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2018年2月 6日 (火)

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レンタルで、1941年のヒッチコック監督作品『断崖』。
Mv5bmtmzmzcxmtexof5bml5banbnxkftzty冒頭からして、素晴らしかった。真っ暗な画面に汽笛の音が入り、「おっと失礼しました」と男性の声が重なる。フェードインすると、そこは列車の客席で、女性の向かい側に男性が座るところだ。「トンネルの中で、見えなかったもので」と、男性が謝っている。
暗闇で女性の前に陣取った男の態度は、明らかに怪しい。そして、女性が向かい側に座った男性をいぶかしむ不安の構図は、この映画を最後の数秒前まで支配しつづける。
『見知らぬ乗客』では、右から歩いてくる足と左から歩いてくる足をカットバックさせることで二人の男の対立図、映画の全体像を示した。『断崖』の冒頭カットは落ち着いたシンメトリの構図だが、暗闇からフェードインすることで不気味な緊迫感を映画に付与する。


女性(ジョーン・フォンテイン)は、後に男性(ケーリー・グラント)と結婚するが、まともな仕事につかないくせに、どこからか大金を手に入れてくる夫を信用できないでいる。
Mv5bmjawmzeynjezmv5bml5banbnxkftzty夫が友人を殺したと疑った妻は、今度は自分が毒殺されるのではないかと怯える。夫は、妻のために飲み物をもって階段を上がってくる。直前、時計の振り子がアップになる。それは言うまでもなく、妻の鼓動の早さを表現している。妻の不安そうな表情に頼らず、やや大仰とはいえ、別の被写体に彼女の緊張を代弁させる、このメカニカルな発想が好きだ。

さて、夫が白い液体の入ったコップを持って、階段を上がってくる。彼の顔は、(『市民ケーン』でよく使われていた演出だが)まったく照明が当たらず、真っ黒く塗りつぶされている。かわりに、彼の持った飲み物だけが白く輝いている。表現主義的というか絵画的というか、1941年時点で古臭さすら感じさせる演出だが、どこの誰が見ても確実に毒殺を想起させる照明効果、見事なものだと思う。
『市民ケーン』は『断崖』と同年公開であり、映像から多様な意味を感じさせる点では『市民ケーン』のほうが抜きん出ている。だけど、ヒッチコックのキワモノすれすれのサスペンス、あり得ないほど甘ったるい美男美女のラブロマンスにも捨てがたい魅力がある。

また、モノクロ映画時代の手練手管を尽くした撮影技法、マットペインティングやミニチュア、スクリーンプロセスの多用に、はかなげな美しさを感じる。それらがロケ中心のネオレアリズモやヌーヴェル・ヴァーグの台頭で「作り物」と見破られてしまう構図も含めて愛らしい。


NHK記者、暴行の疑いで逮捕 「事実ない」と否認(

このニュースをNHKが報道した形跡はない。
そして今日、NHKから受信料の払い込み用紙が届いた。「文書・電話・訪問などを通じてお支払いいただくための活動を進めています」と書かれているが、なぜ訪問するのにケーブルテレビ局や宅配便業者を装わなければならないのだろうか? どうしてウソをつくのだろう? 「それでもなお、理解が得られない場合、やむを得ず、裁判所を通じた法的手続きを実施しています」と、誇らしげに下線が引かれている。

僕はNHKの集金人に、「ドアを開けなければ、ここで個人情報をバラしますよ」と大声で脅されたことがあるが、そこまでして、いったい何を「理解」させたいというのだろう?
NHK職員が暴行で逮捕された等の重要なニュースを報じないで、なぜ受信料がとれると考えられるのか、僕にはさっぱり分からない。理不尽と傲慢しか感じない。

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