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2018年2月20日 (火)

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荒牧伸志×神山健治 2人の監督がつくりあげる“楽しいアニメ制作の現場”【アニメ業界ウォッチング第42回】
T640_752346昨年夏に荒牧監督にインタビューした際、作品タイトルが発表になったら、神山監督とのダブル・インタビューをさせてくださいとお願いしました。今回は、モーションキャプチャーの収録現場を見学させていただいたうえでの取材です。


記事中に「果たして、モーションキャプチャーを使った方法を“アニメーション”と呼ぶのかどうか」という発言があるように、モーキャプの現場は実写映画の撮影に近かったです。
撮影というより、「記録」といった方がいいのかも知れない。実写映画はカメラで俳優を記録することによって、一秒あたり24枚の静止画をつくる。
アニメーションは、2Dであれ3Dであれ、あるいは人形アニメーションであれ、俳優を使わずに24枚分の静止画素材をあらかじめ用意して、それをカメラで記録する。映画評論誌が選考対象からアニメ映画を外したとき、なぜか、アニメーションの原理の話にはならなかった。どっちが上か下か、「アニメを差別するな」といった感情論しか見かけませんでした。

実写映画で、俳優が「今の動きは何コマ分だ」と計算することは、それほどないと思います(監督は、撮影中にコマ数を考えると聞いたことがあります)。
アニメーションでは、「この動きに何コマ使う」という計算が最初にあります。だから、偶発的な要素が入りづらい。「原理として」予定された動きしか入らないわけです。先に素材を用意せねばならないから、貧しい動きになる場合もあれば、現実離れした豊かな動きも描ける。それどころか、用意できた素材が乏しい時にだって、予想だにできなかった表現が可能となるのです。


ただし、実写映画でも、セットを建てるお金もなくプロの俳優も用意できない貧しい現場から、ドキュメンタリックで先鋭的な表現が生まれてくる場合もあるので、一概に何が上とか下とか言えないはずです。
だから、「五点評価をやめろ」と言うのです。数値化できない、予想できないから表現は面白いはずであって。昨日つまらなかった映画が、明日には面白く見えることだってあるし、厳然と評価を決めつけた瞬間に、作品との流動的な生き生きした関係はたちまち硬化して、あなたの人生は枯渇するよって話です。

まったく同じように、「アニメはゼロから動きを生み出す、実写映画より凄い表現だ」と言った瞬間、ごっそりとアニメの価値が損なわれると思うのです。
僕がアニメを見つづけている理由のひとつに、「見やすさ」があります。原理的に、用意された材料のみで構成されているから、安心して見ていられる。絵があまり動かなくても、声優さんの演技で理解できてしまう。それで白ける場合もあれば、救われる場合もあります。「まあ、そこそこ面白ければいいじゃん?」という気軽さは、むしろ実写映画に対しては抱けないのです。

視点や視野をしょっちゅう変える柔軟さがないと、何を見ても面白くないだろうし、面白くないからこそ「○○の方が高尚だ」と、強引に権威づけしたくなるではないでしょうか。

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