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2017年4月29日 (土)

■0429■

ホビージャパンエクストラ 2017spring 発売中
281156
●バンダイ『スター・ウォーズ』ビークルモデル
●バンダイ『ファインディング・ドリー』クラフトキット
●マックスファクトリー、コトブキヤ、バンダイ、各社の美少女プラモデル
上記のレビューというか、それぞれ「どこか商品として面白いのか、特筆すべきか」分かりやすく書きました。
昨年出た「模型のホメかた。」同様、作例だとか作り方だとかは載っていません。組み立て前のランナー、組み立て途中、塗装していない素組みが、美しく大きな画像で掲載されています。
果ては、説明書とデカールの写真が見開きで載っていて、パーツすら映っていないページもあります。その記事では、キットの説明書のどこがどう優れているのか、何の知識もない人にも分かるよう、丁寧に書いてあります。説明書がなくては誰もプラモデルを組み立てることは出来ないので無視するほうがどうかしているし、記事は「しかし、果たして説明書どおりに組み立てている人はいるのだろうか?」という視点から書かれています。

ようするに、プラモデル・メーカーが「ここをセールスポイントにしたいので、ここを見てください」とアピールしたい点は、ほとんど見ていない。書き手が「ここが凄い」と主体的に感じた部分を、真摯に書く。正攻法のアプローチで、プラモデルという商材の魅力を炙り出しています。
商業媒体のレビュー記事は、だいたいメーカーのアピールしたいポイントだけを列挙してますよね。そして、メーカーの言うことをおとなしく聞くのがライターの仕事だと言わんばかりに、コピペのような記事を量産している人もいます。「います」というか、大多数です。
しかし、僕は知っています。「プラモデルは、もっと面白い!」「メーカーが意図している以上に面白い!」 そんな当たり前のことを、商業媒体は外部に届く言葉で発信してこなかったと思うのですよ。


僕は、自分でキャンプをしたり山登りしたりするわけでもないのに、アウトドア用品の雑誌を買うことがあります。それは単に、文章に豆知識のような面白さが込められていたり、写真やレイアウトが魅力的だからです。アウトドア趣味のない僕にも、ストレートに届くものがある。僕からすれば、雑誌として面白くて美しくさえあれば、アウトドアでも料理でも、何でもいいのかも知れません。ファッション誌もスニーカーの雑誌も、服や靴は買わないけど、眺めていて楽しいから見るわけです。
そういう自由な場所に、模型雑誌は立てていないような気がするのです。表紙に超絶テクニックで工作・塗装された作例が載っていても、そのプラモデルが何をモチーフにしているのか知らないと価値が分からない。そもそも「これはプラモデルです」と書かないと、実車や実機と区別がつかない場合も多い(だから、号によってはカー雑誌の棚に入れられてしまう……)。

それは「本物そっくりに組み立てて仕上げなければ、プラモデルに価値はない」という思い込みに、模型雑誌が数十年ほど縛られてきたためです。だから、外部から来た人に「こんな大変なの、僕には作れない」と敬遠されてしまう。
どんなに大変でも、塗装や工作に面白さを見出した人は、トライするんです。情報がなければ探すんです。エアブラシも試してみたいから買いもするし、練習もします。
だけど、塗装や追加工作は、プラモデルの魅力の一側面にすぎないと思います。
たとえば、あるプラモデル・シリーズの「箱の数字をそろえる」ためだけに、えんえんと買い集めている人がいます。その楽しみ方は間違っているのでしょうか? 「数字をそろえることが面白い」という人に向かって「とにかく作れ! 作るからには塗れ!」と頭ごなしにルールを押しつけ、無理やりレースに参加させてきたのが我々だったのではないでしょうか。


だけど、僕は知っています。プラモデルは「次に何を買おうかな」と考えるだけで、すでに面白い。パーツが多いキットにしようか、たまには大きなものを組み立ててみようか、飛行機にしようか船にしようか、あのメーカーのキットはまだ組んだことがないぞ……と検討するだけで、最高に楽しい。
ヤフオクで単に「プラモデル」と入力して検索し、無造作に羅列され、詰めあわされたプラモデルの写真を見るだけでも面白い。プラモデルマニアが出品しているわけではないので、年代も種類もバラバラなんですよ。こうして書いてるだけで、もうワクワクしてきます。
こういう気持ちになっている僕に向かって、あなたは「ちゃんと色を塗れ」「合わせ目を消せ」と強いるのでしょうか。もうそういうのは飽きたし、好きにやらせてくれってのはナシですか? 「作れない言い訳はやめろ」とでも言うのですか?
たまに、そうした脅迫的空気を感じることがあります。「パーツ数の少ないものから作るといいですよ」と、求めてもいないアドバイスをくらったりもします。塗装や工作の上達を目指すのは、価値観のひとつにすぎないのに、アドバイスした本人は、それだけがプラモデル趣味の楽しみ方だと固く信じているかのようです。

けれども、僕は知っています。買うだけ、選ぶだけでプラモデルは面白い。色を塗らず、メーカーが苦しまぎれに選択した成形色で、へんな配色の完成品になったとしても、むしろそのほうが面白い。そして、「塗るのが楽しみ」だという人に、「塗るな」とは僕は言いません。
今号のホビージャパンエクストラだって、塗装を前提にした評価も載っています。
だけど、最終的に塗るのか、組み上げるのか、そもそも買うのかどうかは別問題なのです。僕が、山登りしないのにアウトドア用品の雑誌を見るのと同じことです。誰かから「見てばかりいないで、ちゃんと山登りしろ!」と怒られたりはしないわけです。いきなり、「初心者はこの山に登るといいですよ」などとアドバイスを投げつけられたりもしないのです。

そういう当たり前の自由さを、プラモデルの世界に広げてあげたっていいじゃないか。
途中で投げ出しても、そもそも買わずに眺めているだけでもいいんじゃないの? 「次は、これ買うぞ!」「あれがプラモデルになったら……」と夢想するだけで面白いって、すごい趣味じゃないですか。みんなで上達だけを目標にした窮屈な世界にしてないか、立ち止まって考えてみてほしいと、たまに思います。

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2017年4月25日 (火)

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月刊モデルグラフィックス2017年6月号 発売中
0000000033332●組まず語り症候群 第54夜
今月は、ゲームズワークショップの「SPIRIT HOST」というプラ製ミニチュアです。
ゲームズワークショップさんのミニチュアを取り上げるのは2年半ぶり、二度目なのですが、あまりこの連載は読まれてないので、新しいプラモデルの形態を紹介するには、適していないのかも知れません。先月の「ハコルーム」も、あまり認識されていないのでは……。


レンタルで、黒澤明監督の『影武者』。
武田信玄亡き後、彼とそっくりの盗人が影武者に仕立てあげられ、屋敷で暮らしはじめる。
Detail_25_main映画がなかばを過ぎたころである。影武者は、信玄の側室二人に左右から囲まれて、酒を飲んでいる。「どうだ、最近のわしは顔が変わっただろう?」と、影武者が二人に聞く。「お顔は変わりませんが、お声が変わりました」「そう言われてみれば、お顔も少し……」と、側室が左右から影武者の顔をのぞきこむ。自分から問いかけておいて、影武者は正体がバレるのではないかと焦りはじめる。
このシーンをどう撮っているかというと……

●真正面から影武者のバストショット。
●右から影武者と側室のロングショット(上の画像)。
●左から影武者と側室のロングショット。

この三方向のカメラから、側室に囲まれた影武者を撮っている。左右から、同じサイズで人物を撮って、会話の途中で、頻繁にカットを切り替える。すると視点が複数になり、影武者が「左右から交互に見られている」ように感じる。ひとつひとつのカットは安定した構図で、ごく当たり前の落ち着いた画である(上記画像のとおり)。
しかし、左右から撮った画を交互に繋ぐと、せわしない動きと時間が加わり、「焦り」が生じる。

ウソだと思ったら、このシーンだけでも見てほしい。信玄をよく知る側室に左右をふさがれ、さらに左右からカメラで撮られることで、影武者の「正体がバレてしまうのではないか?」という焦り、居住まいの悪さが、映画に芽生えはじめる。映像として物理的に捉えることのできない感情を、構図と編集だけで可視化している。


「もはや、ここまで」と腹をくくった影武者は、「わしは信玄の影武者なのだ」と側室たちに明かす。だが、側室たちは信じない。「おたわむれを……」と笑いだす。「いや、本当だ。わしは雇われただけなのだ」と繰り返す影武者だが、やがて側室たちと一緒に笑いだす。
僕は、このシーンを二度見て、二度泣いた。映画の機械的原理(構図とカット)と文学的な描写(セリフと演技)が見事に連携して、十全に「感情」を表現していることに、心打たれた。

なにも、登場人物に共感するから泣くとはかぎらない。表現が、そのメカニズムを十分に生かしている瞬間、人間の知恵と工夫の素晴らしさに感動することがある。芸術を味わうとは、こういう瞬間を言うのではないだろうか。
多くの感動は、おそらく表面に露出した「機能」によって喚起されている。だのに、僕たちは「表層」を見ようとしない。「表層」を無視して、いきなりテーマやストーリーに触れたがる。抽象的な感想を語ることを「答え」だと思っている。小学校で、頭の悪い教師たちから刷り込まれた態度を、何十年も改めようとしない。感覚が鈍磨していることに気づかない。大人になっても勉強しなければ、感覚など鈍って当然だ。

怠惰なくせに、他人の「頭の良さ」には敏感で、嫉妬深い。「努力など無意味」「恵まれているのは一部の天才だけ」と安易なニヒリズムに陥っている。僕らは、手に負えない、救うに値しない矮小な獣に育てられた。
だから、灰色の学校を抜け出して、映画を見る必要があった。暗闇で、得たいの知れないものたちに対峙する必要があった。
曇りのない本当の答えは、汗と泥の中に埋もれていたんだ。
僕は、何度でも思い出す。無限に映画を見る。見ては疑い、疑っては探す。世界を美しくしているメカニズムを、裸眼で直視するために。

(C)1980 TOHO CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

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2017年4月24日 (月)

