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2018年4月22日 (日)

■0422■

木曜日、何ヶ月も前から一万円のチケットを押さえていた「神韻芸術団」の公演へ。文京シビックホールにて。
30742504_1672526952841212_712572925しかし、あまりにガッカリして、途中休憩のときに帰ってきてしまった。長い袖を優雅に振る舞踏や、民俗芸能に根ざした踊りは良かった。しかし、たとえば『西遊記』の演目をやると、舞台の奥のCGに頼ってしまう。CGの人物が手前に来て、舞台上の生身の人間とシームレスに置き換わる技術はすごい。
だけど、CGの人物が生身の人物に置換可能であれば、ぜんぶCGでもいいはずじゃないだろうか。わざわざ生身で演じる必要はあるのかな、と思ってしまう。

先日の『パシフィック・リム:アップライジング』の話()でもそうなんだけど……セリフで説明可能な「ドラマ」なら、それは演劇でもいいよね、と僕は考えてしまう。
どこからどこまでそぎ落とせば「映画」でいられるのか。音をなくしても「映画」だし、色をなくしても「映画」は成立する。だったら、映画を成り立たされる最低条件は「アクション」になる。ゴダールの映画のように、人物が完全に静止していても、カメラが動けば「アクション」が生じる。
常にそこまで突き詰めて考えねばならないわけではなく、僕は俳優のセリフにじーんと来たりする。「お話」「ストーリー」に泣かされることだって、もちろんある。というより、俳優の演技だけで十分じゃないかと思うことすらある。

だけど、誰も「どこからどこまでが映画なのか」考えなさすぎる。構図やカットワークやカメラワークを誉める人は、皆無といってもいい。だから僕が誉める、ということでしかない。
みんなが構図やカットワークのことを言いはじめたら、僕は脚本の話しかしなくなると思う。


「宮本から君へ なんか違う、もっと黒くて汚いはず こんな明るいのよくない 暑くて汚くて黒い話なのに」(
ドラマ『宮本から君へ』について、まったく同感。

原作漫画の『宮本から君へ』は20代のころ、アルバイトを転々として貧乏で仕方がないころ、ほとんど唯一の楽しみとして読んでいた。
9784061027589_w最初は甘口の恋愛漫画のようでいて、次に文具メーカーの殺伐たる白熱した大営業合戦となり、その次に、今度こそ本当に「異性に惹かれる」「好きになる」「その証としてセックスをする」、その猛烈に生臭い描写に圧倒された。
やがて宮本の子供を生むことになる中野靖子のしたたかさ、彼女とほぼ同時に宮本に急接近する綾部栞の軽薄さが、まさかと思うほどの実在感で、黒々とした筆致でくどいまでに描きこまれ、どのシーンも「何区何番町」と言い当てられるぐらい、グーグルアース並の精度で緻密に描写されていく過程もエキサイティングだった。
中野靖子とずぶずぶの恋仲になる舞台が、上野から赤羽にかけて……というロケーションの選択、得体の知れない説得力があった。夜の亀戸天神だとか、新橋の飲み屋街だとか、「今そこに作者が立っているのではないか?」と本気で疑うぐらい濃密な現実感があった。
もう、あれは漫画ではなかった。作者の「俺が肉眼で見てきた現実」を筆力に転化して原稿用紙に刻みつける意志が、ほとんど紙を突き抜けていたように思う。


では、どうしてドラマ『宮本から君へ』が、学芸会のようになってしまっているのか。
9784061027749_w人間に対する嫌悪とか絶望とか、軽蔑といったネガティブな前提が抜けているから。主人公の宮本は「文具メーカーの営業マン」という、誰も憧れないような仕事をしていて、彼が最初に惹かれる甲田美沙子は、「大手自動車メーカーの受付嬢」でしかない。甲田美沙子が美人ならば、周囲の友だちは美人ではない。美人だから、宮本の知らないところで彼氏もいる。「ああ、くだらないな」「夢がないな」「まあ、そんなもんか」って、誰しもがガッカリする。
その辛らつな現実を、まず大前提としているところに、この作品の価値があるんだと思う。宮本が汚い中華料理屋で、汗臭そうな土木建築業者たちと相席でチャーハンを食べているコマを、僕は忘れられない。もう、ホントに容赦なく汚く描いてあったから。
宮本がちょっと立ち寄る喫茶店のアルバイトの女の子、笑顔は可愛いのに、タバコの煙を吐くときは「これでもか」と言わんばかりに醜い表情で描かれている。「人間なんてそんなもんだ」という容赦のない諦念、悪意、それは歴然と存在するし、それを避けて通っても美しいものは描けないわけ。


もうドラマ版『宮本』の批判になってないんだけど、漫画では、どのキャラクターもカッコ悪い。宮本が「カッコいい」と思う人たちすら、カッコ悪く描かれている。美化されていない。
9784061027855_wでも、それで何が悪い?って漫画(の形をした表現物)なんだよ。文具メーカーの営業って、こんなに地味だしダサいよ? だけど、その中にしか美しさも尊さもカッコよさも宿らないぜ?ってことなの。世界は薔薇色にはならないの、最後まで。どこまで行っても、世界は汚い。

漫画の終盤、物語から完全に消えうせたはずのヒロイン、甲田美沙子が再登場する。宮本は妊娠した恋人と同棲しているので、いまさら甲田美沙子の甘えに付き合っていられない。
路上で泣く甲田美沙子のうしろで、モブの男性サラリーマンが「かわいいよな」と言っている。そういう愚かな、余計なセリフをポッと入れることで、「やっぱり、世の中はくだらないんだな」と、最後の最後まで思い知らされる。
でも、その「かわいいよな」に救われた。別に愚かな男がいても、そいつの目を覚まさせる必要はない、そういう男たちがいてもいいじゃん、ほっとこうぜと言われた気がして。

今回のドラマは、その「かわいいよな」と言っている軽薄な男たちの側にとどまっていると思うので、「やっぱりこうなったか」と、イヤな笑いを浮かべて見てます。
だけど、僕の貧乏な20代を支えてくれたのは、『宮本から君へ』だったんだなあ……と、再認識できた。

(C)「宮本から君へ」製作委員会

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