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2018年1月31日 (水)

■0131■

ユジク阿佐ヶ谷にて、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』。
Mv5byzq3zjkxztatodrjyy00nwe5ltgwnjyルキノ・ヴィスコンティ監督の処女作、1943年版である。1981年にリメイクされたやつはエロっぽい路線で、中学生の僕は「見てはいけないもの」と忌避していた。だが、ネオレアリズモの嚆矢とされるヴィコンティ版、レンタル店にないならミニシアターで観るほかあるまい。
さて、色恋がらみで殺人の起きる破滅的な内容のこの映画、どこがそんなに画期的だったかというと、前年に『カサブランカ』が公開されていた……と聞けば、星目がちなロマンスとは程遠い殺伐としたムード、ロケを多用したザラついた撮影、安定感のない構図にキレの悪いカットワーク、それらによって醸し出される「性愛」「愛欲」の匂い立つような泥沼感が、いかにハリウッド・メジャーと真っ向から対峙していたか、分かろうというものだ。


この映画に欠点があるとしたら、小説を原作にしたせいか、何もかもセリフで説明してしまうところ。目をつむって、セリフさえ聞いていれば、なんとなく分かった気になってしまう。「あらすじ」ってやつ。トーキーが開発されてから、「あらすじ」の質は激変した。極端な話、舞台劇をロングショットのフィックスで二時間撮りきれば、それで劇映画は成立してしまう。
「それではあんまり格好がつかない」と言うので、セオリーどおり、申し訳程度にカットを割っただけの映画は、それこそ数え切れないぐらいあると思う。

なので、セリフに頼らずにどう見せているかに注目せざるを得ない。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』でいうと、夫を謀殺した人妻が、若い恋人を尾行して、彼が入っていったアパートを見張るシーン。
人妻は、カフェの座席に座ったまま、じっとアパートのほうを見ている。彼女はハッと目を上げる。観客は「ああ、恋人が出てきたんだな」と分かる。妻は立ち上がり、カフェから出ていく。凡庸な映画なら、ここでカットを割るだろう。ヴィスコンティは、そうしなかった。妻の歩いていく方向をそのまま追って、街へカメラを出す。
すると、妻の向かう先には、恋人が若い女と連れ立って歩いているではないか。妻は大胆にも二人の間に割り込む。相手を見つけるだけでなく、相手の元へ歩いていって、行く手をふさぐ。これをワンカットで撮ることで、彼女の焦りと勇気と危なげな行動力が一気に爆発する瞬間を、観客は目にすることになる。

実は、この人妻が恋人を尾行しはじめるシーンも、ワンカットで撮られていて、見事な緊張感を生んでいる。同時期にハリウッドが甘受していた適当なカットバックなど、ひとつもない。その緊張感は十年後の、ロッセリーニの『イタリア旅行』まで持続しているかに見える。


朝からTwitterを見ていて、うんざりさせられた。
脚本家の荒井晴彦が発行人をつとめる「映画芸術」誌が、今年のベスト&ワーストの選出からアニメ映画を除外するとは聞いていた。最新号の中から、除外する理由に触れた誌面を写真に撮って、憤慨した方が画像をアップしていた。

まあ、そこまではいいんですよ。個人的に腹が立ったということでしょう。
だけど案の定、自分では情報ソースの「映画芸術」に当たらず、ただ恣意的に抜き出された画像を見ただけで「ひどい」「アニメを排除するとは何事か」と、他人の怒りに便乗して自説をのたまう人たちの多さ。これにゲンナリする。
「実写だって、こういう欠点があるだろ?」「アニメだって、実写と同じぐらい苦労して作ってるんだぜ?」と、実写vsアニメの対立図式に落とし込んで、「映画芸術こそワーストだ」って流れになっている。毎度お定まりの「評論家こそ人を感動させる作品をつくれよ」まで、いつもの揚げ足とりと論理のすり替え、不毛な議論の大安売り。


そもそも「映画芸術」がどういう雑誌で、荒井晴彦が誰なのかも調べてない、知ろうともしない、「面倒だ、知ったこっちゃない」という人が大多数ではないだろうか。
別に「映画芸術」の肩を持ちたいとも荒井晴彦を擁護したいとかでなくて(と書いたところで「アイツは擁護派だ」って振り分けられるところがSNSの地獄)、最低限、叩く相手のことぐらい知っていたほうが説得力が出るのに、それすらサボって「とにかく俺が怒っているのだから相手とフェアに戦うつもりなんかない」と思っているなら、ハナっからあなた方の負けですよ。

日本映画、そんなにたくさん観てるんですか? 「映画芸術」のベスト&ワーストなんて、毎年気にしてるんですか? そんなに影響力があるんだろうか、あのマイナー誌に?
俺の好きなアニメを排除されたらしいので、どういう文脈で相手が誰かもよく知らないけど、SNSで怒ると溜飲が下がって気持ちがいいぜって人ばかりじゃないのか?
「怒る」って気持ちいいんだよ。自分の非が見えなくなって被害者意識に甘えられるから、いつでも怒っている人がいる。怒るための燃料を、常に探している人がいるよね。

その「怒る」なんていう低俗で手軽な娯楽の燃料に、好きなはずのアニメや映画を使っちゃっていいの? 本気で事態を変えたいなら、良識にのっとった、正当な抗議の仕方が社会に用意されているはずだよ。SNSに罵声や小言を書き込んでも、何の実効力もないよ。 

(C)Ajay Film Company Photographer: Osvaldo Civirani

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