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アニメ業界ウォッチング第32回:“自分の創作の原点に立ち返りたい”――いま、山本寛監督が「薄暮」をつくる理由
T640_726752孤立無援、徒手空拳でありながらも、決して絶望はしない山本寛監督。今回はクラウドファンディング企画『薄暮』の話ですが、僕自身も震災後に救援物資の搬送や現地の方への取材を行い、あげく『マイマイ新子と千年の魔法』の上映会まで開催してしまった福島県いわき市が舞台……と聞いて、「これは取材させていただくしかない」と、3年ぶりに連絡をとりました。
記事掲載後、支援額が1,300万円を超えました。取材した時点では、700万円でした。この数字の伸びは、「物言わぬ支持者」の存在を示唆していると思うのですよ。


昨日は、17日から一週間にわたって開催されてきた『三鷹在住の漫画家 宮尾岳 複製原画展』の最終日でした。
14時からサイン会で、宮尾先生と約束した13時に三鷹コラルに行くと、すでに閲覧用のファイルにセル画を整理されているところでした。「セロテープと貼っても剥がせるテープがあればなあ……」とおっしゃるので、コラル三階まで買いに走りました。

あとは、『アオバ自転車店へようこそ!』最新刊の表紙に書かれている自転車のオーナーさDscn3883んが、コレクションを二台も持ち込んでくださり、コラルの方が周囲にチェーンを設置するのを手伝ったり……。
そうこうするうち、サイン会を主催する啓文堂書店さんがお客さんを整列させるためのテープを床に貼ったり、ネームを記したノートを設営したり、サインをするのに疲れないような当て木を用意したり、飲み物とコップを並べたり……と、プロの仕事を見せてくれました。
人員整理は僕がやらないといけないのかと思い込んでいたので、整理券順にお客さんを呼ぶ段取りの見事さに、安堵感をおぼえました。


もうひとつ、「展示しなかった複製原画をプレゼントにしよう」と提案したら、宮尾先生がDscn3951ご自分でジャンケン大会を始めたこと。これも、僕が「自分でやらないとダメかな」と思っていたので、先生のコミュニケーション能力の高さに、感服させられたのでした。
サイン会では、少年画報社の方たちがサポートについていたので、僕は写真を撮りながら、ブラブラしていられました。
こんな風にして、さまざまな方面からプロが集まって、何十人というお客さんの集まった会場を取り仕切って、誰もが不愉快な思いをすることなく、笑顔で晴れた日曜日を楽しむことが出来たのです。

一時間半後にサイン会が終わると、関係者の皆さんは4階の飲食店街の「柏や」さんで、休んでいました。僕は席がなかったので、いちど帰宅して、18時からの撤収作業へ向かいました。
そのとき、展示会のデザインと施工を担当してくれた「もくきんど工芸」の方が、「お疲れさま」と笑顔で肩を叩いてくださいました。その瞬間、「自分の仕事を、ちゃんと終えることができた」と実感して、一年ほどかかった準備の日々を想起しました。


お客さんとして訪れてくれたレナト・リベラ・ルスカさんが、僕が取材をうけた番組(J:COMチャンネルの「デイリーニュース 武蔵野三鷹」)の画面を、撮影してくれました。
Camw_vyaal_p9この取材の日は、たまたま宮尾先生が三鷹にいなかったので、やむなく僕が対応しました。地元だからこそ、フリーランスだからこそ発揮できる機動力です。
そもそもの発端は、三鷹駅前でアニメやマンガのイベントをできないか?と、地元の市議会議員に相談したことでした。その日、議員は三鷹コラル商店会の理事とアポをとっていて、引き合わせてくださったのでした。

何度か打ち合わせするうち、宮尾岳先生の名前を僕から出して、「連絡をとってみましょうか?」と提案しました。それが、一年ぐらい前です。先生とお会いするうち、イメージキャラクターや原画展の話が持ち上がり、少年画報社に連絡して、先方へ打ち合わせに行ったら、地元側から「そんなに性急に事を進めないでほしい」と、ストップがかかりました。
地元側の体制を固める間、半年ぐらいブランクがあったと思います。「予算が確保できそうなので、地元向けの企画書を書いてほしい」というオーダーがあり、そこから再始動です。


宮尾先生と少年画報社の担当者と再会し、「三鷹のことを描いた『アオバ自転車店へようこそ!』特別篇を描きましょう」「これから描くとなると、ちょうど開催時期に掲載誌が発売されますから」という話がまとまり、ネームを送っていただき、どれぐらいのボリュームの展示会になるか考えます。
三鷹コラルさんは「20枚は展示できる」と言います。僕としては、モノクロ原画だけでなく、カラー原画も展示したい。コラルさんは「三鷹の風景を描いた絵なら、写真と対比させたい」とおっしゃいます。では、写真はいつ誰が撮るのか、検討します。
カラー原画については少年画報社さんに相談し、複製原画を受けとりに行く日時も決めます。

どんどん時間がなくなっていくので、デザインをしてくださる「もくきんど工芸」さんとお会いして、少ない時間と労力でベストな形になるよう、図面を見ながら仕様を決めます。誰に何を見せたいかでデザインが決まるので、余計を要素を落として、どんどん決断していきます。
その翌日、宮尾先生とお会いして完成原稿のPDFを見ながら、16枚の原画と4枚のカラー原画を選び、それぞれ解説をお聞きして、すべてのコメントを録音します。

帰宅してすぐ、録音データを聞きながら、展示する原画に合わせてテキストを書き起こしていきます。宮尾先生からお借りしたロケハン写真があるので、それも原画と対応させてラフを作成します。いつも、本業でやっていることなので、要領はつかんでいます。その日の夜、宮尾先生に原稿を読んでいただき、赤字を反映させた完成テキストを「もくきんど工芸」さんに送り、パネルを作っていただきます。
Dscn3721_257316日夜、設営作業に立ち会いました。
しかし、パネルが出来るまでの間、送信した画像データの確認だとか、新たに加える要素はないのか等、ひっきりなしにやりとりが続きます。設営時には、写真があるパネルを2Fに、それ以外は4Fに貼るよう、お願いしました。人通りの多い2Fに三鷹の写真を貼ったほうが、地元の方の興味を呼べるからです。
……こうして思いかえすと、中学や高校で熱心に取り組んでいた文化祭に似ているのかも知れません。

僕自身は、何か創作できるわけではありません。だからこそ、創作できる方に、強いリスペクトを感じるのです。その気持ちが、原動力になっているのではないでしょうか。
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2017年4月22日 (土)

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立川シネマシティで、『キングコング: 髑髏島の巨神』。
640僕たちはもう、何が出てくるか分かりきっているSFX映画に、文脈を期待できないのかも知れない。『ジュラシック・ワールド』は、テーマパークなので、島に行けば恐竜が鑑賞しやすいポジションで待ってくれている。物語内の設定がどうとか言うより、映画としてストレスを感じさせないよう、プロット上の段取りを省いているかに見える。
『フォースの覚醒』では、30年も昔に使われていたミレニアム・ファルコンやXウィングなどが、「お客さんの要望に応えて」何の説明もなく登場した。
3Dや4DXにお金を払って「娯楽映画なのだから細かい理屈はさておいて」とレビューに書きたい観客にとっては、文脈をすっ飛ばしてモンスターやメカニックが出てきたほうが有難いのだろう。

『キングコング: 髑髏島の巨神』では、巨大クリーチャーたちが、拍子抜けするぐらいストレートに現われる。コングは、どこで寝て、どこをどう歩いて生活圏を獲得しているのだろう? そもそもエサはどうしているのか? 突如として海から這い上がってくるが、島の周囲は、そんなに深い海ばかりなのか?
たとえば、宮崎駿という人は、「ここからここまで歩くのに、これぐらいの時間が必要」と、いちいち考えながら「娯楽映画」をつくってきた人だよね。宮崎アニメを見て育った人が「娯楽映画なんだから、細かい理屈は置いといて」などと虫のいいことを言っているのを見ると、軽い虚無感をおぼえる。(もちろん、宮崎アニメを好きとか嫌いとかの問題じゃない。)


さて、『キングコング: 髑髏島の巨神』で、僕らはハイエンドなCGを目撃しに来たはず。
この映画を観にいく動機も結果も「すごいCGを見た」に尽きる。その「見る」という映画の外側の行為を、ブリー・ラーソンの演じる戦場カメラマンが、映画の内側でトレースする。
640_1彼女はカメラを手に、島の原住民や第二次大戦からの生き残り軍人などにカメラを向ける。モンスターには、たった一度しかカメラを向けていない。つまり、彼女だけが観客とは違う視点をもっている。彼女のセリフは多いとは言えないが、モンスターではなく人間を見つめつづける、撮りつづけることで、ドラマが発生している。

この映画のラストは、キングコングの勇姿で終わっているけど、エンドロールが流れはじめると同時に、第二次大戦中に島に流れ着いた老人が、十数年ぶりに実家に帰るシーンが16ミリ・フィルム風の荒れた映像でインサートされる。老人は、夢に描いたとおり、ビールとホットドッグを手に野球の試合を見ている――このドキュメンタリックなシーンが無理なく成立しているのは、ブリー・ラーソンが彼の写真を撮るシーンがあったからだ。
「物事の最前線でカメラを構える」行為が、「16ミリ・カメラで撮ったような自然な映像」の質感に、きれいにバトンタッチされている。
つまり、「島に流れ着いた老人がアメリカに帰宅する」傍流のプロットだけが、しっかりと文脈を保っている。見世物映画としては、あってもなくてもいいようなプロットなんだけど、「見る」描写の積み重ねから人間臭いドラマが生じていく過程には、感動させられた。


レンタルで、押井守監督の『ガルムウォーズ』も観た。
640_2CGがバレバレだと言われるだろうけど、たとえばミニチュア特撮映画を撮りたい人は「本物みたいだ」ではなく、「凄いミニチュアだ」と言ってほしいんじゃないかな。
『ガルムウォーズ』は企画当初、ミニチュアもCGも使うハイブリッドな作品だったと聞く。だったら、冒頭の戦闘シーンは、CGバレバレぶりを楽しむのが正解なんだろう。あんな奇想天外なデザインやギミック、本物と誤認させられるわけないんだから。

