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2017年11月29日 (水)

■1129■

レンタルで、米映画『ヒップスター』。
640ゴダールの難解なドキュメンタリーを見たあとだと、普通の劇映画がこんなにも分かりやすくなるのか。定期的に、ゴダールを見たほうが良いのではないか。
『ヒップスター』は、母親を亡くしてからスランプに陥っている若手ミュージシャンが、友人とケンカしたり美人ぞろいの妹たちに慰められたりする、かなりとりとめのない内容だ。映画の「内側」に入り込むと、こんなにも温かな家族愛に恵まれた主人公が「僕は孤独だ」と涙を流しても共感できるものではない。
ただ、共感を排して映画の「外側」を見るならば、片時も目を離せないほどの吸引力がある。同じサイズで同じ人物のショットを繋いで時間をコントロールしたり、着替えるシーンならボタンやネクタイのアップを重ねたり、テンポの付け方が上手い。
(しかし、工夫を凝らせば凝らすほど、カメラアングルもへったくれもないゴダールの『あたりまえの映画』の破壊的な表現力を思い出してしまう。)


主人公はアーティストを自称する友人の個展を、酔ってメチャクチャにしてしまう。そのとき、ストローを例えにして「こんなストローみたいな他愛のないものを何時間も撮影して、そこに意味があると思い込むバカどものお遊び」と、友人の作品を揶揄する。
妹たちに連れられて主人公が個展の会場をあとにするとき、彼の体から、ストローの袋が地面に落ちる。カメラは、クシャクシャのストローの袋がしなっていくのを、じっくりとクローズアップで捉える。どうだろう、そのショットは「ストローみたいな他愛のないもの」は主人公自身だと言い放っていないだろうか? それとも、単にシーン転換のテンポをつけるためにストローの袋をアップで撮ったのだろうか?

そのように、視覚的な事象のみを疑って見ることから、映画の実質が浮かび上がってくるように思う。主人公の生き方に共感した、彼の生き方をこう思った、監督の人生観は……などと、映画の「内側」にとどまることは、僕には出来ない。

先日のキャバクラ談義について、「そんな店で寂しさをまぎらわしているのか、惨めな男だ」と引いてしまった人も多いだろう。反論というわけでもないのだが、キャバクラの話をするたび「そういう店には上司に連れられて行ったことがありますが、女の子に対してこちらが逆に気をつかってしまって、リラックスできないんですよね」と言い訳する男、必ずいる。たいてい、仕事の話をしても趣味の話をしても、つまらないんだよ。そういう偽善ぶった言い訳をする男って。
「こちらが逆に気をつかってしまう」って、具体的にどういうことなんだろうか。嬢に酒をついであげる(自腹でドリンクをオーダーしてあげる)のはもちろん、嬢が一円でも儲かるように指名してあげるんだよね、「そういうお店で」「気をつかう」ってそういうことだよね?
まさか、言葉のうえだけで、態度だけで「なんとなく紳士的に接してあげた」なんて自己満足はしてませんよね? 気なんてつかわなくていいから、金を使ってから紳士ぶってね、と言いたい。


何年か前、明け方に近いキャバクラで、猛烈な勢いで嬢を怒鳴りつけている客がいた。「やばいよ、警察呼んだら?」と店の者に言ったのだが、驚いたことに、嬢も同じぐらい、耳をつんざくような大声で客を怒鳴り返していた。さんざん怒鳴ったあとは、ケロリとしている。
僕が店を出ると、その男が外で待っていた。殴られるのかと思ったら、「どうも迷惑かけました」とのことであった。彼はきっちり金を払ったわけで、ようは合法的に異性と怒鳴りあう場としてキャバクラを利用しているのであろう。
多様な、いびつな異性との関係を「そういう店」が許容している面もあるだろうし、その手の商売は不潔だ、倫理的に許せないという意見も分かる。

しかし、貴方ひとりがいくら清廉潔白であろうと、まっすぐな義憤だけで世の中は美しくならない。清潔な世の中に居場所がない者も、実はけっこう多いのです。

(C)2012 Uncle Freddy Productions LLC

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