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2016年12月27日 (火)

■1227■

夜中に起きたら、腰が痛くて、立ち上がるだけで悲鳴が出てしまった。

あまりの痛みに、「最悪な夢だったな」と、朝になって起きてみると、やはり立ち上がれない。ものすごく痛い。救急車を呼ぶことを考慮して、無理やりに玄関まで歩き、鍵のみ開けておいた。
寝ころんだまま湿布を貼ったが、よくなる兆しはない。これでは何も出来ないので、横になったままスマホで救急車を呼んだ。
30分ほどして、3名の救急隊員が到着。このマンションは担架が入らないので、車椅子。救急隊員の方の肩を借りて、なんとか玄関の外に出られた。
このとき、「ご両親は?」「連絡すべきご家族は?」と聞かれたが、ひとりもいない。
では、結婚していれば良かったのか? そうとも限らない。仲の悪いときは、救急車など呼んでもらえない可能性がある。僕自身が軟禁されているかのような結婚生活に耐えてきたし、両親が壊滅的な終焉を迎えたのも、この目で目の当たりにした。結婚が仇になる場合もある。


廊下にかならず手すりがあり、誰かが常に手助けしてくれる病院は、天国だった。
70歳をとうに超えていそうなご老人が、すいすい歩いている。なのに、僕は立ち上がることさえ出来ない。先月、いくらでも歩けるときに海外旅行へ行っておいて良かった……と、しみじみ思った。やりたいことがあったら、迷っているヒマはないのだ。

レントゲンを撮っても異常がない。痛み止めの坐薬を入れてもらうと、かなり楽になった。「ぎっくり腰でしょうね」と言われて、痛み止めの内服薬、どうしても辛いときの場合の坐薬を出してもらった。


さて、ここはどこなのだろう? 救急隊員からは「タクシーで帰るということで良いですね?」と言われていたが、よく考えると、今日、お金をおろすつもりでいたので、財布にはいくらも入っていない。幸い、病院の前からバスが出ている。
だが、痛み止めで何とか歩けてはいるものの、バスのステップを昇れるのか? 歩いて降りられるのか? いろいろと不安になる。ベビーカーのまま乗れる仕様のバスだったので、乗り降りは楽だった。車内で座ってしまったら、立ち上がるときが痛いので、立ったままで乗る。ツエが欲しいと、本気で思った。
駅についてからは、エスカレーターがあることに感謝した。
エスカレーターも、手をかざすだけで流れるトイレ、水道、すべては体が言うことをきかなくなった人のための設備だ。
以前、ある高齢の方のお見舞いに行ったとき、水道の蛇口をひねれずに困ってらっしゃるのを見て、ハッとした。高齢者に快適なインフラをつくることは、ふいに病気に襲われた自分を助けることになる。そのための税金だ。
国民健康保険のおかげで、診療費と薬代も、3千円以下ですんだ。


こうして、PCに文章を打てるので、仕事を断る必要はなさそうだ。
しかし、鎮痛剤の効果は限定的で、横になってから立ち上がるのが、やはり猛烈に痛い。

20代の後半、酔っぱらって階段を転げ落ちてしまったときのことを思い出した。肋骨がヒビが入っていたと思うが、近所のコンビニでカルシウムを多く含んでいそうな食品を大量に買いこみ、2日ほど痛みに耐えていると、自然に治癒した。それだけ、若かったのだ。

その時は、友だちや恋人が電話してきてくれたのが、心強かった。
しかし、結婚時に過去の交友をすべて妻に禁止された僕は、離婚後も誰かを生活に介入させることはしていない。母の死亡時、親戚たちの手痛い裏切りにあったことも忘れていない。
血縁関係の中に、僕の居場所はなかった。それを今さら、寂しいとも思えない。

そんなことよりも、社会のセーフティネットの充実に期待している。見知らぬ他人が助けあえる社会は、ひいては自分を救ってくれる。冷たく高圧的な身内より、必要なとき必要なだけ助けてくれる他人……そういう社会のほうが、みんなで幸福になれると思う。

ともあれ、悲鳴が出るほど痛い腰痛は、いまだ治っていない。

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