同じように、キャラクターたちの甲冑も『紅い眼鏡』のころと変わらない、一点豪華主義だと割り切って見るべきだと思う。「お金かけて甲冑を作ったんだから、後は見逃してくれ」ってスタイルは、ぜんぜんアリ。それとは別に、第三章の森の中のシーンは、人工的な美しさに溢れていて、ちょっと陶然とさせられた。
水面に木々が映るカットなんて、まるでタルコフスキー。この手の低予算SFX映画で、水面のアップなんて普通は撮らないじゃん。そこに「SFXとコスプレが売りの映画だけども、映画としての自我だけは保ちたいんだ」という押井監督のアテイテュード、彼の美学や矜持がギッチリと込められているように感じた。
(C)2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC., LEGENDARY PICTURES PRODUCTIONS, LLC AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED
(C)I.G Films

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2017年4月20日 (木)

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1973年のイングマール・ベルイマン監督作品『叫びとささやき』を、レンタルで。
Viskningarochrop19721 このスチールのような、床も壁も赤い屋敷の中で、三姉妹の幸せとは言いがたい人生の結末が描かれる。
フェードアウトもフェードインも、黒ではなく赤い画面に被写体が溶け込んだり、出てきたりする。この映画の世界は、ベースに赤い色がある。黒ではない。(当然、タイトルバックも赤である。)
人物が赤い壁をバックに立っていると、俳優の眼の隅や唇の赤みが気になってくる。つまり、壁や床の赤色は血の色なのではないか……と思いはじめた矢先、人物のひとりが、自分の体をガラス片で傷つけて、血を顔に塗る。もうひとつ、腹にナイフが刺さって、シャツが血に染まるシーンもある。
もし、背景が普通の屋敷だったら、これらの流血描写は、何らの象徴性も帯びなかっただろう。

流血シーンと考えあわせると、この屋敷の壁や床は、皮膚をはがした生肉の世界、「内側」の世界と捉えられる。医者と不倫している次女の回想シーンで、彼女は赤いドレスを着ている。その頃のほうが内面に忠実に生きていた……という暗喩に受けとれる。それを敷衍する、医者のセリフもある。
映画の9割を占めるのが赤い「内側」の世界だとしたら、まだ母親が生きていたころ、三姉妹が仲良くしていたころの回想シーンが庭や林の中といった「外側」であることに、意味が生じる。「あの頃は、みんなが幸せだった」という文学性が、セット/ロケといった撮影手法によって、初めて加わるような気がする。

僕は、映画の表層、「何が眼に見えているのか」を、もっと語るべきだと思っている。映画は面と時間によってしか成立できないからだ。


立川シネマシティで、『夜よ短し歩けよ乙女』。
以前にも書いたように、押井守監督は自作『うる星やつら オンリー・ユー』を「でかいテレビ」だと感じて、『ビューティフル・ドリーマー』で心機一転した。テレビ・フォーマットから始まって、どうすれば「映画」に着地できるか、総集編以外の経路からアプローチした。
それには「(実写)映画」に対する洞察力が欠かせなかったんだと思う。アニメ映画は、数ある映画ジャンルのひとつに過ぎないのか。それとも「アニメ映画」の中に、もっと多くのジャンルがあるのだろうか? (ここでいうジャンルとは「日常系」とか「ファンタジー」って意味ではなく、止め絵とモノローグが延々と続くだけのような実験性の高いアニメも「アニメ映画」に含まれるのか?という形式の問題。)


ひょっとして、絵柄やキャラデがどうであれ、日常芝居の巧みな一部のアニメが、「劇映画」の仲間入りをさせてもらっているに過ぎないのかも知れない。
だとしたら、それはそれで真摯に受け止めないといけない。「アニメだからって差別するな」というスタンスは無力なので、実写映画に匹敵するような「質」と「密度」を、作画や演出で獲得しなくてはならない。
上映時間を90分~120分に設定したから、何でもかんでも「映画になる」とは、僕はまったく思わない。上映時間に見合った設計が必要だと思う。監督がのほほんと作っていても、プロデューサーにパッケージングのセンスがあるとか、製作委員会の誰かが「これでは映画にならない」という問題意識をもっていないと、「なんとなく、上映時間をアニメ絵でつぶしました」という事態に陥ってしまう。

『君の名は。』の場合、仮に新海誠監督が「いつもの調子」でつくっていたとしても、川村元気というプロデューサーが東宝系の映画館を空けさせるだけのキモ、セールス・ポイントをつかんでいた。新海作品は「質的に映画になり得る」と、彼は確信していたんだろう。
だけど、そういう確信をつかんだうえで、自覚的にアニメ映画がつくられる例は、まだまだ少ない気がする。
(C) 1972 - Cinematograph AB

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2017年4月17日 (月)

■0417■

Febri Vol.41 明日発売
10437175a●Febri Art Style
今回は『リトルウィッチアカデミア』の美術監督、野村正信さんにインタビューしました。
美術ボードだけでなく、初期のコンセプト・アートも掲載させていただきました。


いくつかの原稿、宮尾岳先生の原画展準備、どちらも一段落したので、新宿ピカデリーで『ゴースト・イン・ザ・シェル』。
640_2士郎正宗さんの『攻殻機動隊』の映画化ではなくて、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の実写化。ラストには、川井憲次さんのあのテーマ曲が流れるので、オマージュとか、そういうレベルではない。

クゼというキャラクターが出てくるけど、『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』は関係ない。人形使いの立場を占めるオリジナル・キャラクターが、たまたまクゼって名前なだけ。(素子と出自が近いという点では、確かにクゼなんだけど……果たして、そこまで考えてるのかな?)

アクション・シーンのカット割りばかりか、ビルの谷間から見上げる飛行機のシルエットなんていう、押井監督オリジナルのレイアウトを丁寧にコピーして何がしたかったのかというと、ようするに「95年の『GHOST IN THE SHELL』のクールなアクションは絵に過ぎなかったけど、あれは俳優とCGを使った実写映画として残すべきだよね」程度の動機だと思う。
2D作画の日本のアニメは、しょせんはマイナーであって、「カートゥーンのくせに暴力や裸が出てくるなんてクールだよな」という受け方をしているのであって、電脳空間に流れる情報の海から生命が生まれるなんて文学パートは、やっぱり見てなかったんだなあ……と、ちょっと苦笑してしまった。

原作や劇場アニメのドラマツルギーは継承されてなくて、「私の身体は機械かも知れないけど、心は人間」みたいなモノローグが入って、公安9課の戦いはまだまだ終わらない!という頭の悪いポジティブなラストは、ちゃんとハリウッド娯楽映画になってるじゃん?と、それほど悪い気持ちはしなかった。


士郎正宗さんの『攻殻機動隊』は、電脳化や義体化を積極的に受け入れる楽観さがあって、ドラッグやセックスの描写に嫌悪感をおぼえつつも、「とても尖った価値観だな」と圧倒されもした。
続編の『攻殻機動隊2』は、突き抜けた楽観性が、より加速しているような気がした。なりふり構わぬ快楽至上主義が、芸術的なまでに下世話なエロを追求した『PIECES』に繋がっていくんだろう。 

電脳とか義体というアイデアは30年前のものなんだけど、その設定を使って人間が際限なく快楽を求めたり、無限の利便性に甘えきる泥沼のようなパラダイスを描いたから、いまだに『攻殻機動隊』は新しい。というより、誰も『攻殻機動隊』の価値観を刷新していないというだけの話。
いつもいつも、映像作品では「機械の身体より生身のほうが尊いに決まっている」「テクノロジーの発達に振り回されてはいけないのだ」という保守的なヒューマニズムに陥ってしまい、今回の『ゴースト・イン・ザ・シェル』も同じであった。
プロデューサーのひとり、マイケル・コスティガンは、あのハードコアな『悪の法則』を製作しているんだけど、今回は発言権が弱かったのかな。

アニメはともかく、日本のマンガって、おそろしく先鋭的なんだと思い知らされた。それを実感できただけでも、新宿ピカデリーに行った価値はあった。
(C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.

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2017年4月15日 (土)

■0415■

4/17(月)~4/23(日) 宮尾岳 複製原画展 開催!

17796561_1940561366172667_6280010_2 「ミタカ・クリエイターズ・エキスポ 2017春」として、三鷹在住の宮尾岳先生の複製原画展を開催します。場所はJR三鷹駅南口すぐ、三鷹コラル()です。2Fと4Fに、計20枚の複製原画(『アオバ自転車店へようこそ!』最新話数)を展示します。それぞれの原画には、宮尾先生の解説コメントがつきます。
入場無料。

また、23日(日)の14時から、宮尾先生のサイン会を2Fロビーにて開催します。整理券は、3Fの啓文堂書店さんにて配布中!
原画展では、宮尾先生のデザインした「三鷹コラルのイメージキャラクター」も初公開します。


シン・ゴジラWalker 完全形態 発売中
一冊目がとても売れたそうなので、二冊目にもコラムを書いています。
映画『いまを生きる』のラストシーンから、話を始めています。

【懐かしアニメ回顧録第29回】セルと3DCGとの共存は可能なのか? OVA「青の6号」が混沌のすえに獲得したテーマとは?
『青の6号』後半は、海に住む異界のクリーチャーたちとの共存がテーマとして浮上していきますが、それは3DCGという異物を抱えながら制作していたがゆえに表出したのではないか、という論旨です。異質な制作状況が、逆にテーマを絞り込んでいくこともあるのではないか、と思います。
それは『青の6号』を好きとか嫌いとかいう次元の話ではなく、この時代、この作品に固有の価値です。どんな作品にも、必ず固有の価値があります。それを発見し、伝えられる人間になりたいと思っています。


レンタルで、韓国映画『オールド・ボーイ』 。
Oldboyhammer旅先に持っていった本に、カット単位で演出を詳述してあったので、気になっていた。その本には映画の「あらすじ」はラストまで記してあったが、それでスポイルされるものなど何もない。「どのような手段で語っているか」に集中して観ることができた。それぐらい、明示的・暗示的な「意図」が散りばめられた映画。

