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1968年、ゴダールがジガ・ヴェルトフ集団名義で監督した 『あたりまえの映画』。こんな実験作品が、GEOでレンタルできるとは凄い。
五月革命に参加した学生や労働者が、草むらで話している。その合間に、モノクロで撮影された革命の様子がインサートされるのだが、普通のドキュメンタリー映画ではないので、どこで何が起きているのかは、いっさい説明されない。
学生たちの会話も断片的・局所的で、まったく普遍性がない。なので、「フランスにも大変な時期があって、その渦中の人々はこんな難しい話をしていたのか」程度のことしか分からない。
しかし、無駄な経験ではなかった。少なくとも、ゴダールの劇映画を見るには、彼が完全に政治色に染まっていたころの映画を知っておくべきではないのか……そうでないと、「面白いと保障された映画しか見ない」消極的態度に陥ってしまう気がする。
分からないから価値がない、のではない。むしろ、どこの誰にでも分かるような映画に嫌気がさしたから、ゴダールは商業映画から逃避したはずであって、そのことは誰かが覚えているべきだし、その時期の彼の映画は、いつでも誰かに見られていなくてはならない。
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土曜日は、連載をいくつか持っているアキバ総研のイベントに出演した。
友人が見に来てくれたので、帰りは彼と一緒に帰り、そこそこ飲んでしまった。22時ごろから、ガールズバー、キャバクラと夜中3時まで渡り歩いたのだから、まったく話にならない。
飲み足りないなら家で飲めば安くてすむし、そもそも先に帰った友人に失礼だろうという自責の念もある。かかる金額もケタ違いで、うっかりするとオーストラリアまでの往復航空券が買えてしまう。
そんな思いが重なって、最後にガールズバーに行ったのは、一年前。アルゼンチンから帰国したその夜だったはずだ。
一夜で数万円も使うのであれば、プラモデルか旅行に使ったほうが建設的だ……と、素面のときは思っている。しかし、普段は安っぽい理性やまがいものの倫理でブレーキを踏んでいるにすぎない。まあ、やはり俺はたいした人間ではないのだと実感した次の日は、丸一日どうにもならない。
二日酔いをなだめすかしながら、原稿はとりあえず、一本は終わらせて納品したのだけれど。
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キャバクラに行けば、お金のつづくかぎりは「男」扱いされて、話し相手になってもらえる。
仕事の話をするたびに「すごーい!」というアレ。アレはもう、僕の歳になると通用しない。あるいは、テレビで歌舞伎町かどこかのナンバーワン・キャバ嬢が「客の99%はセックス目当てに来る」と断言していて、そりゃあ貴女にそういう客しか着かないってだけだよと苦笑したものだった。今は「すごーい!」もセックスもいらない。チャンスもロマンスも、もう30年前に味わいつくしたよ。
ただただ、しんみりと「どうして、僕はこういうお店に来ちゃったんだろうね?」「どうして、私はこういうお店で働くようになっちゃったんだろうね?」とため息をついて、力なく笑いあいたい。
「こんなはずじゃあなかった」って、僕はどっかで思ってるんだ。
「なんで? 雑誌に記事とか書いてて、海外旅行に行けて、すごいじゃん!」なんて言われて自尊心を満たせる時期も、何年も前に過ぎて。
「他のお客さんに呼ばれちゃったから、ちょっと行ってくるね」と、嬢が自分のグラスのうえに、そっと名刺を置いて立ち上がる。あの眺めが好きで。「お待たせ」と戻ってきてくれたときは、本当に嬉しいし。19歳かそこらのとき、来るかどうかも分からない彼女が、ちゃんと約束の場所に来てくれて……、あのときのホッとした慰めの、いわば残り香なんだろうな。
セックスできるかどうかより、「約束を守ってもらえた」ことの方が嬉しかった。そのささやかな喜びの記憶を脳の隅っこが勝手にバックアップしていて、アルコールが入ると再起動するようになっているのかも知れない。
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本当は、泣きたいんだ。寂しい、とでも思いたいんだ。しかし、泣いたり寂しがるまでの道筋が分からなくなってしまった。「どうすれば本気で寂しいと思えるのか」、それを思い出したいんじゃない?
繰り返しになるけど、嬢が席を立つ。「あとで戻ってくるからね」と告げて、本当に戻ってきてくれる――ほんのそれだけのことが、僕にとっては喜びで。その喜びはしょせん金で買ったものであり、クレジットカードの伝票を見てゾッとして、すごい勢いで我に返っていく瞬間が恐ろしく、その落差が最大の問題であり、病たる由縁でもある(同世代の健全な男たちの話題は、仕事か子供の話が普通だからなあ……)。
「すごーい!」よりも、落ち着いていて、ちょっと疲れた微笑を見せてくれる嬢が好きで、先日はそういう人が着いてくれた。そのような、「今日はラッキーだな」というギャンブル性がまたよろしくないのだなあ……。明日は取材だし、帰ったら原稿もあるし、頑張ろう。
貯金に余裕ができれば、来年はアフリカに旅行したいと考えている。
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