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レンタルで、テオ・アンゲロプロス監督の『旅芸人の記録』。
大学生のころ、同級生から「『旅芸人の記録』は観た?」と聞かれた覚えがある。実に30年前の話だ。何しろ3時間50分もの長尺であり、上映時間の長さも話題になった。1985年に日本語吹き替えされて、テレビで3回に分けて放映されたそうなので、そのタイミングで「観た?」と聞かれたのだろう。今回が初見である。
第二次世界大戦を挟んだ1939~1952年までのギリシャの近代史を、断片的に描いている。旅芸人一座が過酷な歴史に遭遇するのだが、誰が主人公で何を考えていて、何を成し遂げたのか、そんな通俗的なドラマとは無縁の映画だ。何しろ、切り返しで会話するような分かりやすい文法のカットは皆無で、ほとんどのシーンで人物は豆粒ほどのロング、数分間の長回しである。
さもなくば、人物のひとりがしっかりとカメラを見つめて (つまり観客と対面しながら)自分がどんな目に遭わされてきたか、えんえんと語る。話の内容はあまりにローカルなので、字幕を追っても無駄である。
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ロングショットで美しいのは、旅芸人の一座が列車で駅に到着したシーンだ。
画面左手から列車がフレーム内に進入してきて、右手奥で停車する。列車から降りた一座が画面手前に歩いてくる。と同時に、画面外から、元気のいい歌声が聞こえてくる。
カメラは旅芸人一座が歩くのより早く画面左方向にPANする。すると、画面奥にたくさんの人々がパレードしているのが見える。画面をまっすぐに線路が横切り、その奥に人々が隊列をなしていて、さらに水平線が画面中央をきれいに横切っている。
続くカットで、カメラは画面奥、右手から左手にかけてパレードする人々を撮っている。先ほどのカットとは違って、画面左手にはギリシャの国旗を掲げた小さな町が映っている。パレードの人々は、ギリシャ人の誇りを称える歌を元気に歌いながら、画面手前へ行進してくる。カメラは左手にPANする。町の路地から、荷物を下げた旅芸人の一行が歩いてくる。彼らはパレードの人々に手を振ったり、笑顔で歩いてくる。やがて、一座とパレードの人々は合流して、一緒になって画面左手へ歩いていく。
どうやら、何か民族的に喜ばしい祝日らしい……程度にしか、事実関係は分からない。
だが、いかに歴史に無知であっても、画面奥から斜めに歩く旅芸人一行に比べて、きっちり水平線と並んで真横に行進している人々が何かの規律や秩序と共にあることは、構図を見れば明らかだ。パレードの人々と同じフレームに入ることで、旅芸人一座が大きな歴史の流れと出会った、歴史に飲み込まれたことと理解できる。
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別の年代、別のシーン。広場にアメリカ、ソ連、ギリシャの国旗を掲げた人々が集まっている。カメラは、彼らの背後から俯瞰で集まった人々を撮っている。群集の奥では、アコーディオン奏者が演奏しており、人々は声高らかに合唱している。
ところが、一発の銃声が鳴り、人々は一斉に逃げまどう。カメラは群集を追うようにゆっくりと画面左方向にPANを始める。三つに路地が分かれており、人々は三方向に分かれて逃げていく。
そのまま、カメラは360度PANして、閑散とした広場に戻ってくる。撃たれた誰かが倒れている。アコーディオン奏者は画面中央にうずくまっている。すると、画面右手から民族衣装を着た人物がフレームインして、バグパイプを演奏しながら、まっすぐ広場を横切って、画面左手へアウトしていく。
カメラは再び、360度、ぐるりとPANを開始する。アコーディオン奏者は逃げ出すが、人々の散っていたった路地から、「イギリス帝国主義者は出ていけ」と書かれたプラカード、ソ連の旗を持ったデモ隊がぞろぞろと歩いてくる。広場は赤旗で染まる。
このカットは5分間あるが、リアルタイムで5分間の出来事を描いているとは思えない。
映画は直線で囲まれた四角いフレームでしかなく、『旅芸人の記録』では、真四角な建物、水平線、道路などがフレームと並列して収められる。まるで儀式のように、人々がフレームを真横に横切ることも多い。それは目の前で起きているドラマというより、図像を用いた象徴だ。
(調べてみると、上記カットはシンタグマ広場で起きた血の日曜日事件と、後に起きる内戦の対立図式を描いているようだ。)
カットバックで「人物の内面」を描いた分かりやすい映画に慣らされていると、ついつい映画の構造、映画のメカニズムを忘れてしまう。あるいは、気がつかないまま「人物の内面」が描かれていないと文句をつけて、自分は少しも変化しないまま硬化した価値観に埋もれてしまう。「面白くない」、「分からない」から価値がないと決めつけてしまうのだ。
特に、星五点評価とネタバレ禁止だのネタバレ注意だのは、時代・地域の異なる映画を一種類に均質化してしまう。さまざまな映画が同時に存在しているし、その価値もさまざまな角度から推し量ることが出来るはずだ。
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