復讐鬼となった主人公が、あちこちに敵の手がかりを求め歩く。彼の背後で、ドアが開く。ドアに付けられたベルが「チリン」と鳴る。直後、自転車のハンドルに付けられたベルが「チリン」と鳴るショットが、インサートされる。
それを合図に、回想シーンが始まる。少女が自転車に乗って、校庭を走っている。まだ中学生の主人公が、鉄棒にまたがって、彼女を見ている。彼は、鉄棒に逆さにぶらさがる。上下が逆になった絵で、校庭を走る少女の姿が見える。


このような美しい反復が、あちこちで繰り返される。なので、「あらすじ」は反復の中に埋もれて、見えづらくなっている。「あらすじ」は、いくつもの反復を着火させるための導火線でしかない。
反復の中に、小さなドラマが線香花火のように、咲いては散っていく。その演出効果をひとつひとつ記していったら、確かに一冊の本になってしまう。

『オールド・ボーイ』はカンヌ国際映画祭で、審査員特別グランプリを受賞した。特に、タランティーノが絶賛した。タランティーノが好んだことが、ひとつのバロメーターになる。ほとんどの映画は、自分が映画であることに無自覚だけど、彼の愛する映画は観られることを意識している。どのように映画文化の中に受容されたいのか、自覚している映画が多いように思う。
タランティーノは、やたら映画ランキングをつけたがるので、彼の好みをガイドラインに観ていくのも面白いかもしれない。

(C)2003 SHOW EAST

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2017年4月12日 (水)

■ケアンズ旅行記-9■

■4/7-2 RED ROOSTER
タクシーに乗るには、ケアンズ・セントラル前か、リーフ・フリート・ターミナル近くのカジノ前に行けば、たいてい止まっているという。確かに、カジノ前に一台、止まっていた。
Dscn3451_2036
しかし、タクシーにしておいて良かった。市内を30分ぐらい走った、とんでもない場所に最後のホテルは建っていた。奥に見える山が、おそらくキュランダであろう。
ホテルとケアンズ・セントラルの間に、小さな循環バスが通っている。バス代は片道5ドルである。とりあえず、ホテルの周辺に食事できる場所はないか、探す。

信号を渡った向こうに、RED ROOSTERという看板があった。ファストフード店のようだ。店内では、子供をたくさん連れたお母さんがにぎやかに食事していた。
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チキン・ハンバーガーとスパークリング・ウォーターで、9.28ドル。
ここのおばちゃん店員が、アボリジニ……ではないと思うが、色が黒くて、しっかりした骨格をしていた。とても親しげで、感じのいい人だ。

店はここだけか……と思っていると、大きなショッピング・モールがあった。
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店内には、美容室まである。地元民のための店で、ホテルの客らしき人は見かけない。
フードコートや寿司屋、スーパーもあるので、夕食はここで調達できそうだ。とりあえず、ビールを買って、部屋に戻る。

■4/7-2
昼ビールをやりながら本を読んでいるうちに、うとうとと眠ってしまった。
誰かがドアをノックして、合鍵であけて入ってきたので、びっくりした。色の黒いお姉さん従業員が、「誰もいないと思ってたんです、すみません」と、親しげな笑顔で謝る。コーヒー用のクリームを部屋に置きたいのだという。まったく怒る気になれない。やはり、人間の笑顔は最強である。

夕方、ふたたびショッピング・モールへ行ってみた。フードコートは、どこも材料を切らしていて、開店休業状態だった。スーパーにも、めぼしい食品はない。爪切りとヒゲを手入れするためのハサミを買った。本屋で、模型雑誌などを見てみる。
それから、再びRED ROOSTERへ行く。さっきのおばちゃんが「Hello again.」と笑ってくれる。いちばん大きな、チキン・メガボックスをテイク・アウトで。
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このとき感心したのは、ドリンクを選んでレジの近くに置いておいたら、おばちゃんが「温まってしまったから」と、冷蔵庫から新しいドリンクを取り出したこと。こういう小さな気づかいに触れているうち、僕の人間観が良い方向へ向かっていくような気がする。

残ったビールで、チキン・メガボックスと格闘していると、またしても壮絶な雨。うっかりケアンズの中心街に出かけなくて、よかった。

■4/8
なるべく早く空港へ向かいたいので、朝5時に起床。バスタブに、たっぷりのお湯を入れる。
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(ホテル前の朝焼け)
朝食は6時半から。7時の循環バスに乗りたいので、ちょっと早めにカフェへ行ってみる。朝食代は宿泊費に含まれているのに、フィッロイ島のホテルを上回るぐらい豪華。温かいメニューがいっぱい。コーヒーも、美味しかった。

ホテルの前でバスを待っていると、中国人観光客が写真を撮りあっていた。それはいいんだけど、「痰を吐かないでください」「煙草を吸わないでください」と中国語で注意書きが出ているのに、中国人のオッサンたちは思い切り痰を吐き、煙草の吸殻をそこらへんに捨てていた。
サービスの行き届いたホテルなのに、残念だ。

循環バスには、僕ともうひとり、日本人女性が乗った。運転手も日本人で、女性客と話していた。彼女は昨日はグリーン島へ行き、今日は市街で買い物してから、空港へ向かうのだという。運転手の男性が、とても優雅で丁寧な話し方をするので、すっかり感心してしまった。
ケアンズ・セントラルで下車し、タクシーに乗り換えて空港へ向かう。
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朝の10時だけど、一本だけビールを頼む。俺の旅行なんだ、最後ぐらい好きにさせてくれ。ビールとローストビーフ・ロール。

今回は初めて、行きたい場所ではなく、「近い」「安い」という理由で旅行に出た。
仕事に追いまくられ、旅程もホテルもバタバタで決めた。事前の確認不足と勘違いのため、余計な不安に陥った。だけど、人に救われた。
楽観と悲観の使い分けを、学んだような気がする。どんな目に遭おうと、僕は海外にいるときの自分が好きだ。今度は行きたい場所をしっかり目指して、できれば秋ぐらいに出かけたいと思っている。最後までお読みいただき、ありがとう。

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■ケアンズ旅行記-8■

■4/6-1 HOT BREAKFAST
フィッツロイ島、二日目。ひょっとして、朝焼けの海がすごいのではないかと外へ出てみたが、陽は山側から登るので、そういうことはなかった。Dscn3408_2115Dscn3409_2116Dscn3411_2118

朝食は、ホテルで別料金を払わねばならない。CONTINENTALが大人19.50ドル。HOT BREAKFASTが、27ドル。それなりの値段なのに、とりたてて美味しいわけでもない。Dscn3406_2113
卵料理はスクランブルエッグか目玉焼きを選べるのだが、目玉焼きが美味しくない、注文が面倒、自分で取りに行かないとダメ……。
特に良くないのは、CONTINENTALを選んだお客さんは、自分で注意して料理をとらねばならない(うっかり、HOT BREAKFASTのメニューをとってしまわないよう、注意せねばならない)。製造側のコストを、お客さんに負担させているところ。

夕食はバーでとろう、明日の朝食は自分で調達しようと誓って、島の西側にある灯台までの山道を登るために出発する。

■4/6-2 山道
山道は、どのガイドブックでも、現地でもらうパンフレットでも薦められている。
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朝9時ぐらいに登りはじめたのに、山を降りてくる人が何人もいる。一周5時間かかるはずなのに、なぜ? 白人の男性がすれ違いざま、「歩くのはキツいぜ」と苦笑していたので、やっと分かった。
みんな、坂道が苦しすぎて、途中で引き返してくるのだ。僕も「これは死ぬな」と悟り、引き返した。すれ違いに登ってくる若い男女は、すでに息を切らして死にかけていたので、僕からは「上の看板を見たら、引き返せ」とだけ言っておく。

一日ツアーの客が山道へ向かっていったが、絶対にやめたほうがいい。

泳げるわけではないので、砂浜でボーッとする。ほかにもボーッとしている人たちが何人かいる。
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しかし、たちまち雨になる。ホテルで雨宿りして、そろそろ止んだかと思うと、今度は叩きつけるような土砂降り。屋内の卓球やゲームセンターで遊んでいる人たちが、何人かいた。
プールサイドで休む客のために飲み物を出す店で、缶ビールを買おうとした。すると、プールサイドを閉めるから、ウチも閉店だと断られる。なんとなく、全体にこのホテルには愛情がない。

レストランの前には、ディナーについては「要予約」の看板が出ていた。この看板を見ずに、いきなり夕食に来た客は空腹のまま、朝まで待つことになる。こういう態度には、いろいろ考えさせられる。

■4/6-3 Foxy's Bar
まずは、明日の朝食のために、土産物屋でミネラルウォーターとサンドイッチを買い、ホテルの冷蔵庫に保存しておく。
まだ早い時間だが、バーでビールを飲む。夕陽は望めそうもないので、山側に奥まった席で読書する。
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土砂降りなので、少年たちが店内のビリヤードで遊んでいる。このバーは居心地がいいので、ついつい長居してしまう。
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すでに夕方のディナータイムである。たぶん、店でいちばん高いビーフステーキを頼む。ビールも、もちろん追加で。合わせて、42.90ドル。猛烈に美味い。

この店には、ヒゲの青年とスラリとしたお姉さんが客の相手をしていて、僕は青年と接することのほうが多かった。なんとなく、お姉さんは冷たそうな気がしていた。
ところが、僕がビールのジョッキとお皿を片づけようと運んでいたら、「Thank you so much.」と、素晴らしい笑顔で受けとってくれた。「Would you like~?」と聞かれたが、後半が聞き取れなかった。何だろうな。ビールを薦められたのだろうか。なにか社交辞令だろうと思い、聞き返さなかった。

ともあれ、フィッツロイ島に行く人には、「ホテルから離れたFoxy's Barなら、丸一日、気軽にすごせる」と、お勧めしておきたい。店で何も買わずに座っていても、まったく怒られない。晴れていれば、見事な夕陽が楽しめる。

