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2018年4月 7日 (土)

プラモ恋愛小説『ハネダ模型店』 その4

4 ガンプラ
 つまり、僕は「ハネダ模型店」という宝箱を手に入れたのに、それが自分の手に余ると知るや、蓋を閉めて突き返してしまったのだ。翌日からのバイトは、今まで以上に苦痛だった。
 なるべく何も考えまいとしたが、単調な袋づめの作業なので、何も考えないなんて無理な話だった。疲れ果てれば無心になれると思い、深夜まで残業してみた。だが、疲れれば疲れるほど、脳は余計なことを考え出す。今夜もあの店はやっているのだろうか? 新しい客がついて、彼女はあの夜のように飛び跳ねたりしたろうか?
 彼女の店の前を避けて家に帰り、着替えもせずに布団に倒れこむと、もう朝だったりした。
 日曜の午後だった。まだ、前日の酒が残っていたせいか、ついうっかりと店の前の通りに出てしまった。店は閉まっていた。灰色のシャッターの前を、小学生が自転車で通りすぎていく。「こんな日こそ、オープンすべきなのに」。お門違いの憤りが、胸を騒がせた。あるいは、男でもいるのかも知れない。たまの休日だから、店どころじゃないのかも知れない。だとしたら。だとしても、だ。そんな個人的理由で、お爺ちゃんから引き継いだ店を閉めるべきじゃない。しょせん、「平凡な派遣社員」か。本気じゃなかったんだ。僕はポケットに手を突っ込むと、日曜日はいつもそうしているように、駅寄りのスーパーへ食料品の買い出しに行った。
 僕の怒りが理不尽なのは分かっている。怒りというのは、いつだって理不尽だ。もう、あの店は閉店してしまったんじゃないか? そう考えれば、怒りはおさまる。それならそれで、とにかく、ジ・エンドだ。もう何も思い煩う必要はない。
「あ、今池さんが、なんか買ってる」
 一階の食品売り場だった。僕は、二個入り百円の絹ごし豆腐を、カートに入れたところだった。彼女の声をひさびさに聞いて、くやしいことに、僕は嬉しかった。
「えっ、お豆腐? なら、こっちの方が……ほら、安い。お得です」
 そう言って、僕のカートの豆腐を丁寧に入れ替える羽田さんは、同時に僕の煤けた心臓までをも取り出して、新しく新鮮で、ちっぽけで従順な何かに入れ替えてしまった。僕は、バカみたいにうっとりと、彼女のココア色の髪を見つめた。淡いクリームホワイトのマフラーの上で、彼女の髪は、本当に洋菓子のように柔らかそうだった。
「もう、お店、来てくれないかと思ってました」
 彼女が口をとがらせる。そんな言い方をされると、さっきまでの憤りが、罪悪感に取って代わってしまう。日曜日に店を閉めていたのは、彼女の方だ。しかし、店に行きづらい雰囲気を勝手につくったのは、間違いなく僕だった。
「代わりに、付き合ってくれますよね?」
「えっ?」
 彼女のカートの中には、肉やら長ネギ、しいたけが入っていた。
「すき焼きパーティー。友達夫婦の家なんですけど、ここから十分もしませんから、ね?」
 羽田さんには、こういうマイペースなところがある。それはうざっくて、同時にくすぐったい。こうして人を巻き込んでおいて、とっ散らかして去って行ってしまう人間は、これまでにも何人か会ってきた。ちょっと、嫌な予感がする。だけど、その予感が本物なのかどうか僕が確かめる前に、彼女は重要なヒントを見つけ出したかのように僕の腕をつかんで、
「あ、トモタカ! ……って、旦那さんの方ですけど、ガンプラ好きなんですよ、ガンプラ! 今池さんも好きじゃないですか、ガンプラ!」
 いや、一言も好きだと覚えはないが……正直、羽田さんの友達に紹介されるのは、名誉な気がした。つまり、新しい関係に進めるような気がした。彼女に付き合えば付き合うほど親しくなれるはずだと、その頃の僕は信じ込んでいたんだ。最低・最悪の夜が、国道の向こうで待っていることを、露ほども知らずに。

(つづく)

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