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2017年3月 7日 (火)

■0307■

誕生月割引が使えるので、吉祥寺オデヲンで『ラ・ラ・ランド』。
640満席で、ご年配の女性が多かった。ようするに、30~60年代のミュージカル映画を、ぎりぎり記憶している世代じゃないの? ロビーでマストロヤンニだとか、やや昔の俳優の話をしていたもの。
映画は、クラシカルなつくりだ。スマホやネットのある時代を舞台にしながら、挿入されるテロップは50年代風のタイポグラフィ。これは『スター・ウォーズ』と同じように、「映画のフォーマットを使ったデザイン」なんだと思う。


ようやく、書くことが出来る。僕が生まれて初めて惚れこんだ映画って、小学6年のころにテレビ放映された『ダウンタウン物語』なんだよ。
1976年製作だけど、禁酒法時代を舞台に、子役たちにギャングを演じさせたミュージカル・コメディ。イタリア系ギャングの情婦を演じたのが、まだ14歳だったジョディ・フォスター。
Bugsy_malonecd_soundtrackテレビで観て感激して、サントラLPを買いに行ったら、こんな洒落たジャケットだった。カラーのスチールをモノクロにして、人工着色している。
映画の描写も、マシンガンから漆喰が飛び出し、顔が真っ白になったら、それが「銃殺された」サイン。暗殺シーンでは、顔にパイをぶつけたりする。パイ投げは、サイレント映画時代、キートン・コップスという喜劇団が流行らせたギャグで、『ダウンタウン物語』は「こんな古風なギャグを今さら……」という批評的な笑いを狙っている。

(余談だけど、『ダウンタウン物語』は40年たった現在、英語圏の演劇学校などで、卒業公演の定番と化している。歌も踊りもあるし、教材としては格好なんだろう。)


ロドリゲスとタランティーノの『グラインドハウス』のように、映画文化の再生産としての「映画」。二次創作なんだ、『ダウンタウン物語』は。
『ラ・ラ・ランド』も、クラシックな様式を過剰に取り入れた、二次創作になっている。少なくとも、ミュージカル映画がディズニーアニメぐらいしかなくなった現在でないと、その価値を推し量ることは出来ない。二重三重の批評性を求めてくる、厄介な映画だよ。
(だから、賞賛も批判も、知識合戦みたいになってて、すごく煩わしいよね……。)

『ラ・ラ・ランド』を観にきて、劇場で年上のおばさまたちが集まってワイワイしているのを見て、『スター・ウォーズ』も、ターザン映画や海賊映画、西部劇や戦争映画を覚えている大人たちに受けたんではないか……と、合点がいった。映画単体としての評価より、二次創作としてのクオリティが評価された、「こういうの、昔あったよね!」と共感を得られたんだ。当時10才だった僕には、早すぎた(笑)。

『ラ・ラ・ランド』に話を戻すと、ラストに大仕掛けがある。
だけど、それは仕掛けとして洗練されている、ビジュアル的な発想が「美しい」という以上の価値はない。文芸的に編みこまれてないので、仕掛けのための仕掛けにしかなっていないのだが、だからこそ綺麗なんじゃないの? 『スター・ウォーズ』のSFXが、作り物であるがゆえにカッコいいようにさ!


僕は「このような企画を考えた」コンセプトの段階を、もっとも評価する。
コンセプトは冴えてるのに、お金が足りなかった、十分に実現できなかった……それでも、志の高さは変わらない。むしろ、概念を十分に視覚化できてない方が、足りなかったピースの美しさが増すような気すらする。

「…惜しい!」ってのが好き。惜しくて、ちょうどいいというか。だから、創作物に優劣をつけることを空しく感じている。

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