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2018年4月 7日 (土)

プラモ恋愛小説『ハネダ模型店』 その3

3 ニチモ
 時計は十時を回っている。灯りの消えた店の前で彼女が出てくるのを待つ数分間、僕は何年ぶりかで自分の心臓が元気いっぱいに脈打っているのを感じた。その時はじめて、店の上にかぶさる、色褪せた空色のビニールテントを街路灯のあかりの中で見た。「プラモデル・ミニカー ハネダ模型店」。
 ワンピースの上に、ニットのガーティガンを羽織った彼女は、まるで色気のないゴムのサンダルをつっかけて出てきた。ちょっと近所のコンビニへ夜食でも買いに……ってな格好だ。こういう時、女性の発する「おまたせ」は、男性の所有欲をいたずらに満足させる。
 僕のアパートとは反対方向になるが、国道沿いのファミリーレストランなら、この時間でもたっぷり話が出来る。
「ミルクティーください。温かいほう」
 彼女が注文してから、僕らはきっかり二時間、ファミレスで話した。彼女の名前も、店名と同じ羽田であること。ハネダ模型店の店主であるお爺ちゃんがこの夏に亡くなってから、店を継ぐ決心をしたこと。昼間は、「平凡な派遣社員」をしていること。
「だから、プラモデルのことなんて、なーんにも知らなくて。それに、昼間の仕事があるから、子供たちが来るような時間には、お店あけられないでしょう?」
 僕は、分かりきったことを聞いた。
「お爺ちゃんっ子だったんだね?」
 彼女は、ティースプーンの柄を細い指でなぞりながら、
「両親が仲悪かったんですよね……だから、逃げ場でしたよ。お爺ちゃんの、膝の上」
 ココア色の髪を、左手でかき上げると、そのポーズのまま黙ってしまった。物憂げな表情になると、彼女の顔からは普段の子供っぽさが消えた。僕はコーヒーを飲むふりをして、髪に手をかけたまま黙り込んでいる彼女の横顔に見とれていた。
「また買いに来るから、頑張りなよ」とでも言って、ここで話を切り上げれば良かった。うっかり、趣味の話なんか振ったのが、いけなかった。
 彼女の表情が豹変した。口元にどこか優越感を含んだ笑みを浮かべ、テーブルの下でリズムを刻みながら、目には見えないギターを弾きはじめた。いや、ベースかも知れない。どっちだろうな。ようするに、僕には楽器の知識なんかゼロってことだ。
「でも、ちょっと一悶着あって、バンドやめちゃって。こないだ、ドラムスの子に模型屋はじめたってメールしたら、理解不能だったみたいで」、そこで息をつぎ、照れたように小さく笑って、「ほら、ロックとプラモデルって、接点ゼロじゃないですか? 説明するのに、チョー苦労しましたよ」。……いや、ギターとかドラムのプラモデル、ニチモから出てたぞ。
 それから彼女は、覚えたての僕の名を口にした。
「あ、でも、今池さんって、洋楽バリバリの世代じゃないですか?」
 名前を呼ばれても、嬉しくはなかった。唐突で、なれなれしいような気さえした。
「私、友達のお兄ちゃんから、よくレコード借りてましたよ。スティングとかボン・ジョヴィとか、あ、あと、カジャ・グーグー」
 僕は、そこで話の腰を折った。
「レコードを買う金があったら、俺はこっちだったから」
 ついさっき、彼女が包装してくれた箱を指差す。不意をつかれた相手は遠くを見るような目になって、もはや二人の挟んだファミレスのテーブルは、深夜の校庭のように無意味に広がっていた。
 その無意味な距離を何とか埋め合わせようと、彼女はあからさまな作り笑いに専念し、自分で包んだ包装紙を丁寧にめくって、
「マニアックな今池さんは、こっち専門なんですね?」
 箱には、セル画の女の子が描かれていた。「ウェアパペット」には、『バイファム』に登場する女の子のフィギュアが一体、付属しているからだ。
「髪を伸ばせば、君とそっくりじゃないかな」
 アニメ・キャラに似ていると言われたら、普通の二十代の女の子はどう思うんだろう? たぶん、あんまりいい気持ちじゃないんだろうな。リアクションに窮している彼女をテーブルに残して会計をすますと、僕は国道を渡ってコンビニで発泡酒を購入、それを半分も飲まないうちに眠ってしまった。
(つづく)

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