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2017年12月 4日 (月)

■1204■

ゴダールが、1958年に公開されたベスト・フィルムとして選んだ『悲しみよこんにちは』。レンタルで。
14606787_sx540_現在のシーンをモノクロ、回想される海辺の別荘のシーンをテクニカラーで撮影している。色、特に登場人物たちの衣装が美しくて、画面に釘づけになってしまった。淡い色のシャツやドレスばかりなんだけど、ふわっとした中間色を使っている。

主演のジーン・セバーグは真っ赤な水着をまとって鮮烈に登場して以降、ほぼ全シーン、違う衣装で登場する。
回想シーンの明るい衣装に比べて、悲劇が起きたあとの現在のシーン(モノクロ撮影)で、セバーグは真っ黒なドレスを着ていることに気づかされる。そのしっとりした黒の落ち着き具合が、また美しい。

カメラの動きも、素晴らしいものだった。人物の動きをなめらかに追って、常にベストな構図を維持している。俳優の動きとカメラの動きが、エロティックなほど濃密にシンクロしている。
特に、ジーン・セバーグが自ら仕組んだトラップに父親が引っかかり、彼が浮気をしている現場を目撃するシーン。ロングで2人の人物を撮っているだけの単調な構図のはずなのだが、カメラの動きが妖しいほどに優雅で、あまりにも品のいい撮影テクニックに陶酔させられた。


もっと詳しく解説したいんだけど、『悲しみよこんにちは』の面白さを裏づけているのは、この映画を見て感激したゴダールが、翌年に『勝手にしやがれ』を撮ったってこと!

『勝手にしやがれ』はプリ・プロダクション段階だったそうだけど、ジーン・セバーグに出演依頼したのは『悲しみよこんにちは』で魅了されたから。
だけど、『悲しみよこんにちは』はテクニカラーでシネマスコープ。その仕様だけで、超大作です。とても贅沢な企画。カメラの動きが良いということはドリーやクレーンなどの機材を現場に持ち込んで、リハーサルを繰り返すゆとりがあったということ。
それなのに、ゴダールは優雅なカメラワークと丁寧なカッティングを目の当たりにしながら、どうして『勝手にしやがれ』のような「思いつきでカメラを回す」「ワンショットの中でカットを割ってしまう」なんて荒技を、平然とやれのだろうか!?

自らの絶賛した映画を自らぶっ壊すような、愚弄してションベンを引っかけるようなデタラメな映画を、わざわざ同じ女優を主演にして撮っている!
その無神経さ・図々しさと背中合わせの勇気と大胆さに、ひたすら敬服するよね。カッコいいのかバカなのか、よく分からない。


皆さん、映画を観て感激したり人生が変わったり、いろいろあると思いますが……、断言してもいい。『悲しみよこんにちは』を観たゴダールが『勝手にしやがれ』を撮らなかったら、映画は今のようにバラエティ豊かになっていなかったはず!
ゴダールは批評家だったから、映画を批評することって、こんなに破天荒な歴史的発明を生むんだって証明できたと思う。少なくとも、18歳ごろから無作為に映画を観てきて、『勝手にしやがれ』→『悲しみよこんにちは』のコンボほど興奮したことってないなあ……。

やっぱり、映画ってモンタージュ理論の確立された無声映画時代に一度、そしてトーキーになって黒澤明やヒッチコックが活躍した50年代に一度、少なくとも二度は完成を迎えているんだよ。撮影所の中で、プロたちの手によって。
厳格なロジックと潤沢なバジェットに支えられたプロの映画をぶっ壊して、素人に開放したのがヌーヴェル・ヴァーグでしょう! クロード・シャブロルやエリック・ロメールもジャック・リベットも見ないといかんよなあ……今さらだけど。
若いころは50年代の映画を無視して、いきなりロメールだけ観ていたからね。

「○○監督の新作が」とか、「□□シリーズの続編が、リブートが」って話題より、1960年前後にどんな破壊と創造がもたらされたのか、そっちの方がケタ違いにエキサイティングだね。今の僕にとってはね。
(C)1958, renewed 1986 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

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