■0813■
EX大衆 2017年9月号 発売中

古谷徹さんへのインタビューを含む、全4ページの企画記事です。
作品では、コロニーが一基だけ落とされた「GUNDAM CENTURY」発の歴史をトレースしているので、テレビ放映前から放映後、OVAやゲームによって、曖昧だった「戦史」がどう公式化していったか、ザッと振り返ってみました。
【懐かしアニメ回顧録第33回】「月詠 -MOON PHASE-」で描かれる “ウソだからこそ平和な”日常生活(■)
『月詠』は日常シーンが『8時だョ! 全員集合』そっくりに、舞台上のセットで展開される。セットの裏がステージになっていたり、上から金ダライが落ちてきたり、舞台で演じられるコントそのものだ。
アクティブな、実写映画的なカメラワークは、ヴァンパイアたちと戦うシリアスなシーンに振り向けている。自覚的に抽象度を演劇に近づけたり、映画のフリをして撮ったり、表現の限界に自覚的なところが、新房昭之監督の強みだと思う。
■
レンタルで、ヒッチコック監督の『鳥』。

これから見ようという人は、それぐらいナメてかかったほうが具合いいです。その分、ショックがでかいので。
正直、最初の50分はかったるくて見ていられない。いたずらに混みいった人間関係をダラダラと見せているだけで、見事なまでに何も起こらない。
だが、それでいいのである。……こうして文章で説明するのも野暮なのだが、かったるい映画だなと飽きてきたころに、理不尽に、不条理に(文脈を無視して)鳥たちが襲いかかってくる。それが、記憶とは違って合成丸出しではない。ものすごい量のスズメが、煙突をくぐって、暖炉からなだれ込んでくる。音楽は、まったくない。血糊などのメイクは、さすがに時代を感じさせるが……あとはとにかく、見てもらいたい。吐き気がするぐらい、怖いので。
■
鳥たちの三度目のアタックを受けた主人公(ティッピ・ヘドレン)は、町にある小さなカフェで、自分の目にした惨状を訴える。しかし、鳥類学に通じた老婆が「鳥にはそんな知能はない」「攻撃する理由がない」と、数字を並べて、きっぱりと否定する。
カウンターに座っていた酔っ払いが「世界の終わりだ」と、いい加減なことを口にする。主人公と老婆は、対立するような形になってしまう。このときの構図には、唸らされた。老婆が鳥たちに攻撃性はないと主張するカットでは、彼女の後ろに常連の客たちがいる。彼らも鳥の攻撃を目にしていないので、老婆の味方だ。
ところが、主人公が事実を話す背後には、無人のカウンターしかない。つまり、味方がいない。いや、カウンターの奥に、ひとりだけ、「世界の終わりだ」と叫んだ酔っ払いが座っている。もしかすると、本当に世界の終わりなのかも知れない。彼女の味方は、その酔っ払いだけなのだ。……とまあ、説明するのも面倒なぐらい、シャープで効果的な構図が使われているので、ぜひ覚えておいてほしい。
もちろん、時代を感じさせるところもある。俳優の演技が大げさで、白けてしまうシーンもある。それでも、映画の前半でほんのちょっとしか出さなかった鳥を、後半では画面を埋め尽くすほど出して、一切の説明なし、ロジックを破綻させる……このクールな発想センスは、決して古びない。尖っている。
正直、最初の50分はかったるくて見ていられない。いたずらに混みいった人間関係をダラダラと見せているだけで、見事なまでに何も起こらない。
だが、それでいいのである。……こうして文章で説明するのも野暮なのだが、かったるい映画だなと飽きてきたころに、理不尽に、不条理に(文脈を無視して)鳥たちが襲いかかってくる。それが、記憶とは違って合成丸出しではない。ものすごい量のスズメが、煙突をくぐって、暖炉からなだれ込んでくる。音楽は、まったくない。血糊などのメイクは、さすがに時代を感じさせるが……あとはとにかく、見てもらいたい。吐き気がするぐらい、怖いので。
■
鳥たちの三度目のアタックを受けた主人公(ティッピ・ヘドレン)は、町にある小さなカフェで、自分の目にした惨状を訴える。しかし、鳥類学に通じた老婆が「鳥にはそんな知能はない」「攻撃する理由がない」と、数字を並べて、きっぱりと否定する。
カウンターに座っていた酔っ払いが「世界の終わりだ」と、いい加減なことを口にする。主人公と老婆は、対立するような形になってしまう。このときの構図には、唸らされた。老婆が鳥たちに攻撃性はないと主張するカットでは、彼女の後ろに常連の客たちがいる。彼らも鳥の攻撃を目にしていないので、老婆の味方だ。
ところが、主人公が事実を話す背後には、無人のカウンターしかない。つまり、味方がいない。いや、カウンターの奥に、ひとりだけ、「世界の終わりだ」と叫んだ酔っ払いが座っている。もしかすると、本当に世界の終わりなのかも知れない。彼女の味方は、その酔っ払いだけなのだ。……とまあ、説明するのも面倒なぐらい、シャープで効果的な構図が使われているので、ぜひ覚えておいてほしい。
もちろん、時代を感じさせるところもある。俳優の演技が大げさで、白けてしまうシーンもある。それでも、映画の前半でほんのちょっとしか出さなかった鳥を、後半では画面を埋め尽くすほど出して、一切の説明なし、ロジックを破綻させる……このクールな発想センスは、決して古びない。尖っている。
| 固定リンク
コメント