■4/7-1 フェリー
朝9時半のフェリーに乗りたいので、早起きして、冷蔵庫にいれてあったサンドイッチで朝食。しかし、カチコチに凍っていた。
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天気はよくない。降ったり止んだりである。
フェリーについては、前日にレセプションで話して、無料で乗られると確認してある。しかし、チェックアウト時に、とんでもない金額をとられた。カードで支払ったが「?」と思って、レシートを確かめる。なんと、宿代であった。予約時に支払済みと思い込んでいた。
Booking.comで予約したのだが、現地で支払えとは一言も書いていない。これは結構、怖い。

桟橋では、前々日にフェリーの乗り方を説明してくれた青年が待っていた。彼の笑顔は、本当に素晴らしい。人間、笑顔がよければ、何でも乗り切っていけるような気がする。
そして、このフェリーには、なぜか子供の従業員がいる……。大人のスーツケースを、どんどん船に積み込んでいる。それを見ていた白人のお父さんが立ち上がって、子供従業員を手伝いはじめた。それを見ていたお父さんの子供(10歳ぐらい)も立ち上がり、一緒にスーツケースを運びはじめた。ハゲのアジア人が入り込む余地はなかったが、それは人間を好きになれる、美しい光景だった。

フェリーの露天席には、その親子連れのほか、老夫婦と若いアベックがいた。やや遅れて、70歳ぐらいの老人がひとりで乗り込んできた。彼がいちばん、僕に近い。
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出航時には晴れていたのに、たちまち強い雨となる。ともあれ、無事にケアンズに帰りついたので、最後のホテルに向かう。

(つづく)

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■ケアンズ旅行記-7■

■4/5-1 チキン・タンドリー・ロール
前日の夜は、ピザとポテトチップ、ビールを部屋で飲食し、すっかり油断したまま眠った。
リーフ・フリート・ターミナルは8時に開くので、スーツケースをガラガラと引きずりつつ、7時前にホテルを出た。フィッロイ島行きのフェリーは、9時に出発する。
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雨が降っているので、荷物と傘で両手がふさがっていたが、なぜか苦に感じない。

受付の前で待っていると、アイドルのように可愛らしいアジア人の女性社員が「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りながら駆け寄ってきた。「あと15分ぐらいで開きますから、待っててください!」と、えらく申し訳なさそうな顔をする。
難なくフェリーの往復代、77ドルの支払いを終え、チケットを受けとった。僕の予約したフェリーは、日帰りツアー専門だ。ちょっと無理を言って、二日後の夕方に帰れるようにしてもらったのだ。
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油断しているので、チキン・タンドリー・ロールで朝食をとる。店員のお姉さんの、スラリとした脚に見とれる。雨は、降り止まない。

■4/5-2 悪天候
僕は、日帰りのツアー客たちと一緒に、フェリーに乗った。「スーツケースはエンジンの上に置いてくれ」と言われる。こんな大きな荷物を持っているのは、僕だけだ。
フィッツロイ島までは、50分ほどだと聞いている。船は、荒波にもまれながら進む。ようやく陸地が見えてきた。意外と、建物が多い。ホテルが一軒しかない孤島のはずだが、かなり都会っぽい雰囲気だ。
それもそのはず、フェリーは悪天候のため、ケアンズまで戻ってきてしまったのだ。ツアー客たちは払い戻しを受け、ランチを受けとって、苦笑しながら帰っていく。だが、僕はどうなる?

窓口でホテルのバウチャーとチケットを見せると、さっきのアイドル顔の社員が口に手を当てて、顔面蒼白になって、あちこちに電話をかけまくった。
鍛えられた肉体のお兄さんが裸足で現れ、僕のスーツケースを運んでくれる。シャワーのような雨の中、「すばらしい天気だね」と笑う。そのお兄さんに着いていくと、別の会社のフェリーが出港するところだった。これでフィッツロイ島まで運んでくれるらしい。

■4/5-3 フィッロイ島
何がどうなっているのか、フィッロイ島に着くと、ウソのように雨があがっている。
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ホテルは、桟橋を渡ったところにあった。
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映画館や、ゲームセンターもある。
ただし、僕の部屋は少人数用で、窓は山側を向いている。大人数用の部屋は、海側にベランダがある。とりあえず、ホテルから砂浜へ出てみる。
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小さな土産物屋があったので、そこでジンジャービールとサンドイッチを買った。カードで買うことが出来た。さらに林の奥へ進むと、酒や軽食を出すバーがあった。「海の家」のような店だ。
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そのバーでは、飲み物を前に読書している女性がいた。なるほど、そういう時間の過ごし方もあるのか。

しかし、僕は島の東側に伸びる、シークレットガーデンという小さな小道を歩いた。
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道の奥には、小さな滝があった。まあ、こんなもんだろう。もう一本、ヌーディビーチという小さな砂浜へつづく道があったので、そっちも歩いてみた。
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少しずつ、陽が出てきた。泳げるわけではないので、さっきの女性のように、ぼんやりと読書するのもいい。
ホテルに帰ろうとすると、フェリーが泊まっていた。帰りは夕方まで待たずに、あれを使うことは出来ないだろうか? 桟橋で雑談している従業員に「ホテルの客ですけど、その船に乗れますか?」と聞いてみた。
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とても気さくな笑顔のヒゲの若者が、「乗れるはずですよ。9時半と12時半と5時半にフェリーが出るから、先にレセプションに申し出てね」と、ハキハキと説明してくれた。 

■4/5-4 夕陽
いちどホテルの部屋に戻り、ふたたび海岸を歩き、バーに着いた。
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特大サイズのビールを飲みながら海を見ていると、夕陽が周囲のものを彩りはじめた。まだディナータイムではないそうなので、僕は砂浜に降りた。
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こんな写真では、何も伝わらないと思うが……雲の立体感が、すごかった。二層三層に折り重なっていて、いつまで見ていても飽きない。18時になったので、バーに戻って、さらにビールの特大サイズと軽食を頼んだ。ヒゲのお兄さんが、とても気持ちいい対応をしてくれる。安堵のため息とともに、「来てよかった」という言葉が、口をついて出た。
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酔っているので、この写真は手ブレている。Dscn3392_2102
刻々と色相を変える空を撮っていたら、きれいなお姉さんが「いい景色よね」と声をかけてきた。しかし、彼女は恋人と一緒であった。その手のロマンスは僕の人生には起きないし、もう必要ないのかも知れない。

真っ暗になった海岸を歩くと、くっきりとオリオン座が見えた。椰子の木の間からも、星が光っている。日本で、もっと多くの星がきれいに見える場所を知っている。だけど、南国で軽薄に酔っ払った僕には、十分すぎるほどの美しい星空だった。
まだ寝たくなかったが、廊下で従業員のおじさんにぶつかってしまうほど酔っていたので、おとなしく眠ることにした。

(つづく)

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2017年4月11日 (火)

■ケアンズ旅行記-6■

■4/4-2 リーフ・フリート・ターミナル
キュランダからのバスは、ケアンズ・セントラルに着いた。
何はともあれ、予約してあったホテルまで歩く。友人がくれたケアンズのガイドブックの地図が役立ち、まったく迷うことなく40分ほどでホテルに到着。とりあえず荷物をあずけて、14時にチェック・インできると言われる。それまで、2時間もの間、時間をつぶさねばならない。
ちょうどいい、フェリー会社のあるリーフ・フリート・ターミナルまで歩いてみよう。その前に、ケアンズ・セントラル内のATMで現金が引き出せるか、試してよう。

ケアンズ・セントラルは、市内でもっとも大きなショッピング・モールだそうだ。日本人客も多いので、ここのATMなら信用できる。
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ところが、ATMに挿入したカードが戻ってこない。案内所でカードが機械に飲み込まれたと申し出るが、「カード会社に電話して」と繰り返される。もう、何も驚かない。今回の旅は、こういう運命なのだ。

ケアンズ・セントラルから、港にあるリーフ・フリート・ターミナルまでは、20分ほどらしい。地図のおかげで、迷わず歩けた。
予約してあるフェリー会社の窓口で、もう一枚のカードを差し出し、使えるかどうか試してほしいと頼む。……使えない。このカードには対応していないのだと言う。フェリーが出るのは明朝だ。さて、どうする。5千円札をドルに両替すれば、少しは前に進める。
翌朝、フェリーをあきらめて空港へ向かうにしても、バスぐらいには乗られるだろう。

■4/4-3 JTBケアンズ支店
リーフ・フリート・ターミナルからホテルへ向かう途中、「JTBケアンズ支店」が目に入った。ここならJPYをAUDに両替してくれる。窓口にいるのは、日本人の女性ばかりだ。
さて、5千円を両替してほしいと申し出てみるが、両替は一万円単位なのだという。やれやれ、ダメか……と肩を落として帰ろうとすると、「まあ、お座りになってください」と呼び止められる。その一言が、起死回生のファンファーレだった。

まず、JTBのお姉さんはカードAの会社に電話してくれた。日本まで、国際電話である。なかなかカスタマーセンターに繋がらないので、「もういいですよ。電話までかけさせて、申し訳ない」と力なく笑うと、「大丈夫、きっともうすぐ繋がりますよ」と、前向きなことを言われる。
カードAは、支払いには使えないが、ATMで現金を引き出すのには使えると電話で言われ、ちょっと勇気が出た。JTBのお姉さんは、「この近くにカジノがあります。そこのATMなら引き出せると思いますよ。困った方は、たいていそこへ行きますから」と、またしても前向きな提案をしてくれる。

その時である。ケアンズ・セントラルのATMに飲み込まれたはずのカードBが、財布の中に入っているのに気がついた。自分で入れておいて、なくしたと思い込んでいたのだ。
お姉さんは即座に「見つかったんなら、そのカード会社にも電話してみましょう!」と、さらに建設的な方向へ話を持っていく。「最悪の俺に、とびっきりの天使がやってきた」というフレーズを想起せずにいられない。
カードBは現金の引き出しはできないが、支払いに使えるはずだと電話で言われた。つまり、カードAで現金を引き出し、カードBを支払いに回せば、無敵なはずなのだ。雲間から陽が差してきた。
「もしお困りでしたら、また来てください!」と、JTBのお姉さんは笑顔でダメ押しの一言をプレゼントしてくれた。客ですらない通りすがりのハゲ男を、どこまで励ましてくれるのだろう?

