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2018年4月 7日 (土)

プラモ恋愛小説『ハネダ模型店』 その5

5 スライダー・ガンダム
 この男には、コンプレックスがない。そういうのは、一目で分かるんだ。トモタカは、そういう男だ。彼の奥さんのマユミさんも綺麗だったが、そりゃあ、コンプレックスの欠落した男と結婚するのは美人に決まっている。
 僕とトモタカは、互いに一本ずつ350mlの缶ビールを空けたばかりだった。
「で、あなたは、キミエの何なんですか?」
 そうか。羽田さんの下の名前は、キミエというのか。君のお陰で分かった、ありがたい。
「何って……僕はただの、キミエさんのお客さんですよ」
 こんな言い方は、どこか風俗みたいでイヤなんだが、ソファの前で寝そべっている世帯主は満足そうだ。僕はバックハンドで打ち返した。
「トモタカさんは、何をしてらっしゃるんですか?」
「ソファの前で、サッカーの試合をテレビで見てる」
 緩い球だからって、そんな強く返すこともないだろう。なら、こっちはこうだ。
「僕は、下町の汚い工場でアルバイトしてるんですよね。この季節でも暖房のないような、もう最低・最下層の」
「ああ、そういう意味ね」
 うん。この球は、うまくトモタカ氏の自尊心に飛び込んだらしい。
「俺、ただのサラリーマンですよ」
 その割には、いい部屋だ。「ただの」ってことはないだろう。
「それなりに、苦労されてると思うんですけど」
「じゃあ、それなりに苦労はしてるんじゃないですか? ていうか、せっかくのすき焼きだし、食いません?」
 マユミさんの運んできた鍋は、まるで地獄の釜だった。そこで茹だっているのは、ただの肉や野菜ではなかった。食べやすいようにカットされた牛肉。斜めに包丁を入れられたネギ。硬い部分を捨てられた春菊。僕らの口の大きさに合わせて、管理・加工された植物や動物は、生きることを放棄させられた命のきれぎれだった。
 
 トモタカの見せてくれた、最新のガンプラも似たようなものだった。
「ガンプラには興味津々だって聞いたよ、マニアさん」
 六缶目の缶ビールの蓋を開けた頃、僕はこの夫婦からマニアさんと呼ばれていた。羽田さんは、さすがにこの険悪な空気を感じとってか、酒量をセーブしていた。
「うそうそ、そんな言いかたしてませんよ、今池さん」
 そうか。羽田キミエは僕を助けちゃくれないか。僕は彼女を無視して、トモタカの問いに答えた。
「興味ってほどでは……何しろ、ガンプラって絶版しませんから。川口氏がインタビューで言ってましたよ」
「キミエ、マニアさんのおっしゃる川口氏って誰?」
 トモタカの質問に、羽田さんは首を振るだけだった。僕はビールを一口飲んで、
「川口氏ってのは、元ストリーム・ベースの……」
「バンドですか?」
 羽田さんの突っ込みに、僕は無言で答えた。そうか、この三人、元バンドのメンバーだって、道すがら羽田さんが言ってたっけ……。僕の卑屈な脳は、話題を考える。今、音楽の話を始められたら、僕は疎外感に打ちのめされて、黙って帰るしかないじゃないか。
「トモタカさん、その……一番好きなガンダムって何ですか?」
「ああ、そりゃあ、スライダー・ガンダムでしょ。最新なんだから、最新。マユミくん、俺のスライダー持ってきて」
「……えっ、これ、ガンダム?」
 マユミさんが食後のテーブルに置いたガンダムを見て、ビール一・五缶分ぐらいの酔いが覚めた。小さい。小さすぎる。
「こんなちっちゃいガンダム、よく塗りましたね?」
「またまた。今のガンプラは、最初から色ついてるでしょ」
 そうだっけ。そうなのか。最初から色が着いてるんだ。それって、面白いのか?
「つまり、誰が作ってもそうなる。平等だろ? マニアさんがつくっても、そうなるよ」
「いや。僕と君とは違う」
 うっかり口走って、少し後悔した。羽田さんの顔色が気になる。しかし、事実なんだ。シンナー臭いと母親から文句を言われ、爪にいろんな色のMr.カラーをくっつけて、女子から汚いと嘲られてこそのガンプラだったんじゃないのか? パテ盛りも覚えた。耐水ペーパーも買った。うまく行かなくても、次にトライした。トライできる。何度でも。近所の模型屋で、分厚いイトノコを安く買った。それで世界が変わった。世界を変えられる。変えるんだよ、指先に切り傷をつくりながら。そうやって僕らは、人生観を、世界観を作り上げてきた。形の悪い部品なら、良い形に作り直すべきだ。ガンプラが教えてくれたことじゃないか。
 ――そんなルサンチマンとノスタルジアの交じり合った私的ガンプラ論を胃の奥に詰まらせていると、
「俺もあんたも同じようになるんだよ。メーカーがそういう風につくった以上は」
 それが、僕の聞いたトモタカの最後の言葉だった。
 僕は、こみ上げてきた胃の中のすき焼きの具を、視界いっぱいにブチまけた。スライダー・ガンダムが、僕の吐瀉物で七色にカラーリングされた。
 タクシーのひっきりなしに行き交う国道で怒鳴りあったのを、今でも覚えている。
「あなたからどう見えようと! 彼女も彼も、私の友達なわけぇ、分かる?」
「君の友達なら、あれか? 僕まで友達ヅラしなきゃいけないのか? スジが通らねえ」
「とにかく! とにかく、トモタカに謝る代わりに、いま私に謝ってください」
「そんなことまでして、何らか君自身に、こう、メリットあるのかよ?」
「メリット? ああ! あるわよ!」
 たまたま止まったタクシーの屋根を叩いて、
「だって、モトカレの引っ越し先、あの子たちしか知らないんだもん!」
 モトカレ……って、どういう意味だっけ。酒の染みた脳が提案する。「お前の負けだ。今すぐ、車の波に飛び込んでしまえ」と。それでも良かった。しかし、国道の車たちは、まるで来世へひとっ飛びするかのようにウインカーを輝かせて、いまの僕には眩しすぎるんだ。僕は現世に踏みとどまり、俗な質問を発した。
「モトカレっつーと、バンドの彼か?」
 羽田さんは黙っていた。黙ったまま、クリームホワイトのマフラーで口元を隠した。自身のあさましい未練を。みっともない執着を。僕が覚えているのは、怒っているような、泣いているような赤くなった彼女の目。後は、再びこみ上げてきた嘔吐感。吐いたか吐いてないかは覚えてない。僕は彼女に送られて、アパートまでたどり着いた。僕は足だけでなく手を使って階段を昇り、そんな無様さを見て呆れ果てたのだろう、いつの間にか彼女の姿は消えていた。
(つづく)

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