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2018年4月 7日 (土)

プラモ恋愛小説『ハネダ模型店』 その1

1 ブリタニアⅡ
 まさか、あれは『レンズマン』のブリタニア号じゃないのか? しかし、待てよ。トミーからは、オモチャも出ていたような気がする……あそこにある箱が、プラモデルだって保証はあるのか? 近くで見てみないと、分からないな。
「お取りしましょうか?」
 僕が「ブリタニア号」の箱を見て動揺しているわずかな間に、彼女は小さな脚立を抱えて、僕の右斜め下に立っていた。そんな脚立なんかに乗っても、あなたの背じゃ届かないと思う。何しろ、「ブリタニア号」は、積み上げられたプラモデルの箱の一番上に置いてあるんだから。だいたい、男の僕が、女の人に高いところのものを取ってもらうなんて、それはよくないよ……。
「あ、いいんです。なんか、勘違いしたみたい」
 僕は遠慮した。つまり、彼女に気を使った。そして、思い出した。女の子に気を使うのなんて、久しぶりだってことを。
「勘違い……ですか」
 彼女は、右斜め下から、ちょっとがっかりしたように呟く。肩にも届かないほどの短い、ウェーブのかかった髪。僕は、ガラス戸に手をかけながら、
「ですね、バイファムとか、ですかね」
「はい。えっ、何が?」
「あ、その、バイファムというのを探してます」
 彼女はどこからか、小さな手帳を取り出すと、「バーイーファーム」と声に出しながら、メモを取りはじめた。
 その間に、僕は逃げ出すように店を出た。夜道に吐く息が白い。
 最初、灯りを見たときは、何かと思った。もう十二時近い。この辺りは個人商店が多く残っているので、古本屋か何かだろう、と思って近づいてみた。だが、狭いガラス戸に貼られたステッカーを見て、ギョッとした。赤と青の星のマーク……こりゃあ、タミヤじゃないか。ラジコン専門店やミニ四駆しかなかったらガッカリだけど、とにかく、入ろう。
「いらっしゃいませ」。ココアのような茶色の髪をした女性が、弾かれたように顔を上げた。うず高く左右に積まれた無数のプラモデルの箱の堆積層の奥、丸椅子の上に彼女は座っていた。まるで、夕食を抜きにされた子供が、親に謝ることも出来ずに所在なさげにしているように見えた。それか、プラモデルのお城に閉じ込められて、脱出することを放棄してしまったお姫様って感じだ。
 模型屋だよな、ここ? なんで、あんな女の子がいるんだ? 二十代半ばってとこだろうか。店主の奥さんか何かか? いずれにしても、密室で女性と二人ってのは避けたい。もう長らく、そういうシチュエーションに巡りあってないし、なんか、彼女のワンピースはオシャレすぎて……とにかく、こういうのは、苦手だ。
 そこで、回れ右をして店外へ逃れようとした時だ。トミー製の「レンズマン ブリタニアⅡ」のキットが、目に飛び込んできたのだ。
『レンズマン』はもう、二十何年前のアニメで……いや、二十何年前ってところがポイントなわけだ。当時、僕は中学生だった。『レンズマン』を映画館に観に行ったかは忘れてしまったけど、トミーがアニメのプラモデルを出すと模型雑誌で知って、ちょっと興味はあった。
 何もかもが楽しかったわけじゃないけど、プラモデルだけは別格だった。ちょっと綺麗に色を塗るだけで、隣のクラスの知らないやつが話しかけてきた。ところが、受験の時にプラモデルを禁止されて、高校に上がってからは、ブームも去ってしまって……そんな感じだったと思う。こうして、アパートの自室で一人横になっていると、夜、散歩がてら模型屋に行ったときのひんやりした空気までもが、脳の奥から再生されてくるような気がした。
 明日も、アルバイトだ。うんざりする。この歳で、アルバイトなんだぞ。二十年前のプラモなんぞ、買ってる場合か。頭の中でこの話題を片づけようとすると、埃だらけのひしゃげた箱の奥、行き場のない子供のようにポケットに両手を突っ込んで座っていた彼女が、かすかに顔を上げた。そうか。あの時、古いプラモデルの埃の中で僕の鼻をくすぐったのは、彼女のつけていた香水の匂いだったんだ。
 知恵の輪を解くような話だ。中古プラモデルと女の子。その二つが、分かちがたく結びついているんだから。僕のとる道は、ひとつしかないじゃないか。プラモ漁りにかこつけて、夜毎、彼女と話が出来るんだぜ? その夜、僕は初めて神様に感謝して、眠りについた。
(つづく)

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