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2018年4月 1日 (日)

■0401■

【アニメ業界ウォッチング第43回】「クラスの隅っこにいる人」のために、アニメを創る──「鬼平」監督、宮繁之の語る“創作の動機”
Dzld3lsvwaayhwy 『鬼平』監督の宮繁之さんの登場です。
「 クラスの真ん中にいた人は、その後の人生もうまく行くだろうと思うんです。クラスの端っこで勉強や運動ができなかったヤツが淘汰されてしまうのは、あまりにつまらない。それでは、夢も希望もないじゃないですか。僕もかつてはクラスの端っこにいたし、端っこに追いやられている人たちの背中を押すのが、僕の仕事だろうと思うんです。」
3ページ目が特に熱いので、是非ご覧ください。


レンタルで、『そんな彼なら捨てちゃえば?』とジョン・フォード監督の『騎兵隊』。
『騎兵隊』は『駅馬車』から20年後、1959年のカラー作品だけど、これもまた最初から最後まで面白かった。
Mv5bmtyxotkyodmxmf5bml5banbnxkftztcジョン・ウェインは南北戦争の北軍の大佐で、捕虜にした南軍の女スパイ(コンスタンス・タワーズ)と懇意になってしまう。酒場で酔って自分の過去を女スパイに話した大佐は、「話しすぎた」と後悔したあと、「こいつのせいだ!」と酒瓶を放り投げる。画面手前に重ねられたグラスが、パーンと砕け散る。画面のいちばん手前で。
会話しているカットでは、カウンターに大佐と女スパイが並んでいるのを正面から撮っている。酒瓶を投げるカットだけ、カウンターの横から撮っている。画面の手前で、盛大にグラスが砕けるように。
あえて文学的に解釈するなら、砕け散ったグラスは、過去にとらわれた大佐の苛立ちを代弁している。だけど、そのカットがシーンの最後だから、シーン転換のテンポをつけるために派手な絵で終わらせたかっただけなのかも知れない。

いずれにしても、構図をどんどん変えて、次から次へと思いがけない絵を見せて、最後まで飽きさせない。それが映画だ、と僕は思う。


『騎兵隊』では、基本的にバストショットかミディアムショットで、3~4人の人物を横に並べて会話させていMv5bzguwodcyzdutmgi4nc00odfilwjhotc る(ほとんどが左のような構図)。
だけど、女スパイは画面手前へ動くことが多い。馬に乗って脱走しようとするカットでも、奥から手前、手前から奥へ走る。あと、北軍の兵士に文句を言うとき、奥から手前にスッと歩み出て、進路をはばむとか。「次はどう動くんだろう?」という興味が生まれる。
南軍の騎兵たちが突撃してくるシーンがいくつかあるが、敵軍は奥から手前に突進してくる。味方の軍はフレームの左右からインしてきて、横一列に並ぶ。この映画なりの秩序がある。筋が通っている。

フレームをどう使うか、俳優をフレームに対してどう動かすか。そうした「図像」がドラマを生むから、映画は「面白い」のであって。


たまたま、さっき『ダンケルク』の記事を読んだんだけど、IMAXカメラが巨大で重かったとか、現場が大変だったとか、伝え聞いた情報によって映画を価値づけるのは手抜きだよ。
「監督の意図」をインタビューから拾ったり、「IMAXだから凄い」と言うのは「バンダイだから金型技術が凄い」と言うのと変わらない。何をどう撮っているか、フィルムをどう繋いだか、その原理を無視してはいけない。

「映画は鑑賞する時代から、体験する時代へ」といったコピーを目にするけど、何か根本的な思い違いをしているとしか思えない。椅子を揺らさないと臨場感が出ないのであれば、それは演出が足りてないか、そもそも臨場感など出す意図がないのか、どちらかでしかない。
どんな表現にも構造や原理があり、そこをストレートに見ようとしないから「号泣した」「一緒に来た人が引くほど泣いた」と、無闇に感情を誇張した感想になってしまうんだと思う。

(C)Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

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