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2017年11月18日 (土)

■1118■

アニメ業界ウォッチング第39回:徹底的に心情描写にこだわる、さとうけいいち流アニメ演出術
T640_743634_2 絵コンテを前にしながら、カメラワークやアングルについて、じっくりと話をうかがえる貴重な機会を得ました。特に、アニメで気になるのはパンニングです。アニメのPANって、実写でいえばドリーを使った横移動であって、三脚にすえたカメラを振っているわけではないのです。
ところが、さとう監督はその違いに言及してくれた。ただ、後者のPANをアニメの中でどうやっているのかまでは聞けませんでした。今度、個人的に聞いてみたいと思います。

【懐かしアニメ回顧録第36回】立ち上がったデンドロビウムが対決の構図を熱くする! 「機動戦士ガンダム0083 ジオンの残光」の図像学
51blwfpdsxl_2 デンドロビウムを劇中のスペックではなく、横長の構図にどう収めているかについて書きました。『ジオンの残光』は上下をカットして横長にした、通称“貧乏ビスタ”で公開されました。レンタルDVDだとスタンダードですが、それでも4:3で横長なわけです。
コラムの中では、横長のフレームの中に気持ちよく収まるデザインであるはずのデンドロビウムが、やたらめったら縦になる(立ち上がる)のはガトーの乗ったライバルメカ、ノイエ・ジールとタメを張るためではないか……と仮定しています。

ガトーとの対決シーンではない、シーマ機を零距離射撃で倒すシーンでも、デンドロビウムは縦になっています。
その理由を考えると、シーマが恩師であるデラーズを目の前で撃ち殺したのに、ガトーは仇を討ち損ねていることに思い至ります。コウは、何度となく真剣勝負を繰り返してきた好敵手・ガトーの代わりに、シーマを撃ってやったように見えるのです。コウがガトーの立場に(精神的に)近づくためには、やはりノイエ・ジールとの対決時と同じく、デンドロビウムは縦になっている必要があったのでは……。
(コウとシーマの間には対立要素が希薄だったので、余計そう思えてしまうのです。)
デンドロビウムが縦になる理由に「正解」はないでしょう。
「正解」を探すのが、作品を見る目的ではありません。あるシーンをエロティックに感じたのであれば、監督が「エロい意味で撮ったわけじゃない」と言い張ろうが、エロく感じた自分を信じるべきです。その一方的な思い込みが、作品の価値を多様にするからです。

観客の思い込みや勝手な解釈を加えられることで、作品は何年も何十年も生きつづけます。今は無名な作品でも、誰かがいつか新しい価値を加えるかもしれない。すべての作品が、「未来の誰かによって新たな評価を与えられる権利」を、平等に有しているべきです。


「無意味な実写化なんてない…世界一叩かれてる実写デビルマンからデビルマンにハマった私が言うんだから間違いない…」(

こちらのツイート、本当に素晴らしい。多数決で「酷い作品」を決めて、「誉めるやつはどうかしている」なんて責め立てられる世界が、果たして創造的なんですかね?
『CASSHERN』、『デビルマン』、『ガッチャマン』のフルボッコに加担した映画評論家や映画雑誌は、それらの作品がどこかの誰かにキッカケを与えたり、経験を積むうちに自分自身の価値意識がゴロッと引っくり返ったりする可能性をまるで考慮してないんでしょうなあ。

「身内で1999年のSF映画ベストワンを決めたいと思うのですが、廣田さんのベストワンは?」というメールがある編集者から送られてきて、「もちろん『スター・ウォーズ エピソードⅠ』でしょう!」と返信したら、「……マジですか? 他の人たちはみんな『マトリックス』がベストで、『スター・ウォーズ』をワーストに選んでますけど?」とのことで、票に数えられなかったらしい。
その雑誌は、数年後になくなりました。多様性のない組織は、外乱に対して弱くなるのです。

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