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2017年5月22日 (月)

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ホビー業界インサイド第23回:美少女フィギュアか伝統工芸か? 永島信也が彫る“美少女根付”は、どこへ向かう?
T640_728241初めて永島さんの作品を見たのがどこだったのか、もう覚えていません。だけど、インタビューだけはさせていただきたいと、ずっと思ってきました。
羊毛フェルトを材料に使う土方クロネさんもそうでしたが、こういう方たちを「フィギュア」作家として認識したいと、つねづね思っています。「フィギュア」の概念って、もっと広いんじゃないかなあ……と。


レンタルで、ヒッチコック監督の『泥棒成金』。
Sub_largeこんなチャーミングな映画を観てなかったことを、誠に恥だと思う。義務感でヒッチコックの映画を観はじめたのだが、この作品のロマンス、サスペンス、ユーモアのさじ加減には、すっかり魅了された。
ただ、それでも僕はカメラワーク、特に構図の話をしたい。

ケーリー・グラントの演じる「猫」とあだ名される元・宝石泥棒が、ふたたび盗みを働きはじめたと警察に誤解され、やむなく逃亡をつづける。逃げる途中、グレース・ケリーの演じる美しい富豪の娘と知り合う。その娘は強気な性格で、自分の知り合った男性が「猫」だと見抜いている。飄々と追求をかわしていた「猫」は、彼女の強引な誘いに乗せられて、どんどんペースを崩していく。その過程が、ロマンチックで素晴らしいわけです。
さて、ケーリー・グラントの「猫」は、映画の前半では、画面の左側に立っている。歩くとしたら、画面左から右へと歩く。窓の外を見るとしたら、左側に立ち、右下を見る。
誰かと話すシーンでは、いくつかの例外を除いて、「猫」が左側、もうひとりが右側に立っている。

このルールが、娘と出会うあたりから、崩れはじめる。
娘は母親を含めた4人で会話するが、彼女はまず、「猫」が占有していたはずの画面左側のポジションを奪う。彼よりも、娘のほうが左側に座っているのだ。
次に、娘は「猫」を海水浴に誘うため、彼を部屋に呼びつける。そのシーンでは「猫」が画面右側に立っており、娘が画面左側から悠然と歩いてくる。
つまり、娘がペースを握りはじめると、彼女は画面左側を支配するようになる。それまで画面左側に落ち着いていた「猫」は、強気な娘に定位置を奪われてしまった……と考えると、この構図の逆転に説明がつく。


もうちょっと、分かりやすい例をあげよう。
「猫」は、真犯人をつきとめるべく、単身で行動を開始しはじめる。だが、彼の正体を知っている娘は、「猫」を待ち構えていて、強引に運転手役を申し出る。車もお弁当も用意してあるからと、「猫」を説き伏せる。
そのシーンでは、「猫」が左側、娘が右側だ。しかし、あまりに強引な娘の申し出に「猫」が折れると、娘はヒョイと「猫」を追いこして、画面左側に移動するのだ。それはつまり、主客転倒した、娘が主導権を握った……という意味にならないだろうか?

そして、娘がハンドルを握った車は、画面右から左へと疾走する。冒頭、「猫」の車が警察の車を振り切ったときには、画面左から右へと走っていたのに、完全に逆方向となる。
Catch_a_thief_photo僕の分析は早急すぎて雑とは思うが、主人公の立つ位置や向かう方向が、映画の前半と後半で逆転しているのは偶然なのだろうか? 「どっちでもいい」「どっちに立とうが向かおうが、面白さに変わりはない」んでしょうか? だとしたら、「構図」って何のためにあるんですか?

俺は、構図やカッティングに「ぞわっ」と来る人間なので、その真意や秘密に気づかぬまま死んでいくのは、まっぴらごめんなのです。
だから、つねに敏感でありたいし、考えることをやめたくない。

(C)1954 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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