■ケアンズ旅行記-5■
■4/3-4 ボート
スカイレイルの乗り場とキュランダ高原鉄道の駅は隣接しており、地図を見るかぎり、ボート乗り場も近いはずだ。川へ下りる道にタイムテーブルが貼ってあって、あと数分でボートが出発してしまう。駆け足で、乗り場へ急ぐ。
銀髪の恰幅のいいおじさんに、直接料金を支払う。その穏やかな人柄のおじさんが、操舵から解説まで、ひとりで仕切っている。確か、7~8ドルぐらいだったと思う。
こんな感じに、魚の集まるポイントでエサをまいたりする、のんびりした遊覧ボートである。移動距離は短いが、あちこちで停泊して、おじさんが熱帯雨林について、ユーモアをまじえて解説してくれる。運良く、岸辺で寝ているワニも見ることが出来た。30分ほどかけて、川岸に戻る。
■4/3-5 ATM
2時をすぎている。初日に乗れなかった高原鉄道に乗るなら、今がラストチャンスだ。しかし、往復4時間ほどかかるはず。キュランダ村に戻るころには、あたりは暗くなっている。道に迷ってしまうことは必至。
なので、徒歩40分ほどかかるジャングル・ウォークを選んだ。これは、ボートの発着場とキュランダの中央とを結ぶ遊歩道だ。
なるほど、高原鉄道の下をくぐって行く道か……と見上げていると、アジア人の女の子が「このスマホで、写真撮ってください」と、声をかけてきた。たぶん、韓国人だと思う。
なんとなく、こういう場所をひとりでサクサクと旅する女の子は韓国人、というイメージがある。
さて、ジャングル・ウォークを抜けてキュランダ村の中央に出ると、もう3時ぐらいで、パタパタと店が閉まりはじめている。しかし、村のどこをどう抜けてホテルに帰ればいいのか、方角やルートを確認したくなった。もし迷ったら、これから暗くなるので、どんどん帰りづらくなる。
その前に、夕食を仕入れておきたいと思い、またしてもスーパーで安い冷凍食品を買いこんだ。昨日、オヤジさんが「うちはカード払いは受けつけられないから、ATMで現金をおろしておくといいよ」と言っていたのを思い出し、スーパー脇のATMへ寄ってみた。
しかし、二枚あるカードのどちらを使っても、現金を下ろすことができない。英語・中国語・ハングル文字だけで、日本語が表示されないので、操作が難しい。ギリシャでは、難なくユーロ紙幣を下ろせたカードなのに、それが使えない理由も分からない。
そもそも、なぜオヤジさんは「うちはカード払いはできないぞ」などと言ったのか? それは、宿代を現地で払わねばならないからだ。「4軒予約したホテルのうち、一軒だけ現金で払わねばならない」ことは覚えていたが、まさか、オヤジさんの宿だったとは……完全に、僕の確認不足だった。
■4/3-6 不安
もはや観光といった気分ではなくなり、急いでホテルに戻った。幸い、道に迷うことはなかった。
残金を数え、これから出ていく金額を計算した。このままカード払いもできず、ATMから現金も下ろせないとすると……残り、29ドル。現金のまま所有しているJPYをAUDに換金したとしても、合計80ドル(6,000円)ぐらいだろう。それだけで、あと4日も暮らせるか? タクシー移動は厳禁。食事も、一日にパン一個ぐらいか? フィッツロイ島に二泊するので、島にもパンを持っていかないといけない。
それよりも、空港に行って、ジェットスターに「予定より早い便で帰りたい」と交渉すれば、傷は浅くてすむのかも知れない。しかし、あのケチなジェットスターが応じてくれるだろうか?
夕食は、冷たいままの冷凍食品と固いパンを、2本のビールで流し込んだ。夜中に目が覚め、不安で眠れず、3本目のビール、4本目のビールと飲んでしまった。それでも、酔えない。
■4/4-1 バス停
すずしい朝。奥さんが、成人した息子たちの写真、氷で出来た北欧のホテルに泊まったときの写真などを見せてくれる。昨日と同じく、オヤジさんが隣に座って、一緒に朝食を食べた。
「タクシーを待たず、バスで帰ろうかと思います」と、僕は切り出した。「分かった。10時ぐらいでいいか? キュランダ村のバス停まで送るよ。まあ、何時でもいいさ。今日は仕事もないし、客も来ないから」と、オヤジさん。
奥さんは、キバタンを片腕に乗せて、「森の中まで、この子の散歩に行ってくる」。そして、僕に握手を求めてきた。それから、キバタンに「ほら、バイバイしなさい」と言った。キバタンは、真っ白な羽をバサバサと広げた。そうか。奥さんとは、ここでお別れなんだ。すぐに気づけず、そっけない返事しか返せなかったことを悔やんだ。
まだ10時には早いが、オヤジさんがコテージまで迎えに来た。現金をそろえて宿代を払うと、彼は両手を合わせて、静かに頭をさげた。彼がそんな謙虚な態度をとるのは、初めて見た。
オヤジさん自慢のジープに乗って、キュランダ村のバス停へ向かう。
「あなたは、とても親切だ」と、オヤジさんに言った。彼は「そんなことないよ。客の荷物を抱えたまま、徒歩で宿まで往復したことだってあるんだから」と笑った。「よかったら、俺のフェイスブックを見てくれ。この名前で検索してくれれば、分かるよ」と、またしても名刺をもらった。
そこへ、アジア人の女性が通りかかった。オヤジさんがバスの料金を聞く。その土産物屋の女性は、日本人であった。「料金は7ドルぐらいですよ」と、女性は言う。
オヤジさんは「あと10分ぐらい待てば、バスが来るよ。じゃあな」と、ジープの席から手を振る。店の開店準備をしながら、日本人の女性が「よかったですね」と笑いかけてくれた。何がよかったんだろう……? 確かに、オヤジさんと会えたことは、一生忘れない。
キュランダ村には、もっと沢山の観光ポイントがあった。だけど、オヤジさんの宿はガイドブックに載っていない。俺は、あの人に会うために、ここまで来たのだろう。彼とは、誰もが会えるわけじゃない。
7ドル払って、バスに乗り込む。市内最大のショッピング・モールであるケアンズ・セントラルのATMなら、さすがに現金を下ろせるだろう……でも、もし下ろせなかったら? 予約してあるフェリー会社なら、カード払いができるはず……でも、もしカードが使えなかったら?
バスの窓から、空港までの道を凝視した。なぜなら、歩いて空港まで行くハメになるかも知れないからだ。まず、ホテルまでは歩こう。それから、ATMを探す。次にフェリー会社へ行く。どちらも空振りなら、ホテルに一泊だけして、空港へ向かおう。
(つづく)
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