結論を言うと、カジノのATMで、十分すぎるほどの現金を引き出すことができた。
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これが、JTBケアンズ支店のお姉さんが「せっかくご来店くださったのだから、どうぞ」と、お土産にくれたコアラのマスコットである。
帰国してから、全力でJTBオーストラリアへお礼のメールを送ったことは、言うまでもない。あのお姉さんの給料が、ちょっとでも上がってくれることを、心から祈る。

ここまで読んだアナタは、僕のことを、計画性のないボンクラだと思ったろうな。
だけど、今回の旅のテーマは「サービス」なんだ。ジェットスターが空虚に使った言葉、「サービス」。キュランダの宿のオヤジさん、JTBケアンズ支店のお姉さんがしてくれたことこそ、「サービス」じゃないのか? 彼らからは「無償の好意」を感じた。損得じゃないんだ。

明日は、ケアンズからもっとも近い島のひとつ、フィッツロイ島へ行く。ところが、トラブルはまだ尽きない。

(つづく)

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■ケアンズ旅行記-5■

■4/3-4 ボート
スカイレイルの乗り場とキュランダ高原鉄道の駅は隣接しており、地図を見るかぎり、ボート乗り場も近いはずだ。川へ下りる道にタイムテーブルが貼ってあって、あと数分でボートが出発してしまう。駆け足で、乗り場へ急ぐ。
銀髪の恰幅のいいおじさんに、直接料金を支払う。その穏やかな人柄のおじさんが、操舵から解説まで、ひとりで仕切っている。確か、7~8ドルぐらいだったと思う。
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こんな感じに、魚の集まるポイントでエサをまいたりする、のんびりした遊覧ボートである。移動距離は短いが、あちこちで停泊して、おじさんが熱帯雨林について、ユーモアをまじえて解説してくれる。運良く、岸辺で寝ているワニも見ることが出来た。30分ほどかけて、川岸に戻る。

■4/3-5 ATM
2時をすぎている。初日に乗れなかった高原鉄道に乗るなら、今がラストチャンスだ。しかし、往復4時間ほどかかるはず。キュランダ村に戻るころには、あたりは暗くなっている。道に迷ってしまうことは必至。

なので、徒歩40分ほどかかるジャングル・ウォークを選んだ。これは、ボートの発着場とキュランダの中央とを結ぶ遊歩道だ。
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なるほど、高原鉄道の下をくぐって行く道か……と見上げていると、アジア人の女の子が「このスマホで、写真撮ってください」と、声をかけてきた。たぶん、韓国人だと思う。
なんとなく、こういう場所をひとりでサクサクと旅する女の子は韓国人、というイメージがある。

さて、ジャングル・ウォークを抜けてキュランダ村の中央に出ると、もう3時ぐらいで、パタパタと店が閉まりはじめている。しかし、村のどこをどう抜けてホテルに帰ればいいのか、方角やルートを確認したくなった。もし迷ったら、これから暗くなるので、どんどん帰りづらくなる。
その前に、夕食を仕入れておきたいと思い、またしてもスーパーで安い冷凍食品を買いこんだ。昨日、オヤジさんが「うちはカード払いは受けつけられないから、ATMで現金をおろしておくといいよ」と言っていたのを思い出し、スーパー脇のATMへ寄ってみた。

しかし、二枚あるカードのどちらを使っても、現金を下ろすことができない。英語・中国語・ハングル文字だけで、日本語が表示されないので、操作が難しい。ギリシャでは、難なくユーロ紙幣を下ろせたカードなのに、それが使えない理由も分からない。
そもそも、なぜオヤジさんは「うちはカード払いはできないぞ」などと言ったのか? それは、宿代を現地で払わねばならないからだ。「4軒予約したホテルのうち、一軒だけ現金で払わねばならない」ことは覚えていたが、まさか、オヤジさんの宿だったとは……完全に、僕の確認不足だった。

■4/3-6 不安
もはや観光といった気分ではなくなり、急いでホテルに戻った。幸い、道に迷うことはなかった。
残金を数え、これから出ていく金額を計算した。このままカード払いもできず、ATMから現金も下ろせないとすると……残り、29ドル。現金のまま所有しているJPYをAUDに換金したとしても、合計80ドル(6,000円)ぐらいだろう。それだけで、あと4日も暮らせるか? タクシー移動は厳禁。食事も、一日にパン一個ぐらいか? フィッツロイ島に二泊するので、島にもパンを持っていかないといけない。

それよりも、空港に行って、ジェットスターに「予定より早い便で帰りたい」と交渉すれば、傷は浅くてすむのかも知れない。しかし、あのケチなジェットスターが応じてくれるだろうか?
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夕食は、冷たいままの冷凍食品と固いパンを、2本のビールで流し込んだ。夜中に目が覚め、不安で眠れず、3本目のビール、4本目のビールと飲んでしまった。それでも、酔えない。

■4/4-1 バス停
すずしい朝。奥さんが、成人した息子たちの写真、氷で出来た北欧のホテルに泊まったときの写真などを見せてくれる。昨日と同じく、オヤジさんが隣に座って、一緒に朝食を食べた。
「タクシーを待たず、バスで帰ろうかと思います」と、僕は切り出した。「分かった。10時ぐらいでいいか? キュランダ村のバス停まで送るよ。まあ、何時でもいいさ。今日は仕事もないし、客も来ないから」と、オヤジさん。

奥さんは、キバタンを片腕に乗せて、「森の中まで、この子の散歩に行ってくる」。そして、僕に握手を求めてきた。それから、キバタンに「ほら、バイバイしなさい」と言った。キバタンは、真っ白な羽をバサバサと広げた。そうか。奥さんとは、ここでお別れなんだ。すぐに気づけず、そっけない返事しか返せなかったことを悔やんだ。

まだ10時には早いが、オヤジさんがコテージまで迎えに来た。現金をそろえて宿代を払うと、彼は両手を合わせて、静かに頭をさげた。彼がそんな謙虚な態度をとるのは、初めて見た。
オヤジさん自慢のジープに乗って、キュランダ村のバス停へ向かう。
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「あなたは、とても親切だ」と、オヤジさんに言った。彼は「そんなことないよ。客の荷物を抱えたまま、徒歩で宿まで往復したことだってあるんだから」と笑った。「よかったら、俺のフェイスブックを見てくれ。この名前で検索してくれれば、分かるよ」と、またしても名刺をもらった。
そこへ、アジア人の女性が通りかかった。オヤジさんがバスの料金を聞く。その土産物屋の女性は、日本人であった。「料金は7ドルぐらいですよ」と、女性は言う。

オヤジさんは「あと10分ぐらい待てば、バスが来るよ。じゃあな」と、ジープの席から手を振る。店の開店準備をしながら、日本人の女性が「よかったですね」と笑いかけてくれた。何がよかったんだろう……? 確かに、オヤジさんと会えたことは、一生忘れない。
キュランダ村には、もっと沢山の観光ポイントがあった。だけど、オヤジさんの宿はガイドブックに載っていない。俺は、あの人に会うために、ここまで来たのだろう。彼とは、誰もが会えるわけじゃない。

7ドル払って、バスに乗り込む。市内最大のショッピング・モールであるケアンズ・セントラルのATMなら、さすがに現金を下ろせるだろう……でも、もし下ろせなかったら? 予約してあるフェリー会社なら、カード払いができるはず……でも、もしカードが使えなかったら?

バスの窓から、空港までの道を凝視した。なぜなら、歩いて空港まで行くハメになるかも知れないからだ。まず、ホテルまでは歩こう。それから、ATMを探す。次にフェリー会社へ行く。どちらも空振りなら、ホテルに一泊だけして、空港へ向かおう。

(つづく)

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2017年4月10日 (月)

■ケアンズ旅行記-4■

■4/3-1 朝食
朝食は、事務所というかオヤジさんの自宅のベランダで食べる。目の前には、熱帯雨林が広がっている。奥さん手作りの、すばらしい朝食。
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「ブレッド食べる?」「紅茶を、もう一杯どう?」など、柔軟に対応してくれる。ハチミツやバターは、セネガルやジンバブエ産だという話だった。
しばらくすると、オヤジさんが隣に座って、一緒に食べならがら、アフリカへ行ったときの写真を見せてくれた。神妙な顔をした大きなゴリラの手前で、同じような顔をしたオヤジさんが座っている写真を指さして、「ゴリラと俺……」とつぶやき、「ふははっ!」と笑う。昨日、ジープに乗っているときに話していた、3メートルの蛇の写真も見せてくれた。

食べ終わった皿をキッチンまで運ぶと、奥さんが僕に何か言った。「どういう意味ですか?」と聞くと、「食べ方がきれい、食事のマナーがいいという意味よ」とのことだった。
そして、明日の朝、どうやってケアンズに帰るかの話になり、「タクシーは高すぎるから、バスにしなさい」と、オヤジさんと奥さんは口を揃える。「だけど、タクシーの運転手と約束してしまったんですよね……」と、僕はベランダから庭におりる階段で立ち止まった。「そんな約束、もう忘れてるわよ」と、奥さん。「あなたが悪く思う必要なんかない」。
キュランダ村からケアンズまでのバスは、6ドルかそこらだという。確かに、運転手の態度を思い出すと、彼が本当に来るかどうかは怪しいものだった。

■4/3-2 小川
部屋に戻って、出かける支度をしていると、「ヒロ!」とオヤジさんの呼ぶ声がした。「長靴を持ってきたから、履きな」という。
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僕が彼の飼っている鳥たちを写真におさめていたからだろうか、鳥舎の向こうにある小川に案内してくれるようだ。「長靴のサイズが合うといいんだけど」と、オヤジさん。
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小川というか、ときには膝上まである長靴の中にまで川の水がザブザブと入ってくるほど、険しい道だった。雨季には、胸の辺りまで水位が上がるのだという。昨夜の雨の中、野生動物が木の実を食べ散らかした跡が残っていた。
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オヤジさんが、写真を撮ってくれた。なんとまあ、自然の似合わない男なのだろうか。
20分ほどかけて小川を回り、最後に動物の頭蓋骨を、いくつか見せてくれた。僕は、オヤジさんにお礼を言った。念のため言っておくと、この小さなツアーによって、オヤジさんが追加料金を取るようなことは、一切なかった。

