■0109■
アニメ業界ウォッチング第41回:“やさぐれた孫悟空”の中年らしい魅力を引き出す! 「西遊記 ヒーロー・イズ・バック」日本語吹替制作監修、宮崎吾朗の語る3DCGアニメの魅力とは?(■)

そんな逆風の中で、「宮崎吾朗さんが監修ではダメだろう」「吹き替えは山田康雄さんが良かった」など、思いつきと当てずっぽうの下馬評ツイートがチラホラと目に飛び込んできて、これはもう、興行はダメだろうな……と、覚悟はしています。短いところでは一週間のみの公開ですので、志ある方は13日(土)の公開初日に駆けつけたほうがよいでしょう(上映劇場→■)。
記事を読んでもらえれば分かるように、宮崎吾朗さんが日本語版の監修についたのは、監督からの直接のお願いであって、別に箔付けのためではないんです。宮崎さんも、ご自分の立場をよくわきまえておられるだろうと思います。誠実な仕事をなさっています。
「宮崎吾朗だからダメ」「中国アニメだからダメ」、そうやってどんどん、自分の世界が矮小化していくんですよ。
■
レンタルで、『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』。

トーキー映画の利便性は、こういう安易なシナリオを生んでしまう。むしろ、過剰なナレーションで埋め尽くすスタイルを徹底させれば、どこかで映画のメカニズムとカチッと噛み合ったような気がする。
ところが後半、出会うべき人物と人物が揃った時点で、ナレーションは後退して、いつもの、切り返しによる表情と会話による「演劇」だけが残される。
そしてみんな、「劇」の中身の話ばかりするでしょ? 主人公に共感したとか、あんな男は許せないとか、最後に二人は結ばれるとか別れるとか。それらはすべて、映画の内側に入り込んだ「劇」の感想であって、映画の感想ではないわけです。
僕も「劇」だけを素直に楽しんでいた時期もありました。今は、そういう気持ちにはなれないです。そうすると、借りてこられる映画の種類が減ってしまうんだけどね。
■
これは、ちょっと前から気になっていた事件だけど……。
とある新聞の「児童ポルノ購入者」の職業が完全に名指しをしている件について(■)
検事や議員、警察官の実名は出さないけど、『るろうに剣心』の作者と書いてしまったら、もちろん仕事はなくなるし、社会的に抹殺されますよね。なぜなら、「児童ポルノ」と聞いたら、誰もが「自分の頭で考えられる最悪」を想像してしまうから。
僕も警察に電話して、どういうものがアウトなのか具体的に教えてほしいと聞いたけど、「ケースバイケース」と誤魔化された。その時は過去に出版された写真集だと思ったが、今回は何? 記事では「わいせつDVD」と書いているから、わいせつ性が問題視されているわけですよ。つまり「少女を見て興奮しているヤツは罰する」「そして身内である警察官の名前は隠すが、漫画家ごときは実質的に実名を出すから覚悟しておけ」ってことでしょ?
何より気になっているのは……、一年前、二年前であれば、漫画業界が猛然と抗議したんじゃないだろうか?ってことです。同士である漫画家が晒し者にされたのに、シーンと静まっているのが、僕にはちょっと怖い。
「われわれは漫画やアニメの表現を規制から守りたいのであって、少女のわいせつDVDを所持していたら、たとえ漫画家だろうと守るに値しない」ってことなんだろうか? いずれにせよ、ついに「わいせつな」「児童ポルノ」を理由に、漫画ファンが漫画家を見捨てた。そのように見えるのは、僕の勘違いだろうか? 警察は警察官をかばっているぞ。こんな世の中を受け入れるのか?
(C)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation, Demolition Movie, LLC and TSG Entertainment Finance LLC. All Rights Reserved.
| 固定リンク
コメント