子生徒を呼び止めて「…また明日」と告げる(初めて、この生徒の顔がアップになる)。呼び止められた女子生徒は嬉しそうに「また明日ね」と答える。このカットは望遠で撮られており、下校風景をとらえた背景がきれいにボケて、女子生徒をまるで最初からヒロインであったかのように引き立てる。

主人公と恋人の過去はもう取り返しがつかないが、「面」として広がった現在には、あちこちに幸福の種がまかれているのだ。
それにしても、ラスト近くの主人公と男子生徒、ちょっかいを出してくる女子生徒のシーンは撮影も綺麗でカットワークも抑制がきいており、カメラの動きにも意味がある。3人の俳優の演技も素晴らしい。「本」という過去と現在をつなぐ小道具を使った点も賢い。まだまだ日本映画も捨てたものではない、と実感させてくれた。

(C)2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会

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