奥さんが手入れしている最中だという、コテージの裏の庭。
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夜中は窓をしっかり閉めないと、虫ばかりか蛇が侵入してくることもあるとの話だった。雨が降りはじめたので、やむまで待つ。

■4/3-3 スカイレイル
晴れたので、オヤジさんがジープで案内してくれた道を歩いて、ひとりでキュランダ村へ向かう。30分もかからず、あっさり着いてしまった。歩行者用道路が完備しているということは、ホテルのある区画から村へ、わりと人が往来するのだろうか。ひとりも見かけなかったが。

キュランダ村……村というより、土産物屋やレストランの集まった、小さな町という雰囲気だ。中央には公園があり、子供たちが遊んでいた。
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すでにケアンズからの観光列車が到着したあとなので、日本人観光客も多い。「スカイレイル」というロープウェイに乗りたいのだが、地図を見ても、ちょっと乗り場が分かりづらい。観光客の歩いてくる方向を逆にたどって、ようやく分かった。

スカイレイルは、キュランダ村からバロンフィールズ駅、レッドピーク駅を経由して、スミスフィールドまで降下する。ふたつの駅で途中下車して、遊歩道を歩くことができる。往復チケットを買うと、日本語のパンフレットを渡してもらえた(レシートを捨ててしまったので、料金は覚えていない)。
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こういう乗り物で、ちょっと風で揺れたりもするので、最初は怖い。しかし、少しずつ視界が空と熱帯雨林だけで占められていき、感嘆の声が出る。
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昨日、オヤジさんが高台から見せてくれたバロン渓谷を、反対側から見ることが出来た。
途中駅で乗りまちがえ、キュランダ村へ戻ってきてしまったが、往復チケットを見せて説明すると、ちゃんと乗り直しさせてくれた。親切な人たちだ。
終点のスミスフィールドは、なんだか時間を使うのがもったいないような閑散とした場所なので、さっさとキュランダ村へ引き返す。
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帰りの道では、ほとんど涙ぐんでいた。「なんて素晴らしいんだろう……」といった言葉が、口をついて出てくる。
こんな絶景が拝めるのに、なぜか客はまばら。料金も安かったし、廃止されたりしなければいいのだが……キュランダ村へ戻ると、13時ぐらいになっている。

(つづく)

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2017年4月 9日 (日)

■ケアンズ旅行記-3■

■4/2-4 炎天下
このホテルからキュランダ村へは、大きな川を渡ればすぐのはずだ。
オヤジさんは、「まず左折。次に右折。また左折すると、大きな橋がある。そしたら、すぐだよ」と、きわめて大雑把な説明しかしてくれない。
いざ歩きはじめると、なかなか別荘の散らばる一角から抜け出ることができないのだ。
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高速道路の右か左に行けば、オヤジさんの言う「大きな橋」があるはずなのだが、その頃にはどちらに曲がればいいのか、分からなくなっていた。猛烈な日光が、頭上から降りそそぐ。
高速道路を歩いていたら、ひっきりなしに走る車にクラクションを鳴らされ、うんざりしてしまった。やむなく、ホテルまで帰る。昨夜は飛行機の中で眠れなかったので、ベッドで少し眠る。

目覚めると、オヤジさんが鳥舎の掃除をしていた。迷彩のつなぎに、なぜかスパイダーマンの絵の入ったサイクリング・ヘルメットをかぶっていた。
僕は外へ出て、「キュランダ村へは行けなかった」「とてもお腹が空いている」と説明した。実際、昨夜から何も食べていないのだ。
オヤジさんは、ジープを出して、キュランダ村まで連れて行ってくれた。そのとき、「ここが最初の左折」「ここで右折」と丁寧に説明してくれた。何も高速道路を歩かなくても、歩行者用の道があったのだ。

■4/2-5 オヤジさん
午後3時を回っている。この時間になると、早くもキュランダ村は店じまいに入る。高原鉄道は朝の二本しかなく、午後は14時台にケアンズ行きが出ると、それが終電なのだ。
スーパーマーケットで下車し、オヤジさんは「今夜の食べものを買って行けよ」「こういう冷凍食品をチンしたらどうだ?」と薦めてくれる。
さらに「今夜はワインでも飲むか?」「あんた、ワインは好きか?」と、リカーショップの前で速度を落とした。「俺たちと一緒にワインでも飲むか?」という意味なのか、それとも「ワインを飲みたいなら、ここで自分の分を買っていけ」という意味なのか、ちょっと迷った。「ビールが好きだ」と言うと、「6本入りのが売ってるよ」と車を降りてくれた。

オヤジさんは、僕の煮え切らない態度にムッとしているかにも見えた。かと思うと、ちょっと遠回りして、見晴らしのいい展望台で降りて、「今は乾季だから、水の量が少ないんだよ」などと丁寧に説明してくれた。
道路を七面鳥が横切ると、「ターキーだ」と指さして、泣き声をまねたりもした。「家の前に3メートルの蛇が出たから、俺が捕まえたんだ。なぜなら、小鳥を食おうとしていたから。小鳥を助けてやったんだよ」といったワイルドな話を、ちょっと自慢げに話したりした。
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オヤジさんの用事というのは、鳥舎に使う金網を、誰か別の知人の家に届けることだった。オヤジさんの荒々しいジープには、スコップやツルハシが結びつけてあって、まるで彼の体の一部のようだった。彼は細やかな気づかいが出来て、しかも、他人のために動くことをいとわないタフさも持ち合わせていた。こういう男になりたい、と思った。

オヤジさんのジープで帰宅すると、奥さんが笑顔で「お酒も買ったの?」と聞いてきた。「とてもハッピーですよ」と、僕は答えた。
実際、ハッピーだった。ただ炎天下を歩き回るだけで無駄に終わりそうな一日を、オヤジさんがジープであちこち回って、救ってくれたのだ。

晩飯は、魚のフライをレンジで暖め、ビールを2本空けたところで、眠くなってしまった。まだ、夕方5時ごろなのだが。
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奥さんがコテージに来て、「朝食は8時でいい?」と確認した。「朝は、鳥たちの声でうるさいわよ」と笑って去っていった。
真夜中、猛烈な雨の音で目が覚めた。

(つづく)

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■ケアンズ旅行記-2■

■4/2-1 ケアンズ・セントラル
前日の夜に成田を発って、ケアンズ国際空港に到着したのは、朝の5時。
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すぐに持っていた現金をオーストラリアドル(AUD)に換金し、バスの受付で「ケアンズ・セントラル」までのチケットを買う(16AUD)。乗ったバスは……バスというより、ワンボックスカーにスーツケース運搬用のワゴンを繋げたもの。ホテルの名前や行き先を告げると、そこで停車して、スーツケースを下ろしてくれる。
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僕が「ケアンズ・セントラル」という大型ショッピングセンターへ行ったのは、その裏からキュランダ(熱帯雨林の中の小さな村で、最初に泊まるホテルは、その近くにある)へ向かう鉄道が出ているから。鉄道のカウンターが開くのは、朝の8時。すでに日本人の観光客が二組ほど並んでいて、一時間ほど待っている間に、どんどん増えてくる。
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ところが、もうここからして最初の失敗が始まる。「キュランダ鉄道は観光用なので、スーツケースなんて持って乗れません」と、カウンターのお姉さんにピシャリと言われてしまったのだ。あくまで、日帰りで遊びに行く観光鉄道であって、旅行用には使えない……と分かって、愕然とする。
では、一体どうやってキュランダ村まで移動すればいいのか? 後になってシャトルバスで安く行けると教えられるのだが、そのときの僕は、ケアンズ・セントラルの正面入り口に止まっているタクシーに乗るしか思いつかなかった。少しずつ気温が上昇してきたので、僕はジャケットを脱ぐ。
端正な顔立ちの青年ドライバーの運転するタクシーは、どんどん山の方へ向かう。一時間ぐらいで着くはずだ。

■4/2-2 カードが使えない
青年は、ちょっと迷いながらも、僕の泊まるホテルの前まで運んでくれた。
現金を確保しておきたいので、カードで支払う。ところが、青年は「カードでは支払いが完了しない」という。これが、二番目の失敗だった。そのときから、「なぜかカードが使えなくなっている」と、僕は思い込んでしまった。
とりあえず現金で払い、「明後日の朝、またこのホテル前まで迎えに来てくれないか」と、英語でメモ帳に書いて交渉する。ところが、青年はカードが使えないので、現金で払ってほしがっている。彼はスマホの翻訳ソフトで、「カードが使えない」「このホテルの宿泊費はカードで払ったの?」と、しきりに聞いてくる。しかし、「明後日の朝、またケアンズへ戻りたいので、迎えに来てくれ」という話には、渋い顔をする。タクシー代は、65ドルもした。

そうこうするうち、宿の主人が出てきた。立派なヒゲとハゲがワイルドな雰囲気をかもす人で……僕は、その人にすっかり惚れこんでしまうのだが、本名は書かずに「オヤジさん」とだけ言っておこう。ホテルも、観光地のキュランダ村から妙に離れた場所にあって、おそらく一部では有名なんだと思う。
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熱帯雨林の広い一画に舗装道路をしいて、ぽつぽつと別荘のような建物が建っているエリアがあって、2~3軒ぐらいが宿泊業を営んでいる。そのうちの一軒に、僕は二日間お世話になった。敷地内にあるコテージを、丸ごと貸してもらえるのだ。

■4/2-3 キバタン
オヤジさんは、僕をコテージに案内した。広々としたキッチンダイニングもあれば、ベッドはふたつの部屋に分けて置かれている。完全に、家族向けだ。とにかく、まずはシャワーを浴び、軽装に着替えた。
まだ、前に泊まっていた家族が残っているらしく、もうひとつの建物(オヤジさんと奥さんの2人が住んでいて、事務所も兼ねている)から子供の声がした。無理もない、まだ朝の10時なのだ。

