プラモ恋愛小説『ハネダ模型店』 その6
6 ガンヘッド・1
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それから一週間、僕はひどくなっていった。バイトをさぼりこそしなかったが、酒量が増えた。残業して、酒屋の裏で記憶を失った。この辺りは工場が多く、僕と似たような連中は、いっぱい居た。バイトは、冬場でも汗をかくので(品質管理のため、エアコンを入れないのだ)、前日の酔いはすぐに覚める。
あの「ウェアパペット」のキットは、本棚に置いたままだった。輪ゴムでくるまれた唐草色の包装紙をはがしてしまったら、何だか魔法がとけてしまう気がしたからだ。それが、たいした魔法でないことは、十分に分かっていたはずなのに。
「待てよ、案外……」 僕は、ろれつの回らない脳みそで考えた。「こいつを作ってしまえば、未練やら何やら、消えるのかも知れないな」。
パーツを、指でランナーから外す。外したサーモンピンクのパーツをポリ製のキャップで繋ぐ。しかし、パーツをちぎった跡が残ってしまう。やはり、ニッパーで切り離したい。百円均一ショップにニッパーがあれば、ヤスリも売ってるかな。魔法をとくには、金も時間もかからない。工具があれば、事足りる。
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酔いが覚めたのかどうかも分からないまま、風呂を沸かして着替えた。
駅前の百円均一ショップは、まるで秘密の花園で、ニッパーはもちろん、大小の金属ヤスリや、薄刃のノコギリまで売っていた。目の粗い紙ヤスリも重宝しそうだ。あとは、これ。アートナイフだ。ええと、ほかに……そうだな、溶剤系の接着剤。それなら、となり駅のスーパーの四階にあったはず。
駅への道すがら、古本屋で小学生が漫画を立ち読みしているのを見た。えらく、真剣な顔だ。そうか、今日は日曜日だ。じゃあ、僕の休日の趣味は、プラモデルってことにしよう。接着剤は、プラを溶かすぐらい、強力なやつがいいよな。スチロール樹脂用の。なんだ、バカみたいだ。となり駅のDIYショップには、プラカラーすら売ってるじゃないか。ハネダ模型店に行かなくても、プラモデルを作る工具は揃うんだ。あの女に顔を合わせる必要もなく。
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古いプラモデルは、かなりの数がネット・オークションに出ていた。たまに、絶版キットの価値の分からない主婦が、百円ぐらいで出品している。『ダンバイン』も『ダグラム』も『ザブングル』も、こんなに出ていたのか。僕は、何かの仇を討つかのように、オークションで昔のキットを片っ端から落としていった。
そんな頃だった。世界初の実写ロボット映画『ガンヘッド』のプラモデルが、アジア圏で出回っていると知ったのは。
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こいつはいいな。手に入れたい。スケールが1/35というのが渋い。連邦兵士のフィギュア付きというのも気が利いているし、どんな色に塗ってやろう……オリーブドラブでWWⅡの米戦車風にするか、アフリカ戦線仕様ってのもイカすぞ。
ネットで写真を見るかぎり、怪しいパッケージだ。東宝マークとSUNRIZEと刷ってあるんだが、でも、サンライズのつづりが違う。てことは海賊版か? 海賊版でインジェクション・キットなんて割が合わないだろ? しかも、ガンヘッドだぞ? 一度、バンダイでキット化がポシャッて、ガレージキットにされたマイナー・タイトルだぞ?
しかし、オークションでの値は高騰していった。五千円スタートが、一万、やがて五万。アルバイトから急いで帰ってみると、十一万二千円で落札されていた。
驚いたのは、月に一、二個は同じガンヘッドのプラキットがオークションに出品されることだった。出品者の説明を読むと、89年当時は国内に代理店があり、そこから卸されたという。どれも十万前後の高値で取り引きされており、とても手の出る代物ではなかったのだが、青森県のアンティーク・ショップに質問してみて、顔色が変わった。発売当時の代理店の名前を、とてもとても、よく知っていたからだ。
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(つづく)
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