僕は奥さんに呼ばれて、事務所で話をした。といっても、僕の英語聞き取り能力が、あまりに低いと知った奥さんは、PCのネット翻訳で会話をはじめた。
彼女は「今晩、私たちと一緒に夕飯を食べる?」「ヒクイドリを間近に見られる場所があるけど、行ってみたい?」などと提案してくれた。だが、どちらの話も曖昧になってしまった(オヤジさんと奥さんは、たまに意見がぶつかるので、そのせいかも知れない)。
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奥さんはキバタンを飼っていて、僕の腕にもとまらせてくれた。このキバタンは、「ハロー」のほかに、ちょっと長い英語を話せる。
また、オヤジさんはアフリカの色鮮やかな鳥たち、フライング・フォックス(オオコウモリ)なども鳥舎に飼っていた。

しかし、とにかく観光場所はキュランダ村に集まっているので、「歩いて行ってみたい」と日本で印刷した地図をオヤジさんに見せた。
オヤジさんは、「今日は車で出かけるから、連れてってやるよ」。奥さんは「ヒロ(僕の名前が発音しづらそうなので、ヒロと呼んでもらうことにした)は、自分の足で歩きたいのよ」と、微妙に意見がずれる。
オヤジさんは、「それなら、キュランダ村から帰るとき、スマホから俺に電話しろよ。車でピックアップしてやるから」と名刺を差し出した。しかし、海外ではデータローミングを切っているし、通話できるのだろうか。

(つづく)

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■ケアンズ旅行記-1■

4/1から4/8まで、オーストラリアのケアンズへ旅行してきました。
まず、ケアンズからキュランダという熱帯雨林へ移動して二泊、ケアンズに戻ってからフェリーでフィッツロイ島という小さな島へ移動して二泊。それだけです。ケアンズには日本からの観光客が多いので、たぶんあまり参考になる旅行記にはならないと思います。下調べが足りなかったので、キュランダではほとんどの観光ポイントを見逃しています。フィッツロイ島では、海を見ながら、ひたすらビールを飲んでいました。

正月にケアンズへ家族旅行してきた友だちから(日本語版もふくむ)観光パンフレットを沢山もらっていたので、これまでの欧州や南米よりは、安全で楽チンで、たいしてエキサイティングな旅にはなるまい……と高をくくっていたのですが、途中で「早めに帰るべきか?」「絶食してでも留まるべきか?」を真剣に考えるほど、追いつめられました。
その詳細は、おいおい記していこうと思います。


まず最初に、ケアンズへの往復に使ったジェットスター航空について書きます。「ジェットスター ひどい」で検索すると、数え切れないほど膨大な悪評が出てくるので、それも参考に。
結論から言うと、俺はジェットスターに廃業してほしい。多少不便になったとしても、あいつらの押しつけやネグレクトに耐えるよりはマシ。クレームを入れても、彼らは聞く耳ないだろうから、クレームなど入れません。ジェットスターは、社会の害悪だと思いました。

もとはといえば昨年、アルゼンチンから帰ってきた直後、またすぐに海外へ行きたくなり、「飛行機に乗っている時間が短い」「航空券が安い」という理由だけで、ケアンズを選んだのでした。H.I.S.で検索していて、「えっ、なんで?」と思うほど安かったのが、ジェットスター。
即座に航空券を押さえたものの、不審に思って評判を調べてみると、だいたい以下のことが分かりました。

●普通に荷物を預けるだけで、手数料をとられる。
●機内食は出ない。代わりに、機内販売がある。
●ただし、「お湯」だけで200円もする。

なるほど、普通の航空会社が航空券に含めているコストをバラして、必要な客にだけ払わせるシステムか……と、良くも悪くも納得はしました。
機内食は食べたくもないタイミングで運ばれてくることが多いし、メニューを英語で選ばされるのが苦痛なので、なくてもいい。食べたい人が食べたいときに買えるのは、けっこう合理的なシステムなんじゃない?と、そのときは思ったんです。


まず、俺は通路側が好きなので、いつものようにウェブ上で座席指定しようとしました。ところが、出来ません。ジェットスターに、直接いわないとダメ。
やむなく、ジェットスターの公式サイトからメールフォームを送ったところ、「そのメールアドレスでは予約が見当たらない」との返信。「コールセンターに電話してくれ」とのこと。通話は、有料です。フリーダイアルではありません。
当方の電話代もちでコールセンターに電話してみると、ちゃんと予約されていました。座席を通路側にしてもらったら、それだけで800円ぐらいだったかな。往復で1,600円かかる。もちろん、他の航空会社ならタダです。なので、お金を払ったぶん得した気持ちになれるわけがない。「コストを分離して航空券を安くしているのだから、仕方がない」というエクスキューズがつきます。いちいち「安かろう悪かろう」と自分をなだめて納得させるだけで、たいへんなストレスです。

出発当日、成田第3ターミナルのジェットスターの窓口には、チェックイン待ちの行列ができていました。後から来たお客さんが「えっ、この列に並ぶの?」と驚くぐらい。
しかし、客のさばき方が悪いわけではなく、意外と早く順番が回ってきました。スーツケースを預けるので、それなりの手数料を覚悟していたら、片道で1万6千円。航空券+3万2千円なので、これだったら、最初から他の航空会社にしたほうが安かったかも知れない。
「だけど、よく調べなかった俺が悪いのさ……」と、またしても自分を責めるしかない。


俺が乗った便は20時発だったので、ターミナルのフードコートで、ちょっと大きめのハンバーガーを食べました。これで6時間ぐらいは持つだろうと思い、あとはミネラル・ウォーターを買って、機内で飲むことにしました。6~7時間のフライトなら、これで十分。

なにしろ「機内食は出ない」という前情報でしたから。
ところが、機内食は出ます。事前にジェットスターに予約した人にだけ、出ます。俺の隣のカップルが「カレーライスとチャーハン、どちらになさいますか?」と聞かれていたので、「あれ?」と軽く驚きました。さらに「お食事のお客様には、コーヒーか紅茶もお出ししています」。俺は予約してないので、水すらもらえません。

ギリシャでもアルゼンチンでも、一時間程度のフライトの国内線に乗りました。どちらも、ジュースやコーヒー、スナック類やチョコレートなどがふるまわれました。
それらの軽食代は、あらかじめチケットに含まれていたか、どこかで相殺しているはずです。だけど、「コストがかかってます」という裏事情を「お客さんに見えないところで」処理するのが、「仕事」ではないでしょうか。
その点、ジェットスターは無神経。金を払った客が「客」であって、それ以外は無視する態度が丸見えになっている。実際にはお客さんを選別しているんだけど、そのように感じさせず、円満に事を運ぶのがプロではないでしょうか。

ジェットスターには、それが出来ない。航空券を買った客全員に、メールで食事をどうするか聞くべきだったと思うけど、電話代すらケチる企業なので、そんなことは考えもつかない。
結果、機内食のシステムを知らなかったお客が損をしているような、身に覚えのない屈辱をかぶる羽目になる。
機内は寒くて眠れなかったのですが、トイレに立つと、ブランケットにくるまっている客がチラホラ。ブランケットも機内で「売っている」のだと、帰国してから知りました。いや、そもそも売りに来なかったんだけどさ。寒くて寝られないのも「よく調べてこなかった客が悪い」んですかね? それとも「金がない客は、勝手に凍えてろ」と言いたいのでしょうか。
(あと、「機内上映はない」と聞いていたけど、実は映画一本につき数ドルずつ課金されます。もう、笑いしか出ない。)


最後のとどめは、朝食です。
ケアンズに着く一時間ぐらい前、「ただ今より、朝食サービスを行います」とアナウンスがあったのです。もちろん、乗客全員に聞こえるように、機内アナウンスしたわけです。
「ああ、さすがに朝食だけは全員に配るのか」と勘違いした俺は、テーブルを引き出しました。ところが、またしても隣のお客さんには朝食とコーヒー。俺の存在は無視。日本人のCAさんに、「僕がサービスを受けられない理由は何ですか?」と聞くと「食事は、ご予約のお客様だけです」との返事。だけど、機内の客に全員に「サービスを行います」と宣言したよね? 「予約したお客様にのみサービスを行います」と訂正すべきだよね? サービスを受けられない人に「サービスを行います」と言っちゃいけないよね。

朝食をもらえず、決まり悪そうにテーブルを片づける人が、俺のほかにも何人かいました。あれは、本当に屈辱だった。
だけどジェットスターには、より多くの金額を支払っている客しか見えていない。「どの人も、同じお客様」ではなく、「より多くお金を払ったお客様にのみ、金額分だけの見返りを与える」、あとは一切関知しない、それがジェットスターという会社なんです。社会のクズですね。


――ケアンズについて三日後、俺は間抜けな勘違いを重ねて金を失い、途方にくれていました。
精神的にも肉体的にもヘトヘトに疲れて、たまたま通りに面していたJTBケアンズ支店()に入店したところ、カード会社二社に電話をかけてくれました。そんなの、ぜんぜんJTBの業務じゃないはずです。さらに、両替してくれる場所や確実に現金を引き出せるATMの場所を教えてくれて、「せっかくご来店いただいたので、お礼です」と、コアラのマスコットをくれました。そのマスコットの原価は、僕に見えないところで償却して、僕に対しては笑顔と役立つ情報のみを与える……。これこそが「サービス」ではないのでしょうか?

もちろん、一円も要求されることなく、「困ったらまた来てください」とまで言ってもらえました。何の得もないのに、僕を助けてくれた。
今後、何らかの形でJTBオーストラリアを利用したい、お金を使いたいと思ったし、自分にメリットがなくても、困った人を助けようって気持ちになれたよね。そうやって前向きな労力を社会に還元して、みんなが幸せになれるようにする。誰もが、より快適に生きられる、健全な社会を循環させていく。
JTBケアンズ支店の、献身的なサービスだけではないです。「より良く相手に接する」「お互いに楽しくなる」にはどうすればいいのか? そんなヒントにあふれた旅でした。

格差を肯定する不良企業ジェットスターのことは忘れて、しばし、間の抜けたケアンズ旅行記にお付き合いください。

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